第3話:忘却の魔術師
勇者、勇める者。
人類の救世主にして英雄王。
あらゆる悪意からの救い手にして天上より神が落とした唯一の聖剣。
彼らは人類が存在したとされる時代より全ての困難と悪意を打ち砕いたとされる。
ただし彼らもまた人間やそれに順する種族。
必ずしも善人ではないのだ。
歴史上では現れず、その存在や所業を秘匿されてこそいるもののとてもでは無いが好ましいとは言えぬ行動をとる"勇者"もいるのもまた事実なのだ。
だがそれも仕方ない。
彼らもたしかに人間なのだ。
「………………」
今、彼の目の前に炎上する館がある。
そこに生命の気配は無い。
あったのかもしれないし無かったのかもしれない、それを知るのは彼のみ。
誰も知りこそしないが彼こそは勇者であった。
いや、正しく言うならば勇者の血族というべきか。
そして目の前の惨劇は彼が起したことは言うべきもないだろう。
彼こそは勇者の血族にして大陸屈指の魔術師、ベイルシア=クローセル。
かつて勇者やその仲間と共に"魔王"を討った魔術師である。
汽車と呼ばれるそれは車体の先頭にある煙突から灰色の煙を吐きながら車体をガタガタと強く揺らし線路を力強く走る。
馬車よりも早く、馬よりも強く、果てのないように見える道を走る。
とは言え、乗り心地はそこまで良いものでは無いのだが。
「いつまで怒っているのだ? セバスチャン」
「怒ってはいません、ただ以後はご自分の責任はきっちりとですね?」
「いやぁ……ははは、サーシャのことになると頭が真っ白になるというか……自制がなぁ」
まるで反省の気配が無い飄々とした主の態度に思わず溜め息を吐くセバスチャン。
(まったく…………ですが、まぁ……千年前のベリア様に比べればこちらの方が好ましいですかね……)
と心の中で呟きながら悪戯っ子を見るような優しい瞳で主を見つめるセバスチャン。
千年前、ベリアは"魔王"であった。
人々から畏れられ、憎悪され、遠ざけられた悪夢の覇王。
ある意味では・・彼の絶頂期だったのだ。
魔王を魔王と言わしめた魔眼は健在で、現在のような魔導士ではなく魔道士であり魔瞳士であった。
神を殺したのもこの頃、人々を嬲り玩んだのもこの頃だ。
そしてそれから数百年後に勇者と出会い、魔王が魔王で無くなり始める。
「まったく……お父様は少し過保護ですよ……私だってもう……兎に角もう一人立ち出来る歳ですよ!?」
父親の過保護を責めるが危うく実年齢を口に仕掛けて冷や汗をかくサーシャ。
最もそれも人間の年齢に正せば17〜19歳なのだがそれでも人間としての常識を知る彼女には余りにも辛いようだ。
「何をいうか……だいたいサーシャ、お前小さい頃にワタシのお嫁さんになると言っていただろう?まぁ迫られたら迫られたで問題だが」
「そんなの子供の戯言でしょう!」
そう言ってサーシャは満更でもない、という顔をしたベリアの頭を叩く。
ベリアはベリアで「はっはっは」などと余裕を笑みを浮かべている。
「ベリア様、サーシャ様、どうやら到着したようです」
車窓から外を眺めながらセバスチャンが呟いた。
窓の外には一面の銀世界・・・なんて事は無く小さく寂れた駅に駅員らしき老人と魔術師風の男一人がポツリと。
「ふむ、もうか……にしても汽車は良いな!この強めの揺れが何とも愉快で!!」
「そう思うのはお父様だけです、これはどう考えても不愉快な揺れだし……イスも硬いし…………」
「その点は同意です、この老体には少々響きます」
はしゃぐベリアを前に苦笑いする二人。
これではどちらが親なのかわかったものではない。
三人は暫くいつもの様に談笑し他の乗客が降りたのを確認してから最後に降車する。
