皇国の狼狽2
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日本国 首都東京 霞ヶ関
日本に保護されたアルタラス王国の王女ルミエスは外務省から話がしたいと呼ばれ、霞ヶ関に来訪していた。
来賓室の扉を開け、中に入る。
部屋の中にいた日本国外務省、その他が起立し、ルミエスに一礼する。
「どうぞこちらにお座り下さい。」
一同着席し、話が始まる。
「私にご用件とは、いったいどのような内容でしょうか?」
ルミエスが問う。
「外務省の柳田です。パーパルディア皇国が日本人観光客を虐殺した事件はご存知でしょうか?」
「はい、聞き及んでいます。
日本の民の方々のご冥福をお祈りいたします。」
ルミエスは左手を右胸にあて、目を瞑る。
美しい。
「ここで、日本国政府から提案なのですが、フェン王国からパーパルディア皇国軍を我が国が追い払った後、ルミエス王女を長として、アルタラス王国の正当政府を名乗っていただけませんか?
もちろん日本もこれを承認すると共に、現在日本と国交のあるすべての国に承認するよう働きかけます。」
ルミエスは驚きの表情を浮かべる。
「そ……それは、私にとっては願ってもなく、ありがたい事なのですが、……その……それをしてしまうと、列強パーパルディア皇国は属領の反乱という自国の基盤を揺るがしかねない事態とみなし、日本に殲滅戦を仕掛けてきます。
日本国を不幸にしてしまうかもしれない。
それでも、本当によろしいのですか?」
アルタラス王国は文明圏外の国家としては突出して強い戦力を有していた。
そして、パーパルディア皇国を研究していたにも関わらず、圧倒的な敗北をしている。
王女ルミエスは、日本が強いであろう事は理解していたが、列強の恐怖に心をとらわれていた。
「はい、日本国政府はパーパルディア皇国と全面戦争になる事を恐れません。
フェン王国での我が国の戦いの結果を知った後に決めていただいても構いません。
アルタラス王国開放のためには、日本も軍事を含む支援を行うつもりです。」
話は続く。
「アルタラス王国の解放は、パーパルディア皇国からの植民地解放のモデルケースになり、皇国解体への第一歩となるでしょう。」
「!!!!」
日本は自国の民を殺された怒りから、列強パーパルディア皇国を解体するつもりなのだ。
そんな列強解体なんて、考えた事も無かった。
そんな大きな、歴史を動かすような所業が本当に可能なのだろうか?
アルタラス王国 王女ルミエスは塾考する。
第一回目の会談は終了した。
◆◆◆
フェン王国 コウテ平野
ニシノミヤコから首都アマノキに至る途中にコウテ平野という平野がある。
平野部ではあるが、大地に栄養は無く、作物が育たないばかりか、水の吸収性が良く、雨は大地のはるか下層まで一気に落ちるため、水の確保が出来ない。
よってここは無人の平野であり、木も育たず、短い草の生えるのみの草原となっている。
パーパルディア皇国陸戦隊の約3000名はこのコウテ平野に至り、布陣を整えていた。
この平原を抜けると首都アマノキに至る。
この場所では、フェン王国軍が死に物狂いになって突進してくる事が想定されていた。
陸将ドルボは南側を注視する。
南の海上には、支援攻撃のための砲艦20隻が見える。
列強戦列艦の雄姿を見る。
絶対の自信。
ドルボはいやらしい笑みを浮かべる。
「フ……これでいかなる戦力が来ようとも、負けるはずがない!!」
一呼吸おいて、彼は命令を下す。
「よし、進軍するぞ!!」
上空にワイバーンロードが12騎天空に舞い上がり、進軍進路上の偵察を開始する。
横1列に並んだ地竜の先頭に、隊は進む。
「首都アマノキを落したら、そこの人間はやりたいようにするよう兵に伝えろ!!」
「ウォォォォ!!!」
兵たちは、様々な想像をし、士気も上がる。
「今回も……皇国が勝つ!!」
気合が入る。
……ん??
嫌な予感。
突如としてはじけるような炸裂音が鳴り響く。
「何の音だ!!!」
音のする方向を見る。
上空~
偵察に向かっていたワイバーンロード12騎がバラバラに粉砕され、肉片が雨のように落ちてくる。
「!!な!!何だ!!!???」
ドルボは海を見る。
「!!!」
陸将ドルボの目に、見たことも無いような巨大な艦が1隻映る。
当初は自分の遠近感がおかしいのかとも思ったが、そうでは無いらしい。
その艦を望遠鏡で覗く。
巨大艦の上には太陽が輝く旗がはためく。
「!?日本の艦?」
突如、巨大な艦から連続して煙が上がる。
「まさか、魔道砲の発射炎か?」
装填が速い!!!!
