第20話:今はただ安らぎを。
「――とのことです」
「ふうん……、そう。じゃあ生きてるんだぁ、アレ」
真っ白な部屋、白一色の異質な部屋にそれはいた。
部屋の主――怠惰を体言するソレは眉一つ動かす淡々と報告書を読んでいく。
「殿下、次は――」
「急かさないでよぉ……やる気無くなるだろぉ?」
帝国第一皇子、エルロイ=アスタロット=ウィルティニア。
幼い頃に罹った奇病により病床にふせっているという情報により王位継承の争いから解放された唯一の皇帝の子。
その正体は帝国の恥部を司る白の貴公子。
「んー……どうしようかなぁ」
エルロイは艶のある色素の無い髪を揺らしながら幼げな表情を浮かべながら白い部屋を見回した。
「そうだなぁ、暗殺者ギルドにいる勇者の中でぇ、四番目くらいに強い奴を一人だけ送りつけようかぁ」
「よ、四番目ですか?」
「そう、四番目ぇ……だって殺されるのわかってるのに貴重な勇者減らせないでしょぉ?かと言って弱過ぎるとバカにされそうだしぃ」
そう言うと手元の報告書を投げ捨て、白い床に身を転がす。
「あぁ……めんどくさぁいぃ」そう呟くと眠たそうに首をもたげ、部屋にいる部下を邪魔だと言わんばかりにその茶色い双眸でねめつけると欠伸をして部屋から去る異質を忘れたかのように自分の後ろに佇むソレに言葉をかけた。
「どう思うぅ?イラぁ」
「……どう、でも良い」
それは大男だった。
褐色の肌に空洞のような金色の瞳は色濃く映え、乱雑に伸ばされ放置された黒髪は人形のような表情を覆い隠していた。
衣服は全身を覆うボロのマント、まるで浮浪者のようないでたちの男はエルロイのペットであり親友であり玩具であり恋人でもあり、エルロイが唯一許す世界の一つであった。
「イラ=ウルフィオ=シャイターン……変な名前だよねぇ?」
「あ……俺の……民族では……普通、だ」
元々寡黙な男なのか、イラはただ虚空を眺めながら飼い主の言葉に淡々と途切れ途切れの言葉を返した。
二人は――といってもエルロイが一方的に話しかけるだけだが――暫く言葉遊びを続けるが、エルロイがそんな行為にも飽きてしまったのか眠そうに目を擦ってから小さく呟いた。
「んぅー……疲れたからぁ、眠るねぇ?」
イラは以前として何も映さない金の瞳に真っ白な虚空を捕らえていた。
「様子はどうですか?」
ベットに身を横たわらせ、アギやサーシャ、城の住民達から手厚い看護を受ける自分の主を見ながら呟いた。
「オーアの血のせいで傷の治りが異常なほど遅いであります」
そう言ってからアギは申し訳なさそうに俯いた。
「私がついてながら……防御魔道すら使えなかったであります」
「貴方のせいではありません、ベリア様が不注意のもわるいですから」
「確かにその通りであります」
神速ともいえる速度で開き直るアギ、その表情には憤りと後悔、そしてそれと同じくらいの怒りが渦巻いていた。
そして矢次早に言った。
「というか、私達に否はないであります。幾ら嫌いな相手だとはいえ周囲の状況を把握できないベリア様が悪いであります」
子供のように音を立てず地団駄を踏むアギの様子にセバスチャンは失笑しながら用件だけを述べることにしてた。
「デュラハンの騎士団の者達が城の修繕を申し出てましたが」
「そういえば使わないから修繕を後回しにしていたであります……」
「一応ですが直した方が良いかと。ベリア様のことですから形だけでもやっておかないと不機嫌になりますよ」
「わかったであります」と言うとアギはセバスチャンにベリアの看護を任せて部屋から出て行った。
セバスチャンは一度だけ息を深く吐くと暴走しがち――否、暴走し過ぎな己の主の怪我の具合を確かめた。
「傷は治っていますが……化膿して……。やはりオーアの毒が中和されるのを待つしかないですね……はぁ」
心労が倒れてしまいそうだ、その言葉を出る手前で飲み込んで思い出す。
自分は何度、破天荒で自分勝手でいつもいつも行き当たりばったりなこの男のせいで心を痛めただろうか?
そもそもこの男は周囲の者が自分の行動によってどんな事を考えるか理解しているのか? と。
「考えて……無いんでしょうね」
深く深く溜め息を吐く。
ある日、この主が溜め息ばかり吐く自分に「幸せが逃げる」なんて言ったことがあったが、その原因は自分だと自覚していたのだろうか? いいや、していない。
考えれば考えるほど何故自分はこの男に付き従っているのかわからなくなっていくのを感じるセバスチャン。
だがある一つの出来事、遠い遠い昔の事を思い出してそんな考えを振り払った。
「決めたのは自分でしたね。そういえば私はこの人に救われたんでした……」
やがて夜が来て、彼らは戦いの後の静けさに身を委ねながら、しばしの休息にまどろんだ。 |