トイレットダンジョン(便座から始まる異世界ダンジョン構築)
就職活動の説明会の会場は、その会社の本社ビルにあるホールだった。
おそらくは、もう二度と来る事の無い場所。
エレベータはドアの開閉も、階の移動も滑らかだったし、あちこち指紋をつけてしまうのが怖いほど、高価そうな壁材から床のカーペットまで、気後れしてしまうには十分だった。
緊張感から来る腹痛で、説明会の内容は良く覚えていない。
そして、説明会後に入ったこのトイレ。
暖房便座、ウォシュレット、温風乾燥は言うまでも無く、消臭機能、エアコン、壁面に設置されてアームで稼動し、手で持たなくても使用できるタブレットパソコンまで付いていて、俺が大学に通う為暮らしている襤褸アパートとは天と地の差だ。
「このまま、ここで暮らしちゃってもいいレベルだよなぁ・・・。」
タブレットをいじりながら、思わずつぶやく。
自宅のノートよりサクサクだ。
タブレットの画面に横から滑り出る様にマスコットっぽい妖精が現れた。
良く出来たアプリだよなぁ。
妖精は俺の指が置かれたあたりを興味深そうに見ていたが、漫画の様な噴出し文字で語りかけてきた。
【本当に?】
「ん? 何が本当に? なんだ?」
【本当にずっとここに住んでみたいの? Y/N】
「うーん、まあ、住んじゃってもいいくらい快適だよな?」
【Yes/No】
「Yes! なんてな?」
マスコットの妖精が嬉しげに微笑むと画面からまぶしいくらいの光が溢れた。
「うわっ、やば、壊しちゃった、俺? 弁償なんて出来ないよ、マジで?」
「目がぁ~!」などと大佐の真似をする余裕も無く、白過ぎるほど白い光に包まれて俺は意識を失った。
「知らない天井・・・じゃないな、うん、元のトイレ。セフセフ。いや、ズボンは上げといて良かったよ。結局大丈夫だったとはいえ、意識失って下半身丸出しで発見されたりしたら目も当てられなかったからな。さて、そんじゃ名残惜しいが出る事にしましょうか、妖精さんもバイバイ。」
そういってトイレのドアを開けようとしたが、動きゃしねぇ。
あの光ってもしかして、何かの爆発?
それにしちゃ、ドアが開かない以外、周りの様子は変わってないけど?
最初はそれなりに気を使って常識の範囲で開けようとしていたが、その内蹴ったり肩から体当たりをしたりしてみた。
・・・が、全く動かない。
まるで、ドアの外がすぐに壁になってしまったかのように、たわみもきしみもしないのだ。
ドア自体も、こういったものの作りとして、そんなに頑丈なものであるはずが無いのに、凹み一つ、傷一つつかない。
「ふぁ~あ、あ、起きたのね? ご要望通り、このトイレは貴方の物になりました、おめでとう!」
可愛らしい、萌えキャラにぴったりな、どこかかゆくなりそうな声に辺りを見回すと、白い光の粉をファンタジー映画の妖精の光の粉の様に振りまきながら、透明の羽を生やした小さな少女が俺の鼻先にホバリングしている。
「さっきのタブレットの妖精さん?」
「リリーと呼んでくれ給え、お兄さん。」
薄い胸を張って腕を組んだ妖精さん(?)が偉そうに答える。
「え? え? え~っ!」
いやいやいや、わけわからんでしょ、これは。
なんでアプリマスコットキャラが現実に出て来てんのよ?
トイレが俺の物とか言うけど、トイレだけ貰ってどうすんのよ!?
食い物も無ければ着替えも無いし、水はなんとかなりそうだけど・・・。
「これから、お兄さんにはこのトイレを起点にダンジョンを作って貰います。」
「ダンジョンって、ロープレとかの、あのダンジョン?」
「はい、そのとーりです。見た目よりは頭いーんですね、お兄さん。」
いや、この子、可愛い外見はしてるけど、随分と口悪くね?
「どう見ても『頭脳明晰』、『神算鬼謀』って顔じゃないですよね?」
心読めんの? もしかして?
