続ー22サツキ編 浮気の報告
「もう! 汚い!」
洗っても洗っても、お湯が真っ黒ってどうして!?
袖をまくって、ダンをゴシゴシ洗う。
「不潔にして、駄目じゃない!」
「うむ。すまない」
私に怒られたダンは、素直に謝った。
出張の間、まさかとは思うけど、お風呂に入ってなかったの?
「石鹸! 石鹸!」
私が叫ぶと、ダンが石鹸を取ってくれる。それで髪を洗い始めたけど、全然泡立たないじゃない!
「汚い!」
「すまない」
すまない、じゃない! 私が付いてないと、お風呂さえまともに入れないの?
何度もマチルダとヤンに湯を運ばせ、更に炎を吐いていたドラゴンを捕まえてお湯を沸かす。ダンのあまりの汚さに、ドラゴンへの恐怖心なんて吹っ飛んじゃったよ。
少し伸びた髭も剃って、歯磨きまでしてあげて、ダンは漸く綺麗になった。
ああ、良かったとほっとしていたら、ちょうどそこにマチルダがやってきて、城から迎えが来たと告げた。ん? 城? もう仕事に行くの?
マチルダが用意した騎士の制服に、ダンが着替え始める。本当に行くんだ。帰って来たばかりだって言うのに!
ちょっとだけ怒っていると、ダンが私に向かって言った。
「サツキも準備を」
んん? 準備って……?
「私も?」
当然と言うようにダンは頷き、マチルダに私の着替えをお願いして荷物を持って衣裳部屋に入った。うーん、なんで私も一緒なんだろう? 分かんないけど、とりあえずドレスに着替える。
あー……そうだ、一応アレもポケットに入れとこうかな。必要なんかないだろうけど、なんとなく、ね。
準備を整えたところで、ちょうどダンも衣裳部屋から出てきた。
「行こう」
ダンに手を引かれて一階へ。さっきから私の周りをちょろちょろと飛び回っていたドラゴンも、しっかり付いてくる。そして玄関にまで行ったんだけど――、
「え!? 壊れてる!」
ちょっと! 玄関ドアが木端微塵じゃない! 何これ? どうやったらこんなに粉砕できるの?
ドアだったものを踏んで、ダンが私を外へと連れて行く。ダン、この状況はスルーしていいの?
すると屋敷の前で、六頭立ての立派な馬車ならぬ虎車が待っていた。あ、御者はニィだ。ニィがダンに笑う。
「ダン、お帰り」
ふーん、親しげに話しかけてるし、本当に友達なんだ。
「戻ってきました。ただいま」
「それがリュウか?」
「はい。ドラゴンという名前です」
ニィがドラゴンを見つめ、それから私に視線を移す。
「サツキちゃん、良かったね。――ほら、早く乗って」
促されて、虎車の中へ。馬車の上を飛んでいるドラゴンは、放っといていいよね。
私達が乗ったのを確認して、ニィが虎車を走らせた。うわ、これ乗り心地最高じゃない。ちょっと欲しいかも。お父様におねだりしてみようかな。
なんて考えていたら、
「サツキ」
ダンが私の体に腕を回してきた。ダンったら、こんなところで……じゃなくて! その前に、今まで何処で何をしてたか訊かなくちゃ!
私はダンの胸に手を付いて、その瞳を見つめた。嘘なんて吐いても、絶対見破るからね!
「ダン、今まで何やってたの?」
さあ、正直に話しなさい。
ダンは一瞬だけ動きを止め、それから話し始めた。
「虎に乗って、タアズに行った」
「タアズ?」
何処よ? 出張先の地名?
そうだ、と言うように、ダンが頷いて続ける。
「タアズに着いてすぐ、俺は女を騙し――」
「女!? 騙す!?」
嘘、何それ? 訊き間違いだよね? ダンが女の人を騙すなんて。
だけどダンは、「うむ」と頷いて肯定した。
「宿まで追いかけたら、迷惑だと言われた」
宿まで追いかけた? 信じられない! 女の尻を追いかけまわしていたの!? じゃあ『嘘』っていうのは、『俺、今彼女いなくて寂しいんだ』的なことを言ったとか?
馬鹿ダン! 正直すぎよ。まさかダンがナンパをしてたなんて……。悔しい。私と言うものがありながら!
「私より、その女の方が可愛かったの?」
「いや」
ダンが首を横に振る。ん? 可愛いわけじゃない? じゃあもしかして……。
私は両手を軽く開いたり閉じたりしながら訊いた。
「おっきい?」
「うむ。大きかった」
「…………!」
胸の大きな女を……!
私は思わず、ダンの頬を平手で打った。酷い! それって私の胸には満足してないってこと?
「それで?」
続きを話してよ。
「男達に怒られたが、ユイセルと出会い、一緒に暫くいた」
「ユイセル? 女ね?」
「いや、男だ」
男? 巨乳女に無理強いしようとして周りの人達に怒られ、そんな時にユイセルって人に会ったのね。
「ユイセルは途中で怪我をして別れた」
怪我? ふーん、なんでだろ? ま、男ならどうでもいいけど。それより女の話はこれで終わりなの?
「それから、大きなケーキを出して驚かせて、食べようとしたら反対に食べられ――」
な、なんですって!? 私は唖然とした。
ケーキで釣った女を喰ってやろうとしたら、それどころか喰われたですって!? 積極的な女に、その体を……!
私はポケットの中のアレを握りしめた。
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!」
そして、ダンに縋り付く。
「サツキ……?」
「早く帰って来なきゃ駄目でしょ!?」
この浮気者! 最低男! 今度出張があっても、絶対に行かせないんだから!
「サツキ、悪かった」
この節操なし、ろくでなし! キスで誤魔化そうなんて……、う……、でも……。
私はダンを見上げた。
「愛してるよね」
「当然だ」
「私が一番?」
「ああ、一番愛している」
ごつい指で溢れる涙を拭われ、優しく囁かれちゃうと……。
「好き……」
やっぱり好きって思っちゃうじゃない。
ダンがもう一度キスをしようと顔を近づけてくる。と、その時、虎車が止まって御者席からニィが顔を出す。
「ダン、――おっと! 城に着いたから、帰ってから続きにしてくれ」
もう着いたの? じゃあ、余罪が無いかは、帰ってから追及しよう。
私とダンは虎車から降り、しっかり付いてきていたドラゴンが、私の横に来て炎を吐いた。
ちょっと、熱いじゃない! お馬鹿ドラゴン!