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貴族令嬢物、読み切り短編

転生して悪役令嬢になったと思ったら、モフモフ動物しかいないんだけど、こんな世界で私は恋愛できるの!?

作者:中野莉央
 病弱だった私は闘病の末に亡くなり、気づけば前世とは違う世界に『黒猫の伯爵令嬢』として生まれ変わっていた。そしてクロネ・クロヌワールという自分の名前を聞いて思い出した。

 クロネと言えば私がPLAYしていたゲームの悪役令嬢の名前……。そう、この世界は動物を擬人化したキャラクターと学園生活を送る、恋愛ゲームの世界だと言うことに私は気づいてしまったのだ。


 黒猫の伯爵令嬢、クロネ・クロヌワールとして生まれ変わった私は学園に入る前、自宅の居室でクロヌワール伯爵家の当主である父上に縁談話が来ていると告げられた。貴族として生まれたからには親の決めた由緒ある家柄の方と結婚するケースがほとんど。

 学生であってもすでに婚約者がいる者も少なくない。私だって伯爵家に生まれた以上、覚悟は出来ていた。落ち着き払って話を聞く私に父上は言いにくそうに口を開く。

「公爵様がお前を、後妻に貰いたいと……」

「後妻?」

「ああ……」


 後妻という事は、お相手の公爵は初婚じゃ無い。でも、まぁ年上の上位貴族に嫁ぐというのも、よくある話だ。暴力とか酒乱とか、変な理由で離婚したんじゃないなら悪くない縁談なんだろう。

「前の奥様とは、なぜ別れたんですの?」

「死別だ……。病院で亡くなられたそうだ……」


 どうやら暴力とか酒乱とかでは無く、不幸があって奥方に先立たれた方のようだ。若くして奥様を亡くされたなら再婚を考えるのは自然だ。なるほど。上位貴族である公爵家の当主が妻に先立たれ、後妻は若くて元気な娘を貰おうと言う事なのかと納得する。

 私が一人娘なら後妻というのは遠慮させたいと思うのかも知れないが、クロヌワール伯爵家は4人姉妹で私が末っ子。4番目の娘は後妻でも公爵家に嫁ぐなら良いと思ったんだろう。


「その公爵様の年齢はおいくつですの?」

「……265歳だ」

「は?」

「御年、265歳になられる亀公爵家のご当主が、お前を後妻に迎えたいと仰られたのだ」


 父の言葉に、私はあんぐちと口を開けたまま愕然とした。詳しく話を聞くと亀公爵は99回の婚姻歴があり、いずれの結婚生活も妻に先立たれている。記念すべき100回目の結婚は冥土のみやげに若い娘を嫁に貰おうと思いついたそうだ。


「…………異種間結婚の多い我が国ですから先方が亀なのは、この際置いておくとしても……。いくらなんでも、265歳は無いでしょう!? それに、99回の結婚歴って一体!?」

「公爵が言うには結婚回数が多いのは、寿命の短い種族の娘とばかり結婚していたからなのだそうだ……」

「寿命の短い種族って?」

「一番短かったのはカゲロウだそうだ」

「……カゲロウって、確か寿命は一日なんじゃ」

 思わず眉根を寄せる私に、父上も頷く。


「ああ……。出会って半日で口説き落としたスピード婚だったにも関わらず、婚姻届けを出した瞬間に相手の寿命がついえて、カゲロウは亀公爵の腕の中で息を引き取ったそうだ……」

「…………」

「カゲロウの死に打ちひしがれている時。出会ったセミと恋に落ちて、婚姻を結んだがセミも儚い命だったそうだ……」

「ええ、そうでしょうね……」

 セミの寿命なんて、ひと夏弱だ。よくそんな寿命の短い種族と結婚できるなと感心する……。この世界は普通の動物以外も生まれるとか、ユニコーンが人間の乙女と恋に落ちるみたいな、ファンタジー獣のメルヘンな話を聞いた事があるが、昆虫と意思疎通して婚姻を結ぶなんて童話以上にありえなくて意味が分からない。


