第15話:かくして魔王は再臨する。
――襲い来る爪を弾いた。
――牙を叩き切った。
――尾を引き千切った。
――火炎を引き裂いた。
――頭を胴を腕を翼を足を顎を、近づく全てを捻じ伏せた。
嗚呼、余こそが魔王。
神族まで名を轟かせた稀代の覇王! 揺ぎ無き絶対武力!!
名は奪われこそしたが、その力は余にあり、余にあり、余にありィっっ!!
五感のうちの味覚と臭覚を封印して他の五感を、視覚を聴覚を触覚を強化した!
見る! 聞く! 感じる! さあ行くぞ、さあさあ行くぞ!
余に盾突く小童は鉄拳をもって鉄剣によって叩き潰す!!
熱風が頬を叩いた、触覚の強化によって激増した苦痛が余を襲うが一切怯まない、怯んでなどやらない。
また来たか、砂埃を巻き上げながら余の背後に飛来したのは鋭い爪を持った鳥の魔獣、知性を持たぬ愚鈍な怪物。
聴覚が強化された今、その奇声は耳障りでしかない。
「俗物がッ失せろ!!」
吼えた、吼えてやった。
怪鳥は咆哮の時にあふれ出た――どうも昔から猛ると魔力が暴走する癖があるらしい――魔力によって肉体を引き裂かれ奇声を上げながら地に堕ちる。
振り返らずに突進している翼竜の片翼を切り裂く、そろそろ剣の切れ味が落ち始めているがここで止まれば如何に余と言えど死んでしまいかねない。
「それにしても一向に減る気配が無いな、増えている気すらするぞ」
誰が応えるわけでもないのに、虚しさを浮かべながら自分を嘲笑し、相手の力量を理解する気配の無い翼竜や怪鳥共を嘲笑う、何と愚かな愚かな愚かな、愛おしさすら感じてしまいそうだ。
ふと後ろを振り返ればその先には竜や怪鳥の骸の群れと、奮闘する城の住民達。
そうだ、お前達はそれで良い、殺して殺して殺し尽くすのは余の役目、お前達はただ護れば良い、生きたくば護りきれ。
そして余は奮闘する配下であった者達の中にフェルの姿を見つけた、まったく馬鹿な娘だ、隠れていれば傷一つ負わずにいられるものを……もしかしたら彼女は志願兵なのかもしれないな。
「だから、考えることを知れというのだ」
背を向けたままだった余をその顎で砕こうと襲い掛かった翼竜の首を大剣を振り上げることで落とした。
血を撒くような趣味はないので剣に熱を持たせて焼き切っておいた、他の屍骸も皆同じ、生憎と余は戦闘狂であっても殺戮狂では無いのだ。
「ふんッ!!」
更に斬る、切る、キル!!
届かなければ投擲して突き刺す、最低限魔導は使わないで殺す、若造とは言え相手は魔王だ、余とご同類なのだ。
油断大敵おおいに大敵。
だが、余の最も怖いものはここには居ない、勇者はいない!!齢数百年の竜如き恐るるに足らず!!
――オオオオオオオオオオオオ!!
