第14話:南方より来たる
「あんま事を言った手前……というか、格好良く踵を返して自室に入った直後に言うのもなんだが……暇だな!!」
そう言って虚しく笑うワタシ、部屋の内装などは一切手が加えられていないらしく、埃が積もっているのは少々物悲しいが触るなという命令をしっかり守ってくれていた城の住民達に心より感謝する。
城の補修が進んでいないという点は絶対に許さんがな!!
ワタシの嫌いな事の一つに所有物が傷つけられるというのがある、サーシャが壊したのだが、まぁ若気の至りとでも思って許してやる…………というかワタシにはサーシャを責めるだけの気概はまったくない!!
だが、仮にもワタシを王と仰いでいた……のかは微妙な住民達ではあるが、一応お前達の家でもあるのだから直すくらいしてくれても良いんじゃないか?
まぁ……エーリカと結婚してから、ここの城にはワタシを崇拝してその身を捧げていた者はいなくなり、ワタシに同調して協力してくれる者だけになったのだがな。
それに献身ほどおぞましい者は無い、献身に応えなければ次の瞬間にはその献身は自分への牙になるのだから。
「そういえば……あの少女にまだ謝っていなかったな」
脳裏に過ぎったのはワタシに対して全身全霊を籠めて怯えてくれたデュラハンの少女。
おそらく生来、気性が穏やかな娘なのだろう、気丈な態度がイマイチ似合っていないうえにワタシに向けた槍も震え、瞳も微かに潤んでいた気がする。
残党狩りに来た傭兵だと思ったのだろうな、魔王になり魔眼を手にした時に魔族独特の雰囲気というのが薄れてしまったようだし。
「いや、だが仮にも元魔王ともあろう者が簡単に頭を下げて良いのか?」
思考する、元来魔王とは全ての魔族を束ね支配する者である、出生も人間には知られていないが特徴的で、魔族の後天的突然変異によるものだったりする。
ワタシの場合はある日突然額の角が砕け、数日後に右目に激痛が奔り、ふと気がつけば莫大な魔力と身体能力、知性に魔眼……そして人間への殺意と狂気を手にしていたのだ。
魔王というのは最早一つの種族という仮説も立っている、空気中に漂う魔力の中に住む何らかの微生物が宿主に取り込まれ、一定条件下でごく稀に発芽し、宿主が死滅しないように莫大な力を与える――などという説が今のところ魔族の間では一番強い。
脱線してしまったが、つまり魔王とは絶対的な力を持った君臨者にして暴君なのだ。
ワタシが軽々しく頭を下げれば逆にあのデュラハンの少女を萎縮させることになるのではないだろうか?
「むぅ………………、まあいいか。この城に住んでいるということは神経が図太いと豪語しているようなものだからな」
まして、あのアギの下で働いているのだ、か弱い精神の持ち主ならば尻尾を巻いて逃げている頃だろう。
そんな考えを浮かべ、即決で動こうと扉に手をかけると外から声が聞こえてきた。
「ままままおうさま!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「いや、"元"ね? それに今のあの方は結構気さくだし――」
「わわわわわたしの命を捧げても足りないですか!? ふえ……たたたべられちゃう?」
話し声は二つ、一つはあのデュラハンの少女と、もう一つは聞き覚えの無い――いや、忘れているだけかもしれないが――女の声。
というか、あの少女の中でワタシは一体どんな化け物になっているのだろう?
やけに"たべられる"に固執している気もするし。
そのままワタシは出るに出られずに彼女達の会話に聞き耳を立てる。
「話聞きなさいって!! 陛下――じゃなくてあの方はそりゃあ大人気無いし、未だに子供離れできないしいい歳して甘党だし部下に無茶で意味のわからない命令するし部下の子供と本気で口喧嘩するし自分勝手だし音痴だし未だに無自覚な女たらしだし旅に出ようと思う!! とか言って次の日には忽然と姿消すし――良いところあんまり浮かばないけど、気さくだというのだけは確かだからね!?」
「えと…………言い過ぎだと思う……です」
…………………………ワタシはそんな目で見られていたんだな。
最早言葉はいらない、というか言葉にする気力も無い。
サーシャ、父は何だか切ないです。
「ま、まぁ兎に角。怖い人ではないから安心しようね!? …………面倒なおっさんだけど」
おい、最後にボソっと言った言葉、しっかり聞こえたぞ。
ガチャという金属――手甲とドアノブが擦れあった男が聞こえた。
