似合わないことをしている
がやがやと賑やかな教室。今はお昼休みだ。女子同士、男子同士、カップルなどがそれぞれ一緒にお昼を取っている。
「亜矢!今日も自分でお弁当作ったの?」
「へへ、まぁね。お母さん夜仕事しているから朝起きれないの」
髮の短い少女、これが今回の主人公。佐藤 亜矢、高校二年生。クラスの委員長に立候補するくらいまとめ役で人望の厚い人物である。友達の相談を受け、誰にでも優しく平等に接することの出来る人物だが、自分の悩みは相談出来ないでいた。
それは───。
恋の悩みなのです。
学校から帰った亜矢は自分の枕を抱えて悶える。自分の財布から写真を取り出して見つめた。
友達とたわむれて笑う少年が撮られていた。顔を染めて彼女はにやける。恋の話は女子にとって楽しみなのだが、何故彼女は相談出来ないでいるのか。それは彼女の性格上に問題がある。
友達からの信用が厚い彼女は今まで恋というものに悩まされたことはなかった。中学からの友達が多いこの高校に入ってから初めて恋というものを経験してしまったのだ。だが、今更そう言う話が出来なくて、一人で悩み続けているのだ。
「片想いして早二年。この状況から何も変っていない私」
ぐちぐち悩むのは私らしくないのに
頭を抱えて悩む亜矢はがばっと枕を持ち上げて起き上がる。決意に燃えた瞳を写真に向けて無意味に叫んだ。
「よぉし!今月中に告白するぞぉぉぉ!!」
っと、言ってもだ。
移動教室のため、教科書と筆記用具を両手で抱えて友達と移動しながら亜矢は思案に暮れる。告白、と言葉にするのは簡単だが、実際やるのは難しい。
丁度前を歩いていた自分が愛する人物を見つめる。
少し茶色がかった柔らかい髮が揺れ、同じ色の瞳が見える。彼の名前は河野 藍人。同じクラスの男子だ。
「あ、今誰か見つめてたでしょ?」
「え?ち、違うよ!何言ってんの!」
「その反応怪しいぃ?誰見つめてたの?」
思わぬ友達からの攻撃に顔を赤くして否定する。だが、前にいる男子を順番に見ていき、ついにバレた。
「もしかして河野?」
「嘘!亜矢、まさか!」
「な、何よ!何か文句あるの?」
もう、否定することも面倒になった彼女は簡単に肯定してしまった。友人達は互いに顔を見会わせてニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「そっかー、やっと亜矢にも春がきたのかぁ」
「言っとくけど、高校入ってからすぐだからね」
「えぇ!何で今まで黙ってたの?」
「だって………がらじゃない気がして」
意外な彼女の反応に友人は嬉しそうに笑った。無言で頭を撫でたり、抱きしめたりとやりたい放題だ。意味がわからない彼女は苦しそうに表情を歪ませる。
「もう、何なのさ!」
「いやぁ、可愛いなぁって思って」
「うんうん、亜矢にもこんな一面が」
結局、バレても相談と言える会話は出来ずに彼女は授業に入ってしまった。
日直の仕事だった亜矢は帰りに残って黒板を綺麗に掃除していた。黒板消しを綺麗にしようと窓を開けて棒で叩く。だが、手をすべらせてしまい、棒を落としてしまう。
「あっ」
身を乗りだして見ると、そこには一人の男子がいた。落ちた棒に気付いてそれを拾う彼に躊躇なく彼女は叫んだ。
「すみません!今取りに行きますから持っていてくださぁい!」
その人の返事も聞かず、顔も見ず、彼女は教室から出る。階段を下り、上靴のまま外に飛びだした。プール脇の道を通りすぎて棒を落とした場所まで走った。そこには棒を拾った男子が一人。
「ありがとうございます。って、河野君だったんだ」
「あぁ、さすが委員長。行動派だな!人の顔も見ないで来るなんて。悪戯する奴だったらどうすんだよ」
「人は疑わずに信じるべし!ってのが私の家の家訓なの。だからほら、こうして棒も私の手の中に戻ってきた!」
めちゃくちゃな言い分に彼は思わず吹き出した。腹の底から笑う彼に少し照れながら彼女も笑う。
ふと、彼女は気付いてしまった。この場には二人だけだと。
「─────あ、あの」
「え?何?」
心臓がうるさいくらい鳴っている。体温は急上昇し、顔は火照っているのがわかる。今言うべきなのかわからない。だけどこのチャンスを逃せばおそらく自分は一生言わないだろうと悟り、勇気を振り絞る。
「私、河野君の笑顔に惚れたの!私とお付き合いして下さい!」
