続ー21ダン編 帰ってきた喜び
口から溢れる鮮血、腹にぽっかりと空いた穴、右肩に食い込むリュウの牙、そして――。
オオオ……、とリュウが小さく吠えて倒れ、その上に俺も倒れこんだ。
相討ちか。自分の鼓動が不自然に大きく聞こえ、足が痙攣する。最悪の状況だ。一歩も歩けそうにない。だが――俺はサツキの元へ帰らなくてはならない。
指先に力を入れると動いた。まだだ、まだ俺は生きている。待っていてくれサツキ。這ってでも、今すぐお前の元に帰るから。
タマゴは何処だ?
ボンヤリとしか見えない目を動かすと、少し先に白い塊が見えた。あった。タマゴ……サツキへの愛の証。三ヶ月目の贈り物。
腕に力を込めてタマゴへ向かって少しだけ動く、と、その時。
「…………!」
俺とタマゴの間に、眩く光る塊が現れた。
なんだ、これは。あまりの眩しさに顔を顰めて瞬きを繰り返していると、次第に光が弱くなってきた。そして――俺は驚愕する。
「サツキ!?」
目の前に現れたのは、結婚式の時の衣装を身に纏ったサツキだった。
「サツキ!」
どうしてこんなところに!
俺が手を伸ばすと、その指先をサツキが握る。
「…………!」
その瞬間、俺はハッとした。
違う、これはサツキではない。サツキの手はもっと小さく華奢だ。ならばこれは……誰だ?
指先から広がる温もり。体の痛みが引いていき、霞んでいた目がはっきりと見えるようになった。そして俺は、またしても驚愕した。まさか、そんな。
「もしや、あなたは……」
金の長い髪と、少しだけサツキに似ている勝気な瞳、明るい笑顔。それは……神殿にあった像と同じ姿。
「相討ちとはいえ、よく頑張りました」
頭の中に声が響く。
「メ……ィイ……?」
目の前の人物――女神メィイは、肯定するように俺の手を強く握る。
「久し振りによい戦いを見ました。ダン、あなたにならサツキを安心して任せられます」
「サツキを? それは――」
どういうことだ? 何故サツキの名が出てくる。
「これをあげましょう。リュウを倒し、タマゴを手に入れた者の証です。タマゴより生まれし命は、あなたの忠実なる僕となるでしょう」
戸惑う俺の頭上から、キラキラと何かが舞い落ちてきて、掌の上に落ちる。よく見ると、それは指輪だった。
「末永く仲良く。二人に祝……」
「待ってくれ!」
メィイの手が、存在が、離れて行くのを感じ、俺は慌てて叫ぶ。
「……何ですか?」
ああ、何から訊けばいい? サツキのこと、メィイのこと、リュウのこと、頭の中が酷く混乱している。この中で一番大切なのは……そうだ!
俺は、掌をメィイに差し出した。
「リュウを倒せたのは俺一人の力ではない、サツキがいたからだ。だからもう一つ、サツキの分の指輪もくれ!」
うむ、そうだ。サツキがいたからこそ俺は頑張れた。だからこれは、俺とサツキが二人で掴んだ勝利だ。
メィイの目を真っ直ぐ見つめ、俺は当然発生するサツキの権利を主張した。すると何故か、メィイが肩を落として溜息のような長い息を吐く。
「あなたといいサツキといい……。二人に祝福を!」
そして――、
「…………!」
ハッと気付くと、俺は屋敷の前に立っていた。
空は青く、爽やかな風が吹き、鳥が楽しげに歌っている。
「これは……」
メィイの力か。腹に触れると、傷など始めから無かったかのように、滑らかな肌の感触がした。
まるですべてが夢か幻。しかし、夢ではないことを俺は知っている。その証拠に――握っていた手を開くと、指輪が二つ。そして足元に転がるのは、巨大なタマゴと剣と、無くした筈の荷物。
「サツキ……!」
剣を背負い、鞄のポケットに指輪を入れて背負い、タマゴを抱えて俺は玄関ドアを開け――鍵が掛かっていたのでドアを破壊する。
「サツキ! サツキ!」
どこだサツキ! 早く会いたい!
二階へと駆け上がり、サツキと俺の寝室のドアを開ける。
「サツキ!」
部屋の中に飛び込むと、ベッドで眠る愛しいサツキの姿があった。
「サツキ!」
タマゴを床に置き、荷物と剣を放り投げてまだ眠るサツキを抱きしめる。
「サツキ、サツキ、会いたかった」
髪を撫でて頬ずりをすると、サツキが「う?」と小さな声を上げて、眉を顰めて目を開けた。そして、俺の姿を見た瞬間、ヒュッと息を吸う。
「サツキ!」
「……ダン?」
「サツキ!」
ああ、サツキ。やっと会えた。
「ダン? ダン!」
確かめるように何度も俺の名を呼んで、サツキが縋り付いてくる。
「サツキ、ただいま」
「馬鹿ね! 長いの何処行くか!」
「ああ、すまなかった」
大声を上げて泣くサツキを強く抱きしめる。俺がいなくて寂しかったか。俺もサツキに会えなくて辛かった。
サツキの頬に口付け、俺は三か月目の贈り物であるタマゴをベッドの上に置く。
「これ……?」
目を見開くサツキに俺は頷いた。
「ああ、サツキが欲しがっていたタマゴだ」
「タマゴ……」
サツキが震える手を伸ばし、そっとタマゴに触れる。その瞬間、
「…………!」
タマゴが光り始め、パリパリという音と共に殻が破れる。
生まれるのか、新たなる命が。
サツキと一緒に見守っていると、
「キシャー!」
元気な鳴き声と共に、リュウの赤ん坊が殻を突き破って出てきた。リュウの子が、ゴオォオオ、と口から炎を吐き出す。なんと! 生まれたばかりだというのにもうそんなことができるのか。うむ、素晴らしい。
「ダン、あれ……」
サツキが俺の腕を掴む。俺を見つめる瞳は、感動の涙で濡れていた。
「ああ」
そうだ。サツキのリュウだ。
「どらごん……」
ん? なんだ? 何と言った?
首を傾げる俺に、サツキはもう一度言う。
「ドラゴンね!」
あぁ、早速名前を付けたのか。『ドラゴン』か。うむ、強そうで実に良い。
サツキの髪を撫でてもう一度口付けようとした、その時、ドタドタという音が廊下から聞こえ、ドアが勢いよく開く。
「ダン!」
「ダン様!?」
そして、カタヤ夫妻とマチルダとヤンが、叫びながら部屋に飛び込んできた。
おじ様がベッドの傍らに立ち、俺の目をじっと見つめる。
「ダン、よく無事で……。それに手に入れたのだな」
「はい」
城へ連絡を、とおじ様がヤンに命じ、ヤンが部屋から走って出ていく。マチルダも「湯浴みの準備を致します」と言って、軽く頭を下げて部屋から出た。
「まさか手に入れるなんて……。良かったわね、サツキ」
おば様が、涙を拭いながら微笑む。
「うん」
サツキは頷き、リュウを――ドラゴンを見つめる。
「サツキ」
俺はサツキをもう一度抱きしめ、帰ってきた喜びを噛み締めた。