第10話:その銘は、斧の時代。
サーシャとセバスチャンが静寂に沈んでから数十分後、襖とかいう横開きの扉の向こうから声が聞こえた。
「サーシャ様、セバスチャン様、お入りしても宜しいでしょうか?」
「え、あ! はい!!」
畳の上に寝そべって夢の世界に落ちかけていたサーシャも姿勢を即座に正し、セバスチャンに目配りをしてから「どうぞ」と許しを出した。
「失礼致します」
音も立てず入ってきたのは総一郎とは違った蝶の柄が刺繍された白い着物を着た女性。
その女性はこの国に多い黒い髪をポニーテールにしたサーシャとはまた違う凛とした雰囲気を持っている。
年齢はサーシャよりも幼いばずなのだが、意志の強さが伺える顔立ちから少し大人びて見えるだろう。
「あげはさんだったの!? 全然わかんなかったよ……」
「はい、以前とは違い今回はお客様ですから、無礼の無いようにと当主からも言われておりますし」
「以前?」
そんな二人の会話に違和感を感じたセバスチャンは念のために話を聞いておく事にした。
「はい、以前は敵対しておりましたので」
「……は? サーシャ様と総一郎様は共に旅をしていたと聞いているのですが」
「ええ、ですが我等が当主は言わば勝手に家を出た……まぁ家出ですね、その状態でしたので連れ戻そうとしておりました………………………………武力行使で」
さらっと恐ろしいことを言うあげはに戦慄し絶句するセバスチャン、ベリアの決めていた家訓やその他諸々も無茶苦茶ではあったが、仲間や身内に対して武力行使すらする一族というのは長年生きてきて始めてだった。
小説や冒険譚、逸話や昔語りでは良くある話だがまさか実在するとは。
そこにサーシャが更にとんでもない事実を。
「しかも生死を問わず!! とか叫びながら十数人で斬りかかってきたもんね」
「はい、前当主も帰らないようなら首だけでもとってこい、との事でしたので。最悪挿げ替えるつもりだったのでしょう、文字通り」
「…………」
その時、セバスチャンは一瞬気が遠くなるのを感じたという。
「それで、あげはさんは私達に何か用があったの?」
「はい、正確にはサーシャ様だけですが」
「そ、それでは…………ベイルシア様を探して参りますので、サーシャ様はあげは様と」
「わかった、気をつけてね!」
自分に向けて手を振る二人を背に、彼女の恐ろしい話をこれ以上聞かされずに済む口実を見つけ出した自分を全力で褒めちぎりたい気分のセバスチャンであった。
「それで、どんな用なの? なんだか怖い顔してるけど」
「いえ、これは素ですが?」
「総一郎の傍にいる時はもう少し柔らかい表情だったけどなぁ……?」
サーシャ、悪戯っ子モード、オン。
と言わんばかりにニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべながらあげはの顔を覗きこむサーシャ。
に対してあげはは微妙に視線を横にそらしながら何とかやり過ごそうと話題を切り替える。
「とっ、とととと当主から地下の研究室にてとある物をわたシェっ………………」
「………………噛んだねぇ?」
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
「あははは!! やっぱりポーカーフェイスよりそっちの方が良いと思うよ?」
「……はぁ、もういいです。とにかく地下の研究室に向かうので着いてきて下さい」
そういうと立ち上がり、奥まった壁にかけてある掛け軸を探り、めくり上げ裏にあったレバーを引き下ろす。
ガタンッという音とともにサーシャのいた場所から数歩の位置にあった畳が開き、中から地下へと続く階段が現れた。
「…………ここは要塞なの?」
「はい、機密保持の為に必要以上に説明は出来ませんが、あらゆる事態に対応できるように各部屋や廊下などにも一定感覚で罠や隠し部屋が存在しています」
「…………変なところに凝ってるよね、総一郎達って」
「当主と一緒にされるのは心外です、さぁ行きましょう」
通路には一切明かりは無く、両手を広げて通れないほど狭い通路だった、多分ベリアならば身を縮めてやっと通れるほどの通路だろう、しかも通路には何故か獣などの臭いが強くこびり付いていて奥に進めば進むほど臭いが強くなっていった。
「ここです」
そういうとあげは、は目の前の壁を横にスライドさせた。
「うわ……」
そこは薄気味の悪い青い光に照らされた広い部屋だった、というより他の部屋にいたる為の広間というところだろうか?
