第16話:堕ちる、落ちる、おちる。
同胞を、兄弟を殺し尽くされた。
やったのは姿かたちや魔力の質からどうやらオーガらしい、何か違和感があるが、同族が奴隷同然の魔族であるオーガなどに殺された、これは許容できることではない、許さん……下等種族の分際で我が兄弟達を……ッ!!
余は飛び上がり、勢いもそのままに龍の鼻先を思い切り殴ってみせる。
勿論そんな一撃で相手がどんなると思ってるわけではない、挑発しているのだ、この手の竜は誇りを何よりも大切にする。
先ほどの言葉も然りだ。
アレは配下が殺されて怒った者の言葉ではない、自分の庇護下にあるものを殺されたとこによって自分すらも侮辱されたように感じている高慢な王の言葉だ。
嗚呼、何と愚かしく憎たらしいのだろう? 一度や二度殺した程度では余の猛りは治まらないかもしれない。
そう考えながらぬかるんだ地面に足を取られないように着地し、怒りに身を振るわせる魔王へと言ってやる。
「本当に魔王か?」
『ぬ……がぁ……き、貴様ぁぁぁあああ!!」
とても王の風格を持ち合わせたものとは思えない怒り方で、声を濁らせ吼える赤い魔王。
魔王は怒りを飲み込むように腹を膨らませ、怒声とともに紅蓮の吐息で泥の大地を焼く。
「ベリア様、下がっているであります」
そう言って余の前に割り込み、魔道で壁を作り出すアギ、薄く発光する魔力の膜は轟々と燃え盛る炎をものともせず完璧に防ぎきる。
「それは余の台詞なのだがな……まぁ良い、少しだけ待ってやる」
まぁ考えがあるのだろう、それを邪魔する必要は別に無い、時間がくれば否が応でもあの魔王と余は戦うことになるだろうからな。
それにしても……思わず失笑が漏れてしまうな、先ほどのあの顔。
逆鱗に触れるとはまさにあの事なのかもしれない。
「南方に住まう赤の君……いえ、今は魔王と呼ぶべきでありますか。この城に何か御用でありますか?」
鈴の鳴るような声が怒りの大地に響く。
『退け!!我はそこの無礼な下郎を先に殺さねば治まりがつかぬのだ!!』
ふんっ、勝手に吼えていろ、お前如きに殺されるほど柔ではないわ。
「それは後にしてほしいであります。ここは仮にも魔王が住まった土地、如何な理由があろうともこのような攻撃は許されるものではないであります」
そう言ってアギは一息吐き、何故か余を一度見てから空に君臨する魔王を睨みつける。
「これを後回しにするというのであれば新魔王と言えど容赦はしないであります」
『仕方ない、だがその下郎は必ず殺す。これだけは揺るがぬ』
「構わないであります」
「貴方如きに殺せるものであるならば……でありますが」と呟いて口元を歪めたのを余は見逃さなかった。
どうやらアギ自身も現状を腹に据えかねているようだ。
『では問おう。北方に住まう灰の姫とはお前の事だな』
「如何にも、猛毒を撒き散らし、血に灰を潜ませるは我が所業。最も……姫と呼ばれるのは初めてではありますが」
『我が下へ降りよ。我はこれより真魔王にして真竜王を名乗るのだ』
置いてけぼりとはこの事だろうか?アギが竜族で、竜族は言い回しやら何やらが好きな種族だというのは知っていたがここまで余のことを放置……もとい忘れるのも何だか腹ただしいな。
仮にも主である余に気づかないあの小僧といい……いや、元がつくが。
「答えは否。我が主は後にも先にも彼の王ただ一人」
『降らぬというか。ならば征服するまでよ、女は黙して子を孕んでいれば良いものを』
「そろそろ話も飽きただろう。余が相手をしてやるから降りて来いそこのトカゲ」
『い、一度ならず……二度までも……』
「前口上は済んだか? 遺書は書いたか? 惨めに這い蹲る覚悟は出来たか? さあ殺し合おう。いや一方的に殺してやるからさっさと降りて来いクソガキ!!!」
そう言って余は折れた剣を竜の翼目掛けて投擲する。