轟音が連続して聞こえる。
「!!!!!!!」
信じられないものが目に映る。
味方が……味方の精強な戦列艦がなす術も無く連続して爆発する。
「そんな……そんな馬鹿な!!」
信じられない事に、音の数だけ味方の戦列艦が連続して爆発し、撃沈される。
「わ……我が方の魔道砲の射程距離を遥かに凌駕している!!!しかも、まさか、全弾命中だとぉ!!」
短時間の敵の砲撃で、自分たちを支援するはずの戦列艦は海の藻屑となった。
ムーの技術士官マイラスと戦術士官ラッサンはあきづき型護衛艦に乗船し、それを眺めていた。
先進的なデザインではあるが、ムーの誇る戦艦ラ・カサミに比べ、船長は長いが船幅は小さい。
砲の数も1門しか無く、やはり頼りない。
機械動力艦であるため、パーパルディア皇国の帆船に射程距離まで近づかれる事は無いだろうと思いたいが、こんなに弱々しい艦であれば、もしかしたら戦列艦隊に捕らえられて被害を受けるかもしれない。
そう思っていた。
しかし、日本の軍船はたったの1隻で列強パーパルディア皇国の20隻もの艦隊に戦いを挑み、一方的に撃破してしまった。
砲の射程距離は長く、常識では考えられない速さで連射できる。
そして何よりも驚くべきことは、敵も自分も海も動いているにも関わらず、百発百中の射撃精度。
自分たちの戦術の常識がガラガラと音をたてて崩れ落ちる。
これほど砲が当たるのであれば、確かに1門でも目的を達するのだろう。
マイラスは技術的考察に耽るのだった。
任務が完了した護衛艦は、戦場を離脱していった。
パーパルディア皇国陸戦隊は、眼前で偵察用のワイバーンロードが撃墜され、目視範囲にいた第3文明圏最強の皇軍戦列艦が連続して爆発し、轟沈するのを目の当たりにし、士気が低下する。
「!!!何かが10騎向かってきます!」
目の良い者が叫ぶ。
ドルボは地平線を見る。
遠くの方から土煙をあげ、角の付いた異物が10輌こちらに向かってくる。
速い!!
「何だ!?」
ドルボは物体のことを良く理解できない。
向かってくる異物を見た地竜のうち何体かは、導力火炎放射の準備にかかる。
地竜の口内に、火球が形成されはじめる。
その時、10輌いた敵の角から爆裂魔法が投射された。
地竜に向けて発射された90式戦車の120mm滑腔砲は、全弾それぞれ狙った地竜に命中、竜の内部を引き裂き、砲の飛び出し口に大きな穴を開ける。
弾は貫通し、その後方の歩兵密集地で爆発した。
爆音があたりに木霊する。
命中した部分の歩兵は30人単位でなぎ倒され、中途半端に生き残った者たちはさながら地獄のようなうめき声を上げる。
「ちっ!!爆裂魔法!?いや、魔導砲か!!!」
敵の鉄竜はさらに距離を詰める。
「けん引式魔導砲であの化け物を仕留めろ!!」
皇軍兵は騎兵にけん引させてきた魔導砲で化け物、鉄竜に狙いをつける。
大きな炸裂音と共に、鉄竜が再び発砲する。
地竜が耳を塞ぎたくなるほどの断末魔をあげ、即死する。
「装填が早い!!なんという射撃制度だ!!!!」
「一番近い敵に集中砲火!!!!」
パパパパパッ……ドドドドドーン……
パーパルディア皇国、皇軍陸戦隊から一番近くにいた90式戦車に向け、皇国の移動式魔導砲が発射された。
複数の魔導砲の弾が最前にいた90式戦車に降り注ぐ。
大地が削れる。
奇跡的に、複数の魔導砲のうち2発が90式戦車に命中、戦車は煙に包まれる。
「敵、鉄竜に2発命中!!!」
「フハハハハハ!!調子に乗りおって!!他の鉄竜も片付けるぞ!」
魔導砲着弾の爆炎の中から命中したはずの鉄竜が何事も無かったかのように現れ、走り続ける。
「ま……まさか、全く効いていないのか!!?」
「そんな……そんな馬鹿な!!」
鉄竜から再度、雷鳴の轟きと共に大地を裂く強大な爆裂魔法が放たれる。
パーパルディア皇国陸戦隊の地竜32頭は日本国陸上自衛隊の90式戦車の射撃により全滅した。