「ちなみに、亀公爵がその次に結婚したマンボウは比較的、長く生きたが結局、死別したそうだ……」

「何で、そんな次から次へと難がありそうな相手ばかりを……」

「どうも薄倖の女性が好みのタイプらしくてな……」

「そういうタイプが好きとか、気持ちは分からなくもないけど、カゲロウとか、セミとか薄幸にも程があるでしょう……」

 幸薄そうな異性に惹かれたり、庇護欲を掻き立てられると言うのは、何となく分かるが亀公爵のそれはレベルが違う気がして私は勿論、父上も困惑を隠せない。


「まぁ、こればっかりは個人の好みの問題だからな……。とにかく、最後の結婚になるであろうから、自分を看取ってくれる健康で長生きする若い娘として、お前に白羽の矢が当たったようだ」

「……お断りすることは出来ませんの?」

 本来なら、上級貴族である公爵からの縁談を断るなんて、よっぽどの事でもない限りありえないが、カゲロウ、セミ、マンボウ等と99回の婚姻歴がある、265歳の亀と聞いては、いくら何でも気が進まなさ過ぎる。


「こちらも、年齢差があり過ぎると伝えたのだが……。何分、国王陛下の相談役として長年、要職に就かれている公爵の申し出を無下に断る訳にもいかなくてな……」

「そんな……!」

 顔面蒼白になりながら思い出す。亀公爵は長生きしているだけあって歴代の王に仕え、豊富な知識で王政を支えてきた、やり手の貴族だ。ただでさえ、こちらは伯爵家で相手方は公爵家。その上、王の覚えもめでたい重臣の要望を簡単に断れる訳がない。

「だが、さすがに年齢差が大き過ぎるという事で亀公爵も猶予を下さった」

「猶予?」

「学園を卒業するまで待つ……。そして学園在学中に、ちゃんとした結婚相手が見つかったなら諦める。そう仰せだ」



 こうして学園を卒業すると同時に、265歳の亀に嫁がせると宣告された私は、何としても在学中に結婚相手を見つけなければいけなくなった。

 学園入学までに人間化の方法を覚え、猫耳が出ている黒髪黒目な人間の美少女の姿になる事に成功した私は入学式、教室に入って自分の席に座り、辺りを見渡して顔色を失う。なぜならワイワイと騒いでいる周囲のクラスメイト、男子は全員が動物だったからだ!


 結婚相手を探さないといけないのに、これでは私の中で恋愛感情なんて芽生えない……! 私は思わず机に突っ伏したが思い出す。確か、このゲームのヒロインである人間のマリーが動物のクラスメイトと親密になれば、その恋愛対象は人間相手ゆえに自分も人間の姿をとるから、学園生活が始まれば、自然とクラスメイト達も人間の姿になるに違いない……。

 大丈夫。教室の中にはゲームの主人公である金髪碧眼の美少女、マリーもいるのだから、問題ないと思っていたのだが、甘かった……。マリーと攻略対象であるクラスメイトの男子と親密度が上がり、動物の男子が「僕もマリーみたいに人間の姿になろうかな」と言い出してもぶんぶんと首を振って

「ダメよっ! 私はそのままのあなたが好きだから、人間の姿にならなくてもいいわ!」

 などと言い出したのだ! マリーは生粋の人間であるが、無類のモフモフ好きだったようで、おかげでクラスメイトの男子は入学から一ヶ月経っても、みんな動物のまま……。私はうなだれた……。



 例え相手が動物でも卒業までに、結婚相手を見つけなければならない。意を決して昼食時間に広い食堂の中を見渡し、自分の恋愛対象になりそうな動物男子を探す。私は一応、伯爵令嬢だし、亀公爵がキッパリ諦めてくれる相手として、やはり爵位が高いに超したことは無いと考え、最も身分の高い男子を見つめる。

 北のグィン皇国から留学に来ているエルヴィン君。皇族で継承順位は4番目だとか……。人間化した姿は確か、艶やかな漆黒の髪に黒曜石のような黒い瞳の美形男子……。今は知的で涼しい目元に、きりりとした形の良いクチバシ、胸元のグラデーションイエローが鮮やかな印象の皇帝ペンギン。

 そう彼のフルネームはエルヴィン・ペン・グィン。……生粋の皇帝ペンギンだ。新鮮な魚が大好きな、魚食系男子のエルヴィン君は、20㎝ほどの魚を頭から丸のみしている真っ最中だった。