回転しながら飛んだ剣は翼を傷つけることは無かったがどうやら竜の堪忍袋の緒を切り落としたらしい、魔王の魔力の残滓を受けて剣は粉々になり四方八方に飛び散った。
『オーガ如きが…………我を侮辱したな!! 血族、否! 種族皆一人残らず焼き殺してやる!!』
そう吼えてから魔王は天空より炎を纏い赤い軌跡を描きながら槍の如く突進する。
顎が余を砕こうと開かれ、肉薄するが上顎掴み、下顎を踏み付けて固く封じ込めてやる。
「ふんっ! 魔王を名乗る者がこの程度か? これならば我が背後に控える者共の方が遥かに強いぞ?」
軽く背後に視線を流し、城門で新たに現れ続ける怪鳥の群れを倒し続けるもの達を見て、魔王を嘲笑する。
この手の奴はこうやって煽ってやれば簡単に怒り、我を失ってくれるのだ。
『どれだけ…………どれだけ我を侮辱すれば済む!! 殺す!! 貴様もこの城に住まう者も全て殺し尽くしてやる!!』
君臨者は高々と吼え、束縛を解くと飛翔しながら全身を震わせて空中に幾つもの青白い円形を作り出す。
それは空間転移の応用とでも言おうか、空間と空間の間にある膜を破って別の地点と繋げる魔道だ。
やっと疑問が消えた、これがあったから雑兵共は何時までも尽きることなく城に襲い掛かってきたのか。
「ぐだぐだと前準備ばかり……怪鳥共のほうがまだ戦士として覚悟を持っていたのではないか?」
――ギョォォォォオオオオオオ!!
王命により余に飛び掛る十ほどの怪鳥の群れ、グロテスクに口内から粘液を吐き散らしながら出来の悪いノコギリのような鋭さを持つ羽毛を逆立てて右から左から前から後ろから襲来する。
どう殺してやろうか、短く思考する。
武器は?既に尽きた、残念ながら愛着の沸かない無骨なあの剣はもうない。
術は?溢れるほどある、だが殴殺など醜悪でしかない、どうせならば格の違いを見せつけよう。
――ならば、ならば決まっている。
簡単だ、実に簡単。
「アギ、やれ」
「他力本願とはまさにこの事であります……」
「仕方ないだろう、魔力の消費は極力……って聞いて無いな」
両手から親指より少し小さい鈍色の球体を次々と作り出す、流動体のような動きを見せるそれは絶えず蠢き一つ一つが生命をもったかのように激しく振るえ怪鳥共へ殺到する。
その数、一体の怪鳥に対して数千以上。
怪鳥達は恐慌状態に陥り、脱出不可能な鈍色の地獄に悶え続ける。
「少し……えぐいぞ?」
「命令したのは貴方であります……貪れ、飢えた灰燼共」
鈴の鳴るような高い声に共鳴するように一斉に形を変え、鈍色の悪魔達は鈍色の膜となり怪鳥を飲み込んでいく、断末魔さえも許さない悪夢のような光景に悪寒が走る。
それと同時にアギだけは敵に回したくないと余はヒッソリ呟いた。
「にしても、アギ……あれは何時になったら降りてくる?ただの腰抜けか」
「来ないなら行けば良いであります。空間転移と位置固定を一定タイミングで繰り返せば空中戦も可能であります」
「余はそこまで器用ではないのだがな……飛翔系の魔導は魔力の消費が激しいから嫌いだがこの際仕方ない。殺してくる」
「ご自愛を、であります」
魔眼を見開き、空気中にある魔力の残滓や天然の魔力を解体、再構成して自分の体内へ取り込む。
そして取り込み変換したものを出力し魔力による地面との反発を起す。
やりすぎると何処まで飛ばされるかわかったものではないが、上から誰かを見下ろすのは何どやっても気分が良い、同じ高さに君臨する若干邪魔な小僧さえ居なければこの景色は最高のものになるだろう。
「さあ、はじめようか?もはや空中は貴様の独壇場ではないぞ?」
『奴隷如きが……粋がるなぁぁぁ!』
その顎から数えるのも億劫なほどの紅蓮の矢が吐き出されこちらへと飛来する。
さて、格の違いを見せてやろう。
一直線に飛んでくる矢の進行方向へ右手をかざし、魔力の衝撃波を生み出す。