「鉄竜、後退していきます!!」
地竜を葬り去った90式戦車は前面を皇国陸戦隊に向けたまま後進してゆく。
皇国陸戦隊の中には自分たちの魔導砲が鉄竜を追い払ったと勘違いした者たちが歓喜の声をあげる。
「地竜、全滅!!」
報告があがる。
やつらは地竜だけを狙い、目標を撃破したからこそ退いたのだ。
「次は何が来る!」
陸将ドルボは恐怖に支配されていた。
城門すら1撃で吹き飛ばす皇国の切り札、陸戦兵器のけん引式魔導砲、これが着弾しても壊れない物体を彼は知らなかった。
日本の兵器……魔導砲が確実に命中したのに、何事も無かったかのように動き続け、攻撃をしていた。
現在の自分たちにあの鉄竜を破る術はない。
「どうする……。」
脳裏に降伏の2文字が浮かぶ。
「いや、それは出来ない。」
皇帝陛下の関心が高いこの戦いで降伏すると、一族がどんな目にあうか解らない。
ドルボは戦う事を決意する。
敵の鉄竜は、陸戦隊から約3kmはなれて停車し、角をこちらに向ける。
「いったいどうするつもりだ?」
「後方に未確認飛行騎!!騎数3!」
ドルボは後ろを振り向く。
「!あれは何だ!?」
我が方の魔導砲の射程距離のはるか先、後方に1騎、右後方に1騎、左後方に1騎。
自分たちを囲むように虫のような物が空に浮いている。
耳を澄ます。
パタパタパタパタ……
空気を叩く音がする。
注視する。
「!!!!!!」
敵騎発砲!!!!
白い煙を上げながら、連続して陸戦隊に向かい、光の槍が猛烈な速さで飛んでくる。
声を発する暇も無くそれは着弾、巨大な爆発と共に、陸戦隊の後方、右後方、左後方が被害を受ける。
ブオォォォォォォ……!!!!
敵の飛竜が咆哮をあげ、光弾が連続して飛んでくる。
飛翔してきた光弾は炸裂し、陸戦隊の兵が削れる。
隊の後方は恐怖に駆られ、前方の中心部に逃げる。
しかし、隊の最前列は停止しているため、密集体系となる。
「くそ!!あの飛竜も倒せないのか!!!」
ドルボははき捨てる。
味方は既に脅えきっており、主力の地竜も全滅、敵については空の鉄竜、鉄の地竜を倒す術も見つからない。
「ドルボ様、ドルボ様っ!!!」
陸戦策士のヨウシはドルボに必死に語りかける。
「何だ!!!」
「早急に降伏を進言いたします!!我々は追い込まれています!!!」
「何!」
「我々は追い込まれているのです!兵が無意識のうちに密集、中心部に追い込まれています!!敵は止めを刺すつもりです!!!地竜も、ワイバーンロードも、支援攻撃の砲艦も失いました。
もう勝つ術はありません。
全滅する前に降伏を!!!」
「しかし……我々は、日本人を殺した部隊だぞ。降伏してもなぶり殺しに会うだけだ。」
「し…しかし、このままでは全員死にまする。全員死ぬよりも、僅かでも生き残る手段を!!!」
「……解った。」
「降伏の旗を揚げよ!!!」
パーパルディア皇国 皇軍軍陸戦隊は、隊旗を左旋回にふり始め、第3文明圏での降伏を示す合図を送り始めた。
◆◆◆
陸上自衛隊フェン王国邦人救出隊第1戦闘団は、敵皇軍陸戦隊の追い込みに成功していた。
後は、西を向いている155mm自走榴弾砲5輌と多連装ロケット弾システム(MLRS)10輌で、面制圧射撃を実施すれば、陸戦隊は全滅する。
団長の天野が号令を発しようとした時、
「敵が隊旗を左旋回にふっています。」
「!?いったい何だ??」
「この世界には魔法があります。もしかすると、大規模攻撃魔法の儀式をしているのかもしれません。」
「いや、もしかするとこの世界の降伏の合図かもしれません。」
天野は熟考する。
詳細報告が入る。
敵は武器を地面に置き、必死に旗をふっているらしい。おそらくは……降伏だろう。
しかし……。
天野は通信兵の山田に話しかける。
「なあ……山田。」
「はい。」
「今回、パーパルディア皇国には、外務省から降伏するときは白旗を揚げるよう連絡済みだったよな?」
