ギムの悲劇
クワトイネ公国、西部、国境から20kmの町、ギム
中央歴1639年4月11日午後―――――――――――
クワトイネ公国、西部方面騎士団、及び西部方面、第一飛龍隊、第二飛龍隊
西部方面騎士団団長モイジは、焦燥感にかられていた。
西部方面隊の兵力、歩兵2500、弓兵200、重装歩兵500、騎兵200、軽騎兵100、飛龍24騎、魔導師30人
準有事体制であり、クワトイネの総兵力から考えると、かなりの兵力、しかし、国境沿いに張り付いている敵兵力はこちらの兵力を遥かに凌駕する。
それに加え、こちらからの通信の一切を、ロウリア王国側は、無視しつづけている。
すでに、市民の一部は、ギムから疎開を開始している。
クワトイネ公国政府も、市民に対し、疎開を励行していた。
「ロウリアからの通信はないか?」
モイジは魔力通信士に尋ねる。
「こちらからの通信は、確かに届いているはずですが、現在のところ、返信はありません。こちらからの通信は無視し続けています。」
多少の兵力差なら、作戦で、負けない戦いはできる。しかし、今回は圧倒的すぎる差がある。いったいどうすれば良い?
「司令部からの、増援要請の回答はどうなっている?」
「司令部には、再三に渡り、要請していますが、「現在非常召集中」とのみ回答が着ており、具体的な回答はありません」
「ちっっっ!!のんびりしている暇は無いというのに!!!さっさと今ある兵力だけでも増援をもらわないと、ギムを放棄することになるぞ!!!畜生!!」
それぞれの思いを乗せ、無常にも時は過ぎていった。
中央歴1639年4月12日早朝―――――――――
国境から20kmの町、ギム
突如として、ギムの西側国境から、赤い煙が上がる。と、同時に通信用魔法から、緊迫した通信が入る。
「ロウリアのワイバーン多数がギム方向へ侵攻、同時に歩兵・・・数万が国境を越え、侵攻を開始した。繰り返す、はっ!!!!!!!!逃げろーーーーーーー!!ぐあぁぁぁ」
魔法通信が突如途絶える。
赤いのろし、ロウリアがクワトイネに侵攻した合図、それを目撃した西部方面騎士団団長モイジは吼えた。
「第一飛龍隊及び第二飛龍隊は全騎上がり、敵ワイバーンにあたれ!!軽騎兵は、右側側面から、かく乱しろ!!騎兵200は遊撃とする、指示あるまで待機!!最前列に重装歩兵、その後に歩兵を配置、隊列を乱すな。弓兵は、その後ろにつけ、最大射程で支援しろ!
魔道士は、攻撃しなくて良い、全員で、風向きをこちらを風上としろ。」
飛龍が舞い上がる。全力出撃の24騎、高度を上げる。隊を2隊に分け、1隊を水平飛行、2隊目に上昇限度まで高度を上げさせる。
やがて、ロウリア王国の方向の空に、黒い点が大量に現れる。その量に、クワトイネの飛龍部隊は、驚愕する。
ロウリア王国東方討伐軍先遣隊 飛龍第一次攻撃隊 その数75騎
クワトイネの飛龍部隊は、勇猛果敢に、ロウリア側の飛龍へ突っ込んでいった。
ロウリア王国の飛龍部隊75騎は、クワトイネの飛龍を視界に捕らえた。
「火炎弾の空間制圧射撃を実施する。」
飛龍を指揮する竜騎士団長アルデバラン、彼は一気にケリをつけるつもりだった。
75騎のワイバーンが、面のように、並び、口を開ける。
口の中には、徐々に火球が形成されていく。
「発射5秒前、4,3,2,1、発射!!」
75騎のワイバーンの火炎弾一斉射撃、火炎弾の回転方向により、面の内側の火球は推進力を経て射程距離が面外側よりも伸びる。
この特性を使い、クワトイネの龍が射撃を開始する前に、一斉射撃を実施。
クワトイネの飛龍12騎に直撃、落ちていく。
「隊を2つに分けていたか・・。上空に警戒せよ」
アルデバランが指揮をした40秒後、太陽を背に、上空から12騎のワイバーンが1列になって突っ込んでくる。彼らは、すれ違いざまに、火炎弾を発射した。
3騎の飛龍がこれに直撃し、落ちていく。
彼らはすぐに乱戦となった。ロウリア側は、5騎1騎にあたる。バタバタと、クワトイネの飛龍が落ちて行き、数分ほどで、クワトイネ公国飛龍部隊は全滅した。
「地上部隊を支援する。全騎、支援射撃を実施セヨ」
ワイバーンたちは、クワトイネの地上軍に襲い掛かった。
「ち・・・ちくしょう!!!敵の飛龍は、量も多い上に、技量も高い!!」
クワトイネ公国西部方面騎士団団長モイジは、壁に拳を打ち付ける。
「まさかこんなに早く竜騎士団が全滅するとは」
敵の飛龍は、攻撃目標を地上軍に絞り、空から火炎弾を打ち下ろしていた。
被害が拡大する。
こちらからの反撃方法は、ただ一つ、風の魔法を付与した大弓を打ち上げるのみ。
