皇国の狼狽3
フェン王国 ニシノミヤコ沖合い
パーパルディア皇国、皇軍の戦列艦183隻を含む284隻の大艦隊は向かい来る日本軍16隻を撃つため、戦闘態勢に移行していた。
列強たる皇国の技術とプライドの結晶たる100門級戦列艦隊が前に出る。
パーパルディア皇国最大最強であり、大艦隊の指揮をとる超F級戦列艦パールに乗艦する将軍シウスは日本軍を眺める。
旗艦は艦隊中央部に位置し、指揮をとる。
「ダルダ君、君は勝てると思うか?」
隣に立つ艦長ダルダに尋ねる。
「これほどの大艦隊と、最新の戦列艦をもってすれば、神聖ミリシアル帝国の有名な第零魔道艦隊を相手にしても負けますまい。
海戦の強さを決するのは、戦列艦の質と量です。
第3文明圏最高の質と、戦列艦183隻の量を超える者など、ここには存在しません。」
話は続く。
「もし仮に、日本軍の艦の性能が我が方を凌駕していたとしても、砲も少数、そしてたったの16隻ではどうにもなりますまい。」
艦長ダルダは絶対の自信を見せる。
戦列艦隊は魔力を出力最大にした風神の涙を使用し、帆いっぱいに風を受け、波を裂きながら進む。
日本軍は艦を1列に並べて進んでくる。
将軍シウスは日本軍を注視する。
日本の艦は見たことが無いほど大きい。
砲は1門、艦前部に設置されているのみである。
砲の大きさから見て、第2文明圏の列強ムーの戦艦ラ・カサミの回転砲塔に近いものなのだろう。
日本の艦も、過去に魔写で見たことのある戦艦ラ・カサミと同様に帆が無い。
いやな予感がする。
1発あたりの威力は、我が方の100門級戦列艦よりも大きそうだ。
しかし……。
「速いな。」
敵艦の速度が自分の知る船の常識からかけ離れている。
これほど速いなら、魔導砲を当てるのも大変だろう。
「まあ、それは敵も同じ事か…。」
日本軍との距離は、近い所で10kmをきっている。
緊張が走る。
「ん!!??」
日本軍の最前列にいる艦の砲口が光、煙が発生する。
「敵艦発砲!!!」
「まだ10km近く離れているぞ。何の儀式だ?」
「何か、威嚇のつもりでしょうか?」
決して砲弾が届くはずのない距離からの発砲。
将軍シウスと艦長ダルダは日本軍の意図を計りかねる。
突如として皇軍の最前を進んでいた100門級戦列艦に光が走る。
イージス艦こんごうの127mm単装速射砲から発射された砲弾は、正確にパーパルディア皇国、皇軍の100門級戦列艦に着弾し、対魔弾鉄鋼式装甲をあっさりと貫通、弾薬庫で爆発した。
爆圧は内部から外部に向かい、木造部分を粉砕しながら上部に突き抜ける。
艦は上部に壮大な火柱を上げ、真っ二つに折れて沈んでゆく。
「戦列艦ロプーレ轟沈!!!」
唖然……。
「な……ど……どういう事だ!?」
将軍シウスとパール艦長のダルダは眼前の現実の理解に苦しむ。
ダン!ダン!!ダン!!!ダン!!!!
