外伝2-3 ガイとエレイ
『ガイとエレイ』
■ トーパ王国 城塞都市トルメス ミナイサ地区
「いやぁぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇ!!!」
「ゴ、ゴラ。暴れんな」
醜悪な魔物がエレイの手を引く。彼女はこれまでに犠牲となった者と同じように、魔王に出す料理の食材にされるのだ。
魔物の力は強く、必死で抵抗しても足を引きずられながら連れて行かれる。
同胞たちは、助けようとすれば自分に矛先が向くことを知っている。だから誰も助けてはくれない。
エレイを見る、申し訳なさそうな、悲壮感に溢れる目。
救いがないと知り、絶望から無意識に叫び声を上げた。
突如、魔物に剣撃が浴びせられる。マントを羽織った白馬の騎士が颯爽と現れ、自由になったエレイを優しく抱き留める。
微笑む騎士の顔が、逆光でよく見えない。
「顔を……見せてください……」
徐々に鮮明になっていく騎士の顔に、エレイは目を見開いた。
「えっ――ガイ!?」
びっしょりと全身を濡らす汗。
悪夢から目を覚ましたエレイの視界の先には、見慣れた天井が映る。
「あ……夢か。何でこんな夢を……」
今見た夢に、困惑するエレイ。
「私が結婚するのはモア様のはずなのに……」
夢の中でのガイは、満面の笑顔だった。現実で魔物から助けてくれたときも、正直カッコいいとは思ったが――。
(でも私は……私が好きなのはモア様のはず……! 何故こんな夢を……)
いつまでも心に残る夢は、いくら振り払おうとも消えてはくれない。
(ダメ! 結婚はこれからの未来を決めるものだもの。恋愛感情だけではどうしようも……って、何でガイのことが好きなんて前提で考えてるのよ、私は!!)
エレイの感情は迷走するのだった。
■ ミナイサ地区 ガイ宅
「おい! もうそろそろ行かないと遅れるぞ!」
モアが玄関先で、早くしろと急かす。
「……こんなんでいいのか?」
着慣れないトーパ王国騎士の礼服を着たガイが、困惑しながら姿を見せた。
「ほう」
傭兵時代は伸ばし放題だったヒゲと髪をきれいに整え、礼服を着たガイは、一端の騎士に見えた。
「俺がこんな服を着るのは場違いな気がするぜ……」
「何を言っている、今日からお前は正騎士になるんだ。王の前で執り行われる正式な式典だぞ? 礼服で行くのは当たり前だろ」
「ヘイヘイ」
モアとガイは、国王も参加する特別式典に出席するために、トルメス城に向かった。
■ トルメス城
大広間で、魔王出現で滞っていた、様々な式典が進行する。兵たちが整列し、音楽隊が音楽を奏でる。
そしていよいよ、騎士の叙任式が始まった。
「前へ!」
号令を受けて、正騎士モアと傭兵ガイが王の前に進み出る。
王は傭兵ガイに近づき、剣を肩に乗せた。
「傭兵ガイ。貴君はその類稀なる実力と、比類なき勇気を以て、日本国自衛隊員と行動をともにし、強力かつ凶悪な魔王軍に捕らえられていた人質を、死さえ厭わずに命をかけて救出した。その功労は特に多大である。故に、トーパ国王ラドスの名の下、貴君に貴族の階級と正騎士の称号を授ける。トルメス防衛騎士団の任、よろしく頼んだぞ」
「ははっ! 謹んでお引き受けいたします!!」
モアとガイは、片膝をついてラドス国王陛下にひれ伏す。
モアは親の男爵よりも上位となる子爵を、ガイは下級勲爵士を授けられた。
2人はこの日より、城塞都市トルメスのミナイサ地区で、防衛騎士団として勤務を開始する。
■ ミナイサ地区 外縁部
食料品倉庫で、食品を貪る者がいた。
顔は醜悪そのもので、ところどころ傷ついている。
魔王が倒れたとき、騎士の一撃を受けていて逃げ遅れた魔物だった。その魔物――ゴブリンロードはその後、街の外れにあった食料品倉庫へ逃げ込み、徐々に体力を回復させていた。
倉庫の食料をすべて食べつくしたゴブリンロードは、満たせない空腹と人類に対する増悪を胸に、行動を開始する。
■ 翌日 ミナイサ地区 騎士団詰所
「ガイ、昼過ぎに回ってきた警戒情報、もう読んだか?」
「いや、まだだ」
