第12話:思い出したこと。
見渡す限りの荒野、ワタシの知る悪意の森と呼ばれたそれはもう既にここには跡形も残っていない、もし誰かがここに来たとしてもここに森が――それも魔獣が群生する森があったなどと露にも思わぬであろう。
しかも、その森の奥には魔王の魔力で覆われ、許された者と規格外とも言える魔力を持つもの以外では視認できない城があったなどと、魔王が棲む城があったなどとは思う事は無いだろう。
「懐かしいな……」
ワタシの視線の先にあるのは元々は六階まであり、今では二階より上は吹き飛び噴火後の火山のような形になっている廃墟、ワタシの城だ。
今でも一部の部下達に修復を進めさせているのだが……どうやら職務怠慢という奴らしい、ワタシがここを出てもう半年になるというのにその姿は未だ廃墟のままだ。
「……本当に……懐かしい」
どうしてくれようか、そんな事を考えながらワタシは城へと一歩ずつゆっくりと地面を踏みしめる。
最近雨でも降ったのだろうか? 地面は森があった頃と変わらず湿気を含み、不快感が増すばかりだ。
何とかできないものか…………そうか!!
考えが浮かべば後は簡単だ、この周辺は未だに戦いの痕跡――つまり残留した魔力などが色濃く残っているため魔眼を使っても気取られることはない。
ワタシはぬかるんだ地面を足で蹴り、軽く跳躍した、そして魔導の応用で自分の肉体の位置をその位置に固定する。
久しぶりの空間転移以外の魔導だからか、少し違和感はあるが十分合格点だろう。
「しかし…………やはり空間転移以外の魔導が使えないのは不便だな、だが魔眼無しで無詠唱の魔導を使うのは不可能だからな……。やはり魔王であっても生まれが悪いのは不利だな」
そう、ワタシの魔族としての種族は最底辺だった。
人間でいうと奴隷種族らしい、外見は人間とほとんど変わらず額から短い――本当に短い1cmほどの灰褐色の角が生えている。
人間達は鬼人と呼んで恐れていたが……実はそれほど強くない、身体能力も魔力も人間と変わらないのだ、魔王になってからも一部の魔族……それこそ樹木鬼や巨人の姿を借りる者のような意味も無く強さを誇示したがる種族の連中には影で蔑まれ、最後の最後まで奴隷種族として扱われていたのが良い例だろう。
「やはり……サボっているな、あの馬鹿共め…………」
目の前にそびえ立つ築八千年近い老城は薄っすらと覆われた魔力と結果的に出てしまったおどろおどろしい雰囲気をそのままに主の帰りを迎え入れる、まぁ…………歓迎はまったくされてないだろうが。
ワタシはそんな事を考えながら思わず苦笑した、娘が勇者になってから――いや、妻が死んでから一度も見せることのなか……ったはずの……多分無かったはずの苦笑だ。
レア物だぞ? まぁ……いつも笑顔を心がけてるから大安売りな気もするが。
「おい!! 貴様ッ!! そこを動くな!!」
我が城に足を踏み入れるや否や向けられた突撃槍の矛先、持ち主にワタシが誰か思い知らせてやろうと顔を睨みつけようとするが…………顔が無い。
ああ……首無し妖精騎士か、そういえばこんな奴だけで構成された騎士団を作ったな…………全面的な酔狂で。
目の前のデュラハンは若干腰を引かせながら震える槍の矛先でワタシの首を捕らえる。
どうやら彼女――デュラハンという妖精とも魔物とも付かないこの種族は女性以外の性別が無いらしい――は新人、もとい新米らしい、敵意や殺意をワタシに向けられていないのが証拠だろう。
まぁ彼女達には元々戦力としての期待はまったくしていないので別に良いのだが、これでは逆に殺されてしまいかねない。
「お……おい! 何をしている!! は、早く出て行け!!」
どうやら敵意を向けられないのではなく、ワタシが怖いらしい、デュラハン族の特徴である肉体の透明化が恐怖心でコントロールできなくなり、首から上が徐々に現れ始めた。
そんな光景を見ていると、何故だろうか? 長らく忘れていたある思いが膨れ上がる。
――いじめたい。
脅かしたい、怖がらせたい。
なにやらまるっきり変態親父の精神だが、まぁその辺は見逃してくれ。
オーガだった頃に人里に紛れて人を脅かして楽しんでいたあの日が、あの頃の情熱が沸々と・・・よし、脅かそう。
ワタシは相手に悟られないように目いっぱい気合をいれ、そして――
「GUGAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「ひぅ!! ごごごごごごめんなさいぃ!! 食べないでぇ!!」
と、言う具合に吼えてみた。
どうやら幼い頃の十八番だった獣の声真似は未だ健在……というより何だか磨きがかかっているらしい。
目の前にいたデュラハン、どうやらまだ少女らしい彼女はその場にへたり込み、ガクガクと身体を震わせて今にも失禁せんばかりにワタシを見て怯えている。
サーシャほどではないが美しく艶のある良く手入れされているのであろうダークブルーの長髪も驚愕と恐怖で潤んだとくりっとした小動物のような黒い瞳も、少女独特の丸みをおびた頬も一部の性癖を持つ者やワタシのような人を脅かすことが好きな者には堪らないだろう。
先ほどまでの張り詰めたような雰囲気は今は何処にもなく、狼を目の前にした幼い兎に成り果てている。
その姿を見ていると、治まったはずの嗜虐心がまた沸々と……。
さすがにこれ以上やっては変態親父がワタシのキャラクターに固定されかねないのでやめておくが。
「たたたたべないでぇ……うぐ……うぇぇ……怖いよぅ……おかあさあん…………」
…………こ、これは……。
どうしてだろう? 必死に押さえ込んでいるはずの黒いそれがサディステックなそれが……今、ワタシの理性を、世間体を、尊厳を、全てを打ち破ってあふれ出ようとしている。
まずい…………口元のニヤ付きが止まらない!!
「ふっふっふっ……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ…………」
「ひぃぃぃ!! たすけてぇえ!! うええぇーーん!!」
ルガードにいるであろう愛しいサーシャよ。
すまない、どうやら父は……ワタシは変態のようだ。
どうか、許してくれ…………昔の血が騒いで止まらないんだ!!
それから暫く、城の守衛達が何事かと駆けつけてくるまでワタシは目の前のデュラハンの少女を脅かし続けたのは言うまでもないだろう?
………………さすがにやりすぎた。 |