だが驚くべきはそんなところではない、広間やその広間に点在する時折開く扉の向こうにいる亜人達だ。
しかも彼らはエルフや獣人などといった人間社会での地位を認められている種族ではなく、隷属種族であるドヴァーフやホビット、ピクシーに果ては魔物として認知される巨人種までもが。
「彼らは立花の家来達です、奴隷身分ではなく自由意志を認めた上での起用ですので命令等はほとんど拒絶されますよ」
「命令なんてしないよ、ただこんなに亜人達がいっぱい居るのを見たのは始めてだったから」
「東亜では日常的な光景ですよ? 東亜の労働者や市民の四割は亜人ですから、貴族階級に上り詰めた者もいますし」
そう言って丁度目の前を通った子供ほどの大きさで背に虫のような羽を生やした緑色の髪と赤い目を持つ亜人、ピクシーを捕まえて何か指示をする。
「わアかりまセた? 少し待てくだスれ」
と、ピクシーは下手な帝国語で話すと羽から魔力の光を漏らしながら点在する扉の一つへと消えた。
そしてサーシャは改めてその広間を見回した。
青い光のもとになっているのであろう謎の器具―ビンのような形をしたそれは中に何かの液体が満たされ宝石のような物が一つ入っている―が幾つもぶら下がっており、原理はわからないが絶えず点滅し、一度にだいたい六個から八個が発光し、また別の設置された数々の物が発光するというのを繰り返して広間を常に照らし続けているようだ。
「あれは立花の秘法で作られた魔力の結晶とそれに唯一反応を示した水です。詳しくは説明できませんが、光っているのは結晶でなく水なのでどちらかわ盗んだところで機密はが漏れる事はありません」
「機密? あんなものにまで何か隠すことがあるの?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません」
「あはは、やっぱり総一郎の家族だね。そういうところは似てるよ?」
「っ……」
「お待たせさレまスた、コレが指示された実験体のカタナでス」
「ありがとう、仕事に戻って良いですよ」
そうあげはが言うとピクシーは丁寧にサーシャに頭を下げて微笑むと何処かへ飛び去っていった。
「これは立花な隠密部隊が国内外の遺跡で発掘、盗掘した文書に書かれていた古代兵器です。精神と高い魔的能力、理解力を持った意思ある剣で、銘は"斧の時代"。サーシャ様にあわせて造らせていただいたので私生児型になっております、軽量化と小型化を支持されておりましたので既存のバスタードソードより一回り小さく、刀身の幅も幾分狭いですが強度は折り紙付きです」
「え……え?」
一度に説明されたからだろうか、サーシャは何度も話の内容を口走りながら更に混乱し、目を回している。
そんな彼女の様子に溜め息を吐きながら完結に説明した。
「つまり、自立意思を持つ魔剣ということです」
「…………最初からそう言って欲しかったよ……」
『説明お疲れ、そろそろこのうっざい包装といてくんない? 暑苦しくてたまんないのよ』
「「…………」」
『何よ、包装の上から視線がビンビンきてるんだけど。そんなに珍しい? てか作ったのアンタ達じゃないの、驚いてないでなんか言いなさいよ』
「…………姐さん」
「姐さん!?」
思わず姐さんと口走るあげはに即座に反応するサーシャ、狙える、この二人なら笑いの星を握れる。
そう核心しつつ作業に励むホビット達であった。
『姐さんねぇ……なんか心地いい呼び名ね。いいわ、今からあたしのことは姐さんと呼びなさい』
「ええぇぇぇえ!? いいの!? そんなんで良いの!? てか軽っ!!」
『もう……うるさいわねぇ……でもあたし、そんな娘も嫌いじゃないわよ?』
「ぶぅ!! 何この人格!! 女!? 男!? どっちでも良いけど何か怖いよ!!」
「……まぁ、人格設定を行ったのは当主ですから。物凄く愉しそうに作業していましたし」
「………………総一郎ならやりかねないね」
二人の脳裏にはニヤリと白い歯を輝かせながら握り拳に親指を立てて笑う総一郎がいたのは言うまでも無い。
あげはは若干頬を引き攣らせながら、綺麗に包装を剥がしてサーシャにスケッギョルドを渡した。
その剣は幅の狭い刀身におそらく古代の言葉であろう文字を掘り込み、質素にあつらわれた鍔には黄昏色の宝石がはめ込まれており、刀身は宝石と同じ淡い黄昏色の光を帯びていた。
サーシャはその剣の美しさに思わず溜め息を漏らし、同時に設定された人格にげんなりする。
「で、結局スケッギョ……姐さんは男なんですか? 女なんですか? それによって対応がかなり変わりますけど」
『失礼な娘ね? あたしは女よ、ヒトガタ化の呪文で褐色美女になるようにしろって総一郎が熱心に指示してたから間違いないわ』
「…………ねぇ、あげはちゃんって総一郎の何処に惹かれたの?」
「色々と改めた方が良い気がしてきました……、職場も変えてしまった方が良いですかね?」
この出会いはサーシャにとっての運命の出会いになる。
後に語られる魔王と勇者達の戦い、四勇戦争は彼女とその仲間が主人公となる英雄譚であり、物語の序章として語られた部分でもある。
これからお気づきになられた方もいるかもしれない。
そうだ、未だ彼らは世界にとって真の意味では勇者でも英雄でもなかったのだ。
少しだけ語ろうか、斧の時代、それは彼の大戦において最も魔王や魔族や魔物達を殺した名剣の名である。
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