「どうも最近、町のあちこちで食料が荒らされる事件が続いているらしい。……もしかすると、魔王軍撤退時に逃げ遅れた魔物かもしれん。食料品を扱う場所への注意喚起と、魔物の捜索にあたれとのことだ。騎士団長が各員の訪問先を割り振っているから、ちゃんと確認しておけよ」
モアに促されて、待機室入り口にある掲示板の前へと移動するガイ。
「どれどれ……俺は第2中央町と東町か。ん?」
割り当てられた中には、エレイが切り盛りする飲食店が含まれている。
下級勲爵士という曲がりなりにも貴族となって、初めての仕事。ガイは最初にエレイの店に行こうと決めた。
仕事を口実に好きな女に会いに行けると、心躍らせながら出かけた。
■ ミナイサ地区 第2中央町
魔王が討伐され、平和が戻った城塞都市トルメス。死者3千人を出すという未曽有の惨事となったが、1日でも早く町を復興させるため、人々は忙しそうに働く。
特にミナイサ地区は一時的に魔王に占領されたこともあり、被害が大きい分、住民の復興への意欲も強い。
ガイの幼馴染で、想い人でもあるエルフの女性エレイも、自分の店を1日でも早く再開させるため、片付けと開店の準備に取り掛かっていた。
「よし! 今日の夕方からお店を再開するぞー!!」
張り切って仕事するエレイは、店内の片付けを終え、裏の食料庫の扉を開けた。
「え……?」
中に入って食材を手に取ると、明らかに何かに食いちぎられた跡がある。
――ガタン!
何かが落下して、大きな音を立てた。
「ひぃっ!」
反射的に振り返ったエレイの視線の先には、体を癒しつつあるゴブリンロードがいた。
ゴブリンロードはエルフの姿を見て、本能的に飛びかかる。
魔物の目が憎悪に燃えている。自分を殺そうとしているのを、エレイはすぐに理解した。
「い……いや……いやあぁぁぁぁぁ!!! 何で、何でこんなとこにいるのよぉ――――っ!!!」
エレイは手元にあった大きなかごを魔物に向かって投げつけた。
かごはゴブリンロードの顔面にぶつかるも、その程度で止まる突進ではなかった。
手の届く場所にある、魔法で強化した氷やバケツなど、あらゆる物を投げつける。
「こんなところで! こんなところで!!」
神話で語られた魔王の侵攻の渦中、歴史に残るトーパ王国兵の奮戦と日本国の支援により、死と隣り合わせの最前線で自分は生き残った。あの戦いの当事者たちは、誰しもが歴史書に名を刻まれるだろう。
そんな動乱を生き残ったのに、こんなところで――
魔物に押し倒されたエレイの両手を抑えられ、身動きが取れなくなる。
(死にたくないっ……!!)
どうしようもない気持ちがこみ上げ、涙が溢れてくる。
「いやぁぁぁぁぁぁ――――っっ!!!」
大口を開けたゴブリンロードの牙が、エレイの喉に迫った。
それは他人事のように、漠然とした光景だった。
ゴブリンロードの喉から、騎士剣の切っ先が突き破って生えたのだ。
「俺の女に……何してやがる」
「グ……グギィッ……」
聞き覚えのある声。
こと切れたゴブリンロードの骸を蹴り飛ばした彼は、エレイに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「ガイ!」
エレイはその手に縋り付き、本能的にガイにしがみついていた。
「お、おい。エレイ? どこも怪我してないか?」
窮地を救ってくれた。
2回も、命をかけて助けてくれた。それだけで、エレイの胸は張り裂けそうになる。
「愛してる……」
「えっ!?」
「助けてくれてありがとう、ガイ……愛してるわ!」
激しい感情が溢れ出し、大声で泣くエレイ。
ガイは何も言わず、ただ彼女を優しく慰めた。
魔王軍の出現に端を発した、元傭兵と囚われの女性の物語は、王国中に瞬く間に広まった。
そして後日、一組の夫婦が誕生した。国を挙げて盛大に祝福され、末永く幸せに暮らしたという。
11月17日、『日本国召喚三 滅びゆく栄光・下』 が発売されます。
現在第4巻も制作中です。
3巻まで出す事が出来たのも皆々様のおかげです。
これからも日本国召喚をよろしくお願いします( ^ω^ )