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婚約破棄されたので

作者:天御 茅乃
────シルヴェント王国、王立メルディ学院。
華々しい卒業パーティーにて、学院の生徒達が思い思いに楽しむ中、何よりも誰よりも目立つ人物がまた違う意味で誰よりも目立つ人物に声をあげた。
卒業パーティーには、国王夫妻や重鎮、生徒の親までもが参加するため、神聖なるこの場で声を荒げるなどご法度なのだが、そんなことは記憶の彼方へと飛び去っているようだ。

「───ヴィクトリア・エイン・マリルズ公爵令嬢!本日をもって婚約を破棄とさせていただく!よって、我が婚約者をこのレリア・オルゴート子爵令嬢とする!」

会場内がシン、と静まり返り、名指しで呼ばれた当の令嬢へと全視線がいく。
当の本人は──ホールのテラスに腰掛け、何をするまでもなくただぼんやりと夜の帳が落ちた外を眺めていた。
白いシンプルなドレスの裾と長い黒髪が風でゆるりと靡くその様子が、人々のため息を誘う。
それが、神秘的な美貌と憂いを帯びた表情と相まって、ひどく神々しくて……ではなく。こちらを見つめる会場内の全視線を気だるげに一瞥すると、彼女はまた外へと顔を向ける。

「おい!聞いているのか!!」

苛立った王子の声に、彼女はひとつため息をつき。

「なっ、きさ───」
「ええ、きちんと聞いておりますわ、ランドール・フィン・シルヴェント第一王子殿下」

ゆったりとした動きで彼女はテラスの手すりから降り、左手に持つ扇をぱちんと開くとスッと瑠璃色の瞳を細めて微笑んだ。
その動きに圧倒されつつあった王子に、隣に立つ可憐な少女が心配そうに「殿下……」と声をかけると、少女の存在を思い出したのか態勢を立て直す。
タイミングを見計らった彼女は右手に古ぼけた書物を召喚させ、書物を小脇に抱えながら問い掛けた。

「さて、殿下。そのお隣に立つご令嬢とお取り巻きについて婚約破棄の理由と共に説明していただきましょうか?」
「ああ、勿論だ。お前は罪人だからな。…グレン、頼む」
「御意」

王子から言い任せられたのは、次期宰相とも言われるグレン・ユレノ・レンバート侯爵子息。頭脳系だろうと一目でわかる顔立ちの美青年だ。視線が彼女から彼へと移る。

「まず、この殿下のお隣に立つレリア・オルゴート子爵令嬢への数々の罵詈雑言、私物の破壊、そして魔法で、階段から突き落とす等の罪があげられます」
「物的証拠は」

まさか、そこのご令嬢が証言しているんだからこれ以上の証拠はないと言いませんわよね?……という彼女の視線が王子に向けられるが、周りも察したがしかし。

「レリアが証言しているんだからこれ以上の証拠はないだろう!!」

言い放ちやがった。
それはもう、自信たっぷりに。

「私は“物的”証拠と申し上げましたが」
「ええい、ごちゃごちゃ言うな!」

周りから白い目と共にしらけた空気が包むが、彼女は無表情を保っていた。そして沈黙を保っている国王夫妻に目線をやると、ひとつため息をつき、また目線を王子たちへと戻す。
王子の腕にちょこんと手を乗せ、怯えたようにストロベリー色の瞳を潤ませたレリア嬢が、彼女へと言葉を放った。

「あの、ヴィクトリア様。わたしも大事にはしたくないし、謝れば全て水に流そうと思うので、お願いです。ヴィクトリア様……」

そこで、レリア嬢が可愛らしいピンクのドレスを着た身をふるりと震わせると、と同時に王子と取り巻きたちが彼女を慰め始めた。だが、言われた本人にとっては演技としか見えなく、しけた目で茶番としか思えない様子を見ていた。

「おい!早く謝れ!」
「仮にも公爵令嬢か!?」
「ああ、レリア。こんなに怯えて……」
「大丈夫だよ」
「ちゃんといるからね」

などという慰めと怒号に、呆れた彼女は。

「謝るもなにも、そこのご令嬢にそんなことしていませんし、そもそも初めて知りましたけれど?」
「……は?」
「嘘をつくな!」
「証拠もないのに!」
「……」
「呆れますね」

十分な証拠もないまま公爵令嬢を糾弾しているお前たちがそれを言うのか、と言った目線がそこらじゅうから送られるが、彼らは全く気づいていないに違いない。
ヴィクトリアはため息をつくと、開いたままの扇を閉じて視線をぐるりと回す。

「国王陛下」
「……うむ」
「……?父上?」

ヴィクトリアの意図を正確に読み取った国王陛下が、頷きを返すと、息子である王子の問いかけにも応じず立ち上がった。

「───此度、見苦しいところを見せてしまい申し訳ない。我が息子の要望通り、ハイラルリア大神殿筆頭姫巫女にして守護竜様の花嫁、ヴィクトリア・エイン・マリルズ公爵令嬢と第一王子、ランドールの婚約破棄を承認す」

