第13話:魔王に郷愁と福音を。
戦いの残滓が残る広い――只管に広い大広間。
無駄な装飾は一切無く、如何にも魔王の椅子!! といった椅子にはワタシでは無く、ローブの上から上半身のみを覆う鎧を着た威厳すら感じさせる少女が腰掛けていた。
若緑色の長髪を後頭部の辺りで結び、複雑に編み込んだ少女の外見は先ほどまで脅かしていたデュラハンと同年代くらいに見えるが、その不遜な態度はあのデュラハンとは圧倒的にかけ離れている。
少女は腰をかけている椅子の肘掛をコツコツと叩くとワタシを敵意にも似たものを込めて睨みつける。
そしてワタシはその少女の足元で
正座をさせられている。
「正直、やりすぎた。すまなかったと思っている」
「陛下は何時も何時もやり過ぎているであります」
誠意が微妙に篭ったワタシの言葉もハエ叩きのようなスピードで間入れず叩き落される。
「いや、その……ワタシの本能というか。ほ、ほら! 子が親の笑顔を見て安心するようなものだ!! じょ、条件反射なのだ!! ははは、反省はしているぞ?」
しどろもどろになりながら必死に許しを請うワタシ。
何も目の前の少女が恐ろしいわけではない、いや、彼女自身は恐ろしくは無い、だが……ワタシとサーシャの教育係でもあり宰相でもある彼女はワタシの弱点を熟知しているのだ。
ここで彼女の怒りを買うということは間違いなくワタシの困った行いが全てサーシャに筒抜けになるということでもある。
それだけは断固! 断固として阻止しなければならない!!
「まったく、陛下は何時になっても……いえ、エーリカ様とご結婚なされてから特にでありますか。それ以来陛下のやる事なす事全てが低俗になっている気がするであります、微笑ましい一方憎悪を掻き立てられるのは何故でありましょうか?」
そう一息いうと、「ハァ……」と深い溜め息を吐き、呆れた表情でワタシを見下ろす。
「まぁ、良いであります。たとえ変態だろうと何であろうと、陛下は陛下でありますから」
「…………何か、おかしな言葉が聞こえた気がするのだが」
「気のせいであります」
彼女はそう言い放つと椅子から腰を上げ、ワタシの目の前へと立ってワタシに立ち上がるように促した。
ワタシが立ち上がると彼女の纏っていた雰囲気がガラリと変わり、氷のように冷たい鉄仮面が彼女の表情全てを覆い隠した。
「では陛下、ご用件をさっさと述べて欲しいであります。戦争でありますか?殺戮でありますか?簒奪でありますか?略奪でありますか?」
口にしたのは猛毒、垂れ流したのは灰色の血液。
猛毒と灰血の魔女、アギ・ルゥ・ウェリドは若緑色の髪と腰の辺りから伸びる蜥蜴のような鱗に覆われた灰色の尾を揺らしつつ無色の笑みを浮かべワタシへと問うた。
変わっていないな……、本当に変わっていない。
彼女は必要なものを与えて必要な事だけを教える女だった。
だからサーシャには"勇者"を教えて、ワタシには"魔王"を教えた。
「たしかにワタシは魔王だったが、ワタシはもう魔王に戻るつもりはない。世界から爪弾きにされた部外者らしいからな。お前やセバスチャンは未だにワタシを王と呼びたがるがそれも正しくは無いんだ。城はワタシの物だが、この城の住民を統べるのはお前だ」
「…………。では、何のようでありますか?部外者であるならばこの城を早々に立ち去って欲しいであります」
哀しげに悲しげに微かな希望を打ち砕かれた表情で、失望すら浮かべてワタシを突き放した。
だがワタシはそれこそが彼女の優しさであることを知っていた、故に自分を攻めこそしたが撤回は決してしなかった。
「何、用があると言ってもワタシの部屋にあるものを持って行きたいだけだ。ワタシの部屋はワタシの部屋なのだからもう少し滞在するくらいは許してくれるだろう?」
「わかりま――わかったであります。正し、城の者へと不用意に干渉することを禁ずるであります。不審な点があった場合はその場で退去を命ずるでありますが…………よろしいでありますか?」
「ああ、わかっているさ。…………すまないな、アギ」
「気にしないで欲しいであります、私は貴方を昔の教え子として迎え入れただけであります」
「それに――」と彼女は付け足した。
「ここは貴方の家であります。帰って来るというのであれば城の者総出で歓迎する、であります」
決別のように見えるそれは決してそのような冷たいものではなく、もっと人間臭いものである事をワタシとアギは知っていた。
だからワタシは今はその場を離れ、何時かまた玉座に座る日を想いながら踵を返した。
恩師であり最初の最愛である彼女もまた晴れやかな表情でワタシを見送ってくれたのだから。
おそらく、この時ワタシは生まれて初めて魔王に対して好意と未練を想い、もう一度その場へと帰りたいと願ったのだと思う。
だが、それはまだ先だ。
しかしワタシは、あての無い旅の果てにある到着点を得られた事に心の底より安堵した。
もしかしたら、祝福の音を謳う神はまだ生きているのかもしれない、などと戯れた事を考えながら。 |