各国の動き1
話は少し遡る。
グラ・バルカス帝国の先進11ヵ国会議奇襲により、壊滅的な被害を受けた各国、その中でも捕虜を取られた国家は多く、各国がグラ・バルカス帝国に対する本国の意志を伝え、また、可能であれば捕虜返還交渉を行うため、グラ・バルカス帝国のレイフォル地区にある地方都市レイフォリアの外交窓口に、向かっていた。
プライドの高い先進11ヵ国参加国の間では、「グラバルカス撃つべし!!」といった意見が大半を占めていたため、自国民に対しては、非公式の訪問、また、グラ・バルカスの言った「我が国に降れ」というのは、具体的にどういった内容を示すのかが不鮮明であり、その確認もかねて、外交官たちは向かう。
日本国の外交官としては、パーパルディア皇国戦で舌戦を行った朝田大使が適任とされ、急遽グラ・バルカス帝国へ捕虜返還交渉をするため、派遣されていた。
今回の対帝国に対する直接交渉の参加者は、
○神聖ミリシアル帝国 西部担当外交部長 シワルフ
○ムー国 外交官 ヌーカウル
○日本国 外交官 朝田 泰司
○アガルタ法国(中央世界) 外務卿 リピン
の4か国である。
彼らはグラ・バルカス帝国のレイフォル地区に、魔電で事前通告し、海路にて入国を行う。
超弩級戦艦グレードアトラスターの全力砲撃を受け、灰燼に帰したレイフォリアは、まだ傷跡が残るものの、僅かに復興が進んでいるようでもあった。
入国後、生気の抜けた元列強国、レイフォルの民たちの姿が見えてくる。
彼らの目は死んでおり、やる気、覇気が全く感じらず、彼らの厳しい統治の実態を垣間見る。
各国の大使は、レイフォル地区にあるグラ・バルカス帝国の出長所の前までやってきた。
帝国からは、例え敵対していても、外交窓口だけは守ると通達されていたため、堂々と出張所に入る。
(なんでまた俺が、扱いの難しい案件につかなければならないのだ……。)
朝田は、うんざりした気持ちで、帝国の外交官がいると言われる建物に入っていった。
会議室で待たされる事10分、やがて会議室のドアが開き、人相の悪い男が一人入って来た後、彼らに告げる。
「ほう、この世界の強国のみなさん、雁首そろえてこられるとはどういったご用件かな?」
グラ・バルカス帝国の外交官ダラス、外交官とは思えない非礼極まりない発言に、他国の外交官の顔が強張る。
朝田が前に出る。
「日本国政府は、あなた方グラ・バルカス帝国の行った武力攻撃に対し、遺憾の意を表明いたします。また、巡視船しきしまの撃沈に関して、賠償、遺族への謝罪、そして……」
「ほう!あなたが我々と同様に転移国家である日本国か!!」
外交官ダラスは朝田の言を遮り、話を始める。
「わが方の戦艦のたったの1撃で沈んだと聞く。同じ転移国家でも、ここまで差があるものよのう。弱き国の外交官はつらいだろう。ところで、遺憾の意とはなんだ?具体的にどう対応するというのだ?」
ダラスは挑発する。
「あなた方の、先進11ヵ国会議での発言は、世界に対する宣戦布告ととれる。あなたの態度は我が国にとっては、ある国を彷彿とさせるが、本気で世界を敵に回して戦って、自分たちは勝てると思っているのでしょうか?」
朝田は丁重に問う。
「弱小国家がいくら連合を作っても、強くはならんよ。弱者は弱者のままだ。」
ダラスの発言を受け、朝田は身を乗り出す。このまま日本国が舐められたら、また先の悲劇を繰り返す可能性があり、ある程度強気に出る事を決意する。
彼が発言しようとしたその時、彼の前に神聖ミリシアル帝国の外交部長が立つ。
「神聖ミリシアル帝国の西部担当外交部長のシワルフです。我が国は、あなた方が港町カルトアルパスで行った奇襲、そして蛮行を、痛烈に非難し、直ちに謝罪と賠償、そしてレイフォル国からの撤退並びに今回の蛮行の責任者の引き渡し、そして捕虜の返還を行うよう通告に参りました。
我が国、神聖ミリシアル帝国は、他国と違って交渉に来たのではない。
お願いではない。これは命令だ。
従わない場合は、敵になるのは我が国のみではない。先進11ヵ国のみでもない。これは中央世界の総意だ。」
怒りをもって、シワルフは発言する。
ダラスが返答しようとした時、部屋の扉が開き、扉の奥からつり目の美しい女が姿を現す。
「シエリア様……。」
「ダラス、ここからは、私が責任をもって交渉を行う。」
「しかし、この場合の担当は……。」
「命令だ、相手はこの世界の連合と言っても差し支えない。お前の手には余る。」
「ぐ……解りました。」
ダラスはシエリアに席を譲り、隣の席に座る。