顔を下げているため彼の表情はわからない。だが、確かに張りつめた空気は伝わってきて、彼女は恐くて目が開けられなかった。しばしの沈黙。聞こえるのは風の音と自分の心臓の音。
「…………笑顔って」
やっと口にした言葉で顔を上げる。そこには満面の笑顔。
「この顔?」
「え?」
何が言いたいのか理解出来なかった。ただ、この笑顔はわざわざ作っているものだと言うことだけがわかった。
亜矢は何も言わずにいたらそれを肯定と受け止めたのか、彼の表情が一変する。今まで見たことのない人を見下す目つきに背筋がぞっとした。
「あんた、うざいね。マジむかつく」
そう言い残してその場からさっさと消えてしまった。呆然と立ち尽くす彼女はその場に座り込んだ。
「………………違う」
『これ、お前のか?』
「あれじゃない」
込み上げてくるものを抑えながら亜矢は立ち上がった。彼が去った方向に走り出す。途中何人かの生徒とすれ違ったが、気にする様子もない。
ただ、彼の後ろ姿だけを探して足に力を込める。
「河野藍人!」
「──────!!」
やっと見つけた彼に彼女は容赦なく叫ぶ。公衆の面前で。
それが目に入っていないのか、藍人だけを見つめて更に言葉を繋げる。
「誰がその笑顔が好きって言ったのよ!むしろ嫌いよ!そんな嘘っぱちの笑顔!」
「え…………」
『あ、はい!そうです!ありがとうございます』
『よかったぁ。違ってたらどうしようかと』
「覚えてないの?」
「覚えてたのか?」
おそらく互いに同じシーンを考えて言葉を放っている。
時期は高校受験のその日。
二人が初めて顔を会わせた日だ。
「私が言った笑顔は──────あの日見せてくれた笑顔だけだよ」
先程とは違う、スッキリとした気持ちできっぱりと述べた。
「嘘っ!まさか、そんな!」
始まりはこの日。彼女がこの高校に受験しにきた日のことだ。持って来たはずの受験票を落としてしまった。
鞄の中を全て探し、制服のポケットを探る。が、ない。
顔を真っ青にして、彼女は焦る。集合時間まであと三十分。この時間で探しだせるのかわからない。
とにかく行動だ!と、気を持ち直して来た道を戻ってみる。
「あの」
必死に道に這いつくばって探す亜矢に声をかけてきたのは同じ受験にきた男子。
彼はすごく戸惑った様子で彼女に話しかける。
「これ、お前のか?」
見せられたのは少し汚れている自分の番号が書かれた受験票。思わず涙を浮かべて受験票を受け取った。
「あ、はい!そうです!ありがとうございます」
「よかったぁ。違ったらどうしようかと」
「本当にありがとうございます!これで受けられるぅ」
「はは。もう無くすなよ」
彼はすごく爽やかに、穏やかに笑みを浮かべて他の生徒にまみれて消えてしまった。
亜矢は呆然とその姿を見やり、感じたことのない気持ちに顔を傾げる。
「あの人も私も……受かるかな?」
「初めて会ったあの時のあの笑顔に私は惚れたの!勝手に勘違いして勝手に失望なんかしないでよ!意味わからないじゃない!」
「なっ、そんな事言ったって、愛想笑いのあの笑顔を好きになったなんて言われたら誰だって悲しむに決まってるだろ!」
「何でよ!」
「俺だってお前のこと」
言いかけて口を閉じる。
ぱちくりと瞬きを繰り返す彼女を一瞥して、顔を真っ赤に染めた
「私が何よ?」
「〜〜〜〜〜っっっ!」
忘れかけていた。ここにはかなりの観客がいた。にやにやと見学する野次馬がそこら中にいる。それがわかったのか亜矢は口を歪ませて笑った。
「な、何笑って!」
「あはは!気にしすぎ!どうせいつかは噂で知られるんだからはっきり言っちゃいなよ!」
彼は彼女に想いを寄せたことを後悔した。これから幾度なくこのような経験をすると悟ったからだ。
優しくて、賢くて、勇敢で、カッコいい。それが憧れで悔しい。
「俺もお前のこと好きだよ」
「じゃぁ、本当の笑顔を私にちょうだい!」
「あ、あった!やった!」
「よし!受かったぞ!」
隣の声に顔を見合わせる。そこには前に一度だけ見たことある顔。
「おぉ、合格したのか?」
「う、うん。貴方もでしょ?おめでとう!同じクラスになれるといいね」
その時、自分のことのように喜んでくれた彼女の顔が。
太陽のように明るく笑うその顔が藍人は忘れられなかった。
「「大好き」」
この日、高校に入る前から生まれた片想いが二つ、無くなった。
それは散ったのではなく
合格とはまた違う
花が咲いたから
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