動乱
2 動乱編
中央暦1639年3月22日午前―――
日本という国が転移してから、2ヶ月が経とうとしていた。
彼らと国交を結んでから2ヶ月、クワ・トイネ公国は、今までの歴史上最も変化した2ヶ月であった。
2ヶ月前、日本は、クワ・トイネ公国と、クイラ王国両方に同時に接触し、双方と国交を結んだ。
日本からの、食料の買い付け量は、とてつもない規模での受注であったが、元々家畜にさえ旨い食料を提供することが出来るクワ・トイネ公国は、日本からの受注に応える事が出来た。
クイラ王国にあっても、元々作物が育たない不毛の土地であったが、日本によれば、資源の宝庫であるらしく、クイラ王国は、大量の資源を日本に輸出開始していた。
一方、日本は、これらをもらう変わりに、インフラを輸出してきた。
大都市間を結ぶ、石畳の進化したような継ぎ目の無い道路、そして鉄道と呼ばれる大規模流通システムを構築しようとしていた。これが完成すると、各国の流通が活発になり、いままでとは比較にならない発展を遂げるだろうとの、試算が、経済部から上がってきている。
各種技術の提供も求めたが、日本には新たに、「新世界技術流出防止法」と呼ばれる法律が出来たため、中核的技術は、貰えなかった。
また、武器の輸出も求めたが、法で禁じられているとの事で、応じてもらえなかった。
日本から入ってくる便利な物は、明らかに彼らの国の生活様式を根底から変えるレベルのものばかりであった。
いつでも清潔な水が飲めるようになる水道技術(もともと水道技術はあったが、真水ではとても飲めたものではなかった)、夜でも昼のごとく明るく出来、さらに各種動力となる電気技術、手元をひねるだけで、火を起こせ、かつ一瞬で温かいお湯を出すことが出来るプロパンガス、これだけでも生活はとてつもなく楽になる。
まだまだ、2ヶ月しか経っていないので、普及はしていないが、それらのサンプルを見た経済部の担当者は、驚愕で、放心状態になったという。
国がとてつもなく豊かになると・・・。
「すごいものだな、日本という国は・・・。明らかに3大文明圏を超えている。もしかしたら、我が国も生活水準において、3大文明圏を超えるやもしれぬぞ」
クワ・トイネ公国首相カナタは、秘書に語りかける。
まだ見ぬ国の劇的発展を、彼は見据えていた。
「はっ。しかし、彼らが平和主義で助かりました。法律で軍隊の所持が禁止され、必要最低限度の自衛組織しかもっていないとの事、彼らの技術で覇を唱えられたらと思うと、ぞっとします」
「そうだな、しかし、武器を輸出してくれないのは、いささか残念だな。彼らの武器があれば、少しはロウリア王国の脅威も低減するのだが・・・。」
カナタは、夕日を見ながら、そう嘆いた。
ロウリア王国 王都 ジン・ハーク ハーク城 御前会議
月の綺麗な夜、秋になり、少し涼しくなったこの日の夕方、城では松明が集れ、薄暗い部屋の中、王の御前でこの国の行く末を決める会議が行われていた。
「ロウリア王、準備はすべて整いました」
白銀の鎧に身を包み、筋肉が鎧の上からでも確認出来るほどのマッチョで黒髭を生やした30代くらいの男が王に跪き、報告する。
彼の名は、将軍、パタジン
「2国を同時に敵に回して、勝てるか?」
威厳を持ち、34代ロウリア王国、大王、ハーク・ロウリア34世はその男に尋ねる。
「一国は、農民の集まりであり、もう一国は不毛の地に住まう者、どちらも亜人比率が多い国などに、負けることはありませぬ。」
「宰相よ、1ヶ月ほど前接触してきた日本という国の情報はあるか」
日本は、ロウリア王国にも接触してきたが、事前にクワ・トイネ公国と、クイラ王国と国交を結んでいたため、敵性勢力と判断され、ロウリアには門前払いを受けていた。
「ロデニウス大陸のクワ・トイネ公国から北東に約1000kmの所にある、新興国家です。1000kmも離れていることから、軍事的に影響があるとは考えられません。
また、奴らは我が部隊のワイバーンを見て、初めて見たと驚いていました。竜騎士の存在しない蛮族の国と思われます。情報はあまりありませんが」
ワイバーンの無い軍隊は、ワイバーンの火力支援が受けられない分、弱い。
空爆だけで、騎士団は壊滅しないが、常に火炎弾の驚異にさらされ続けるため、精神力が持たない。
「そうか・・・。しかし、ついにこのロデニウス大陸が統一され、忌々しい亜人どもが、根絶やしにされると思うと、私は嬉しいぞ」
「大王様、統一の暁には、あの約束も、お忘れ無く、 クックック」
真っ黒のローブをかぶった男が王に向かってささやく。気持ちの悪い声だ。
「解っておるわ!!」
王は、怒気をはらんだ声で、言い返す。
(ちっ、3大文明圏外の蛮地と思ってバカにしおって。ロデニウスを統一したら、フィルアデス大陸にも攻め込んでやるわ)
「将軍、今回の概要を説明せよ」
「はっ!説明致します。今回の作戦用総兵力は50万人、本作戦では、クワ・トイネ公国に差し向ける兵力は、40万、残りは本土防衛用兵力となります。
クワ・トイネについては、国境から近い人口10万人の都市、ギムを強襲制圧します。なお、兵站については、あの国は、どこもかしこも畑であり、家畜でさえ旨い飯をたべております。現地調達いたします。
ギム制圧後、その東方250kmの位置にある首都クワ・トイネを一気に物量をもって制圧します。
彼らは、我が国のような、町ごと壁で覆うといった城壁を持ちません。
せいぜい町の中に建てられた城程度です。籠城されたとしても、包囲するだけで干上がります。