「話は聞いていた。帝国の考えは、先進11ヵ国会議で説明したとおりだ。変更は無い。」
凛とした顔、曇りなき眼でシエリアははっきりと発言する。
「グラ・バルカス帝国は何を望む。」
シワルフは、シエリアを睨みつける。
「我が軍門に降る事、当然国家の主権は認められなくなるがな。」
「具体的には?」
「植民地……といえば、解りやすいかな?」
「通告を、中央世界が飲むとでも思っているのか?」
「いいや、今は飲むとは思っていないよ。ただ、敗退を重ねた時、お前たちは我が国の案を飲む事になるだろう。どれだけお前たちの軍が悲惨な事になっても、外交窓口だけは開いておこう。自らの国民のためを思うならば、早めに決断を下すがよい。」
「なめおって……。捕虜の返還には応じないのか?」
「戦争が終わるまで、捕虜の返還は無い。我が軍門に降れば、捕虜は返還してやろう。」
「捕虜の人権は当然認められるのだろうな?」
「それは……。」
シエリアの目が泳ぐ。
「それは、我が国が決める事だ。お前たちに答える義務はない。」
シエリアは、心が痛む。
シワルフとシエリアの会話が途切れた事を見計らい、朝田が発言する。
「シエリアさん、日本国は、海上保安庁職員の即時返還を要求します。」
「?聞こえなかったのか?捕虜は戦争が終わるまで返還しない。」
「軍人であれば、捕虜というのも理解できる。しかし、あなた方が捕らえている日本国民は、軍人ではない。海の警察、海上保安庁の職員だ。」
「たわごとを、戦闘機を多数落とした艦が、軍艦ではないと申すか?」
「はい。彼らは軍人ではありません。船も、他国でいうところの沿岸警備隊、軍用船ではありません。」
シエリアの隣に座る、グラ・バルカス帝国の外交官ダラスは目を見開き、会話に参加する。
「沿岸警備隊だと?では何か?日本国は、先進11ヵ国会議に、軍艦ではなく、海賊対策程度の沿岸警備隊を、はるばる遠洋まで派遣したと言いたいのか?」
「そのとおりです。よって、あなた方が捕らえているのはいわゆる軍人ではありません。よって、即時彼らの返還を要求いたします。」
ダラスが朝田を罵ろうをした瞬間、シエリアが手で合図をし、ダラスを押さえ、彼女は話始める。
「貴国の軍人の定義など、どうでも良い。あれほどの対空能力を持っておきながら、軍艦ではないなどと……自国の軍が負けた途端に彼らを切り捨てるかのような言動、負け惜しみを国単位で言うとは、みっともないぞ。
彼らは、圧倒的な軍事力の差がある我らに、勇猛果敢に挑み、敗れ去った。
私個人としては、大きく評価している。彼らは軍人として扱う。」
「彼らが警察機構という事は、今確かに伝えました。あなた方が軍人として扱うとの事ですが、彼らの安全は保障されるのでしょうね?」
「先ほど答えた。我が国が決める事だ。」
朝田は、シエリアの瞳に迷いが生じているのを感じる。
(何かを迷っている?)
僅かなる沈黙……、その会話の隙をついて、ムー国 外交官 ヌーカウルが質問を開始する。
「ムーの外交官ヌーカウルです。今の会話で、あなた方が捕虜の返還交渉に応じる気が無いのは解りました。そして、雰囲気からは察したのですが、どうしても発言としての事実が欲しいので、質問します。あなた方は、現在我が国を含めた第2文明圏に宣戦布告をしています。
今回の、先進11ヵ国会議で、中央世界並びに、日本国に対しても、宣戦布告を行った。これで間違いないですね?」
シエリアは、バカを見る目をもって、ヌーカウルを眺め、グラ・バルカス帝国の未来に重大な影響を及ぼす回答を行う。
「ああ、間違いない。」
ムーの外交官が、僅かな笑みをこぼし、朝田を見る。
すでに宣戦布告を受けているムー国にとって、外交官ヌーカウルの仕事は、今回の会議で、日本国を明確に戦争に引きずり込む事であった。
それには、雰囲気や、そう取れる発言等ではなく、日本国にも宣戦布告をしているという明確な……グラ・バルカス帝国の明確な意思を伝える者の公式発言が必要と考えていた。今の発言内容は、ムーの他の外交官が日本国内で購入したICレコーダーに録音済みである。外交目的を達成したヌーカウルは、満面の笑みを浮かべ、
「解りました。」
と発言し、下がる。
朝田は、状況を察する。
(やられたな……。)
「もう良いだろう。グラ・バルカス帝国は、捕虜の返還に応じる気はない。そして、我ら……世界そのものである我らに、自国の植民地になれと求めている。これが明確に判明した。事務レベルではっきりとした訳だ。シエリア殿、これで間違いないな。」
