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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
56/101

続ー3ダン編      覚醒

 それはサツキと迎えた初めての朝のことだった。

 目覚めた俺は、隣でまだ眠っている愛しい存在を見る。


 可愛い。


 なんという幸せ。夢にまで見た光景がすぐ目の前にある。

 サツキを起こさぬようそっと手を伸ばす。小さな顔、細い肩、そして――。

 そこでふと、俺は自分の体に起こっているある異変に気付いた。


 手が、淡く光っている……?


 何だこれは? 両手とも光っているではないか。

 眉を寄せて見ていると、光はフッと消えた。

 うーむ、朝日が当たって光って見えただけ、か? それにしてはおかしな感じがしたが……。

 首を傾げつつ華奢な体を抱きしめると、サツキが目を覚ました。

 パチパチと繰り返す瞬き。寝起きのぼんやりした顔もまた格別に可愛い。

「おはよう、サツキ」

 囁くと、サツキの目に涙が浮かんだ。

 ああ、感動しているのか。なんて純粋なんだ。

 そう思い、抱きしめる腕に少しだけ力を籠めようとした時、サツキが叫んだ。


「おはよう違うねー!」


 ん? 何だ?

「苦しいね馬鹿! 痛いのあっち行く!」

 苦しくて痛い!?

 な、何ということだ、病気なのか!? これはいけない!

「待っていてくれ、すぐに医者を呼んでくる!」

 俺は慌てて部屋から飛び出し、マチルダとカタヤ夫妻、それに母さんにこのことを知らせた。

 その後少々騒ぎにはなったが、まあ結局サツキは疲れが溜まっていただけのようで、俺は母さんとおば様に『配慮が足りない』と叱られ、その日はベッドに横たわるサツキにひたすら謝罪して過ごした。

 そうして手が光っていたことなどすっかり忘れていたのだが、翌日の朝、また俺の手は淡く光る。

 いや、翌日だけではなくそれから毎日同じことは続いた。しかも気のせいか、光が強くなってきているように感じる。


 これはまさか……。


 光る手を見つめ、俺の頭に浮かんだ一つの可能性。いや、だが常識的に考えればそんな筈はない。

 きっと気にしすぎで光って見えるのだと自分を納得させ、誰にも相談することなくいつもと変わらぬ毎日を過ごした。そして数日後――。

 その日は結婚してから初めての宿直の日だった。

 夕方、寂しがるサツキに口付けて俺は屋敷を出る。

 城に着くと、さっそく鍛練場で若い騎士に稽古をつけてやり、それから城内の見回りをした。見回りは騎士が数人の組になり交代で行うので、異常が無ければ途中で二時間ほど仮眠をとれる。

 広い城内の担当区域を数時間見回り、それから次の組に交代して、俺は仮眠室の粗末なベッドに横になった。

 フゥ……と息を吐き、考えるのはやはりサツキのことだ。

 今頃は眠っているだろうか? もしかして泣いてはいないだろうか?

 出来れば一時も離れたくはないが、サツキを仕事に連れて来るわけにも行かないので、こればかりは仕方が無い。


 サツキ、サツキ……。可愛いサツキ、早く会いたい。


 そう心の中で呟いていると、サツキが恋しくてたまらない気持ちになってきた。

 寝返りを打ち、掛け布を抱きしめる。

 愛している、サツ――ん? 俺は眉を寄せた。


 手が光り始めた……。


 しかし光は幻のようにすぐに消える。

 何だったのだ? まじまじと手を見るが、今は普通だ。

 やはり気のせいなどではない。確実に光っていた。

 うーむ、どういうことだ? 何故光った? 俺はサツキのことを考えただ――。


 ポゥ……と再び手が光る。


 …………!

 まさか、とは思うが、サツキを思うと光るのか?

 光が消える。俺はもう一度サツキを思い浮かべた。

 小さな顔、つぶらな瞳、可愛い唇、折れそうなほど華奢な体……。


「光った……」


 両手から広がる淡い光。

 息を呑んで見ていると、隣のベッドで寝ている同僚が、眩しかったのか「うーん」と唸りながら寝返りを打った。

 俺は慌てて仮眠室を抜け出し外へ行く。

 もし本当にサツキを思うと光るのなら……。


 サツキ! 愛している!