「ウッ! オッオッオッ! ゴクリ! ふうっ。やはり食事は鮮魚の丸呑みが至高だな。シンプル・イズ・ザ・ベストという奴だ!」

 などと、のたまいながら食べた鮮魚に舌鼓を打っていた。目つきが鋭い護衛のイワトビペンギンと、つぶらな瞳をした侍従のアデリーペンギンがエルヴィン君に相づちを打っている。しかし、皇帝ペンギンが魚を丸のみする瞬間、ペンギンの口の中を見てしまった私はドン引きした。

 クチバシの中からノド奥にかけて、上クチバシと下クチバシ内に無数のトゲのような突起物が生えていたのだ。まるでエイリアンのようなグロテスクな口中を見てしまった私は、例え身分が高かろうと、あれを知ってなお、ペンギンを恋愛対象として見るのは無理だと早くも心が折れた。


 いや、よく考えれば、やっぱり恋愛対象として選ぶなら自分と同じ哺乳類じゃないと……。そう思いなおして、他に相手はいないのかと探すと身分の高い男子が目に入った。大公家のレオンハルト・ゴルデノワ。身分を考えれば公爵より高い……。彼は確か、人間化した姿は金髪に琥珀色の瞳をした逞しいイケメン男子だったはず。

 ただし今は、動物のままなので、鋭い眼光と威厳ある、たてがみを持った荒々しい印象のライオンだ……。大公家、子息のレオンハルト君は肉が大好きな肉食系男子……。

「うむ。やはり肉は生のまま、骨ごと食うに限るな!」

 そう言いながら、ナマの鶏肉をバリバリと音を立てながら、本当に骨ごと食べていた……。その姿を見ていると私のような小さい黒猫が本性の生き物は、あんな獰猛な大型肉食動物が相手では、性的なエロい意味でなく、ガチで食事として食われると血の気が引いた……。


 肉食動物も、魚食系男子もダメだと思った私は、他に適当な相手はいないのかと視線を彷徨わせる。窓際の席では、ぽかぽかと太陽の日差しを浴びながら、男爵家のカモノハシ君がふわふわの茶色い毛を輝かせて、まったりしているのが目に入った。

 もうこの際、贅沢は言っていられない……。爵位さえあれば良いだろう。あの位、平和そうな相手なら……。と一瞬、傾きかけるがやっぱりダメだと思いとどまる。カモノハシのオスの爪には毒があるから、むやみに触れないように注意されたのを思い出したのだ。

 確か、私のような本性が小さな黒猫は死ぬ可能性のある猛毒とか……。さすがに致死レベルの毒持ちとは恋愛できない……。カモノハシ君は恋愛対象から除外だ。


 再び、食堂を見渡すと子爵家のシーマ・ゼブラニア君が大人しく、サラダを食べているのが目に入った。思慮深そうな黒い瞳のシーマ君は、サラダが大好きな草食系男子……。というかシマウマだ。人間化すれば、白髪に黒のメッシュが入った文武両道の美形男子のはずだが、今はただのシマウマ……。

 それでも肉食系男子、魚食系男子、毒持ち系男子に比べれば、草食系男子であるシマウマの、シーマ・ゼブラニア君は断トツで優良物件だと思える。黙々とサラダを食べるシーマ・ゼブラニア君の側に、ハイエナ男爵家のハイン・エナー君がやってきて叫んだ。


「ハッ! そんなのばっかり食って力が出るわけ無いだろ! これだから草食動物は食物連鎖ピラミッドの下なんだ!」

 どうやら、草食動物であるシマウマの、シーマ・ゼブラニア君をバカにしているようだ。一方的なハイエナ男爵家のハイン・エナー君の言いがかりに眉をひそめていると、シマウマのシーマ・ゼブラニア君は無言のまま席を立つ。

 そして次の瞬間、自身の後ろ足でハイエナのハイン・エナー君を蹴りつけた。強烈なシマウマのキックをモロに食らったハイン君は吹っ飛ばされ、後ろの壁に激突した後、冷たい床に崩れ落ちた。ありえない形で身体をよじらせ、白目を剥き痙攣しているハイエナ君はそのまま病院送りとなった。


