外伝2-2 イーネ日本へ行く
『イーネ、日本へ行く』
■ クワ・トイネ公国 経済都市マイハーク ハガマ邸 書斎
マイハーク防衛騎士団団長イーネは軍令部から呼ばれ、クワ・トイネ公国東部諸侯の1人、マイハーク市政のトップであるハガマ卿の邸宅を訪れていた。
書斎に通されると、ハガマ卿は挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「実は今度、我が国の文化や軍事を紹介するために、日本国へ親善大使を派遣することになってな。そこで貴族出身者の中から親善訪問団を作ることにしたのだ。君も貴族の家系だし、若い女性の騎士というのも珍しい。是非加わってくれんか」
「……はっ。承知しました」
ハガマ卿は日本国自衛隊を招いた晩餐会の主宰で、大内田和樹陸将とも交流していた。その席で、大内田がイーネのことを褒めていたのを聞き、わざわざ抜擢したのである。
そうとは知らないイーネは、マイハーク防衛騎士団の代表として、同じく貴族出身の部下キースとともに日本国に向かうことになった。
■ クワ・トイネ公国北部海域 約100㎞洋上
帆船20隻が船団を組んで航行する。
日本から送迎の提案があったが、公国にもプライドがある。申し出を丁重に断り、自前の軍船団を編成して出港した。
今回の訪問には、ワイバーン3騎、馬20頭、歩兵100人が随行する。クワ・トイネ公国に竜母はないので、物のように運ばれるワイバーンや馬たちには相当な負担だろう。
夕日に照らされる軍船の最上甲板で、イーネは北の方角を眺めていた。
「どんな国なのかなぁ……」
日本国が強いのは聞いているが、実際に戦闘を見たわけではないのでピンとこない。
どこか幻想じみていて、しかし確かに存在する、クワ・トイネ公国をロウリア王国の魔の手から救ってくれた――そして大内田陸将の生まれ育った国。
「団長……」
「わっ! な、何だ?」
物思いに耽っていると、キースが横にやって来た。
「もう日本国の将軍を逆ナンパなんてしないでくださいよ。晩餐会のときは気絶までしちゃって……」
「なっ――あ……あれは違うんだ! あれは……」
「あんなことをしなくても大丈夫ですよ。団長は可愛いんだから、もう少し優しくなるだけできっと嫁の貰い手もありますって」
「何だってぇぇぇ!!」
ぷんすか怒るイーネを背に、キースは意地悪く笑う。
「面白いなぁ。いじり甲斐がある」
日本国の領海に入って数日後、海上保安庁の巡視船が船団の前と左右に付いて誘導を開始した。仮にも軍艦なので、日本国の東京から一番近い海上自衛隊の横須賀基地へと向かう。
■ 出港から2週間後 明け方
イーネは霞んだ水平線の向こうから、徐々に大きな山や陸地が近づいてくる光景を眺めていた。
「わぁ……すごい!!」
沿岸部には巨大な港湾施設が広がる。マイハーク港に日本の民間業者が巨大なクレーンを並べ始めたときは目を丸くしたものだが、横須賀基地はその比ではない。
そして誘導してくれた巡視船より、もっとスマートで強そうな軍艦がずらりと停泊していた。その先には高層建築物が立ち並ぶ町も見え、異国に来たことを実感する。
イーネたちが上陸して3時間後。横須賀基地において、文化交流も兼ねた式典が始まる。
初日は基地が一般開放されたため、多くの民間人が訪れた。クワ・トイネ公国の軍は彼らにとっても珍しいらしく、兵たちの模擬格闘訓練や魔導師のファイアーボールを応用した花火の実演は、多くの者たちの興味を強く引いた。
一方、イーネやキースはというと、なまじ顔がいいため記念撮影のマスコットとして八面六臂の活躍を強いられていた。この一日で一生分の作り笑いをして、夜にホテルの大浴場に入るまで、顔面は引きつったままだった。
■ 同日夜 横浜市内 ホテル ロビー
「イーネ団長ぉ」
間の抜けた女性の声が、大浴場から自室に戻るイーネを呼び止めた。
「あれ……ミーちゃん?」
イーネが振り返ると、マイハーク騎士団本部の受付嬢、ミーちゃんことミーリがいた。
彼女の真似をして偶然大内田陸将を逆ナンパしてしまったことを思い出し、顔から火が出そうになる。
「どうしたんです? 突然顔真っ赤にして」
