第2話:彼は今日も静かに枕を濡らす。
照りつける太陽、永遠と汗を流し続ける頭の禿げ上がった太めの行商人、品切れ寸前の氷菓子屋、道端で熱中症になりかけている少年。
今まさにその国は夏真っ盛りであった。
「あまぁーーーい!」
野太いバリトンヴォイスが若者達の賑わう喫茶店に響き渡る。
声の主は額から顎にかけて一本の刀傷があり、右目は斬られ抉られた後がある褪せた銀髪の大男だ。
客や店員達は恐る恐るといった様子でこちらの一挙一動に注目しているが大男はまったく気にせず感動を口にし続ける。
「古っ!というかお父様ちょっと静かにしてください!! 恥ずかしいじゃないですか……!」
そういって宝石のような瞳を伏せながらサーシャは恥ずかしそうに父である大男を非難した。
「いやぁ……素晴らしいな……この…………あれ? なんだっけ? コレ」
が、しかし元来図太い性格というか元"魔王"なだけに天上天下唯我独尊な彼はいたってマイペースに目の前のそれを物凄いスピードで口に運ぶ。
「ジェラートです、へい――いいえ、ベリア様」
「じぇらーと! なんと素晴らしい響きか!このような物を口にするのは初めてだ!!」
己の主人であるベリアの疑問に間いれず答えたのは彼の執事にして親友であるセバスチャン。
白髪まじりのこの初老の執事は夏であるにも関わらず厚手のコートを着込み、涼しげな表情を浮かべている。
まさに彼こそロードオブ執事。
「嗚呼、じぇらーと…………素晴らしい」
「お父様…………私は外で待ってますね……」
サーシャは周囲の視線などに耐え切れなくなったのかそそくさと自分の荷物を持ち自分の代金を支払うと照りつける雑踏の中へと消えていった。
ベリアは愛娘に逃げられたにも関わらず依然としてジェラートを貪り続ける。
次第に周囲の視線が生暖かくなっていくが気にしない、気にしないったら気にしない。
「いやぁ……美味かった、あれはきっと天上界の食べ物に違いない!」
「ベリア様、サーシャ様の姿が見当たりませんが?」
セバスチャンは主の発言を無視してサーシャの不在を告げる。
その言葉を聞くや否やベリアは顔を真っ青にして周囲を見回す、その姿はまるで親とはぐれた子供だ。
「サーシャ!? まっまさか誘拐か!?」
修羅や荒ぶる鬼神を髣髴とさせる表情で慌てふためくベリア、よほど慌てているのだろう、彼の右目からは魔力が漏れだしベリアの周囲で魔力が暴走し始める。
が、彼の執事であるセバスチャンがベリアを取り囲むように結界を張り魔力の被害を最小限に留めている。
最小限の被害というのは勿論ベリア本人である。
「うおおおおおおおおおおお!! サァーシャァァァァア!!!」
ベリアの野獣のような咆哮とともにガラスが砕けるような音が響く。
結界はまるで粉塵のように跡形も無く風に溶けた。
「今行くぞぉぉぉ! サァーシャァァァア!!」
咆哮の後に一頻り周囲を見回すとベリアは失わせた右目から魔力を放出し、それと同時にその場から消失した。
空間転移、魔王であった頃から彼が最も得意とした魔導の一つだ。
しばし呆然としてからセバスチャンは誰にも気づかれないような小さな溜め息を吐き、空を仰いだ。
「サーシャ様……申し訳ありません」
彼には既に事の真相が見えていたらしい。
ふと、セバスチャンはあることに気づいた……、否――気づいてしまった。
「ベリア様…………これは誰が支払うのでしょうか?」
そう、彼の目の前にはベリアが食い散らかした無数のジェラートの器。
そして眼前の惨劇に頬を引き攣らせるセバスチャンに更なる悪夢が到来する。
「お客様、お会計をお願いします」
そらきた。
「…………ベリア様……御恨み申し上げます」
「お客様」
「…………っ」
何の皮肉だろうか? その日、彼の財布から全ての貨幣紙幣が消えたという。
まるで自分の主が得意とする魔導による空間転移が如く、だ。
嗚呼、彼こそ魔王の第一の僕にして最たる被害者だ。
そしてこの後ベリアによるサーシャとクライスへの妨害行為が始まるのは言うまでも無い。 |