 唖然としている私の前で、その光景を見ていたヤマアラシのテン君と、ハリネズミのハリー君は囁きあった。

「あいつバカだなぁ……。アバラの二、三本は折られたな……。シマウマのキックは当たり所が悪かったら、上位の肉食動物でも即死レベルのダメージ食らうのに……」

「うわぁ怖いなぁ……。馬は見かけによらないね……。あんな凶器同然の後ろ足には、近づかないようにしないと……」

 怯える二匹の会話を聞きながら「君たちの背中にある無数の針も充分凶器だけどね……」と内心、突っ込まずにはいられなかった……。それにしても草食動物のシマウマ子爵家、シーマ・ゼブラニア君は大人しそうな見た目と裏腹に、キレやすい暴力男子のようだ。DV男と恋愛する気になれない私はシーマ君から、そっと視線を外した……。



 いざ探してみると、なかなか恋愛対象になりそうな動物男子というのは見つからないものだ。ため息をつきながら日替わりランチを食べようと席につくと、ぴょこぴょこと灰色の仔犬がやって来た。

「クロネ~。一緒に食べよう~」

 私の隣の席に座りながら嬉しそうにしている、侯爵家のヴァン。彼は入学時に学園の池で溺れている所を偶然、私が助けて以来、妙に懐いているのだ。お昼時には、どこからともなく現れて私とごはんを食べるのが日課になっている。ヴァンは昼食の肉にかぶりついて、ちぎれんばかりに尻尾を振りながら至福の表情である。

「はぁ……。ヴァンは幸せそうで良いわね……」

「うん! 美味しいお肉を食べて幸せだよ! クロネはごはん美味しくないのか?」

 小首をかしげる灰色の仔犬に、ため息を吐きながら答える。


「私は結婚相手を探さないといけないから、ランチの味を気にしてる余裕は無いのよ……」

「ああ、クロヌワール伯爵家の当主に言われてたんだよね」

「そうなのよ……。でも、相手が見つからなくてね……」

「大丈夫だよ!」

「え?」

「クロネは僕と結婚すれば良いんだよ!」

 ドヤ顔で胸をはるヴァンだが、仔犬と結婚する気になれるはずも無い。

「……無理だわ」

「ええっ! どーしてっ!?」

「手のひらに乗るようなサイズの仔犬と結婚できる訳ないでしょ!?」

「大丈夫っ! すぐに大きくなるからっ!」

「いや、無理! って言うか、こんな仔犬に手を出すとか犯罪だからっ!」

 キャンキャンと吠え、足元にすがる仔犬に耐えかね、思わず叫んだ。

「わ、私よりヴァンの身長が高くなったらね!」

「本当だねっ! すぐに追い越すからねっ! 約束だよ!」



 しかし春が過ぎ、夏が過ぎ、秋になっても、ヴァンは1㎜も大きくならなかった……。本人、もとい本犬がどんなに大きくなりたいと願い、毎日がんばって食事をいっぱい食べても、どう言う訳か仔犬のままだった。この世界はファンタジーな所があって、たまに特殊な条件をクリアしないと成長しない生き物がいるから、ヴァンもそうなのかも知れない……。

 いつまで経っても、成長期が来ないヴァンを待っている時間は無い。何しろ卒業までに、ちゃんとした結婚相手を見つけなければ、祖父より遥かに年上の亀公爵と結婚しなければいけないからだ。いつも通り、食堂で一緒にお昼ごはんを食べた後、私は神妙な面持ちで灰色の仔犬に話しかける。


「ヴァン……。悪いけど、私との結婚は諦めてちょうだい」

「なんで!? 僕はクロネの事が大好きなんだよ?」

「ええ、気持ちは嬉しいんだけど、仔犬を『ちゃんとした結婚相手』としては認められないわ……」

「そんな!」

 ぺたんと耳が折れ、プルプル震えながらウルウルと瞳を潤ませ、今にも涙を溢しそうな目で私を見つめる灰色の仔犬に対して、心が痛むが宣告する。

「私と貴方は縁が無かったのよ……。諦めて」

「やだぁ~!」

 キャイン、キャイン鳴きながら仔犬のヴァンは走り去って行った。



 正直、私を慕ってくれるヴァンの事は好きだ。でも、あの仔犬を『ちゃんとした結婚相手』として認めて貰うのは不可能だ。それに、私の方も弟を見るような気持ちでヴァンに接してるから、深く問われれば恋愛感情で好意を持っている訳で無い事はすぐにバレてしまうだろう……。