ワタシはこちら側からは引き戸になっている扉の裏に隠れて脅かしてやることにした。
こんな事をやるから、城の者達に生温い目で見られるのは理解しているが、今回ばかりは一度や二度くらい脅かしてやらねば気がすまないのだ。
隠れてすぐに扉が開き、困惑の声が二つ届いた。
「あれ……? いないです……」
「ホントだ、もしかして城の中を勝手に散歩してるんじゃないの? アギ様に絶対怒られるね……」
「アギ様が怒ったところ……見たことないです」
少女の控えめな声にやたら元気の良い先ほどまでワタシを馬鹿にしていた声が「アハハ」と笑って返した。
一度腹が立ちだしたら限度が無いな、ワタシの中にある、仮名"怒りメーター"がぐんぐん上昇中だ。
「だってねぇ? アギ様はあの方以外には絶対怒らないもん。あの方は馬鹿な事ばかりするからねぇ〜……あんな風になってからアギ様が怒らない日なんて無かったよ」
「ほ、本当に……こ、子供みたいな人なんですね……魔王様って怖いイメージがありました」
「あたし達が――デュラハンの騎士団が出来る前は相当やばい魔王だったらしいけどね。魔族からも嫌悪されるくらい殺して奪ってやりたい放題だったみたいだし。でも今はただの馬鹿なおっさんだよ! 首を消して人を脅かすくらいしか能の無いデュラハンだけで構成された騎士団作るような方だもん!! あたしだったら天と地が引っ繰り返ってアギ様が軽快なタップダンス踊りだしてもやらないね!!」
駄目だ、臨界点突破。
ワタシの堪忍袋の緒も物凄い轟音をあげ砂埃を舞い上げながらぶち切れたぞ。
さすがに総一郎達を相手するように攻撃したりするつもりは無いが・・・寿命を三年ほど減らしてやろう。
ニヤリと含み笑いを浮かべ、顔が相等悪役チックなものになっているであろう事を予想しながらワタシは魔導による肉体透過で――つまり一時的に自分の肉体をこの世界から完全に消し生物からはあらゆる五感で確認できないような状態にした。
そして手の平から攻撃力の無い衝撃波を生んで扉を大きな音をたてて閉めた。
「え!?」
「きゃあ!!」
既に部屋に入り込んでいた二人は動揺して周囲を何度も確認している。
首から上が見えないので表情は確認できないが、挙動からしてかなり驚いているのだろう。
「え? え? なんで? 何これ?」
「と、扉が開かないです!!」
当たり前だ、扉を閉めた時に部屋に簡易結界を貼ったのだ、その辺のアホ魔族である貴様等が脱出できるわけがないだろう!!ハハハハハハハハハハハッッ!!!
城の入り口で脅かした少女は既に恐怖と動揺が臨界点を突破しているらしく、肉体の透明化が解除され始めている。
もう一人のデュラハンは焦った様子で扉を何度も蹴りつけている。
………………一応、元主の部屋の扉だぞ? もう少し気を使ったりしないのか?
「だぁー!!もういいわ、フェル!! 突撃槍でぶち壊すわよ!!」
「えぇ!? い、良いんですか?」
「勝手に部屋に入った時点でお仕置き確定よ!? それにあんたなんて「おい!! 貴様ッ!! そこを動くな!!…………ってい、言っちゃったです」とか言ってたじゃないの!! それだけやったならもう怖いものなんて無いわっ。魔王のプライド皆で叩き折れば怖くない! よ!!」
おいおい、もうこれ以上怒られないようにしないと・・とかいう気持ちは無いのか? お前は少しワタシに似てるな、不本意だが。
というかワタシに怒られるとわかってこんな事をするとは……神経が太いにもほどがあるぞ? ドラゴンの胴くらい太いんじゃないか?
さて、そろそろ第二段階へ移行するか。
ワタシは指先に魔力を込めて糸を作り、部屋の隅に飾ってある鎧の置物へと接続し、動かした。
ガシャという音と共に鎧は動き出し、首から上の無い鎧と透けた頭を持つ鎧へと近づいていく。
「ひぃ!!よよよよよろいお化けですぅぅ!!」
「ちょ、ちょっとぉ! こっち来るなァ!!」
一人は怯え、もう一人は慌てながらも見事な飛び後ろ回し蹴りで鎧の腹部を捉える。
グシャン!!という鉄と鉄がぶつかり潰れるような音が響いたが、鎧はビクともしない、むしろ蹴ったデュラハンの足甲が少し砕けたようだ。
微弱とはいえワタシの魔力が通った鎧を蹴りで壊そうなどと一億万年早いわァ!!
「いつつ……硬すぎでしょ!? もう少し空気読んでよ!!」
「たたたたべるのイヤぁぁ……」
…………いい加減、食べるのに固執するのはやめないか?
さて、そろそろ最後の追い討ちだ!!
