第22話:繰り返されるものと。
「兎に角、絶対安静です」
「むぅ…………もう治ったと言っているだろう?」
「毒が引いたとはいえ、弱った身体で歩き回られても困ります。何より私の心臓に悪いので」
そう言って窮屈そうに、自分の身体より少し大きい程度のベットに身を伏せている。
「わかった。わかったから早くいけ、ワタシはもう寝る」
「次はありませんからね」
きつめにそれだけ言うとセバスチャンは伏せる主に背を向けて客室の扉を閉めた。
そして同じくご苦労とでも言うべきかもしれないベリア捕獲の功労者に声をかける。
彼女は、とても不機嫌だった。
「納得がいかないであります」
「ま、まぁ……あの方ですから」
頬を膨らませ、外見に良く似合う童女の表情を見せるアギをセバスチャンは苦笑いを浮かべながら、何とか彼女をなだめようと思考する。
「ふん、あれだけ心配――いえ、迷惑をかけて次の日には何事も……やはり納得行かないであります!!」
「あー……」
「ははは」と乾いた笑みを浮かべ、客室から抜け出して、その隣の跡形も無くなった自室の前を忍び足で歩く主を見て、今日で何度目かになる溜め息をついた。
「ベ、ベリア様!? まだ安静に――」
「ええい! お前までそれを言うかセバスチャン!! アギもサーシャも城の者全員が寄って集ってワタシをベットに縛り付けようと!!」
「……どう見ても足、引き摺っていますよね?」
「き、気のせいだ!!」
「……………………」
「……………………」
突如セバスチャンの姿が左右にぶれ、軽い着地音と共にベリアの背後を取り羽交い絞めにする。
勿論ベリアもただでは捕まるまいと出来る限り必死に暴れ、腕をじたばたと子供のようにするが思いの外、強く捕らえられていることに気づき、仕方ないという様子で大人しくなった。
やれやれと言った様子で頭を横に振り、城の外にいた守衛達にベリアを引き渡した。
だが、
「うわっ!? へ、陛下!!」
「うはははははははははは!!! 天上天下唯我独尊っっ!!ワタシは誰にも束縛されないのだ!!ふははははははははは」
守衛やセバスチャンを振り切り、高笑いだけを残してベリアは彼方へと猛スピードで走り去っていった。
「……セバスチャン様、その…………俺、仕事に戻りますね」
「…………はい」
そしてそんなベリアを追うだけの気力は、既に彼らには残っていなかった。
この脱走、今日で七度目である。
ふと、セバスチャンは天空を覆う影の持ち主――鋼の一角を持つ灰色の老竜を見て再度繰り返される光景に溜め息を吐いた。
「…………縛りますか」
セバスチャンは静かに懐から荒縄を取り出し、壮絶な――悪魔でも泣き叫びながら逃げ出すような笑みを浮かべた。
「縛りましょう」
灰色の竜に咥えられ、何か叫びながらこちらへと運ばれてくる、不甲斐無い愛すべき主を見て再確認するように呟いた。
賑やかで安らかな時間が続いていく。
「被験体6号の様子はどうだ?」
暗い施設の中、古代文明の技術を再現したと言われる研究室と呼ばれるそこで、巨大な筒状の水槽を前にした研究員らしき白衣の男に女は問うた。
「順調です。精神値も安定していますし……、3号や5号に比べて上昇の幅も安定しています」
「そうか、ならばそのまま続けろ。最悪B番からF番までの投薬を許可する」
だが、研究員ではあるが、被験体の身体を壊しかねない命令に男は難色を示した。
別に同情などではない、この最高の実験体を見す見す壊してしまうのは、彼にとってあまりに許容できない事だったのだ。
楽しげに呟く上司の女に白衣の男は意を決して反論することにした。
「び、B番はともかく、E番とF番は危険では?」
「あン?」
ギロリ、と巨大な蛇や鰐のような瞳で女は男を睨んだ。
男は何も言えず、まるで石化したかのように硬直し、口をパクパクとさせた。
睨みながら女は、肩辺りまで伸ばしたシャギーカットの薄墨色の髪をかき上げ、勘違いをしている目の前の俗物の顎を掴み、吐息がかかる様な距離まで近づけて言い放った。
「お前は優秀だからここに置いてるんじゃない。他の奴等よりも少しだけ聞き分けが良かったから生かしてやっていたんだ」
「おごっ!?」
鈍い音とともに男は腹部を両手で押さえながら崩れ落ちた。
つまらなそうに、それを眺めながら女は片手を軽くあげ、周囲で別の被験体を見ていた研究員達に指示する。
「そういえば普通の人間の被験体は無かったな。今からこれが7号だ、連れて行け」
訓練された軍人のように研究員達は敬礼すると、怯え、嫌だ嫌だと涙や鼻水を流しながら、必死に叫び狂う男の両脇を抱え、足を縛り、研究室の奥にある別室へと運んでいった。
「やめ、嫌だ、あ、助けて、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――!!」
長く悲痛な、次第に人のもので無くなっていく無残な悲鳴が永遠と……。
研究室の入り口には帝国の紋章が掲げられていた。 |