「はい、事前教養でも連絡済との事でした。本隊にパーパルディア皇国の降伏方法を確認しましょうか?」
「いや、いい。」
天野はいやらしい笑みを浮かべる。
「なあ山田……俺の妹の子供、姪夫婦はニシノミヤコでパーパルディア皇国に殺されたんだよ。妹は……泣いていたよ。」
「……」
沈黙。
山田は言葉が出ない。
「俺は思うのだ。今まで散々力無き者たちを蹂躙、虐殺しておいて、自分たちが不利になったら、まるでゲームを止めるかのように降伏?そんな事が許されるのかってな。」
話は続く。
「通告どおり、白旗を揚げていれば当然捕虜として取り扱う。
しかし、あれは攻撃魔法の可能性がある。降伏かもしれないというのは推測に過ぎない。そして、本隊に確認している暇も無い。
我が隊は現在人員数において、圧倒的に敵に劣っている。
なにより、我々が負けたらニシノミヤコの悲劇が再び訪れる。」
山田は天野が何を考えているのかを理解する。
天野は部下に聞こえないように呟く。
「パーパルディア、お前たちが白旗を揚げてくれなくて良かったよ……。馬鹿で助かった。
一方的に殺される死の恐怖……次は……お前たちの番だ!!!」
彼は無線を手にとり、力いっぱいマイクに向かって叫ぶ。
「てーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!」
耳を劈く発砲音。
ロケットが噴射される爆音。
陸上自衛隊フェン王国邦人救出隊第1戦闘団は、その主力ともいえる火力、155mm榴弾砲5輌と、10輌多連装ロケット弾システム(MLRS)の全火力をもって、密集隊形にあるパーパルディア皇国皇軍陸戦隊に対し、攻撃を開始した。
大空を弾道を描いて飛翔するロケット弾、多連装ロケット弾システム10輌から放たれた各12発、計120発のロケット弾は敵を殲滅するために飛翔する。
各ロケット弾は1発あたり、644個の子弾をばら撒き、計77280発の子弾と、5発の155mm榴弾砲は密集隊形にあるパーパルディア皇国、皇軍陸戦隊の上に降り注いだ。
非装甲物に対して絶大な威力を有するMLRS、パラパラという音と共に前方の兵から血飛沫をあげ、倒れていく。
「そ、そんな!!降伏したのに!!!おのれぇ、蛮族めぇぇぇぇ」
陸将ドルボは子弾により5体を引き裂かれながら絶命した。
パーパルディア皇国皇軍陸戦隊は、フェン王国コウテ平野において、日本国陸上自衛隊フェン王国邦人救出隊第1戦闘団との戦いに敗れ、全滅した。
◆◆◆
パーパルディア皇国 皇軍
超F級戦列艦パールの艦上で、将軍シウスは悩んでいた。
フェン王国を支配せんがために派遣された皇軍、当初の戦力であればあっさりとフェン王国を支配できていたはずだった。
現にニシノミヤコはあっさりと落ちた。
第1外務局の皇族レミールの命令により、日本人観光客を処刑してから何かが変わり始めた。
先ほど竜母艦隊のあった所に偵察に行った砲艦4隻から竜母艦隊壊滅の報が来た。
壊滅的被害ではなく、壊滅である。
上空を飛んでいたワイバーンよりも圧倒的な速さを誇るワイバーンロードの12騎も超高速で飛翔する鉄竜により、あっさりとなす術も無く撃墜されている。
そして、何よりも懸念すべきことは、そろそろ魔信不感地帯から出るはずの陸戦隊とも、支援攻撃のための戦列艦とも連絡が取れない。
「まさか……全滅か!?」
いや、そんなハズは無いと否定したい自分もいるが、現に竜母は壊滅し、ワイバーンロードを落した鉄竜は常識を遥かに超える速さだった。
「南西方に未確認艦16!!!」
見張り員から報告があがる。
「来やがったか!!!」
将軍シウスは皇軍に戦闘を指示する。
(まだ、数において、圧倒的に我が軍が有利だ!!!)
後に、フェン王国の戦いと、歴史上では一括りにされた海戦が始まろうとしていた。