閑話 忘れられた世界1
「うおぉぉぉぉぉ!!!」
戦場に怒号がこだまする。
城壁から撃ち下される無数の矢は、この国に侵攻してきた魔獣に突き刺さり、魔獣は痛みのあまり、のたうち回る。
自らの命を守るため、矢は雨のように撃ち下される。
やがて1000ほどもいるゴブリンの群れは、その数を減らしていった。
「はあ、はあ、はあ……勝ったか。」
エスペラント王国の騎士団長モルテスは、城壁の外に広がる多数のゴブリンの骸を見ながらつぶやく。
「今回は、相手がザコで良かったですが、また大魔獣ダクシルドの側近、知将バハーラがオーク等の魔獣を率いて来たならば、どこかの街がまた落ちるのやもしれません。」
副騎士団長は返答する。
「しかし……最近の魔獣の大量発生は、いったい何なのだ!!
あまりにも強力な魔物が、これほどまでに現れるのはおかしい。
このままでは、人類最後の砦、エスペラント王国が落ち、我々は絶滅してしまうぞ!!」
騎士団長モルテスは、国の行く末を案じ、座り込むのだった。
エスペラント王国 神話 第2章15節より
はるかなる過去、魔王が突然現れ、世界へ侵攻した。
我々の先祖は奮闘したが、魔王の絶大なる魔力を前に、抗する術は無く、敗れ去った。
各種族は各々の絶滅の危機を回避するため、各種族の軋轢を取り去り、種族間連合と呼ばれる組織を作り、長所を結集し、魔王軍と戦った。
しかし、魔王軍はあまりにも強く、歴史上最強の組織であった種族間連合は、敗退を繰り返し、フィルアデス大陸は魔王軍の手に落ちる。
魔王は大魔法を使えるエルフを滅するため、海魔獣を使役し、海を渡り、ロデニウス大陸へと至る。
歴戦の勇士たちは倒れ、多くの命が散った。敗退を繰り返した種族間連合は、最後の砦として当時のエルフの神の住まう森、神森に立てこもる。
種を滅せられる危機を感じたエルフの神は、より上位神である太陽神に祈りを捧げる。
太陽神は祈りと聞き届け、自らの使いをこの世界に降臨させた。
太陽神の使いたちは、空を飛ぶ神の船を操り、雷鳴の轟きと共に大地を焼く強大な魔導をもって魔王軍を滅し、海における戦いにおいても、全長250mに迫る巨大な神の軍船をもって海魔を滅していった。
神の軍船の一撃は、海を震わせ、その絶大なる魔力に海王でさえも震えあがったという。
あらゆる戦場で連戦連勝を重ねた太陽神の使いたちは、大陸グラメウスまで魔王軍を押し返すことに成功する。
役を終えた彼らは、神の命により元の世界に帰還していった。
生き残った各種族は、フィルアデス大陸とグラメウス大陸の間に門を設け、世界の門と名づけ、魔をグラメウス大陸に封じ、それ以南を各種族の楽園として守ろうとした。
魔王軍の再来を恐れた種族間連合は、魔王討伐軍を組織する。
出発に際し、魔王討伐軍が1年経っても戻らない場合、大規模な援軍を約束し、討伐軍は出発した。
しかし、魔王軍の大群を前に、後退する事も適わず彼らは天然の要塞に立てこもる事となる。
幸いにして肥沃な土地と水源のあった天然の要塞は、魔王軍に包囲されながらも食料が枯渇する事は無く、討伐軍は生きながらえた。
軍の遠征から5年、10年経っても援軍は無く、太陽神の使い無き今、種族間連合は、魔王の再侵攻により全滅したのではないかと考えられるようになる。
やがて、討伐軍は天然の要塞を人類最後の砦とし、積極的な子作り政策の元、天然の要塞から城壁を伸ばし、人類の居住地を拡大していった。
この人類最後の砦、国名をエスペラントと名付ける。
◆◆◆
魔王を封じた勇者たちの前に派遣された魔王討伐軍、本来あるはずの連絡が途絶え、種族間連合も、何度も調査隊を派遣したが、軍の存在を見つける事が出来なかった。
軍の派遣から4年が経過し、種族間連合は苦渋の決断で全滅と認定、これは、忘れられた軍の末裔たちの国、エスペラント王国の物語である。
エスペラント王国 王城
「最近の魔獣の活性化はいったい何なのだ!?」
国王は、不安を押し殺した声で、部下に話しかける。
壁に囲まれた街は、ここ数カ月で2カ所も落ち、内の住民が魔物に殺されるという悲劇が起こっていた。
「大魔獣ダクシルドが数カ月前に突如として現れ、戦況は一気に変わってきました。
そういえば、我々をいつも悩ませていた魔王ノスグーラの側近、マラストラスの目撃情報がありません。」
彼らは国家、いや、種の存続の危機に頭を悩ます。
魔王ノスグーラが種族間連合の放った勇者に封印された後、封印を免れた側近マラストラスの「計画的農場計画」により、人類、いや、各種族に対する魔族からの攻撃は限定的なものとなり、ノスグーラ復活の際の肉として、王国は計画的に、適度な大きさに保たれてきた。