「敵艦連続発砲!!!」
「な……なんという装填の速さだ!!!」
艦隊の前方に連続して火柱が上がる。
「戦列艦ミシュラ、レシーン、クション、パーズ轟沈!!!」
沈み行く船が多すぎて、報告が間に合わない。
敵船は未だ我が方の射程距離のはるか先にいる。
「敵艦、進路を変えます!!」
砲を放ち続け、敵艦は我が艦隊に腹を向ける。その距離約6km。
敵は後続の艦も攻撃に加わり、射撃密度が増加する。
全弾命中し、発砲音の数だけ沈み行く味方の船。
「全弾当たるとは、どんな魔法だ!!!」
「こんな……こんな現実があってたまるかぁぁぁぁ!!!!」
将軍シウスは閃光と共に、強烈な揺れと衝撃に見舞われ、壁に叩きつけられる。
「左舷に被弾!!!!」
120門級戦列艦パールの左腹に大きな穴が開く。
海水が艦内に流れ込み、バランスを崩したパールは、徐々にその巨体が傾き始め、やがて転覆、装甲の重みでゆっくりと沈んでいった。
将軍シウスは海を漂う。
流れてきた木材に捕まり、海上から皇軍を見る。
信じられないほどの短時間で、第3文明圏最強の国、列強パーパルディア皇国の大艦隊は1隻も残らず、海の藻屑と消えた。
パーパルディア皇国皇軍284隻は日本国海上自衛隊の護衛艦16隻と交戦、284隻全てを失い全滅した。
その数時間後、ニシノミヤコに残存していた皇軍はその主力を失ったため、ニシノミヤコを奪還に来たフェン王国軍に降伏、列強と2カ国連合軍の戦いは、2カ国連合の圧勝に終わった。
フェン王国のニシノミヤコでは、この日を記念し、船の形に組んだ木を焼く火柱祭りが毎年開催されることとなる。
◆◆◆
パーパルディア皇国 皇都エストシラント
第1外務局長室では、今後の日本に対する措置について、軍の最高指揮官アルデを交えて話し合いが行われていた。
通常であれば、文明圏外の蛮国1国程度に軍の最高指揮官や、皇族レミールが介入するはずもないが、本件は皇帝陛下の関心が高く、失敗は許されないため、皇国幹部の関心も高くなっている。
第1外務局長エルトが発言する。
「間もなく皇国陸戦隊がフェン王国の首都アマノキを落とす頃ですね。レミール様、本当に現地の日本人観光客は殺処分してもよろしいのですか?」
「良い。今度はもっと多くの日本人が確保出来るだろう。
蛮族には、しっかりと教育をしなければ解らないようだ。
……ニシノミヤコの日本人は、楽に殺しすぎた。
アルデよ、今度はもう少し苦しむように配意しろ。」
「はい、解りました。」
「で、その後の事だが……。」
コンコン。
ドアがノックされ、話が中断する。
「入れ!!!」
次長ハンスが汗をかきながら入室してくる。
「本会合に関係ある内容でしたので、失礼とは思いましたが、文書をお持ちしました。」
顔色が優れない。
次長ハンスは局長エルトに対し、文書を差し出す。
『緊急調査報告書』
そう書かれていた5枚程度の簡単な報告書が机上に置かれる。
次長ハンスは報告書の概要を口頭で説明する。
「第2文明圏列強ムーがフェン王国での戦いに関し、日本側へ観戦武官を派遣した事案につき、ムー大使に事実確認とその意図を調査した結果の報告書になります。」
「うむ」
ムーが観戦武官を日本側へ派遣した事を知っていた第1外務局は、ムーの意図を計りかねていた。
もしかすると日本はムーが注目するほどの新魔法を持っているのではないかといった説も出た。
よって、観戦武官の戦死を覚悟してまでも日本に派遣したと……。
しかし、であるならば皇国側に派遣してこなかったのが不思議であったため、確認を行っていた。
「結論から申し上げますと、ムーはフェン王国での戦いは日本が勝つと判断しています。」
『何っ!!!!』
第1外務局長エルト、皇族レミール、軍の最高指揮官アルデは同時に発言する。
「ハンス!どういう事だ!!?」
「ムーは、自らが入手した情報を分析した結果、今回の戦いは日本が勝つと思っているのです。」
沈黙……。
「まさか…。」
軍の最高指揮官アルデは話し始める。
「もしかすると、これは仮説ですが、日本は元々皇国と全面戦争をするつもりだったのでは?そして、準備はすでに相当に進んでいた。
そこで、皇軍がフェン王国に向かう事を察知し、艦船数千隻、そして10万を越える陸軍を送り込んだのかもしれん。