かれらの航空兵力は、我が方のワイバーンで数的にも十分対応可能です。
それと平行して、海からは、艦船4400隻の大艦隊にて、北方向を迂回、マイハーク北岸に上陸し、経済都市を制圧します。
なお、食料を完全に輸入に頼っているクイラ王国は、クワ・トイネからの輸出を止めるだけで、干上がります。」
「次に、クワ・トイネの兵力ですが、彼らは全部で5万人程度しか兵力がありません。即応兵力は1万にも満たないと考えられます。今回準備してきた我が方の兵力を一気にぶつけると、小賢しい作戦も、圧倒的物量の前では意味をなしません。
6年間の準備が実を結ぶことでしょう。」
「そうか・・・ふっふっふ・はっはっはっはあーっはっはっは!!!今宵は我が人生で一番良い日だ!!世は、クワ・トイネ、クイラに対する戦争を許可する!!!」
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー
王城は喧噪に包まれた。
クワトイネ公国日本大使館
「と、言うわけでロウリア王国と戦闘が始まったら、貴国に対して約束された量の食料品の輸出が出来ません」
クワトイネとロウリア国境にて、ロウリア王国の兵力が集結しており、戦闘が近いと判断したクワトイネ側は、日本大使館に説明に来ていた。
外務省キャリアの田中は、その言葉を聞いて絶句する。
突然の国ごとの転移、地球から遮断され、外務省に科せられた使命、それは国民を飢えさせないことだった。
大穀倉地帯で、肥沃な土地を持つクワトイネ公国と友好関係を結べ、かつ日本国民に必要量の食料が確保出来たのは、まさに奇跡であった。
さらに、日本の幸運は続く、クイラ王国、日本で必要な資源はほぼこの一国でまかなえるほどの埋蔵量が確認されている。資源の面でも、日本にとっては奇跡的に転移後いきなり解決できた。
まあ、採掘が始まるまでは、国内の備蓄でなんとかやっていかなければならないが、それでも国民生活に支障の無い程度には出来る。
それが、ここに来ていきなり、絶対に守らなければならない食料の輸入が途絶える可能性がある事を知らされる。
もしも、クワトイネからの輸入が途絶えたら、国民に1年以内で1000万人以上の餓死者が出る。
「なんとかなりませんか?我が国は、輸入が途絶えると、非常に困るのです」
「我が国としても、心苦しいのですが、ロウリア王国は、強大な軍事力を持っています。彼らは、国境付近で、どんどん兵を増員している模様です。数が多すぎるため、戦闘が始まったら、都市を何個か放棄しなければならない事態も考えられます。その状況下で、流通を確保し続ける事は、非常に困難なのです」
「援軍があると助かるのですが・・・。」
「日本国は、武力による紛争の放棄が憲法にあります。軍事的支援は・・・。」
「では、残念ですが、食料輸出は困難になる可能性が高い、あなた方の国内問題に口を出すつもりはありません」
憲法を守って1000万人の餓死者を出すか、憲法を超拡大解釈して、国民及びクワトイネ公国を危機から救うのか。
日本大使館への、食料輸出に関する勧告後、3週間というスピードで、日本国は、戦後初の海外派兵を決定することになる。
中央暦1639年4月11日午前―――ロウリア・クワトイネ国境付近
ロウリア王国東方討伐軍 本陣
クワトイネ公国外務部から、何度も何度も国境から兵を引くよう魔法通信にて連絡があった。
すべてを無視する。
もう戦争することは、決定しているのだ。
「明日、ギムを落とすぞ」
Bクラス将軍パンドールは、ギムに攻め込む先遣隊約3万の指揮官の任を与えられていた。歩兵2万、重装歩兵5千、騎兵2千、特化兵(攻城兵器や、投射機等、特殊任務に特化した兵)1500、遊撃兵1000、魔獣使い250、魔導師100、そして、竜騎兵150である。
数の上では、歩兵が多いが、竜騎兵は1部隊(10騎)いれば、1万の歩兵を足止め出来る空の覇者である。それが150騎もいる。
パンドールは、満面の笑みを浮かべ、部隊を見つめていた。
ワイバーンは高価な兵器である。ロウリア王国の国力であれば、本来国全てをかき集めても、200騎そろえるのがやっとである。
しかし、今回は、対クワトイネ公国戦に、500騎のワイバーンが参加している。
噂では、第三文明圏、フィルアデス大陸の列強国、パーパルディア皇国から軍事物資の支援があったとされている。
実際はなのか、不明であるが・・・。
いずれにせよ、先遣隊に150騎のワイバーン、この明らかに過剰な戦力に、パンドールは、満足だった。
「ギムでの戦利品はいかがしましょうか?」
副将のアデムが話しかける。彼は、冷酷な騎士であり、ロウリア王国が、領地拡大のために、他の小国を統合した時代、占領地での残虐性は、語るに耐えない。
「副将アデムよ、お前に任せる。」
「了解いたしました。」
アデムは、将軍に一礼すると、後ろを振り返り、すぐさま部下に命じる。
「ギムでは、略奪を咎めない、好きにしていい。女は嬲ってもいいが、使い終わったらすべて処分するように。一人も生きて町を出すな。全軍に知らせよ」
「はっ!!!」
アデムの部下は、すぐさま天幕を出ようとする。
「いや、待て!!!」
アデムに呼び止められる。
「やはり、嬲ってもいいが、100人ばかり、生かして解き放て、恐怖を伝染させるのだ。それと・・・、敵騎士団の家族がギムにいた場合は、なるべく残虐に処分すること」
恐怖の命令、このアデムの心は人間ではない。そう思いながら、部下は、天幕を飛び出し、命令を忠実に伝えた。