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セクハラ男に捧ぐ

人当たりがよく、前向きではあるが、優柔不断で気を使う性格からか押しが弱く、営業職に向かず悩んでいた…

これで今月面接した三社から見事に三通の不採用通知が郵送されてきた。



桜井美咲は二年半勤めていた会社で対価型のセクハラにあい体調を崩し退職したのだ。



営業成績が悪く精神的に落ち着ち込み、自分がどう取り組んでいけばいいか悩んでいた時、たまたま社内のお花見で近くに居合わせた社長に相談したのが事の始まりだった。


数日後、桜井くんの悩んでいる事について話がしたいと と社長直々に連絡があった。

滅多に社長とお話する機会なんてないし、一社員の事をわざわざ心配してくれているのが嬉しくなり、早速、その晩会社近くのバーでお会いしたいと伝えた。


軽く1杯飲み終わった頃、社長の宮島は言った。「私も昔は女性にモテてね」

いま目の前にいる宮島社長は典型的なメタボではっきり言って間違っても女性からモテるタイプではない。

社員、パート合わせて60人弱の福祉関係の会社で、たいして儲かっている訳ではないし、「社長」の肩書きがなければ何の魅力もないただのオヤジである。


それがいきなり「昔はモテた」に続いて、「100人ぐらいの女性と関係を持った」なんて話を始めるからビックリだ。

酔ってるとは言え唐突すぎる。


こんなの仕事の相談とは関係ないじゃない!と思いつつ

「それは凄いですね」

と聞き流してる事をアピールするように美咲はさらっと答えた。


ニヤッと笑った宮島を見た瞬間、美咲は嫌な予感を感じた。

宮島は二杯目に注文した水割りを口にすると、酔っ払いのエロオヤジ独特の目つきで舐めるように美咲を見つめた。


「君は頭がいいから」

「??私?頭悪いですよ〜。だから営業がうまくいかなくて…」

美咲が顔を伏せると

「いや、君は頭がいいよ。みんなが嫌がる取引先へも率先して行くらしいじゃないか。誰が行くかの話し合いに時間を使うより、自分が行ってきた方が早いと考えるんだれう?」

上司が自分の事をこんな風に社長に報告してくれてるとは思ってもいなかった。

宮島は手に持ったグラス見つめながら続ける。

「それはちゃん割り切れる考え方が出来るからだろうね。だから頭がいいんだよ。今までも彼氏といざ別れるとなると割り切りが早かったんじゃないかな」

美咲の頭の中で、割り切れる考え方と、彼氏との別れの割り切りの早さの言葉の意味が掴めず、首を傾げていると、

「だから彼氏の事はすぐに忘れられたというか、引きずらないタイプでしょう?桜井くんは」

まるで占い師のような言い方だ。

確かに、今まで別れた彼氏を引きずった事はない。

美咲は「はい、引きずった事はありません。納得してから別れてきたつもりです」と隣に座る宮島の横顔を見ながら答えた。

宮島はまたニヤリと笑うと「だから桜井くんは頭がいいんだよ。ちゃんと割り切り事ができる。割り切った付き合いが出来るんだよ」

と言いながら目を合わせてきた。


なんだが話の展開がおかしい。


その瞬間、美咲はここに来た事が間違いだったと感じた。



「割り切った付き合いってどういう事ですか?」美咲はとぼけて聞いた。

酔っ払った宮島はニヤけたまま

「実はね、事業を拡大する事になったんだ。今の会社とは別に近々会社を興す。で、君は社内でも評判の美人だし人当たりもいい。そこで僕の秘書と言うことで動いてもらえないかな?」


秘書? 確かに今は事務兼苦手な営業が実際の職務なので、新しい会社での秘書と言う仕事には魅力を感じる。

しばらく黙っていると、宮島がまたニヤけた顔をして美咲を見つめてきた。




「割り切った関係でお互い癒やしあいながら、僕の秘書となって会社を盛り上げていってくれないかな?」


会社を盛り上げるのに割り切った関係は必要なのか?

頭の良さなんてちっとも関係ないじゃない!


