番外:クローセル
少年は水を司る一族に生まれた。
一族は"銀水のクローセル"と呼ばれる勇者の血族。
その一族の人間は生まれながらに日の光を受け輝く水のような銀色の髪を持ち、水を操ることに長けるとされている。
その家に少年は生まれてしまった。
生まれてしまったのだ。
少年は呪いの子――忌み児として一族より隔離され、秘匿され、放棄された。
――――いつからだろうか?
少年は己の辿った暗い道を振り返る。
されどそこには何も無い。
両親の記憶も友人の記憶も隣人の記憶も。
虐げられた記憶すらない。
――――何故だろう?
そう考えてから、すぐに少年は子供が決して見せるべきではない自嘲的な笑みを浮かべた。
――――決まっている。決まりきっている。それは僕のせいだ。
少年は自分の腕を、脚を、身体を見る。
――――燃えている、どうしようもないほどに燃え盛っているよ。だから僕は忌み児。
少年はクローセルの家に生まれてはならない炎の子であった。
だから頭に生えたのは静かな銀色ではなく燃え盛る炎のような黄金。
願えば現われ、服従するのは清浄なる瀑布ではなく激昂する劫火。
「ああ……」
口を開けば漏れるのは呻き声。
世は寂寞、世は蕭然。
彼の世界とはまさにそれ。
誰も居ない、居るのに存在ない。
手を伸ばせば届くのだろうか、そう何度思ったことだろうか?
誰も振り返らない、誰も自分を見ようとしない、誰一人として自分に気づかない。
目の前を通り過ぎる親子、親も子も自分には気づかない、ただ楽しげに笑みを浮かべている。
胸にもやもやとした黒い何かが、苦痛とも呼べるそれは自分に静かに語りかけた。
――――憎い?
ひっそりと
――――なら燃やしてしまえ
次第に声は怒気を帯びる。
――――気づいてもらおう、燃やせばきっと驚いて誰かが気づいてくれる。
それは救世主の声だ、だから甘美であり根拠こそ無いが従うべきだった。
――――燃えてしまえ。
言霊と共に炎上する人、獣、家、館、船、店、木、草、花、虫、目の前の世界全て。
生きていようが生きていまいが燃えた。
周囲は慌てる、悪魔は嗤う、僕は観る。
始めは恍惚、終わりは虚ろ、何もない。
暫く呆然とした後に少年は突如襲った辛く苦い何かに嗚咽し、涙を流した。
少年は何も無いまま数年の時間を過ごした。
気づけば背丈は伸び、最低限必要な知識もついていた。
服も気づけば着ていた、買ったのかもしれないし奪ったのかもしれない、だがその過程も原因も覚えていない、ただあるのは結果だけ。
少年は青年へと変わったが未だその永い煉獄で炎を灯し続けていたのだ。
そしてある日青年の世界に色がついた。
目の前を横切るのは銀色の勇者。
その姿に青年は目を奪われた、自分が必然のように持っていたかもしれないそれを持つ彼女に、自分が決して持ち得ないそれを持った彼女に。
青年は自分でも気づかないうちに手を伸ばした。
「え?」
「あ……」
彼女は突然の出来事に暫く困ったような表情を浮かべるが決心がついた、とでも言うかのように笑みを浮かべ青年の手を握り返す。
言葉はなく、意思の疎通すらもない。
だが、しかし確実に届いた。
届いたのだ。
それから数年後、青年は銀色の勇者と数人の仲間とともに世界に変革をもたらすことになる。 |