 何より、仮にヴァンと結婚したとしても、亀公爵は身分の高い自分よりも、仔犬を選んだと知れば、メンツが潰された。プライドを傷つけられたと逆恨みしてヴァンや私の事を良くは思わない可能性が高い。

 国王陛下と繋がりがある海千山千の上級貴族に目をつけられて、純朴なヴァンが追い詰められたり、爵位を取り上げられたら取り返しがつかない。彼の幸せを思えば、お別れするのがベストだと思えた。



 しかし卒業まで残された時間を考えると私にも猶予は無い。あれから攻略対象の動物男子はことごとく、ゲームヒロインであるマリーの虜で、先日も中庭でライオン大公家のレオンハルト・ゴルデノワ君がマリーに全身モフモフされながら、メロメロの骨抜き状態になっていた。

 プライドが高く、攻略が難しいライオン大公家のレオンハルト君ですら、そんな状態なのだから他の攻略対象も言うに及ばない状態だ。私に付け入る隙は無い。

 というか、攻略対象以外の目ぼしい男子は勿論、女子まで、モフモフはことごとく彼女の虜となっていた。いくらゲームヒロインとは言え、チート過ぎるんじゃないかと思うんだけど、これが主人公と悪役令嬢の差なのかも知れない……。それにしても、ここまでされると最早お手上げだった。


 やはり悪役令嬢として生まれた時から幸せな結末は待っていないのだろうか……。250歳以上、年齢が離れている亀に嫁ぐのが私の運命なのか……。

 そう考え、項垂れながら下校時、下駄箱を開けると中に手紙が……。開封すると、どうしても伝えたい事があるので、体育館裏まで来てほしいと書いてあった。


「こ、これはもしや……!」


 放課後、呼び出し。つまり告白か! ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、体育館裏に行くと暗がりに人影があった。

「あ、あの……。手紙を下さった方ですか?」

「ええ……。そうよ」

 その人物が振り返ると、私もよく知る相手、というか今や学園中のモフモフ達を虜にしている、金髪碧眼の美少女マリーだった。

「マ、マリー!?」

「うふふ」

「どう言う事……!? 何でこんな所に?」


 困惑する私と裏腹に、マリーはにっこりと微笑む。

「何でって、クロネと二人っきりでゆっくり話がしたかったからに決まってるじゃない」

「私は別に貴方と話がしたいと思ってないわ!」

「そんな事言わないで! 私、もっとクロネと仲良くしたいのよ! 貴方いつも私にそっけないじゃない!」


 私がマリーにそっけないのには理由がある。生粋のモフモフ好きである彼女は、仲良くなった動物に対して全身を余す所無く、恥ずかしい部分までモフモフし、さらに耳を始め、目についた部位をはむはむ、もごもごしまくっているのだ。

 彼女が嬉々としてクラスメイトに対し、それをやってるのを見てから、私はマリーとは絶対に親しくならないようにしようと心に誓ったのだ。普通に動物として生まれてマリーを好きになったなら幸せなスキンシップなのかも知れないが、前世が人間である私にとっては耐え難いプレイである。


「わざわざ、こんな場所に呼び出さなくても教室で話が出来るじゃない!」

「あら……? 教室だったら貴女に都合が悪いと思って、気をきかせてこの場所に呼んであげたのよ?」

「? 別に教室で都合が悪い事なんか……」

「これを見ても、そんな事が言えるかしら?」


 マリーが得意満面で取り出したガラスの小瓶には謎の粉末が入っているが、私にはそれが何だかサッパリ分からない。

「それは?」

「フフフ……。こうすれば分かるわ!」

 小瓶の蓋を開けて、マリーは粉末を私に振りかけた。驚く私が思わず息をのむ。その瞬間、ドクン! と心臓が跳ねる。異常に早まる動悸と胸の痛み。呼吸が苦しくなってハァハァと、か細く息を吐くが、とても動ける状態では無い。