しかし、魔王ノスグーラを日本国陸上自衛隊、有害鳥獣駆除のための国際緊急援助隊先遣小隊が倒してしまったため、ノスグーラの勢力圏が消滅し、強力な魔獣が流入、「エサ場」を後先考えずに荒らしまわったため、エスペラント王国は存続の危機を迎えているのだった。
◆◆◆
日本国 北海道北方 上空
雷雨の中、1機の航空機が飛行していた。
陸上自衛隊の保有する新型輸送機C-2は、訓練のために武器弾薬を満載し、訓練員も多数を乗せ、雷鳴の轟く空を飛行する。
「!!何だ!?」
飛行中突如として計器類が狂い始める。
運の悪いことに、この世界における200年に1度程度の大規模太陽風を上空で受ける事になったC-2。付近には磁気嵐が吹き荒れる。
「計器が!!!」
あらゆる計器が狂い、自機がどの方向に向かっているのかでさえもロストする。
基地に無線を送るが、それさえも反応しない。
「くっ!!!おそらく……この方向が本土の方向だろう。」
機長と副操縦士は自らの感覚だけを頼りに機を操縦する。
どれだけの時間を飛んだだろうか?彼らは視界が悪いながらも、地上の様子を確認すべく、徐々に高度を落とす。
緊張……。
「なっ!!!!」
視界に超大型の鳥の群れが現れる。
「し……しまっ!!!」
超大型の鳥の群れは、航空機に激突する。ジェットエンジンにも多数の鳥が吸い込まれた。
立て続けに起こる大型生物のバードストライク(鳥がジェットエンジンに吸い込まれる現象)は、C-2のバードストライクの設計限界を超え、エンジンは火を噴き、煙をあげはじめる。
機内には警戒音が鳴り響き、機は滑空を始めるのだった。
◆◆◆
エスペラント王国 カルズ地区
王国の数ある壁内地区の中でも、外縁部に位置するカルズ地区、同場所は魔物たちの闊歩する土地と接しているため、街の人口は少なく、田舎ではあるが余りある土地を利用して農業が行われていた。
王国の食料基地そして都会を守るための南部前線基地としての機能を与えられていた。
そんな田舎の地区で、1人の少女が絵を書く。
「うーん、なかなかうまく書けたよ!!」
父親は、この地区では珍しい医者であり、国内では比較的裕福な家庭に生まれた彼女は、美しい畑の絵を描く。
「サフィーネちゃん、今日もうまく描けたかい?あんたの絵を見ると、私しゃ心が温かい気持ちになるんだよ。」
農家のおばあちゃんが話しかけてくる。
「うん!!とびっきり上手く描けたよ!!」
彼女は明るく答える。
国家存亡の危機にあるエスペラント王国、そんな国の一角では、平和な光景があった。
-ズー……ン―
恐怖を掻き立てる重低音が響き渡る。
彼女は音のする方向を見る。
「え!?何あれ!!!」
理解できない物体が目に映る。
「鳥?でも、火を……煙を吐いている!!!」
一見魔物のように見えるそれは、翼の付近から煙を吐きながら落下してきた。
ケガをして、必死に落ちまいと、もがく鳥のようにも見える。
やがて「それ」は、彼女から約1km離れた小高い丘に激突し、土煙を上げながら停止した。翼は折れ、痛々しい姿を晒す鳥……。
「……行ってみよう!!!」
彼女は決心し、走り出す。
「ちょっとやめなされ!!魔獣の類と思うよ!!!」
後ろから聞こえるおばあちゃんの声を無視して彼女は走る。
やがて、それの墜落現場に彼女は到着した。
「つっ!!!」
息を呑む……あまりにも酷い光景が目の前に広がっていた。
落下の衝撃で後部ハッチは開き、中から人が投げ出され、千切れている者もいる。
多くの人が地面に転がっていた。
動く者は一人もいない……。
彼女は叫びそうになる。その時……。
「う……。」
微かに聞こえたうめき声、彼女はその声のする方向を向く。
視線の先には、苦しそうな顔をする青年が1人。
「やっぱり人間だ!生きている!!!」
他にも生きている人がいるのか、彼女は探すが、見つける事は出来ない。
「この人だけでも助けなきゃ!!」
彼女は、今目の前にいる男性を助ける事を決意する。
見た出血がひどく、男は意識を失っている。彼女は応急処置として止血、やがて村人がこちらに向かってくる。
「な……なんじゃこりゃ!!」
「全く解らん。」
各々の感想を口にする。
「みなさん!!生きている人がいます。手を貸してください!!」
村人はサフィーネを見る。
「私の父は医者です!!家に運びます!!!みなさん、手を貸してください!!」
村人たちは、彼女に言われるがまま、瀕死の男を医師の家に運んで行った。
◆◆◆
……頭が痛む、全身に激痛が走る。
自分はいったいどうなってしまったのだろうか?