 建物の影で、心の中でサツキへの愛を叫ぶ。

 すると驚くべきことが起こった。

「これは……!」


 全身が金色に輝いている!


 はっきりと感じる、内から溢れだす力。

 これはやはり、そうなのか? しかしこんな話は聞いたことが無い。

 今頃何故……、もしやサツキへの愛が奇跡を起こしたのか? 愛により眠っていた力が覚醒されたというのか。

 試しに自らの意志で右手に力を集めてみる。すると光は少しずつ移動し始めた。


 確定、か。


 もうそれしか考えられない。愛の奇跡、まさにこれは愛の力。

「サツキ……」

 呟いて拳を胸に押し当てた時――、背後からバタバタという足音が聞こえた。

 誰か来るのか? 振り向き一応身構える。

「ん?」

 こちらに向かって、まるで突進するように駆けてくる人影。聞こえてくる荒い息遣い、そして――目の前に現れたのは、水玉模様の寝間着姿で枕を抱えた、白く長い眉毛の小さな老人。


「魔法師団長ではないですか」


 あまり見かける機会はないが、この特徴的な眉は間違いない。トーラ国の魔法師の頂点に立つ方だ。

 それにしても何故寝巻き姿なのだ? いや、そういえば魔法師団長は城に住んでいるのだったな。良く見ると裸足ではないか。靴も履かずに走っては、怪我をするのではないか?

 そんなことを考えていると、師団長が叫んだ。


「な、何じゃその力はー!」


 ああ、なんだそういうことか。この力に気付いてやってきたのだな。さすが師団長だけある。

 俺は背筋を伸ばし、師団長にはっきりと言った。


「愛です」


 しかし師団長はまったく聞いていない様子で俺の体をベタベタ触る。

 ……やめてくれ。触られて嬉しいのはサツキだけだ。

「感じたことのない強大な力に慌てて飛び起き来てみれば、これはいったい……。なんて強い『金の魔力』じゃ」

 うん? そんなに強いのか?

「トーラに儂以外の『金の魔法師』がいるなど、聞いたことも感じたことも今まで無かったぞ」

 それはそうだろう。

「妻への愛により、覚醒したようです。つまりは『愛の力』です」

「覚醒? 愛? 何じゃそれは。ふざけたことを言うな」

 失礼な! ふざけてなどいない。

「俺は本気でサツキを愛している! そしてその愛が奇跡を――」

「お前、名はなんという」

 うーむ、師団長は俺の話をまともに聞く気はないのか?

 俺は眉を寄せて答えた。

「ダン・ワーガルです」

 師団長が首を傾げる。

「ん? 先日最古の神殿で結婚したあの?」

「はい」

「…………」

 どうしたのだ? 師団長が難しい表情でじっと俺を見ている。

「……まさかお前、神に会ったのか?」

 神に会う? どういう意味だ?

「いいえ。俺が出会って恋をしたのはサツキだけです」

「神に気に入られたのか……」

 またもや師団長は俺の言葉を無視し、長い眉毛をごしごしと扱いた。そして俺の腕を掴む。

「取り敢えず一緒に来い」

 一緒に来い?

「いえ、申し訳ありませんが、そろそろ交代の時間なので無理です」

「いいから来い! お前の部隊には儂から伝えておく」

 うーむ、なんて強引な。魔法師団長ともなると、権力がある分身勝手になるのか?

「しかし――」


「来いと言っておる!」


 恫喝された俺は、仕方なく師団長に付いて魔法師団が使っている棟に行き、そこで子供の頃から現在に至までを根掘り葉掘り、なんと朝までしつこく訊かれた。

「……つまり、生まれつき無かった魔力が、結婚した途端覚醒したとお前は主張するのじゃな? しかも妻を思うと魔力が溢れだす、と」

 だからそれは初めから言っているではないか。何度説明させる気なのだ?