「くっ! これは……!?」

「うふふ……。気持ちよくなって来たでしょう?」

「ま、まさか!?」

「ふふ……。やっと分かったようね……。この粉末は『マタタビ』よ! しかも市場には出回らない、超強力なモノよ!」

 勝ち誇った表情で小瓶を見せつけるマリーを、冷や汗をかきながらキッと睨みつける。

「ハァハァ……。こ、こんな事をして何を……」

「あら、目的は言ったじゃない。貴女と仲良くなりたいのよ……」

 マリーは私の顎を持ってクイと上向きにさせ、ねっとりと首筋を舐める。

「ヒッ!」

「私の夢はね……。モフモフハーレムを作る事なの……。ハーレム要員は殆んど揃ったけど、ツンデレ黒猫のクロネを外す事は出来ないわ!」

「だ、誰か……!」

 呼吸が苦しくなる中、半泣きで助けを呼ぶが、こんな人気の無い体育館裏を通り過ぎる人は居ない。


「うふふ……。涙目になって怯えるクロネも可愛いわね……。大丈夫よ……。優しく、モフモフ、はむはむ、してあげるから……」

 マタタビのせいで力の入らない手足を、マリーは舌なめずりしながら嬉しそうに撫でまわし、黒猫耳を甘噛みされ、私は嫌悪感でゾワッと全身に鳥肌が立つ。もう涙が止まらない。

「助けて! 誰か助けて!!」

「クロネを離せ!」

 叫び声と同時に駆け付けた、灰色の生き物がマリーに飛び掛かり彼女の手に噛みついた。

「痛っ!」

「ヴァン!?」

 灰色の生き物は仔犬のヴァンだった。


「何するのよ! この駄犬っ!」

 自身の手を噛みつかれて逆上したマリーはブンッ! と力まかせに振り払い、仔犬はそのまま固い地面に叩き付けられた。

「キャイン!」

「ヴァン!」

「……私が声をかけても靡かない所か、噛みつくなんて最低な犬ね! 頭の悪い駄犬は嫌いよ! 大型肉食動物のエサにしてしまおうかしら?」


 マタタビのせいで呼吸は苦しくなる一方で、目の前が霞んでくるが、何とか地面を這って近寄り、倒れている灰色の仔犬をぎゅっと抱きしめる。

「や、やめて……。ヴァンに酷い事しないで……!」

「あら……? そんなに、その犬が大事なの? じゃあ、クロネが私の物になってくれるなら、その犬は見逃してあげても良いわよ?」

「そんな……!」

「嫌なら、その犬は大型肉食動物のエサになるだけよ?」

「くっ! ……分かったわ」

「だ、ダメだ……!」

 灰色の仔犬がフラつきながらも、力を振り絞って起き上がる。

「ヴァン!?」

「クロネは僕と結婚するんだ! だから、お前の物になんかならないっ!」


 ヴァンが叫んだ次の瞬間、灰色の仔犬からまばゆい光が放たれた。朦朧としながら必死に目を凝らしていると、光の中から大きな銀色の犬がぼんやりと見えた。そして薄れゆく意識の中で、銀髪の男性が動けない私を優しく抱きかかえた……。と思った所で完全に気を失った。



 次に目を覚ました時には、自宅であるクロヌワール伯爵家の自室だった。ベッドに横たわりながら見慣れた天井をぼんやりと見つめる。

 枕元に視線をやるとベッドサイドのチェスト上に置かれた、花瓶に美しいバラが活けられてるのが目に入る。呆然とバラを眺めていると、ドアからノックの音が響き父上が入室してきた。


「ああ、クロネ……。大変な目に遭ったな……。お前が無事に目を覚まして何よりだ……」

「お父様……」

「3日も眠っているから心配したよ」

「えっ」


 何と私が意識を失ってから3日も経っていて、目を覚ました時には全てが終わっていた。マリーが市場に出回らないような強力なマタタビをはじめ、違法な薬物を複数所持していたのが露見し、学園は大変な騒ぎになっていると父上は教えてくれた。