激痛をこらえながらも、彼は自分の身に起こった出来事を思い出す。
陸上自衛隊の新型輸送機C-2に乗り、訓練のために飛行していた……確か……彼は、はっとなって目を開く。その視線の先、ロウソクの光で暗く映る彼の知らない天井が写る。
C-2は墜落した。何が起こったか解らなかったが墜落したんだ!!
彼は現状を把握するため、体を起こそうとする。
「つっ!!ぐっ!!!」
起こそうとした体、体に走るあまりの痛みに、彼は再びベッドに横たわる。
「ハァハァハァ……。」
息切れ。
ドアを開く音と共に、1人の女性が現れる。年齢は20歳くらい、金髪に青い目をした彼女は自分の方をじっと見つめる。
岡は恥ずかしくなり、赤面する。
「まだ動いてはダメよ!!あなたはすごいケガをしているのだから!!」
自分に話しかけた後、彼女は振り返る。
「お父さん!意識を取り戻したよ!!」
「何!?そうか!!」
階段を駆け上がる音が聞こえた後、髭を生やした1人の男が現れる。
「君!大丈夫かい?」
「はい……。」
「私はこの街で医師をしている、バルサスと言います。名前を言えますか?」
「岡 真司といいます。助けていただいてありがとうございます。」
岡は、誰かに助けられて運ばれてきた事を確信し、医師に礼を言う。
「いや、それは娘に言ってやって下さい。貴方に息があるのを発見し、応急措置を施したのは娘なのです。死にかけていましたよ。」
「そうですか、助かりました。ところで、ここはどこですか?」
「カルズ地区ですよ。」
医師バルサスは地区名を話す。
「カルズ地区?それはどこですか?何という名の国なのでしょうか?」
岡の問に、医師バルサスは目を見開く。
国と言えば、この世界にはエスペラント王国以外にはない。にも関わらず、この青年は国名を聞いてくる。
娘や村人が見たという、火を噴きながら空から落ちて来た物体に乗っていたとの話も、本当なのだろう。
医師は困惑し、青年に話しかける。
「ここは、エスペラント王国ですよ。あなたは何処から来たのですか?」
岡はこの世界の国名を、頭に入れていたつもりであったが、エスペラント王国という名の国は記憶になかった。
「私は、日本国陸上自衛隊の者です。訓練飛行中、航空機のトラブルにあい、飛行機が墜落したようです。他の仲間はどうなりましたか?」
医師バルサスに衝撃が走る。
エスペラント王国は、人類最後の砦と思わてれいる。王国民は全員がそれを信じ、バルサス自身もそう思い、誰も外に国がある可能性なんて、考えた事もなかった。
しかし、この目の前にいる青年は、当たり前のように他国から来たと申し立てている。
本当か?
「残念ながら君の仲間たちは助からなかったようだよ。」
医師は、問いに答える。
「そう……ですか。」
岡と名乗った青年はうなだれる。
「ところで、日本という国について教えてもらいたい。日本の近くに国はあるかな?」
岡は、「近くに国があるか」という意味不明な問いに多少困惑するが、医師が日本について知りたがっていると判断し、答える。
「日本国は、世界……いや、今把握して国交を持つ国々の中では東に位置します。日本国と国交を持つ国は、現在増え続けていると聞いています。」
「我が国以外にも、国があるとは……。」
「?」
「その国は、この大陸グラメウスにあるのかね?」
「グラメウス!!ここはグラメウス大陸なのですか?」
「そうですが……。」
「私たちは、グラメウス大陸は、魔物と呼ばれる有害鳥獣が支配する未開地域であり、そこに国家は無いと聞いていました。」
「では、あなた方の国は、グラメウス大陸ではない?魔物もいないというのでしょうか?」
「はい、我が国は島国であり、熊などの危険な生物はいますが、魔物と呼ばれる生物は存在しません。」
「なんと!!では、まさか……まさか、神話にある「世界の門」はまだ機能しているのでしょうか?」
「世界の門とは、グラメウス大陸の入口にあるトーパ王国にあるものかな……それならば、まだありますが。」
医師バルサスは、この世界の常識を覆すその言葉に感動し、プルプルと震えている。
「君の言う事が本当ならば、とてもすばらしいことだ!!」
トントン……。
家の扉を叩く音が聞こえる。対応した娘、サーシャが階段を上がって来る。
「どうした?」
「騎士様たちが、話を聞きたいらしいわ。」
「そうか……ここで、彼を寝かしたまま話すので良ければ許可すると伝えてくれ。」
「はい。」
医師バルサスが部屋の外に出た後、何かを説明している。
「何っ!!それは真ですか!!」
「そんなバカな。あやつは魔物が送り込んだ手先ではないのですか?」
何か、男の大きい声が聞こえてくる。
やがて、部屋の扉が開かれた。
「失礼する。」
正装であり、腰にサーベルをもった男が2名部屋に入って来る。
騎士といえば、全身金属の鎧を着た者が入ってくると思い込んでいたが、考えてみるとけが人1人から事情聴取を行うのに鎧を着て来る訳がないと、自分の中で解決する。
彼らは、岡に向き、話始めるのだった。
2月17日に、日本国召喚~導かれし太陽~第1巻が発売されます。
大幅に加筆してお届けします(^^♪