「はい、そうです。愛の力です」

 師団長が俯いて「うーむ」と唸る。

 窓の外を見ると、青い空。そろそろサツキも起きる頃か? 目覚める瞬間を見られないのは非常に残念だ。

「いいか、これは大変――どこを見ておる! 真剣に聞け!」

俺は師団長に視線を移した。師団長は怒鳴ってばかりだな。これでは下の者は大変だろう。

「これはお前が思っている以上に大変なことなのじゃぞ。そもそも魔力を持った人間というのはほんの一握りしか生まれない。それは知っておるな?」

 うむ。知っている。

 神が、まだ生まれる前の気に入った魂に祝福を与えると言われているが、それは定かではないらしい。

 俺が頷いたのを確認し、師団長は続ける。

「通常は腹にいる段階で、母親が魔力に気付く。後から覚醒した者など儂は見たことがない、しかし――」

 突如師団長は立ち上がり、壁際にある本棚から一冊の古びた本を持って戻ってきた。

「――これを見るが良い。大昔の記録じゃ。最古の神殿で神と会った者が、祝福を受け魔力を与えられたと書いてある。妻云々の部分はよく分からんが、やはりこれは神に祝福されたと考えるべきじゃろう。姿は見えなくても声くらいは聞かなかったか?」

「いいえ、覚えがないです」

 神の声がどんなものかさえ想像がつかない。

「うーむ……」

 再び俯き、師団長は眉を扱く。

 まずいな。このままではまだまだ長くなりそうだ。

「妻が待っているのでそろそろ帰っても――」

「駄目じゃ!」

 顔を上げてきっぱりと言われた。参ったな、途中で放り出した騎士の仕事も気になるというのに。

「金の魔力というのは最高位の魔力だと知っておるじゃろう?」

「はい」

 魔力の色は魔力の強さを表す。上から金銀銅その他諸々という順位になっていて、銅は光の加減で時々金に見え、更に茶色は銅に見えることがある。昔、茶色の魔力の者が『俺は銅だ』と言い張る『銅銅詐欺』なるものが流行っていたな。

「金は魔力が強い分扱いも難しい。今トーラで金の魔力を持っているのは儂と……お前だけじゃな」

 そういえば魔法師団長も金だったな。

「まずは制御法を覚え、それからこの魔力をどう活かすかじゃが――」

 ああ、それなら。

「考えてあります」

 師団長が眉を寄せる。

「何?」

 俺は腰に下げていた剣を鞘におさまったままの状態で取り、目の前に掲げた。サツキを思うと溢れる力、それを先程手に集めたのと同じ要領で剣に集める。


「うむ、出来た」


 意外に簡単だったな。剣の刃が金色に光っている。

「な……!」

「広い世界には『魔法剣士』といわれる者がいると聞いたことがあるのですが、こんな感じで合っていますか?」

 魔力を帯びて、きっと斬れ味が良くなっているだろう。試し斬りがしてみたいな。

「ば、馬鹿者強すぎだ! 力を押さえろ、剣が砕け散るぞ!」

 師団長が俺の腕を掴み、光が弱まった。

「やり方は合っておるが、制御を覚えんと危険じゃぞ!」

 そうなのか。剣が砕けては困るな。

 制御とはつまり、愛情の強さを変えろということか。

 うむ。一緒にケーキを食べている時と口付けをしている時は、溢れる想いの強さというか深さが違うかもしれない。どれくらいを想像すれば良いのか試さなければならないな。

 師団長がフゥっと息を吐く。

「じゃが魔法剣士……のう。それも良いが、お前はもっと大きな仕事をやるべきじゃぞ」

 ん? 大きな仕事?

「その力を上手く練って使えるようになれば、他の魔法師と協力して川の氾濫や火山の噴火を止めたり、外敵の侵入を防ぐ結界を張り巡らしたり、城を動かしトーラ一周の旅を楽しんだり出来るようになるのじゃぞ」

 うーむ、それは魔法師ならではの大きな仕事だな。しかし……。

「魔法師団に来い」

「嫌です。俺は騎士が好きなのです」

 そうだ、俺は騎士の仕事が好きなのだ。魔法師になるつもりはない。

「それだけの力を持っていて何を言う! そうだ、お前さえその気なら次期魔法師団長に推薦してやろう」

 次期魔法師団長?

「結構です。俺は騎士団長を目指しているので必要ありません」

「お前は……!」

 師団長は溜息を吐き、眉をイラついた表情で掻きながら立ち上がる。

「よし分かった。陛下に訊いてみよう」

「陛下に?」

「来い!」

 本当に強引な方だ。

 仕方がないので付いていくと、早朝だというのに『火急の用事』と言い張って、師団長は陛下の執務室にズカズカと入って行った。



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