何故そんなことをするかと問われれば簡単だ、ベリアが居るから。
彼はいるだけで周囲にあらぬ恐怖やら何やらを与えてしまうのだ、小さな子供にはウケが良いが大人達には何とも苦い。
三人が汽車から降りると車窓からも確認できた魔術師風の男が近づいてきた。
「やあ、久しぶり」
男は柔和な笑みを浮かべながら少し長めの金髪を揺らす。
に、対して三人は。
「「「誰?」だ?」ですか?」
予想していたものの男は三人の反応に落胆の色を浮かべる。
が、ベリアとセバスチャンの口元にどす黒い笑みが浮かんでいるのに気づき舌打ちをした。
そしてベリアは今までとは打って変わって高慢な笑みを湛えながら男の肩を数度軽く叩いた。
「まあ、貴様など覚えるに足らんということだな……ベイルシア」
「さすがにお父さんは手堅いですね……」
「誰が"お父さん(はぁと"、だ!! サーシャはやらんぞこの腐れ×××!!」
「いや、誰もそんなこと言ってな――」
「えぇい! 黙れぇぃ!! 貴様の××の穴から腕突っ込んで炸裂の魔導使うぞゴルァ!!」
そう言って右目と右腕から魔力の光を漏らすベリア、左腕はベイルシアの肩をガッチリとホールドしている。
ベイルシアはといえば慌てる様子も無く、期待に満ち溢れた表情でサーシャを見ている。
どうやら助けてもらうつもりのようだ。
「……本当に誰でしたっけ?」
「おふっ」
サーシャの無残な一言に崩れ落ちるベイルシア、頑張れベイルシア! 負けるなベイルシア! あたって粉微塵に吹き飛べベイルシア!
「縁起でもないことは言わないで下さい!!」
「え?」
「あ、いや、何でもないです!」
ヘタレ。
「うるさい!」
「え?え?」
「…………くっ」
以上、セバスチャンでした。
という具合にセバスチャンとベリアから攻められ続けそろそろ色んなものが限界に近づいているベイルシア。
「だいたい、だ」
「何ですか?」
三人の猛攻にやさぐれ始めたベイルシア。
ベリアは依然として高慢な表情を崩さず高い視点から彼を見下ろし、まるで――否、汚物を見る目で卑下する。
「意味のわからん放火癖のある貴様なんぞがサーシャに近づこうとしているのは何の冗談だ? 大方あの放火癖は治っておらんのだろう?」
「ぐっ」
図星を疲れて頬を引き攣らせるベイルシア。
「放火癖……ああ! クローセルですか!?」
「サーシャ様……今頃お気づきに?」
「というか……思い出す原因がそれな僕って一体…………」
「元気でしたかクローセル!!」
「ええ、まあ…………というかお父―ベリアさんがベイルシアって言ったあたりで気づかなかったのかな?」
「そっかぁ……皆元気にしてるかなぁ…………」
本当に忘れ似れていた哀れな子羊はベリアの一挙一動に怯えながら恐る恐るといった様子でサーシャを非難した。
方やサーシャといえば、数年前の冒険が懐かしいのか自分の世界に入り込んでいる。
その様子はベリアのそれとほとんど一緒で勇者と魔王といえど親子なのだということを再確認させた。
「…………モウイイデス」
「ハッハッハッ! 漢を磨いて出直して来い!! まあ貴様にだけはやらんがな!! 個人的に嫌いだから!!!! ハァッーハッハッハッハッハァー!」
「……ふふふ」
「懐かしいなー懐かしいなー……」
今にも自害しそうな表情の不幸オーラ全開の金髪優男、高慢オーラを全身から吹き出しながら高笑いする隻眼の大男、真夏なのにも関わらずコートを着込んだ悪役っぽい笑みを浮かべる老紳士、自分の世界に浸りきった銀髪の美女。
周囲からの好奇や哀れみ、蔑みの視線に気づくのはもう少し後である。 |