第23話:赤き青年の旅路
「あー……えーと」
「…………」
親にすがる子供のように、困った表情を浮かべる青年のローブの裾を無言で掴む少女。
青年は何度も繰り返した言葉を口にするが、少女は断固として青年から離れようとせず、ただただ強く裾を握り締めた。
そんな少女に青年――ベイルシア=クローセルは短く溜め息を吐いた。
「総一郎達は魔王城へ……?」
「はい」
そう完結に答える門番、付け入る隙が無いとはこの事だろう。
最も付け入ったからと言って今のベイルシアにはどうしようも無いのだが。
「置いてかれた……はは、ま、まぁ僕が遅かったのがわる……いね、あははは」
虚しげに切なげに自己完結するベイルシア、炎を彷彿とさせる紅蓮色の短髪が微かな風に揺れる。
もしも今の彼を総一郎達が見たら何というだろうか?
おそらくは、グレた、というだろう。
ベイルシアのこの髪は、別に心機一転といった意味はまったく無く、染めたわけでも何でも無いのだ。
髪の長さが違うのは切ったから、色が違うのは――あの日、精霊達が見えるようになってからだった。
気絶して気がつけば、あの廃劇場の管理人の老人に助けられ、介抱されていた。
最初は何事かと思ったが、見えてしまう彼らに問いかけたことでベイルシアの疑問は全て解消された。
精霊達が言うには、魔力に当てられたとの事らしい。
「に、似合わないよなぁ・・・僕には攻撃的過ぎるよ」
困ったように呟きながら赤髪を掻く。
そしてベイルシアはもう一つ変わったことがあった。
――目だ。
小さな頃から慣れ親しんだ、帝国民に多い碧眼は既に無く、明るい緋色の瞳へと変わっていた。
「麗眼……か」
それは精霊を見ることが敵う唯一の瞳。
感じるのではない、見えるのだ。
彼らの動きが、表情が、全てが見えてしまう。
人間という存在では理解も許容もしきれないその姿がベイルシアには見えていた。
「どうしよう……かなぁ」
今は目の事を忘れるとして、ベイルシアが総一郎達を追おうとした場合、幾つかの問題があった。
一つは金銭の問題、ベリア達と一緒の時は汽車を使っていたが、そもそも汽車は乗り心地が悪いわりに乗車賃が半端ではないのだ。
ルガードに来るまでの汽車賃は何とかできたが、ここから魔王城――リーヒッツ共和国域に入るとなったら帝国の騎士達の給与半年分の資金が必要になる。
もう一つは時間、もしも汽車に乗ったとしても、ここからでは最低でも十日間はかかる距離だ、間違いなく入れ違いになってしまうだろう。
「待って……くれるわけないのよなぁ……総一郎も何だかんだで愉快犯だし」
「はぁ……」と深い溜め息を吐きながら、ふとローブのポケットの中に手をやると、ある物が無いことに気づいた。
ベイルシアは思わず乾いた笑みを浮かべながら、現実逃避気味に呟く。
「…………終わった」
そう言って意外と無骨な片手で顔面を覆い、天を仰いだ。
「財布……、落としたんだった」
総一郎達を追うとかそれ以前に、今日の寝床と食料の心配をする必要がありそうだ、という事実に大いに嘆きながら、ベイルシアは仕事を探す為に泣く泣く酒場へと向かうことにした。
掲示板に隙間なくかけられた依頼が書き込まれているプレートはリンガードで見た時と同じくほとんどが東亜国内からの依頼、違うものもあるがほぼ全てが現在地から遠い街からの依頼だった。
「うーん……、どうしよう」
暫く悩みプレートを見回して、ふと報奨金の額が相場より一桁多い依頼が目に付いた。
依頼内容は護衛、依頼主はこのルガード公領から西にあるアンセラという小都市に住む、アルフィード子爵となっていた。
「…………アルフィード男爵って何処かで聞いたことあるなぁ。たしか……」
そう言ってすぐに自己完結するベイルシア、考えても仕方ないという事実と、どうせ胡散臭い依頼なのだからこれ以上何があろうと関係あるまい、と半ばヤケクソでプレートを取り、バーテンダーの元へと向かう。
差し出された血判状やら何やらにサインをし契約を完了させ、アンセラまでの旅費を受け取ると、馬車の乗り合い所へと向かう。
「乗り心地は悪いけど、旅費出してくれてる以上文句は言えないか……、報奨金のわりにショボいけど」
それが二日前の話だ。
「ん?お前は確か」
広いとは言えない応接間でベイルシアの応対に現れたのは、顎鬚を蓄えた貴族というよりも傭兵のような、筋肉質で身長の低い黒髪碧眼の中年男性。
服装も平民が着るようなそれで、貴族の中でも下の階級の貴族というのは高慢ちきな人間が多いが、ベイルシアの目の前にいる男は、それには属さない人間のようだ。
応接間に武器や魔獣の剥製が多いことから、武家の人間なのだろうとベイルシアは断定する。