我が軍では、日本には砲艦があると分析されています。
技術レベルは通常文明圏弱と思われ、文明圏外国家としては突出して高いと分析しています。
我が国に劣るとはいえ、数千隻の砲艦が相手では、ちと今回の派遣軍だけでは荷が重いかもしれません。
何より、砲弾が不足してしまう。
陸戦隊も3千のみであるため、敵の陸軍が5万を超えたら荷が重い。
いずれにせよ、シウス将軍が派遣されている。
援軍が必要であれば、要請してくるでしょう。
要請があれば、西部艦隊も差し向けます。
しかし……ムーは、何か情報を掴んでいたな……。」
「もしそうだとして、皇軍は敗れるのか?」
エルトが問う。
アルデは、笑みを浮かべ、答える。
「エルト様、ご安心下さい。このまま継続して戦うと砲弾が不足するかもしれないといった心配であり、数千隻の船が電撃作戦を行うのは不可能でございます。
我が方が被害を受けることはございません。
なにより、我が国の風神の涙の質は世界一でございます。
船速が違うので、艦隊が被害を受けることもございません。
仮説が正しければ多少フェンを落とすのに予定よりも時間を要するかもしれませんが、後でシウス将軍には確認し、必要があれば援軍を差し向けます。
フェン王国は皇国から近いため、敵が一気に攻めてきていたとしても、弾薬が尽きる前に援軍を到着させられるでしょう。」
安心した空気が漂う。
「もしそうだとすると……日本か……蛮族め!!!」
レミールが吐き捨てるように言う。
コンコン
「失礼します!!!!」
汗にまみれた第1外務局の若手幹部が入室してくる。
「何だ!!!!」
「フェン王国に派遣していた皇軍は、戦列艦隊、揚陸艦隊、補給艦隊、竜母艦隊、陸戦隊、すべて全滅、残ったニシノミヤコ守備隊は、日本国とフェン王国の連合軍に降伏しました。」
!!!!!!!!!
「な……何だと!?」
第1外務局長エルトは狼狽する。
「ば……馬鹿な!!何かの間違いではないのか?」
アルデは、誤報ではないかと指摘する。
パリン!!!
食器の割れる音がする。
室内にいた者は、その音源に注目する。
そこには鬼の形相をした女性が立っている。
「な……何だと!!?蛮族ごときに、局地戦とはいえ、この皇国が敗れただとぉ!!!アルデ!!奢ったな!!!戦で相手の戦力を分析し損ねるとはっ!!」
パーパルディア皇国軍は、フェン王国を落とすために十二分な戦力を整えていた。
日本さえいなければフェン王国を落として余りある戦力だった。
「も……申し訳ございません!!軍を再編成して、万全を期します。もう皇国が負ける事はございません!!!では、すぐに準備に取り掛かります!!!」
軍の最高指揮官アルデは逃げるように退室した。
「お……おのれぇ!!蛮族めぇぇぇぇ!!!!」
レミールの目は血走っている。
フェン王国で、皇国が敗れた事はすぐに各国に広まるだろう。
73カ国の属国を抱える列強パーパルディア皇国が文明圏外国家に対し、局地戦とはいえ敗れることの意味、そして危険性をレミールは十分理解していた。
恐怖支配をしている属国に対し、宗主国が弱い姿を見せるとろくな事にはならない。
恐怖支配の脆弱性である。
「殲滅だ!!列強たるパーパルディア皇国がここまでコケにされた事を許すわけにはいかない!!!日本国を殲滅するしかない!!!
エルト!!」
「はい!!」
「陛下に許可をもらいに行く。殲滅戦の準備をしておけ!!!アルデにも伝えろ!!!」
「ははっ!!!」
レミールは退室した。
◆◆◆
アルタラス王国 王都 ル・ブリアス 地下組織
パーパルディア皇国の支配下にあるアルタラス王国の地下組織は活動を続けていた。
しかし、列強との力の差は絶望的なほど開いており、万が一アルタラス王国内にいる皇軍を駆逐したとしても、本国から再びあまりにも強い軍隊がやってくる。
地下組織は勝ち目の無い戦いに突入していた。
しかし、辞める訳にはいかない。
軍長ライアルはいつものように、皇国の動きを把握する。
せめて、王族の誰かが生きていたら、その方を長として動けば国民も賛同するだろう。
しかし、王は戦死し、王族のほとんどは皇国に虐殺されたか、戦闘中に行方不明となっている。
「ちくしょう!!」
軍長ライアルは、未来を考え、ストレスがたまる。
バン!!!