しかし、基本的に魔力を滞留させる技術は難しく、数がそろえられない。
せいぜい10発程度であり、しかも無誘導である。
対空の大弓は、空しく空を切る。
この世界の対空攻撃は、ほとんど当たらない。気持ち程度である。
(三大文明圏には、もう少し効果的な兵器があるらしいが・・・)
大量のワイバーンの対地支援により、クワトイネの騎士団は大打撃を受けていた。
すでに戦力の3分の1が失われている。そこへ、ロウリア先遣隊歩兵、重装歩兵合わせて2万5千がなだれ込む。
30分で、クワトイネ騎士団は壊滅、動く者はいなくなった。
西部方面騎士団団長モイジは、後ろに縄をかけられ、捕虜となっていた。ギムは、すでにロウリア先遣隊により包囲されている。
「あのモイジも、こうなると形無しだな、弱い。魔獣を投入するまでもなかった」
ロウリア先遣隊副将アデムは、モイジを見下し、勝ち誇っている。
「そういえば、お前の妻と娘はギムにいたな」
「何をする気だ!」
「おい!」
アデムは部下に命じる。
「モイジの妻と娘は、ここにつれてこい。こいつの前で、散々嬲った後に、魔獣に生きたまま食わせろ」
「きさまぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
モイジは飛び掛ろうとするが、すぐに取り押さえられる。
「大丈夫だ。全て見届けた後で、お前も魔獣の餌にしてやるから」
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」
アデムの恐怖の命令は、その日のうちに実行され、町のあらゆる所で、強盗殺人、強姦殺人、略奪、暴行が行われ、モデムの一族も、悲惨な運命をたどる。
生きて解き放たれた100人は、その惨状を、各都市に伝えた。
しかし、この行為は、日本にも伝わり、ジェノサイドからクワトイネ公国の民を救うという大義名分を与える事になる。
中央歴1639年4月22日 クワトイネ公国 政治部会
西の町、ギムはロウリア王国に落ちた。しかも、町のほとんどの民が虐殺されるといった大惨事、政治部会は重苦しい雰囲気に包まれた。
「現状を報告せよ」
首相カナタの命令に、冷や汗をかいた軍務卿が答える。
「はっ!現在ギム以西は、ロウリア王国の勢力圏となっております。奴らの総兵力は、先遣隊だけで3万を超え、スパイの情報によると、作戦兵力は50万に達する模様です。また、第三文明圏、フィルアデス大陸の列強国、パーパルディア皇国が、彼らに軍事支援をしているとの未確認情報もあり、現に今回500騎のワイバーンを投入してきております。また、4000隻以上の艦隊が港を出航した模様です。」
絶句―――
会議の誰もが息を飲み、その情報を頭の中で繰り返す。50万という数値、これは、クワトイネの予備兵力も入れた総兵力の10倍、しかも、ワイバーンが500騎もいる。
さらに、何処にいったか分からない4000隻以上の艦隊。彼らは本気で国を取りに来ている。そして、自分たちにそれを防ぐ力が無い。
絶望・・・・
会場は、静粛に包まれた。
その時、外務卿が手を挙げる。
「首相、よろしいでしょうか?」
「何だ?」
「実は、政治部会が始まる寸前に、日本大使館から連絡がありまして・・・。」
「内容は?」
「はい、全文を読み上げます。(日本国政府は、クワトイネの都市ギムで発生した武装勢力による虐殺に関し、とても見過ごす事は出来ない。クワトイネ政府に、徹底した武装勢力の取り締まりを要望する。なお、クワトイネ政府からの要望があれば、日本国政府は、クワトイネに対し、武装勢力排除のための自衛隊を派遣する用意がある)との事です。」
「??援軍を送ってくれると言うことか?」
「遠まわしではありますが、こちらから要望すれば、援軍を送るといった意味かと思います。彼らは、憲法で、武力による紛争の解決を禁止しているので、かなり無理やりでありますが、ロウリア王国を国とは認めず、武装勢力と表記したのかと思われます。また、クイラ王国と同じく、食料自給率が低いようなので、わが国からの輸出が途絶えると困るようです」
会場がざわつく。
絶望の淵を、静かに朝日が上ろうとしていた。
「よし!!すぐに日本に武装勢力排除のための応援を要請しろ!援軍の食料はこちらで準備するとも伝えろ。また、領土、領空、領海での行き来を、武装勢力排除までの間、自由に往来を認めるとも伝えるように、そして軍務卿!」
「はっ!」
「全騎士団及び飛龍部隊に、日本に協力するよう伝えろ」
「了解しました!」