どうやら男もベイルシアに覚えがあるらしい、お互い数分考え込み、ほぼ同時に「あ」と声を上げた。
「アーバンさんですか?」
「お前はベイルシアか!?」
「まさか貴族になってるなんて思いませんでしたよ」
「まだ生きてたのかぁ……あの嬢ちゃん達と一緒にいて良く死なずに済んだな?」
「いや、ははは……確かに何度か死に掛けましたけど、アーバンさんこそ元気みたいで」
「はっはっは! お前はアレか? グレたのか、頭真っ赤にして……目は魔術かなんかか?」
お互いに驚きを隠せない様子で暫く談笑する。
だが、男――アーバンすぐに本題を思い出すと笑みを隠した。
「依頼を受けたのがお前だとはなぁ……」
「鉄塊なんて呼ばれてたアーバンさんが護衛だなんて……何かあったんですか?」
ベイルシアの目の前の男、アーバンは元々傭兵――否、戦争屋と呼ばれる部類の人間であった。
鉄塊と呼ばれ、戦場に単独で突入したとしても生きて帰って来るほどの生還率と防御力を誇り、その攻めの戦法に至ってはまさに巨人が鉄塊の槌を振り回すが如き威力を発揮するとすらされた。
出会いはサーシャが受けた依頼の中で、怪我を負っていた彼を助けたことから始まるのだが。
「はっはっは、そらあ俺だって無敵じゃねえんだ。もう嫁さんもガキもできたから戦争屋なんてものできっこねぇよ、死ぬのが怖くなっちまった」
「こ、子供できたんですか?」
「ん? 教えてなかったか? お前達に助けられた時には、もう嫁さんの腹ん中にいたんだよ」
「やんちゃ盛りのバカ息子だよ」と父親の表情で笑うアーバン。
現在の爵位は、引退時に皇帝陛下自ら賜ったものなんだと自慢げに語る。
「それにしても……暗殺者にでも狙われてるんですか?」
「んー、あー……」
歯切れが悪そうに言葉を詰まらせるアーバン、その反応からベイルシアは暗殺者では無く、更に悪いものに狙われているのだと察した。
浮かんだのは上級魔族、獣人、エルフ、勇者の四つの答え。
帝国のことわざでも、この四つに狙われたら諦めろとまで言われているくらいだ。
「よく……わからねえんだ」
「え?」
アーバンが言うには、魔獣のような姿をしている事だけは確かだが、姿形は見たことも無いもので今までにエルフや獣人から護衛を出しているが全滅しているとのことだった。
「魔族っていうには敵意が感じられねえし、魔獣にしては知能がありすぎるんだよ。殺気の質や量は魔獣以上だが……魔術を行使してやがった」
ベイルシアはその言葉に頭を悩ませた。
魔術や魔道を使えるのは間違いなく人に近い、もしくはそれ以上の知能を持っている証だ。
だが、魔族というのは殺意よりも敵意を持って襲い掛かってくる種族なので、戦争屋だったアーバンが違うと言うならば違うのだろう。
しかしエルフや獣人を護衛として雇っているのに、それが全滅しているとアーバンは言った。
エルフは魔力に長けてはいるが、闇討ちに弱いので魔獣に殺されたというのはまだ理解できる、だが戦士としては最強の種族とすらされる獣人が、たかが魔獣に遅れをとるだろうか? 彼等は魔獣の中でも最上級とされるドラゴンですら倒すのだ、そんな種族の――護衛の依頼を受けるのだろうから戦士なのであろう彼等さえも殺した魔獣らしきソレ。
考えれば考えるほどに、泥沼にはまって行くベイルシアを見かねたのかアーバンは諦めにも似たことを言った。
「いや……、まぁ最悪この家捨てて逃げりゃあ良いんだ。何もお前が無理してやらなくても良いんだぜ?」
「そんなっ!!」
たしかにベイルシアは、強いと呼ばれる部類に入りこそするが、その実力は依頼主のアーバンにすら劣り、もしこの依頼を受けたとしても獣人達の二の舞になるのは見えきっていた。
だが、だとしてもベイルシアは引けなかった、友人であり一度も感じたことの無かった父性を始めて感じさせてくれたこの男の幸せを壊すなどと、壊れていく様を見逃すことは決して出来なかった。
「大丈夫ですよ! 僕だってそれなりに強いですから」
「ベイルシア…………お前って奴はっ!!」
「わぷっ!?」
感極まったという様子で立ち上がり、イスに腰掛けるベイルシアの頭を固く抱擁するアーバン。
だがベイルシアは、その鉄の抱擁に溺れ、だんだんと廃人へ堕ちていく。
「ちょ、筋肉が、筋肉が、筋肉だらけの、筋肉に犯される!! ああ、ああああああああ!? 筋肉の筋肉による筋肉の為の楽園が! 筋肉の桃源郷がああああああ!!!!」
それから暫く、ベイルシアは筋肉の歓迎を受け続けた。
ベイルシアがそれから解放されたのは、アーバンの妻と息子が帰宅して数分後のことだった。 |