神聖ミリシアル帝国の西部担当外交部長 シワルフ は、シエリアに問う。
「間違いはない。」
「では、最後に……あなた方グラ・バルカス帝国の民のために、発言しよう。神聖ミリシアル帝国の保有艦隊数は、貴国が戦った艦船の数を遥かに上回る。我が国の魔導工学に基づく工業力も他国を遥かに凌駕している。早めの降伏をお勧めする。
貴女が戦火に巻き込まれて死なないように祈っておこう。」
「そうか、ではこちらも、交渉窓口だけは開いておこう。自国民を大切に思うならば、早めの降伏を進めしよう。」
会議は終了し、シエリアは退室する。
各国の大使が退室を開始しようとした時、グラ・バルカス帝国外交官ダラスが彼らに向く。
「お前たちにとっては、国民へは非公式としているようだが、実質的公式な国と国の会議は終わった。少し個人的なお前たちへの感想を述べよう。」
彼は続ける。
「弱者連合が……烏合の衆がいくら集まっても、我が帝国には勝てない。帝国は、今後すべての国々をその配下に治める事となろう。貴様らも、この世界の連合として、プライドはあるだろうが、帝国に降るか、弱者連合で、国亡ぶまで戦うか……本気で考えた方が良い。
まあ、お前ら蛮族に考える頭があるとは思えないがな。」
各国の外交官の顔が曇り、日本国大使、朝田が発言する。
「では、私も個人的な感想を述べよう。……あなた方は、現実が見えていない。今回の文明国とは思えない、国際会議への武力での介入、そして我が国への宣戦布告。我が国、日本国政府が参戦を閣議決定した時、グラ・バルカス帝国の終わりの始まりとなるだろう。
貴国は、第3文明圏のパーパルディア皇国が我が国にした事、そしてその後の展開を、少しはお勉強した方がいいでしょう。
外交窓口は開いておきます。早めに降伏するならば、ムーにお願いして入国し、日本国大使館の扉を叩いてください。」
捕虜返還交渉は失敗に終わった。
各国連合の、会議は終了する。
◆◆◆
第2文明圏 文明圏内国家 ソナル王国
第2文明圏列強国レイフォルに国境を接するソナル王国、ムーの南側に位置するこの国、王の間では、緊急の王前会議が行われていた。
レイフォルを落とし、そして先進11ヵ国会議外務大臣護衛艦隊が実質的に全滅した事について、緊急会議が執り行われていた。
「以上が、先進11ヵ国会議での外務大臣護衛艦隊が受けた被害と、戦闘の軌跡です。」
ソナル王国にとっては、先進11ヵ国会議は強国たちの会議であった。そして、戦った11ヵ国はその中でも精鋭艦隊と想定される。
「なんと……ムーの機動部隊ですら全滅したというのか?」
王は60隻を超える精鋭艦隊が実施的に全滅した事に唖然とする。
「はい、相手は、多数の航空機と、あの列強レイフォルを単艦で滅ぼしたグレードアトラスター型超弩級戦艦です。」
会議室は静まり返る。
「列強レイフォルを、たったの1隻で滅ぼした、伝説の艦か……その強さは本物である事が証明された形となった訳だ。」
「その艦名を聞いただけで、第2文明圏の海軍は震えあがると言わています。
唯一ムーの艦隊だけは、これに対応可能と思われていましたが、本戦いではムーの機動部隊が手も足も出ずに全滅しており、各国の海軍には、グラ・バルカス帝国に対する恐怖が広がっています。」
「第3文明圏列強パーパルディア皇国を無傷で解体した日本軍の超高性能と言われる「軍艦」も、戦艦グレードアトラスターを前に、なす術もなくあっさりと撃沈されています。あの日本国でさえ、グレードアトラスター型戦艦に、通用しませんでした。」
日本国は、パーパルディア皇国を無傷で解体したため、世界では強国と認められていた。故に海上保安庁の巡視船撃沈は、日本の軍艦が撃沈されたと思われており、グラ・バルカス帝国の恐怖に拍車がかかる。
「さらに……これは、確定情報ではありませんが、神聖ミリシアル帝国に放っているスパイによると、神聖ミリシアル帝国の第零式魔導艦隊が、グラ・バルカス帝国の機動部隊に襲われ、全滅したと……。
繰り返しますが、これは不確定情報です。」
王の間は絶望に包まれる。
「第零式魔導艦隊が全滅したのであれば、世界で彼らに抗するすべはないではないか……。」
沈黙。
「外務卿!」
「はっ!」
「民のためだ……状況によっては、戦わずして降伏の道も、考慮しておいてくれ。」
王の間では、泣き始める者も出てくる。
「解りました。降伏する場合の道筋も、検討いたします。1200年続く、伝統ある国家が……失われるのは、心苦しいのですが……。」
ソナル王国は、戦わずして降伏する事を検討する。