襲い掛かったのは余の消耗を待っていたのであろう小賢しい火炎竜、全身に炎を纏って余へと空中より突撃してきた。
「受けきれるか?」
問いかける、誰が答えるわけでもないのに。
だがその答えは勿論、応。
こんな有象無象の捨て身の一撃ごとき受け切れずして何が魔王か。
「おおおおおおおおおおっっ!!!」
全身を襲う熱と衝撃、大剣は軋み鉄の悲鳴を上げる。
火炎竜はそのまま身を捻り炎に包まれた尾で余の剣を再度叩いた。
「図に乗るナァァァッッ!!」
一撃をいなし、竜の額目掛けて大剣で突いた。
不快な感触と共に骨が砕ける音が耳朶を叩き、同時に大剣が半ばより折れた事を触覚が伝える。
地に伏せて息絶えた竜が哂った気がした、だが半ばから折れようと切れないこともないだろう、馬鹿にするな余を誰だと思っている、歴代で最も長く魔に君臨した覇王だぞ。
半分ほどの長さになり、突きが出来なくなった大剣を片手に竜の骸を足蹴にして空中を悠々と舞う雑魚共に思い知らせてやる。
「頭が高いわァァアッッ!!」
空気中の魔力を吸収し、剣圧に乗せて竜や怪鳥共へと放つ。
「うらァァッッッ!!」
即死にこそ至らないが、三十近い竜や怪鳥が身体をボロボロにして地に堕ちる。
滑稽だ、何と滑稽だろう。
理由は知らないが歯向かった馬鹿共を嘲りながら余は着地し、足元に伏せた巨大な竜の顎を持ち上げて竜達へ投擲した、挑発のつもりだったが力加減を間違えたか顎と衝突した竜はその顎諸共肉片を飛び散らせて絶命した。
「少々ハシャぎ過ぎてあります」
後ろからかかったソプラノの声、アギだ、振り向かなくても戦闘中の余に好んで近づくのはセバスチャンかアギのどちらかでしかないからな。
「何のようだ?気遣いならば余には無用だぞ」
「誰も心配などしていないであります、ただ今貴方に死なれては城の者達の士気に差し支えるのであります。それにあの赤竜の目的は私のようでありますし」
「何だと?余が存命であるということがバレたのかと内心ヒヤヒヤしたぞ」
「これだけやれば自ずと知れ渡るであります、先ほど小型の竜が飛び去っていったでありますから」
ふむ…………、まぁ良いか、知られて困ることは無いからな。
来るなら来ればいい。
アギは余の心を読んだのか、魔道を使い灰色の炎で襲ってくるものを葬りつつ呆れた表情で溜め息を吐いた。
「貴方のような主をもってしまったセバスチャンと貴方のような馬鹿な父親をもったサーシャ様に深く深く同情するであります、ついでに一時とはいえ恋仲だった過去の自分を悔いて悔いて――仕方が無いでありますッッ」
そういうとアギは遠心力で威力を高めた尾の一撃で自分の数十倍もの大きさの怪鳥を叩き、胴を吹き飛ばした。
「貴方も調子にのっていないで魔道――いえ、魔導でしたか。とにかくそれを使うであります! この数相手にそんな折れたナマクラ一本では不足でありますッ!!」
わざわざ言い直すアギ、と言ってもその二つには違いは無い。
この世界に存在する魔力を操る方法は、魔術と魔道と魔法だけだ。
魔術は知識さえあれば誰でも出来る魔力使役行為で、魔道は魔族だけに使えるもの、魔法は勇者の血を引いたものだけが使えるものだ。
最も強いのが魔法だというのは言うまでもなく、その次に魔道そして魔術と続く。
逆に魔法は応用力に乏しく、一つの血筋に一つの魔法しか使うことができない。
何故、余が魔道を魔導と言い換えているかといえば、気持ちの問題としか言いようが無い、魔道は自分が道を歩む為に許された魔、魔導は後続する者を統べるための魔。
繰り返すが、気持ちの問題なのだ。
「余の使う攻性魔導は消費が激しすぎる! 魔力を魔導に変換せずに使うならば出し惜しみしないが……なァ!!」
アギと余の周囲にいた怪鳥と竜、そしてその屍骸を全て魔力暴走によって起こった紫電が焼き尽くす。
外皮にダメージ無くても内臓に深刻なダメージを受けてぬかるんだ地面にバタバタと落ちていく怪物達。
そして天空に唯一君臨できたのは、魔王――黒く変色した赤い竜。
『何者だ貴様は……竜でもないのに我が兄弟達をっ』
その言葉に余は出来る限り全てを理解する。
どうやらこの小僧は同属至上主義のようだ、確かに襲ってきた怪鳥達は竜種に分類される魔獣達だし、城を攻めるのに陸上の魔獣や魔族がいないのにも納得が行く。
「ハ……ハハ……ハハハハッ!!」
サーシャが見たらどう思うだろう?怯え、悲しむだろう。
ではセバスチャンが見たら?簡単だ、哀しみ、止められなかった自分を悔やむだろう。
余は自分でも自覚できる、これは狂気だ、狂喜だ、永らく忘れてた悪意の覚醒だ。
何故喜んでいるかなんて考えるまでもない――これから来るのは余の趣味の時間、許された甘美な残虐劇。
世界で最も嫌いな……差別主義者の虐殺だ。
魔王はニヤリと禍々しい含み嗤いを浮かべ、魔王の眼前へと跳躍した。
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