「はい、私は優秀なサポート妖精なので、お兄さんくらい単純な人の心なら簡単に読めますよお。」
単純・・・ってさぁ、まあ複雑怪奇な多重人格者では無いにしても、そんなに単純かね、俺?
「私の参照データの中でも一桁の順位に入る単純さです、おめでとうございます!」
「ありがとう・・・ってなんでやねん!」
「稚拙な関西弁突っ込みありがとうございま~す。」
ぬぐぐぐぐ、口では絶対に敵いそうも無い。
「ダンジョン作るって言うけど、人のビルの中勝手に作る訳にもいかないでしょ?」
「あ、その辺、説明まだでしたね。ここはお兄さんの居た世界じゃありません。神様の遊び場です。」
「なにそれ?」
「人間のゲームみたいなものですね。力も時間も有り余ってる神様たちの娯楽の為に作られた世界で、貴方の世界の人たちみたいな普通の人に混じって、神様の操作する強キャラであるプレイヤーが冒険をしています。貴方が好きだったネット創作みたいに、チートキャラで『俺強え~!』したり、ハーレムや逆ハーレム作ったり、TSしたり、極悪プレイしたり、縛りプレイしたりと色々な神様が遊んでいます。」
えっと、ある意味、ゲームの世界に来ちゃったという事かな?
「まあ、そう思って貰った方が、お兄さんの精神衛生的にも良さそうですね。難しく考えて壊れても困りますし。」
「壊れるって・・・。」
「あー、真面目に、自分とはとか、世界とはとか、運命とか、他の人の人生とか考えちゃう人は壊れます。」
「ああ、なるほどね、主人公的精神構造の人たちね。」
「はい、その点、何遍転生しようがモブ気質のお兄さんなら心配ありません。」
ニコニコと言うけど、ある意味きっついなぁ。
「お兄さんの作るダンジョンはこの世界の一般の人は入れません。プレイヤーキャラ専用のダンジョンです。何人殺そうが、極悪非道なトラップを仕掛けようが、凶悪なモンスターを作って無理ゲー仕様にしようが、良心の呵責を感じる必要はありません。」
ま、そっか、ゲーム会社の人間がゲームイベントでそんなの感じてたらヌルゲーしか作れなくなるもんな。
いや、それはいいとして、ここって要は別世界って事だろ?
俺って、それじゃ会社説明会から失踪って事になるんじゃ?
「フフフ・・・まあ、就職活動に失敗して失踪したと思われるかもですね?」
「いやいや、笑い事じゃないって!」
「でも諦めて下さい。神様たちの娯楽の為です。」
「いや・・・そんな事を言ってもね。」
「諦メロン!」
「・・・・・・」
「無理ですから、元の世界に戻すとか、私は単なるサポート妖精ですし。」
「なんか方法ないの?」
「ありません、だから聞きましたよね? ここにずっと住みたいか? って。」
うわあ、下手な詐欺より凶悪だよ。
「自由意志に基づく契約ですよ?」
泣いてもいいかな?
「ご自由にどうぞ、見ないフリくらいはしてあげますから。」
うわぁ、可愛いけど可愛くねぇ!
「説明を続けてよろしいですか?」
「・・・はい。」
「貴方は現時点で戦闘力皆無に等しいです。」
「は?」
「知力、体力、元の貴方のまま、装備もリクルートスーツですしね。」
「いや、それ、最初からつんでね? プレイヤーは神様操作のチートとかだよね?」
「操作というか、分身ですね。神の存在と意識が流れ込んでますので、一般の人間と比較して体力、魔力が大きい上に、特殊なスキルも持ってますし、更にパーティー組んでるのが普通です。」
「ちなみにダンジョン攻略されると俺はどうなるの?」
「ボスキャラ扱いですので、戦って倒すか倒されるかですね。」
なにそれ?
一般人対神の分身とか、いじめより酷くね?
「その為のダンジョン作成です。」
ん?