「軍長!軍長!!!」
突然部屋のドアが開かれ、各国の魔信を傍受していた通信員が駆け込んでくる。
(ノックもしないとは、非礼な奴だ。)
「軍長!!すぐに通信室に来てください!!」
「いったい何だ!?」
「いいから、早く!!早く!!!」
通信員はライアルの手を取り、部屋へ引っ張っていく。
部屋に入ると、並べられた魔導通信具の中の受信具がほのかに緑色に光る。
「第三文明圏内国家のマーズ王国経由の通信です!!これはマーズの魔信ニュースです!!!」
受診具に注目する。
ガ……ガガーガ……。
決して通信状態は良好ではない。
「ガ……ガガガ……みなさん、私はアルタラス王国の王女ルミエスです。」
!!!!!!!!
ライアルは全身に打たれたかのような衝撃が走る。
「ル……ルミエス様、生きておられたのか!!!!」
「しーっ!!しーっ!!!聞こえない!!!」
ライアルは注意を受け、沈黙する。
「……であり、現在我が国はパーパルディア皇国によって、不法に占拠されています。
よって、アルタラス王国は日本国内において、臨時政府を置き、私ルミエスを長として、ここにアルタラス王国の正統政府を宣言いたします。
現在我が国アルタラス王国と日本国は、安全保障条約の締結に向け、話し合いを進めています。
パーパルディア皇国は、直ちにアルタラス王国から撤退しなさい。さすれば、無益な殺生はいたしません。
アルタラスの民よ!私の声が聞こえているなら、「その刻」に向かい準備をしなさい!!我が国の民なら誰でも解る方法で「その刻」を知らせましょう。
現在パーパルディア皇国の支配により、苦しんでいる国の人々よ!!
本日、フェン王国を攻めていたパーパルディア皇国軍は、日本とフェン王国の2カ国連合に敗れています。
列強パーパルディア皇国軍は確かに強い。しかし、最強ではありません!!!
負けない訳ではないのです!!!
時期がくれば、あなた方の「力」が必要となるでしょう。
今は準備をしていただきたい!!!」
「アルタラス王国王女ルミエス氏はこのように述べ、アルタラス王国の正統政府の樹立を宣言いたしました。
これに対し、日本国政府は同王女を正統政府と認め、安全保障条約締結に向け、話し合いをしていく旨発表し、各国にも正統政府と認めるよう働きかけていく方針を示しました。
……えー、今新しいニュースが入りました。
先ほどのルミエス王女の発言にあった、パーパルディア皇国がフェン王国での戦いに敗れたといった内容に関するニュースです。
本日未明、フェン王国を攻めていた列強パーパルディア皇国軍は、フェン王国と日本国の2カ国連合軍に敗れています。
え!?……編集さん、この数値は本当ですか?
……失礼しました。
同戦いで、パーパルディア皇国軍は300隻以上の艦船を失っています。
これは……全滅に近い、海上戦力に関し、全滅に近い被害を受けている模様です。
(ボソボソボソ)
えー、パーパルディア皇国軍はその主力ともいえる竜母艦隊、竜母艦隊、これも失っている模様です。
ちょっと……原稿を読んでいて、信じられません。
変わって、次のニュースです。
魔導師キャンディー氏は、美肌に関する魔法の……。」
通信が切られる。
沈黙。
皆、顔が笑った状態で震えている。
「パーパルディア皇国が、フェン王国で、完膚なきまでに叩き潰されて負けているぞ!!!」
「ルミエス様が生きていたんだ!!!」
「よし、時が来るまで全力で頑張るぞ!!!」
地下組織の士気は上がっていく。
◆◆◆
パーパルディア皇国 皇都エストシラント 第1外務局
「何だ!!今の魔信は!!!!」
日本から各国に向けて発せられた魔信は、皇国でも傍受されていた。
局内に怒号が飛び交う。
属国が独立宣言を行った。しかも、他の国にも決起を呼びかけているのではないかともとれる発言をしている。
皇国の基盤を揺るがしかねない事態。
「これは……レミール様の、皇帝陛下への殲滅許可については、結果を聞くまでもないだろうな。皇帝陛下は殲滅を選択されるだろう。」
「日本国も馬鹿なことをしたな。本当の列強の恐ろしさを思い知る事になるだろう。」
幹部たちは執務室で話す。
その時、窓口勤務員が執務室に飛び込んでくる。
「今度は何だ!!?」
「日本国外務省2名が、担当と会談をしたいと事前連絡をしてきました。」
……。