おおよその見当はついたがまたとぼけて質問してみる事にした。

「割り切るってどういう風にですか?」


ニヤけた宮島の顔はただでさえ不細工に大きいあぐら鼻がテカっていて気持ちが悪い。


「月に二回くらいでどうだろう?秘書の仕事として泊まりの出張に同行してもらう事もあるだろし、その時に癒やしあえたらいいじゃないか」

蓄膿症なのか、鼻が詰まってるみたいにたまにフガフガ息をしている。


50を過ぎたメタボあぐら鼻のチビオヤジに抱かれてもちっとも癒やされませんけど と美咲はうつむき心の中で呟いた。

その様子を何故か勘違いした宮島は

「そんなに真剣に考えなくてもいいんだよ。桜井くんのポジションはちゃんと約束するし。ただ社内や妻にバレないようにしてもらわないといけないけどね。それに僕はさっきも言ったように200人近い女性と関係を持ってきたんだよ。

みんな満足してたし、セックスには自信があるから。

美咲ちゃんもまだ若いしセックス好きでしょ?勿論お互い干渉しないのが条件だから彼氏やセフレがいるならそっちとも楽しんでくれていいからね。」


美咲はパニックになった。

なんだこの男は!?これが社長か!?

ストレートすぎる対価型のセクハラじゃないか?しかも愛人感覚ではなく、今流行りのセフレ感覚、社内援交みたいじゃない!!


美咲は今の仕事で悩みがあったとはいえ、酒の席で相談しようとした自分にも非はある、宮島も酔って言っているんだ、明日には忘れているだろう、何かの間違いだと思うことにして、今日は帰る事を告げた。


宮島は「チャンスだよ!いい返事待ってるから!」

と出口まで美咲を見送った。


それから2日後である。社員の携帯は全員に、社長にも勿論公開してあるので、番号は調べればすぐわかるのたが、携帯のメールアドレスは公開していなかった為、宮島は同機種同士だけで送れるSNSでメールを送ってきたのだ。

[お疲れさま。今日のスーツそそられちゃうなぁ。早速だけど次いつ会える?]


美咲は読んだ瞬間寒気がした。

まだ何も返事もしてないのに、この間の話をあたかも承諾した用なメールの内容だったからだ。


美咲には全く宮島が全く理解出来なかった。


美咲は学生時代読者モデルをしていたこともあり、スタイルも顔立ち多少の自信はある。

男性に声をかけられる事は多かった。


美咲は社内の男性には興味がなかったので、社内の男性と噂になる事はなかったが、プライベートで宮島よりも大きな会社を経営する若手実業家や合コンで知り合った医者にもアプローチされたりしていた。


彼らに比べても、比べるのがおかしいかもしれないが、宮島は遥かに劣るし、勤めてる会社のただの社長なだけで、男性としては何の魅力もない男が、どうしてこんなに自信満々に誘ってこれるのか理解できなかった。

新しい会社の秘書のポジションや給料をアップしてあげるんだから!が自信満々の元となり、癒やしあおうなんて言っているが、つまりは「だからやらせろ!」



が本音の下品な男。

社長ではあるが、社長としても男としても品性のかけらもない。



美咲は強烈な吐き気を催しトイレに駆け込んだ。テカッたあぐら鼻でフガフガ話す宮島の顔を思い出した瞬間、昼食に食べた定食を見事なくらい吐き出した。

それは友人の3歳の子供が食べ過ぎて、バァーッとテーブル一面に吐き出したとの似ていた。

スッキリしたより、美咲自身この吐き出した方に驚いた。



それから3日後である。

今度は職場に宮島がやってきて、美咲に聞こえるように事務局長に話始めた。

「ご苦労さま。いや実は例の件について若い女性の意見を取り入れたくてね。ここの職場でまず桜井くんから話を聞きたいんだが。

一段落着いたら会議室まできてもらえないかな」


これまでの宮島と美咲の事を何も知らない事務局長はのほほんと、

「桜井くんだけでいいんですか?わかりました。すぐ行かせます」と私に視線を送った。

宮島社長が事務所を出た後、

「じゃぁ、桜井くんすぐ行ってきてもらえるかな」

美咲は業務命令で仕方なく渋々会議室に向かった。

なんだかとても足が重く、このまま帰りたい。

学生時代これが先生からの呼び出しなら間違いなくエスケープしたに違いない。


はぁ。

美咲はため息をつき会議室をノックをする。


「どうぞ」と宮島の声。

はぁ。

ため息をつきながらドアを開けた。



「失礼します。女性の意見を取り入れる仕事があると聞いて参りました。どのような事でしょう?」

美咲はあえて「仕事」を協調した。


相変わらず、宮島のあぐら鼻は離れていても分かるくらい毛穴が開いてボコボコし、いつにも増してテカっている。こんな顔に抱かれた200人の相手は本当に女性、いや、人間だったのだろうか?

