第24話:愉快で愉快な遁走曲
闇夜の守護者はあまりにも頼りなかった。
燃え盛る赤髪は、太陽の恩恵を奪われ小さく燻り、光る朱色の瞳は暗闇色に染められる。
松明は今にも消えてしまいそうで、それ以前に青年のなけなしの勇気と決断はもうすでに霞み始めていた。
「はははははははは、な、なにもすぐ出るはずは無いよね? うんうん、そ、それに魔獣って一箇所に留まらない性質があるから――そりゃ、定住するタイプもいるけどって何を言っているんだ僕はぁー!!!」
誰にも知れず、その絶叫風味な大声が魔獣を呼び寄せる絶好の香辛料になる可能性すらある事を忘れて一人不安と戦う炎の寵児。
飛び交う赤色の精霊達は、そんな彼の様子をお構いなしに姦しく歌い踊り談笑する。
そんな彼や彼女達の姿に羨ましさすら覚えながらベイルシアはひっそりと溜め息を吐く。
「どうして…………、僕以外の護衛がいないんでしょうか? これはあれかな、悪魔の姦計?」
この場には居ない元魔王に責任転嫁――というより逆恨みしつつ、もしもの時の助けが無い現状と現状を作り出した自分、ついでに元魔王に絶賛大怨嗟。
と、そこで、
「うわぁ!!」
唯一の心の支えでもあった、獣避けの松明の炎が消えた。
そもそも魔獣退治の意味も持つこの護衛の任に、獣避けの松明を持つ必要があるのかが定かで無いのだが。
「うわぁーん、もう僕終わった? 筋肉大帝国の次は暗闇からの殺戮劇? それとも主演は僕でその他も全部僕の孤独な上昇喜劇?」
不安に押し潰されて意味不明なことをのたまうベイルシア、元々彼は気弱な人間ではあったが、兄との戦いや精霊達の視認、果てに一人置き去りなど、出来事が重なりに重なって成長に繋がる出来事すらも全てが悪性大回転、喜ぶべき出来事から何から何までが悪い方向へと落ち込んでいた。
――簡単に具体的に言えば、明るい消極思考とでも言おうか。
悪い方向へ悪い方向へと考えて――それが行き過ぎても悲劇が喜劇へと相成り始めていた。
そこへ更なる喜劇。
「あ…………、あははは、もしかしてー」
低い低い唸り声、ベイルシアが振り返った先にいたのはグチャグチャの姿をして魔獣のような魔族のような人間のような亜人のような天使のような悪魔のような――、
仮定するならば、合成獣。
子供が強そうな物を何でもかんでも集めて、合体させた末に出来上がったような出来損ない達。
しかし、出来損ないというには圧倒的過ぎる殺気と魔力の量。
その姿と気配にベイルシアは即座に感づいた。
――奴等だ、と。
目の前にいるそれこそが対象にして対象。
すぐには襲い掛からずに、狡猾にベイルシアの動きを見る獣達の数は六。
暗闇でしっかりと視認は出来ないが、数だけは間違いないのだろう、未熟とはいえ彼の勇者達と共に培った経験がこの場で初めて発揮された。
「ふぅ」
落ち着かせる為に全身から邪気を掃うかのような、息吹。
常人ならば見ただけで吐き気を催し、発狂しかねないその姿にベイルシアは純粋に恐怖し――なけなしの勇気と闘志で攻撃を開始した。
が、
逃げる、逃げる、逃げる。
それが愛の逃避行や明日への前進などというものならばどれほど安堵できただろうか、良かっただろうか。
残念ながら今、ベイルシアはもっと酷い現実を直視せざる得ない状況にいた。
嘆きたい、怒りたい、せめて現状に文句の一つでもつけてやりたい。
だが足は止められない、時折耳に届くのは慟哭にも似た荒い獣の鼻息。
その鼻息は獣独特の臭さと薬品臭さが入り混じった不快の極み、今この場にこれ以上の悪臭はあるだろうか? もしもベイルシアの目の前に腐り果てた悪臭を放つ何かがあったとしても彼は眉一つ動かさずにそれを処理しただろう。
勿論その腐臭は不愉快ではあるが、現状ではあのおぞましい野生と科学ほど憎たらしいものは無いに違いない。
「は、はぁ、はぁ、はぁ。ぜんっぜん勝てそうにない、攻撃全部飲み込んだり弾いたり…………冗談かい? あはは……クソっ」
挫けそうになる心を奮い立たせ、宵闇をひた走る。
――――ッッッッ!!
「うわああああああ!! ムリムリムリムリムリ!! 頑張っても怖いです、超怖いです!!」
もはや言語や音として認識不可能な域に入っている重低音が、なけなしの闘志と一緒にベイルシアの魂を挫いた、あっさりと。
ふと振り返り、視認したのは五つの影、何とか六つのうちの一つは撒いたらしいが、それでも大した変わりは無い。
あのイキモノと呼べるものを適当に合体させた、東亜の最終兵器、闇鍋にも勝ると劣らぬ不愉快生物は何の冗談か一体一体が恐ろしく強く、そして狡猾だった。
造詣や臭い、品格、気、あらゆるものどれをとっても少年向け画集に並べられたやられ役や雑兵レベルのはずの獣達は、ベイルシアの感覚からすると一体一体が敵の総大将クラスであった。
「あはは、死ぬ? これ死ぬんじゃない? うわっはー、もう悲観通り越して達観しちゃいそう。勝てない勝てない、逃げ切るのもこれは無理だなぁー」
壊れた人形のようにケラケラ笑いながら、猛スピードで逃げるベイルシア。
目じりにはキラリと光る何かがあり、口元には恐怖が一回転二回転して生まれた狂気が見えた。
だが、たとえベイルシアが壊れたとしても、彼等――否、もはや生物として呼称する方法が見当たらないソレが追跡を止めてくれるわけも無く、衰え知らずの喜劇にも似た逃走劇は永遠と続くだろう。
次第に目的がわからなくなるのは必然。
倒すべき敵が、今では恐るべき追跡者に。
倒すはずの主人公が、今ではおいしそうな今夜の晩御飯に。
精霊達は哂う、笑う、嗤う。
多種多様に、まるでそれを危惧していないかのように、それを危機として――否、人形遊びの一端だと言わんばかりに観客の如く笑い哂い嗤う。
しかし、そんな彼等の様子に気づくにはベイルシアはあまりにも必死過ぎた。
まさに、これこそが哀れな子羊による真っ赤な遁走曲 |