凛とした声音で宣言された内容に、会場内がざわめく。
ひときわ騒いでいたのは、王子と取り巻きたちであった。

「な───っ!!」
「なん、ですって……?」
「筆頭、姫巫女……?」
「公爵令嬢が!?」

ハイラルリア大神殿は、この世界を見守る守護竜を祭神とするこの世界で最も力を持つ場所である。ひとつの独立組織であり、いかな国も干渉不可能な場所であった。
そして、その筆頭姫巫女と言えば大神官すらも凌ぐ力と発言力を持ち、容姿はもちろんのこと豊富な学識を持ち合わせていなければならないという、全国の憧れの存在であり、唯一守護竜に会える存在である。加えて、一国を滅ぼすほどの力を持つ魔導書を持ち、怒りを買った者は跡形もなく滅ぼされるという。
ちなみに、魔導書を持つのは世界に大神殿の権威を示すためと言われている。

再び会場じゅうの視線を浴びることになったヴィクトリアは、ほんの少しだけ眉をしかめるも、すぐに無表情へと戻し王子に問いかけた。

「学院では、ほとんど欠席しておりましたがなぜだかお分かりになられます?」
「そ、それは遊び呆け───」
「筆頭姫巫女がそんなことする余裕などあると思いまして?」
「っ」
「筆頭姫巫女は、守護竜のために神殿にいなければなりませんのよ。幸い、私は望まれたときのみ神殿に戻ることを許されましたが」
「本当、なのか……」

言葉に詰まった王子に声をかける影がひとつあった。

「……殿下」
「……マリルズ卿」
「うちの娘は、そこな令嬢と会ったことはございませんよ」
「卿までレリアを侮辱するのか!!」
「さっき娘が言いましたでしょう。筆頭姫巫女は神殿にいなければならないと」

泣き崩れたレリア嬢を慰めるように抱えながら、王子がヴィクトリアの父に向かって吼えた。が、マリルズ卿は涼しい顔で答える。

「無実の娘を庇って何が悪いのですか?」
「っ、親子揃って……!」
「殿下、抑えてください!」
「で、殿下……」
「───こんな茶番は後にして、と。さて、説明させていただきましょう。まずはひとつ目」

もはや問題児と化した王子たちを放って、ヴィクトリアは話し出した。こちらを睨み付ける取り巻きたちの目線は総無視だ。いちいち相手にしているとうるさいことこの上ない。

「罵詈雑言ですけれども。私は今、初めてレリア嬢とお話を致しました。それはお父様が証拠と共に証言してくださいます。あと、魔法による突き飛ばしについても、その他のものについても」
「何の証拠が!」

叫んだ王子を一瞥して、彼女は一言お父様、と呼んだ。

「私は学院長を勤めていますのでね。監視カメラの映像はこちら。それと学院内での魔力行使は禁止ですよ、レリア嬢」

マリルズ卿の手のひら10センチ上に浮遊するスクリーンに、学院内に設置されている監視カメラの映像が浮かび上がる。
複数人に囲まれ、口汚い言葉を浴びせられているのは確かにレリア嬢だが……、その場に、ヴィクトリアの姿はない。

「ちなみに、その時ですが。私は王妃陛下にお茶会にお呼ばれ致しておりました」
「ええ、ヴィクトリア。わたくしは確かにヴィクトリアをお茶会に誘いましてよ」
「……っ」

他ならぬ王妃陛下の一声により、王子たちの反論は封じ込められた。
そして画面が変わる。
階段口で、レリア嬢がキョロキョロと周りを見て誰もいないことを確認すると、風属性とわかる魔法を使いながら自ら落ちていった。そのあと物音に気づいた取り巻きたちが落ちていったレリア嬢の元へと駆けつける。そこにも、ヴィクトリアの姿はない。
見せながら、マリルズ卿がレリア嬢へと問いかける。

「どうでしょう、レリア嬢」
「あ、あの、わた、わたし……」

また画面が変わった。
がらんとした教室の中、ひとりレリア嬢が狂気じみた笑顔を浮かべながら、教科書をペーパーナイフで切り刻んでいる。
それを見た一部を除いた全員が、レリア嬢を見つめていた。

「きちんと魔法の使用を記録したデータもあるし、そもそも授業で学院内での魔力行使は禁止だと教えているはずだ。知らなかったとは言わせないよ?」
「……わた、あの、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」