また気持ち悪くなると困るので美咲には直視できない。


宮島は

「そんなに意識しないで。二人きりだから恥ずかしいのかな?まぁ、楽に座って」

と会議室の椅子を指す。

美咲は仕事で呼ばれているので仕方ないと思いながら言われた通り指された椅子に腰掛けた。

宮島は向かい側に座った。

「実はこの間話した新しい事業の事なんだが…」

宮島の話し方からしてまともな話らしいので、美咲はちょっとホッとした。

「今我が社は福祉関係のベッドや備品の販売、レンタルや、介護に適したリフォームの受注や設計、訪問ヘルパーを派遣する業務が主であるよね」

美咲はその営業や事務仕事をしている。

「事業拡大と言うのは簡単に言うと有料老人ホームを始める事になりましてね」

美咲は「はい」

と頷いた。

「有料老人ホームなのでサービスを充実させなければいけない。夫婦や女性単身の入居者に満足して貰えるように、女性の意見を参考にしたいんだ。

今回は住宅の介護のリフォームとは違うので、うちの設計担当の百瀬くんにも携わってはもらうが、老人ホームに詳しい専門的な知り合いの設計士に外注しようと思っている。だからこちらからの要望を明確に出し設計を頼みたいんだ。」


この間のエロオヤジ宮島とは違い、美咲は社長宮島の発言のギャップに戸惑った。

きちんとした仕事の話である。良かった。


美咲は自分の意見を伝え始めた。

建物の規模や立地ついての確認と、有料老人ホームで夫婦や女性をターゲットにするなら、病院や施設っぽい内装や水回りや家具類より、品の良い高級感のある家具や高級ホテルを思わせる内装、お花を多く楽しめる中庭や、気軽に雑談が出来るよう日当たりのいいテラスや休憩場所を多く…など、その場で思いついた事を話した。


社長は頷き、

「なるほど。各階に中庭があるといいですね。僕がイメージする建物はどういう訳か病院みたいな閑散とした建物になってしまってね。女性の意見はいいね。今日は突然だったからまたゆっくり考えて教えてくれないか。頼むよ」


そう言うと、美咲の肩をポンッと叩き部屋を出て行ってしまった。


美咲は宮島が社長らしかったので、いや、今までの本来の社長と同じだったので、



あの件は何だったんだろうか?

しばらくキョトンと立ちすくんだ。

本当にあの日は何かの間違いだったのかもしれない。


そういえば、学生時代にバイトしていたスーパーの鮮魚担当にセクハラオヤジと呼ばれてた人がいたことを思い出した。

しょっちゅう下ネタを言っていてパートのおばさんから反感を勝っていた。

「下ネタでも言ってないとおじさんはやってられないよ」がそのおじさんの口癖だった。

みんなイヤだイヤだ言う割には、おじさんが休みの日は退屈そうで、おじさんの出勤日は「も〜」とか「やだやだオヤジは」なんて声が飛び交いはするが、とても楽しそうで職場全体が活気づいてるように感じた。



そのスーパーはチェーン店で、何店舗も見て回る本部の上役が美咲のバイトする店舗の職場の雰囲気がとてもいい。チームワークが成り立っている。全店舗改善するようにと誉めた事もあったのだ。

セクハラオヤジは下ネタを言ったりはするが、仕事中一人一人に気を配りきちんとフォローをしてくれるし、バイトやパートのおばさんのミスは自分のミスであると庇い、店長に謝ってくれるなど男らしい頼りがいのある一面もあった。