ワタシは床を蹴って即座に二人の背後に回る、肉体透過によりどれだけ足音をたてても、絶対に気づかれることはない。
「く ら え !!」
届くことの無い声とともに手から先ほどの衝撃波――の応用で威力のほとんど無い衝撃だけの打撃を生み出し、二人の頭をペチンという音を響かせて叩いた。
「ひぅっ」
「いたっ…………くは無いけどムカつくわね……」
そしてワタシもその言葉に苛立った、凄いな、怒りの螺旋だ。
その後もワタシは容赦なく二人に打撃を加え続けた。
と、そこで背後に殺気が。
「……何をしているでありますか?」
「…………アギ?」
振り向いた先にいたのは若緑色の髪を後頭部で結い編み込んだ少女、幻覚かもしれないがアギの背後から東洋の怒りの化身、明王のような物々しいものが見える気がする。
「ほらね……馬鹿でしょ?」
「……お馬鹿……です」
「二人は出て行くであります、ベリア様はここに残る。少しお話をしよう、であります」
鬼気迫る表情で私の襟首を掴み、あろう事か持ち上げたままアギは二人が出て行った扉を閉じ、可憐とすら言える笑みを浮かべた。
だが、その背後に揺らめく灰色の鱗に覆われた尾は隠しきれない怒りを浮かべていた。
こってり絞られました。
「…………悪戯は良くない……な」
そう呟いて青空を仰ぐワタシ、昨日――というか今朝までずっと説教されたわけだが・・。
魔族という生命力に溢れた種族でなかったらおそらく今頃眠気と疲労に打ちのめされているだろう、この時ばかりは自分の身体に深く深く感謝した。
まぁ……、悪戯をやめれば何とかなる話なんだが。
どうもサーシャやセバスチャンが居ないとワタシは縦横無尽にやりたい放題してしまう癖があるようだ。
ワタシはそのまま空を見上げながら暫く歩くと腹から衝撃と「あう!」という声が届いた。
「ん?」
「あ、あ、ままままおうしゃめ……………………」
噛んだ。
これは…………ツッコむべきだろうか?
ま、まぁさすがにそれは酷すぎる気がするし、ここはあえて流してしまおう。
「お、おお。お前は昨日の…………フェルだったか?」
「はははははい!! フェル・オイフェ・エルデルです!! 生きててごめんなさいぃ!!」
いや、別にそこまで謝られても逆に困るんだが。
「その……こちらこそ悪かったな。あまりにも脅かしがいのある雰囲気というか……顔というか……獲物チックなオーラ出ていたからな……………………つい」
なんだか何処かから「ついじゃないだろう!?」とかいう声が聞こえてきたような気がしたが、……つい、なものは……つい、なのだ。
というか、この少女――フェルと言ったか、また透明化が解けてるな……実用性皆無とは言えこんなので良く騎士団に入れたな……。
「いいいいいえええ! わたしなんかに謝るなんてお門違いでしゅ!!」
「お門違い……なんか暗にワタシを攻めてないか?」
「ひゃ? あわわわ、ごごごめんなさい!!」
「い、いや……もう良い、もう良いからな?」
何故だろう? ワタシが全面的に悪いような気が―――ワタシが全面的に悪いんだった。
そんなやり取りをしていると爆音が響き、背後――城門のあたりから肌を焼く熱風が届いた。
ワタシは咄嗟に目の前の少女に覆いかぶさり、熱風からその身を守ってやる。
「あう!? あああの! せせせせせめて心の準備をっ」
いや、何のだ。
内心ツッコミもほどほどにワタシを顔を上げ、爆音の届いた場所へと目をやる。
「あれは…………ルガードの赤竜!?」
そこにいた、城門の上を滑空していたのは巨大な赤黒い竜とそれを守るように飛び交う翼竜や火炎竜に鳥型の魔獣の群れ。
数は百……いや、それ以上だろう。
獣が獲物に向けるような獰猛な殺気を感じ、振り向くと火炎竜がワタシ達に向けて炎の吐息を口から吐き出していた。
「まずいっ!!」
魔眼を解放し、小規模な魔導結界を無詠唱で発動させワタシとフェルに向けられた爆炎を防ぐ。
城の床が、扉が、壁が、柱が炎と熱で焼かれ溶けていく。
「ひうううう!!ど、ドラ――むぐぅ」
「少し黙っていろ」
魔眼を開いたままワタシの下に仰向けになっているフェルに黙るように言い聞かせた、フェルは怯えた表情のまま何度も頷いて口を両手で塞いだ。
それを確認するとワタシはフェルに一つの道を指し示した、炎で焼かれ丸見えになった城の大広間だ。
「いいか、あの広間にある玉座の後ろに隠れていろ。あの玉座の周囲には勇者の魔法でも打ち消すワタシの結界が貼ってある。ワタシが立ったら振り向かずにすぐに走れ、玉座の後ろで動かずに待っていろ」
「!! は、はい!!」
さすがにワタシが真面目だという事が伝わったのか、フェルは何度も頷き無駄に元気良く応えた。
「行け!!」
ワタシは自分の下にいたフェルを解放し、火炎竜の頭へと振り向きざまに召喚した大剣を投擲してやった。
竜は苦悶の声を上げながらその場へと落ち、口からだらしなく舌出し、血を吐きながら息絶えた。
すぐに背後の玉座を確認し、その影で身を震わせている少女の姿を見ると一言だけ言って背を向けた。
「待っていろ、すぐに終わらせてやる」
元魔王は歩みを速め、片手に大剣を携えながら魔王のもとに終わりを届ける為に走った。
「若造が・・・余を怒らせたことを後悔させてやる」
その双眸に深海に落ちたとしても決して消えることの無い怒りを宿しながら。
城より南方、悪意の森のあった地点では大規模な魔法による門が開きつつあった。 |