第5話:勇者の日常
「んー…………ッッ!!」
銀色の長髪を風になびかせながら、サーシャは手を掲げて背を伸ばす。
「はぁ……すっごい開放感…………お父様には悪いけど居ると居ないじゃかなり違ってくるよねぇ」
そう呟くとサーシャは嬉しそうに微笑みながら活気に溢れる町並みを歩く。
いつもならベリアが陰からコッソリ覗いてたり探知の魔導で居場所や状況を確認されたりと、正直に言えばプライベートなど無いようなものだった。
だからサーシャはこんな時間が好きだった。
誰も知っている人はいない、皆が楽しげに笑っている。
子供も大人も、異種族の人々も、悲しげな表情など一つもない。
束縛など一つも無い。
「そこの綺麗なお姉さん!! 良い銀細工あるから見ていかないかい?」
こんな風に時々かかってくる声も好き。
自由で気ままな時間は好きだが孤独は嫌いなのだ。
「えーと、どんなのがあるんですか?」
そう言ってサーシャは路上に広げられたシートに並べられた銀や金などの細工に目をやる。
中でも一際輝いていたのは淡い碧色の鉱物と銀で作られたネックレス。
見たことも無い花と鹿らしき動物が彫刻され、その中心には薄い蜂蜜色の石が輝いていた。
「あの、これは?」
「ん?あぁ、これか! お姉さんお目が高いね! コイツは帝都の細工職人が作ったもので――――なわけなんだ! で、これ使われている鉱石がまた凄いものでレアメタルと聖銀の――――で、宝石が――――」
「毎度ありー!!」
「買わされてしまった…………」
商人という人種の恐ろしさを改めて実感したサーシャだった。
長い説明にぐったりし始め、気がつけば銀貨を差し出している自分がいたなんてきっと誰にも言えないだろう。
とはいえ綺麗な色をしたネックレスだ、身に着けるまでいかなくても持っておくくらいなら・・と満更でもない表情で暫く道を行くと男性の大きな声が聞こえてきた。
「グダグタうっせぇなぁ!! 殴り殺すぞクソガキ!!」
「泣かしちゃうよ!」
「いえ、暴力とかそういう問題じゃなくて盗んだ財布返してもらえませんか?盗まれた僕の不注意でもありますが、スリは犯罪でしょう?返してくれないなら実力行使に移らせていただきますが」
「んだど!? てめぇみたいなおかっぱが俺に勝てるとでも思ってんのかよ!!」
「泣かしちゃうよ!」
「おかっぱ…………」
視線の先にはチンピラの代名詞的な格好をしたスキンヘッドの色黒男とほつれた皮の服をきた小男、そして――
「クローセル……?」
長めの金髪を肩の辺りで切り揃えたこげ茶色のローブの男。
それは今朝駅で見た彼女の友人と外見が完全に一致していた。
「おかっぱ言ったな……」
「あぁん!?」
「泣かしちゃうからね!?」
「燃ヤスッッ!!」
ベイルシアは無詠唱で両腕に炎を纏うと壮絶且つ不適な笑みと共にチンピラ二人へ躍りかかる。
対してチンピラ達は目の前の相手が魔術師だとは予想してなかったらしく驚愕と畏怖を表情に浮かべてその場に硬直してしまう。
「まずいっ」
サーシャはさすがにそのままでは惨事になると察したのか腰から細身の剣を抜きチンピラとクローセルの間に割り込む。
細身の剣はクローセルの魔手を防いだが熱気と烈火の尾がサーシャの頬を撫でた。
「あつ……っ」
「な! サーシャ!?」
ベイルシアはサーシャに割り込まれたことで我を取り戻したのか息も荒いままに両手の炎を絶やす。
ゆっくりと安堵の息を漏らすとサーシャは後方にいるはずのチンピラ達の無事を確認しようとするがどうやら既に逃げてしまったようだ。
仕方ないと頭から彼等のことを忘れ去るとベイルシアを睨みつけた。
「一般人に攻性魔術使っちゃ駄目じゃない……逮捕されちゃうよ?」
「いや……その……すみません」
「まったく…………それじゃ、そろそろお父様のところ帰ろっか」
「う゛…………」
「あれれ? もしかしてお父様のこと苦手なの?」
言葉を詰まらせるベイルシアの顔を覗き込み、悪戯っ子のような笑みでからかうサーシャ。
対してベイルシアは肯定も否定も出来ずに、かと言って誤魔化せるわけでも無いらしく目を彷徨わせ、ある事に気づいた。
「あぁ!! 財布盗られたままでした!!」
「えぇ!?」
「申し訳ありません!僕は先に財布を取り返してきます!!」
そう言うや否やベイルシアは猛スピードで脱兎の如く人ごみの中へ消えていった。
それから暫くして財布を取り戻せなかったベイルシアが戻ってきてベリアとセバスチャンの餌食になるのは言うまでもないだろう。 |