セクハラオヤジは勤務中、突然吐血し、半年後胃ガンでなくなった。

従業員一同が深く悲しみ、「愛嬌があっていい人だった」とパートのおばさん達は揃って泣いていた。


しばらくボーっとその時の事を思い出し、「下ネタでも言ってないとおじさんはやってらんない生き物なのかな」と呟き、ため息をついてから事務室に戻った。





仕事からの帰り道、美咲は既存の有料老人ホームを見学し、書店で参考になるような本を探してみた。

高級ホテルの案内やインテリアの本をペラペラ捲り、秘書は微妙だけど、プロジェクトに参加出来たらいいなぁ などと考えていた。


この間の社長はどうかしてたんだろう。

もう忘れようと決めた。


ニ週間後、美咲は事務局長に会議室に呼ばれた。

「良かったな。桜井くん。社長から例のプロジェクトに設計の百瀬と一緒に参加するようにって。



どんどん女性の意見と働き易い環境を提案していってくれって」


美咲は嬉しくて顔がにやけた。

辞めたいとまで悩んでいた会社だったけど、まさか違う部署に配属されるなんて!!

苦手な外回りしなくて済むんだ!

会社だって辞めなくて済む!

美咲は深く悩んでいた分、道が拓けた嬉しさは半端ではなかった。


「ありがとうございます!頑張ります!」

深く頭を下げた。


「2階に企画部が出来るようだから、明日からはそっちに行ってくれな。頑張ってこいよ!」


事務局長が部屋を出た後、美咲は嬉しくて嬉しくて一人飛んだり跳ねたりしながら笑った。

一人じゃ抑えきれず、最近仲が深まった光司に電話した。






「光司くん、今電話大丈夫?あのね、私ね、違う部署に配属決まったの!当面は営業しなくていいみたい!うん、営業苦手なんだもん。え〜っ、まだ辞めないよっ!ちゃんと自立したいの。頑張るね!また電話するね」


美容院と飲食、服飾関係のお店をチェーン店化し何店舗か経営している光司は、美咲の愚痴や会社の話を聞く度、(例の社長の一件は話していない)必ず辞めろと言うのだ。

「辞めたら俺が養ってやる」が口癖である。

これはプロポーズでも何でもなく出会った当初から言っているので、女の子には手当たり次第言ってるんだろうと美咲はいつもスルーする事にしている。

ずっと実家住まいをしてる美咲は今のところ自立する事が目標なのだ。


一度自立してから(美咲には自活が正しいかもしれない)その経験を経て、誰かと同棲するなり、それとも親元に戻るなり、とにかく美咲は自分で働いて貯蓄をし、アパートを借り、誰にも迷惑をかけずに生活をしたかったのだ。

それが出来てこそ一人前だと考えていた。

地元の女子大に通っていた美咲は、はじめは遠くから二時間近くもかけて通っていた同級生数人がが、そのうち親に頼み大学の近くにアパートを借りてもらい自由気ままに学生生活を送っていたのが内心羨ましくて仕方なかったのだ。

両親が特別厳しい訳でもなかったが、やはり親の目は気になるし干渉される事も多かった。

一人暮らしを始めた同級生が、ある日、髪を金髪に染め流行りの大きなお団子頭(ティアラ乗せ)にお尻が見えそうなくらいの短い丈の花柄ワンピで登校してきた時つくづく思ったのだ。

うちの親なら絶対登校させてくれないし、遊びにだって行かせてくれない。 別に同級生の格好を真似したい訳ではないが、そこに自由を見た気がしたのだ。


「自由への憧れ」であった。

美咲は短大を卒業したら就職し、お金を貯めアパートを借り一人暮らしをする日を夢見るようになった。


だが実際就職活動を始めてみると、就職難そのもので思うような仕事は見つからなかった。


実家から離れた場所にある就職先を探したが、専門職以外なく、待遇的にここだ!と思ったのは一駅先にある今の勤め先だった。

「一人暮らしをしたい願望」は両親からの「近いんだからする必要がないでしょ」とバッサリ反対され、結局実家から通っているのだ。


だから美咲は未だに「自由」を満喫した事はなかった。

休日に遊びに出掛ける時も「どこに?だれと?何時に帰る?」と聞かれるのでいい加減ウンザリしてた。

両親からしたら一人娘で過保護に育ててしまったせいか、世間知らずで人を疑わない、ちょっと脳天気な所がある美咲が心配で仕方なかったのだろう。

美咲には素直である故のちょっと危なげな雰囲気があった。



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