「…………私、初めてマタタビを吸い込みましたけど、噂に聞いてたみたいに気持ち良くならないし、呼吸が苦しいだけでしたわ」

「マタタビは本来、大人のオス猫に効果を発揮する物だから元々、子供や女性にはあまり効かないんだ」

「そうなんですの?」

「ああ……。それに、お前の場合はマタタビのアレルギーショックで、一時的に呼吸困難に陥っていたようだ。本当に危険な状態だったんだ……」


 マタタビは猫科の動物にとって、違法なドラッグ、麻薬のような物で一度に大量の摂取をすれば死亡するケースがある位、とっても危険な代物なのだ。猫科の動物が多いこの国で、市場で取り扱われていないような強力マタタビといえば、規制薬物なので所持していれば重罪だ。

 そんな危険薬物を黒猫の私や、ライオン大公家のレオンハルト・ゴルデノワ君など、生徒に無断で使っていた事がバレて、マリーは退学処分を免れないだろうと父上は話した。攻略対象の男子生徒をはじめ、目ぼしいモフモフが皆、マリーの虜になっていたのは違法薬物が使われたのも一因だったのかと私は納得した。


「それと、もう一つ、お前に伝える事があるんだ……」

「?」

「亀公爵の件なんだが、結婚の話は無かった事にして欲しいと」

「え……」

「いや、実はすでに亀公爵は再婚されたんだ……」

「は?」


 父上の説明によると亀公爵は、通りすがりのトンボと恋に落ちて、そのまま結婚してしまったとの事だった。よって大変申し訳ないが、縁談の話は無かった事にして欲しいと亀公爵から謝罪されたそうな。


「えっと……。私としては全く、構わないんですけど……。でもトンボの寿命って確か、数ヶ月なんじゃ……? トンボが亡くなったら、また私に亀公爵との縁談話が回って来る可能性は……?」

「それについては問題ないだろう……。何しろ、お前には結婚を約束した相手がいるんだから」

「…………はい?」

 結婚を約束した相手なんて、身に覚えが無さ過ぎて困惑する私に父は穏やかに続ける。


「初めて会った時は彼が溺れていた所を、お前が助けたそうじゃないか。クロネは命の恩人だと言って、とても感謝していたよ」

「え」

「彼とは学園で毎日、昼食を一緒にとるほど、親しくしているんだろう?」

「えっ」

「お前の身長を超えたら結婚すると約束したんだろう? 彼はもう超えてるじゃないか?」

「え、えええ!」

 初めて会った時に溺れている所を助け、毎日学園で昼食を一緒に食べている異性と聞いて、唯一の心当たりはあるが、私より身長が高いと聞いて驚嘆する。


「ははは……。隠さなくても良いんだぞ……。父としても、あんな立派なフェンリルが結婚相手なら、何も文句は無いからな」

「ふぇ……。フェンリル!?」


 フェンリルと言えば、狼のような姿をした神獣だ……。ほとんどの種族が動物であるこの世界で、たまに先祖返りで幻獣や神獣が現れるとは聞いていたが……。

 幻獣や神獣の類は今まで実際に見た事が無かったから、てっきりメルヘンな都市伝説だと思っていた私は驚いて、目を白黒させているとドアからノックの音が響き、召使いが見舞客の来訪を告げ、父上が頷く。

「ああ、そろそろ来る頃だと思っていたよ……。お通ししてくれ。彼は3日前に意識を失った、お前を学園の保健室に運んでくれた上に毎日、花を持って見舞いに来てくれてたんだよ」


 父上はベッドサイドにある猫脚のチェスト上に置かれた、花瓶に視線を向けた。

「そこにある花も彼が持って来た物だ」

「え……」

 花瓶には目覚めた時に視界に入ったバラが活けられている。美しいバラに気を取られていると部屋の外から足音が近づいて来て狼狽する。心臓が早鐘を打ち、頬が赤くなるのが自分でも分かる。ドアを開けて入って来るであろう彼に、私は一体どんな顔をして会えば良いんだろうか。
ヴァン視点の作品もあります。読んで頂ければ幸いです。

「黒猫令嬢と仔犬だと思われた狼」 http://ncode.syosetu.com/n6502di/

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