「ダンジョン作成は大まかに分けて、『ダンジョン構築』、『モンスター創造』、『トラップ・モンスター配置』の3つに分かれます。」
「ほむほむ。」
「ダンジョン構築は部屋や通路を作る作業ですね。天然ものの洞窟とかを使ったダンジョンではありませんので、一から作ってもらう事になります。」
結構面倒だけど、真面目にやらんとあっという間に死ぬ羽目になりそうだな。
「そうですね、入り口から一直線なんてアホな真似をすれば、死までも一直線ですね。」
「出来るだけ迷ったり、大変だったりするといいわけだ。」
「理解頂けて何よりです。あと3回くらいは同じ事を話す事になるかと、内心うんざりしてました。」
いや、だからなんでこの子は俺にこんなに厳しいの?
「いい加減、『この子』じゃなく、リリーと名前を呼びやがれなのです。まあ、それは置いておいて次のモンスター創造ですが、ある意味ダンジョン作りの醍醐味ですね。ダンジョンに合わせたモンスターを作る事が出来ます。」
いや、女の子を名前で呼ぶなんて、小学校くらいから経験無いぞ?
「見た目通りのヘタレなのですね、わかります。次いでトラップ・モンスターの配置ですが、作った部屋や通路にモンスターや罠を設置する作業です。陰湿な人間はここに物凄くこだわりますね。」
「こだわったら陰湿な人間確定!」みたいな言い方してるけど、こだわらなきゃあっさり死ぬだけだろーが!
「ヘタレ+陰湿でいつまでたってもダンジョンオープン出来なかった奴もいるそうですからね。」
「え? 俺の他にも居るの、ダンジョン作らされてる人。」
「ダンジョン一個きりって、どこのウィ○ードリイですか?」
「不思議のダンジョンみたいな、自動生成とかないの?」
「それはブームが去りました。」
「去っちゃったんだ。」
「今は人間の作る手作り感溢れるダンジョンが流行りです。」
「手作り感って・・・。」
「考えに考えた末のお間抜けで、無意味な構造等、特に喜ばれます。」
さすが、神、性格悪いぜ!
「神は己に似せて人を作ったと言いますしね。」
いや、普通、こういう意味じゃないだろ?
「詭弁、または方便として宗教関係者が勝手に道徳的にしてるだけです。」
身も蓋もねぇ・・・。
「ダンジョン作成のこれらの機能は、そちらのタブレットコンピュータから操作出来ます。」
何事も無かったかの様にあっさりと説明続けてるけど、創造魔法とか、そういうのじゃないの?
「初歩の魔法も使えない一般人向けですので。」
なるほどね、てか、それじゃ、ダンジョン一所懸命作っても、俺弱いままじゃん。
「そこもダンジョン作成が関連してます。」
ん、弱いままじゃないのか、希望が見えて来た?
「ダンジョン作成の進捗に合わせて、お兄さんの搭乗する魔王ユニットが開放されます。」
「搭乗って?」
「ロボットとかみたいなものですね。数個の部屋と通路だけで出来た単純な構造だとせいぜい『最低野郎』くらいです」
いや、それ、結構強くね?
「相手はチートですよ?」
あ、そっか。魔王倒す勇者レベルね?
「その辺が最低線ですね。一応、それぞれのダンジョンの支配者が魔王という事になってますので。」
時間かけてきっちり作らないとなぁ・・・。
「残念ながら先ほど言ったようなヘタレが居た為、時間制限、及びポイント制限がありますので、最初に作れるダンジョンは標準クラスが上限です。」
え? いやいやいや、だからそれじゃ無理。
「頑張って下さい。返り討ちにすればポイントが入りますし、倒されても一定期間で復活しますので。」
「一定期間で復活って?」
嫌な予感を感じ、質問を返す。
「一組だけ遊んで終わりじゃ意味がありませんので、倒されても復活してまた別のパーティーを相手にして貰います。」
「つまり、どういう事?」
「つまり、お兄さんは不死身になった、という事です。まあ、死ぬけど時間経過で絶対に復活っていう形ですんで、何遍も死んで戦い方やらモンスターの構成やら、効率的なトラップの設置やらを覚えて下さい。そして返り討ちを重ねて、そのポイントでダンジョン拡大、魔王ユニット強化、目指せラストダンジョンです!」
「何、その逆・不思議なダンジョン?」
こうして、俺の異世界ダンジョン生活は始まったのだった。
長編に出来るネタですが、取り敢えず短編で
続編や長編化の予定は未定です^^;