「う、ううん。何でもないの」
彼女も親善訪問団の1人である。日本での広報員として抜擢されたらしく、イーネとは違う場所で引っ張りだこだそうだ。何故か猫の獣人なのがやたら受けているとミーリは言う。
「で、日本の男性に教えてもらったんですけどぉ、近くですっごく甘くておいしいものが食べられるらしいんですよぉ。団長も行きませんかぁ?」
「甘くておいしいもの? こんな夜中でも営業してるの?」
「なんかぁ、一日中やってるらしいですよぉ」
「一日中……従業員は倒れないのかしら。じゃ、私も行こうかな」
政府から現地活動資金として支給された日本円がある。日本の食文化を探るために、と自分への言い訳を考えながら、甘いものが大好きな2人はスイーツのあるファミリーレストランへ出かけた。
■ 横浜市内 某ファミリーレストラン
「んー! 美味しいですぅ!」
「確かに……すごくおいしい!!」
2人の前には、こぢんまりとしたパフェが並ぶ。
控えめで上品な甘さのふわふわした何かと、新鮮なフルーツのほのかな酸味が、絶妙なハーモニーを醸し出している。
「こんなにおいしいものが世の中にあるなんて……!」
初めて食べる甘い食べ物に、貴族という立場を忘れ、イーネはばくばくとスプーンを進めた。
「店員さーん! おかわり――!!」
イーネが大きな声で店員を呼びながら満面の笑みで振り返る。
その瞬間、イーネの後ろの席を立つ人物を見て固まった。
「あ」
「あれ? お久しぶりです、イーネさん」
忘れもしないその顔は、大内田である。どうやら部下2人と一緒に食事していたようだ。
「あの……お久しぶり……です」
「日本はいかがですか? ……と、聞くまでもありませんね」
にこりと笑みを見せる大内田に、イーネは顔を真っ赤にして俯く。口の周りはクリームがいっぱい付いていて、真っ白に汚れてしまっていたのだ。
(何てことだ……えらいところを見られた……)
「こちらの女性は?」
大内田の部下の男が、大内田に尋ねる。
「クワ・トイネ公国マイハーク防衛騎士団のイーネさんだ」
「ああ、以前大内田さんがお話していた方ですか。確かに、素敵な女性ですね」
微笑む男たちの様子が、イーネの心を余計にえぐる。
「では、私はお先に失礼いたします」
「あ、はい……」
イーネは取り繕うこともできず、ひどく落ち込む。
それを見た大内田は、足を止めてイーネに話しかけた。
「日本での滞在はいつまでですか?」
「えと、あと3週間ほどです」
「親善訪問団がお泊まりの場所は、プリンセスホテルでしたっけ。前に教会に連れて行っていただいたお礼と言うと何ですが、今度は私に日本国の観光名所をご案内させていただけませんか? 休みが合えば、ですが」
「は、はい! 是非!!」
目を輝かせて返事するイーネに、大内田も嬉しそうに頷いて立ち去った。
その後ろ姿を、いまだクリームで口の周りを白くしたまま、無垢な少女のようにボーッと眺めるイーネ。
「だ……団長!? 今のイケおじ様はどなたですか!!?」
いつもののんびりした口調をすっかり忘れたミーリが、イーネに机越しに詰め寄る。
「クワ・トイネ公国救援部隊の指揮を執った、陸上自衛隊の猛将、大内田陸将よ」
「大内田陸将……ってあの外国人なのに国から貴族の称号をもらったあの人ですよね!? 団長、手が早いです!! しかも教会ってディスウール教会ですよね!? 完全にデートスポットじゃないですかぁ! 男慣れしてなさそうな顔して……そういう戦略だったんですね!! ぐぎぎぎ……!!」
ミーリの目が怖くて、イーネもドン引く。
「そ、そんなんじゃないから!!」
後日、イーネと大内田は「日本国が異世界に転移後、初の世界を超えてデートした人物」として『世界面白歴史書』(宝大陸社刊)に刻まれるのだった。
また、ミーリは本格的に日本で仕事をするようになる。来日したイーネを隙あらば食べ歩きに連れ回し、大内田との進展状況を根掘り葉掘り聞きまくって、イーネをうんざりさせたという。
日本国召喚3巻が、11月17日に発売されます。
ここまで来られたのも皆さんのおかげです。感謝いたします。
また、4巻も制作中ですので、これからも日本国召喚をよろしくお願いします。