「さあ、こんなものではないだろう?簡単に相殺されてしまうような攻撃ならしないほうが身のためだ」
鼻で笑ってやる、さあさあ怒れ、余はお前が死ぬその瞬間まで挑発し続けてやる。
『ならば見せてやる魅せてやるミテセヤルゥァアア!!』
魔王が猛り、吼えるや否や地に堕ち命を散らせていた骸が燃え上がり空中へと舞い上がる。
地獄より出でる炎の軍勢。
一体の屍骸から数体の炎があらわれ、群れを作っていく。
しかも炎が象るのは竜、竜、竜、よほどこの魔王は竜が好きらしい、ここまで来ると呆れてものも言えなくなりそうだ。
「死霊魔道の応用か?だが炎に偏りすぎるのはどうかと思うぞ?馬鹿の一つ覚えに見えてくる」
『殺せ!!!』
屍骸から吸収した油を燃やし生者へと憎悪を燻らせる炎の軍勢は一斉に翼を羽ばたかせ音無き咆哮をあげながら、宙を舞う同胞であるはずの怪鳥達を焼きなお進む。
「矛盾だらけだな、兄弟だとか言っておきながら……」
群がる赤い亡者共を睥睨しながら口にするのは魔導。
ここまできてまだ出し惜しみしていてはアギに怒られてしまうからなぁ。
余は天空へと右腕をかざし、乱世の中で余を傷つけ、余が破壊し尽した名剣神剣魔剣聖剣邪剣――あらゆる剣よりこの場に相応しい物を選び出す。
「選択、破壊破棄より再生再構築、現界へと余の右腕へと降れ!!」
禍々しく、煌々と光る赤い右目に映るのは過去の戦い。
何億の英雄の剣を、何万の魔族の剣を、何千の勇者の剣を、何百の神の剣を。
魔力はそれを再現し、徐々に形作っていく。
そしてこの魔導は最後にその名を呼ぶことで完成を向かえる。
「竜を屠殺する聖剣」
竜滅の聖剣へと変貌した余の右腕に軽く目をやる。
それは無骨なロングソード、一切の装飾もなく、ただ神々しさだけを感じさせる古の聖人が携えた剣。
――振るう、一閃。
ただそれだけで竜殺しの剣は炎の群れを、その背後で憤怒を浮かべながら余の絶命を待っていた魔王の片腕までもを切り裂いてみせた。
その剣は竜を殺すためだけに作られた剣、竜に属すものであればその剣に勝つ術は無い。
『な、なんなのだソレは!!』
「見事なまでにやられ役な台詞有難う。だが答えるつもりは無いぞ? どうせ死ぬんだ関係無いだろう」
跳ぶ、空間転移ではなく純粋に空を蹴るというべきだろうか、魔力で遠い地表を蹴り飛ばし隻腕の魔王へと肉薄した。
回避される要素は何処にも無い、落としてやろうそのグダグダ煩い首を。
『あ゛あ゛あ゛!!』
身をよじり、首の変わりに尾を差し出す魔王、真っ赤な飛沫が余と遠い地面を染めるがそれでも腕は止めない、殺害の享楽に身をゆだね遠方に近づいていた物にも目を向けず繰り返す一閃二閃三閃――。
ボロボロに崩れていく魔王、所詮は扱いきれない力を手に入れただけの哀れな案山子、雑魚共を脅し追い払い従わせる程度が限界なのだ。
『ば……カ、な……わ、我は、我は魔王だぞ……こんな』
「安心しろ、魔王だろうと何だろうと死ぬ」
片腕と尾を失い、肉片と血を滴らせながら死力を尽くして意地でも天空に君臨し続ける魔王に心からの祝福と嘲笑を送りながら最後の一撃を、冥府への切符を送ってやろうと片腕を振りかぶる。
「逝ね、哀れななりそこない――あ?」
突然背中に走った激痛、それに続く数度の衝撃、視界の隅に映る巨大な――門。
それは幾つもの車輪をつけ、うつ伏せに倒された門。
開かれた門からは双頭の鹿の紋章が描かれた旗と帝国旗を掲げた甲冑共があふれ出る。
――そうか、そういうことか。
彼らはこの竜を追ってきた勇者達。
きっとこの激痛の原因は魔法か魔術で飛距離を伸ばした弓だろう、鏃にはオーアの血が塗られているに違いない。
でなければ、この感覚は。
手足が鉛に変わっていくように、血が沸騰するように、意識は浪々と。
私は久方ぶりの死を身近に感じながら、
逃げていく魔王と、
門とは反対側から来る彼らと、
ゆっくりと遠くなる空を感じた。 |