ぶるぶると震えているレリア嬢と呆然自失の王子と取り巻きたちを放って、ヴィクトリアは右手の書物を開き口を開いた。

「国王陛下」
「どうした、ヴィクトリア嬢」
「レリア様には魅了の力を持っていると予測されますわ。無意識下で使用していたものと思われます」
「……ほう」

ハニートラップ要員としては、最適でしょう。との言葉に、レリア嬢が喚いた。

「ちょっと!あんたのせいよ!!あんたを蹴落として王子妃になろうと思ってたのに!!」
「……“虚ろなる深淵、宇宙の再起”」

国王陛下が手を上げて合図する前に、ヴィクトリアが言霊を放った。と、同時に書物が光り、床に巨大な魔方陣が描かれる。

「……陛下」
「わかっていたことだ……我々は禁忌に触れてしまった」

会場じゅうの音という音が掻き消され、国王と王妃の短い会話も掻き消された。王と王妃は悟ったのだ。この国が消されることを。

光が収まったあと、全員が見たのは。

恐怖を煽られる、ヴィクトリアの後ろにいる異形。
高い天井にも届きそうなほど、大きい。

「……っ!!」

黒い、黒い、闇の。夜の色よりも、果てしなく黒い。
異形のモノ。それは、

「……ニャルラトテップ」

咎める響きを持って、ヴィクトリアがその名を呼んだ。


───クトゥルフ神話の外なる神、ニャルラトテップであった。


怯え、何も言えないでいるレリア嬢や王子と取り巻きたちに、ヴィクトリアは言う。

「破棄も、恋愛もお好きにどうぞ。けれど、見極めなければ最善の途は見えてきませんわ。私が必要ないと言うならば、それもいいでしょう……ただし、望んだ幸せは一生訪れません。この国は滅びの道を辿りました。それを選んだのは、他でもないあなた方です」

守護竜を敵に回したことにより、レリア嬢。貴方は虚無へと堕とされます。

王子たちは少し調べれば分かったはずのことを知ろうともせず、十分な証拠もないまま糾弾し、魅了の術に簡単に嵌まってしまい。
レリア嬢は無意識下とはいえ、禁止されている罪を犯し、魅了をかけた罪も重い。

王子と取り巻きたちには継承権剥奪、身分剥奪の上、平民として生きていくことを余儀なくされた。
レリア嬢は何もない空間……虚無をさ迷うという、かなり重い罰が下された。

国王が手を上げて合図すると、会場の外に控えていた騎士たちがぞろぞろと王子と取り巻きたちを連れていった。もちろん、レリア嬢も。

「ちょっと!離してよ!!あたしは愛されるヒロインなんだから!!こんなのっ違う───」
「……」

訳が分からないことを口走りながら連れられていくレリア嬢を見ながら、ヴィクトリアはニャルラトテップに願いを告げる。

クトゥルフ神話に出てくるのは、いずれも邪神たち。旧支配者と外なる神とふたつの陣営に分かれ、終わりなき争いを続けている。今回喚んだのは、外なる神の魔王、アザトースの意思を伝え、神々の計画を遂行す強壮なる使者ニャルラトテップであった。色んな姿に化けられるというニャルラトテップは、まれに人に加護を与えることがあるという。……破壊をもたらすためだけに。
そして、召喚には代償が必要となるがヴィクトリアが代償として差し出したのは、一年分の寿命であった。
喚び出す糧───依り代としたのは、狂える詩人が著した書物、“ネクロノミコン”。

「国王陛下、並びに王妃陛下」
「……ヴィクトリア?」
「私は、これを期に神殿へと戻ろうと思います。卒業もしたことですし、これ以上私がいては皆様も気分が優れぬことでしょう」
「……この国は……いえ、土地は」
「神殿の管轄下となりますわ。王妃陛下」
「マリルズ卿は」

凛とした声音で言い放つヴィクトリアに、国王が父であるマリルズ卿に話を振る。

「私は娘の意向に従いますよ」
「……そうか。仕方ないな」
「国王陛下、王妃陛下は神殿で賓客と扱われますわ。ご恩もありますことですし。ただ、軟禁のような形になるのはご容赦くださいませ」
「構わんよ」「構いませんよ」

では、と、ヴィクトリアが告げた。黒い影が嗤う。


「我は願う。この国の破壊を」


その後、王国は土に還った。

幸い、たくさんの命は犠牲になることはなかったが、それでも焦土に還った国に国民は絶望した。

ハイラルリア大神殿はたくさんある建物を国民の為に解放し、支援を惜しまなかったお陰で、管轄下となることに反対しなかったという。




「あれで良かったのか?」
「良かったのですわ。後々、あの者たちが国を動かすとなると戦争になってしまう未来が見えましたもの」
「先の国王は賢明だったってことだな」

もはや滅んでなくなってしまったが。と、人型になりヴィクトリアの膝の上で寛ぐ守護竜に彼女はええ、と頷きを返す。

「……とても。とても、よくしていただきましたわ。最後があんなとはいえ、国王王妃両陛下には感謝の気持ちでいっぱいですもの」

ふと、守護竜である彼が見た彼女の顔は、穏やかな笑顔が浮かんでいた。それを見た彼も、自然と笑みを浮かべた。
参考文献
PHP文庫 クトゥルフ神話がよくわかる本
PHP文庫 世界の神々がよくわかる本
その他Twitterユーザー様

ご意見ありがとうございました!
ニャルさんは無貌の神や暗黒のファラオ、ジャック・オ・ランタンとしても有名みたいです。エジプトのセト神とかとか。

その他、ここが違う!登場人物が違う!クトゥルフはもっとこーだ!等と言ったことがあれば遠慮なく仰ってください。

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