第8話ダン編 迷惑な妹
俺とサツキは、カタヤの庭でお茶を飲んでいる。
サツキは食事も普通に食べるし間食もする。
あの無理な減量は、やめたようだ。
良かった。本当に良かった。
俺は目の前のケーキをサツキに差し出した。
「サツキ、このケーキ食べるか?」
「……いらんね」
そうか、いらないのか。
「サツキ、今日はいい天気だな」
「……そうね」
気持ちの良い青空だ。
「サツキ――」
「なに?」
顔を上げたサツキと目が合う。
「……なんでもない」
俺は最近、サツキと目が合うと何故か苦しい感じがする。
おかしい。体は至って健康で、先日行われた健康診断でも『問題無し』だったのに……。
悩みつつもケーキをたべていると――。
ン……ンー…。
う!? 微かに聞こえるこの声は……!
「……サツキ」
俺は食べかけのケーキが載った皿を右手に持ち、立ち上がる。
「屋敷の中に入ろう」
「え?」
あれと関わるのは面倒だ。
左手でサツキの腕を掴む。
「早く、サツキ」
「え? え? なにね?」
しかしサツキは立ち上がらない。
急いでくれ!
ンン……ンンンー! ……ダァァァァ……ンンンンンンー!
声が段々と近付いてくる。
「ダン、誰か呼ぶしてる?」
「……早く中に」
「なにね、ちょっと――痛い!」
俺はハッとした。
サツキが眉を顰めている。
「サ、サツキ!!」
慌てて掴んでいた手とケーキ皿を離し、サツキの腕が折れていないか確かめる。
「す、すまない、サツキ。痛かったか?」
「痛いね!」
なんという事だ!
折れてはいないようだが、サツキを傷付けてしまった。
怒ったサツキが俺の手を振り払った時――。
「ダン!! 見付けた!!」
しまった、見付かった。
こちらに向かって突進して来る――双子の妹、ニナ。
ニナは俺の胸ぐらを掴み、揺さ振ってきた。
「こんな所にいたのねダン! 聞いて、また浮気されたの!」
「ニナ、落ち着け」
興奮状態のニナは、早口過ぎて言葉が聞き取りづらい。
「酷いわ! 私よりあんな女がいいって言うの!?」
……またか。
ニナは数年前に大恋愛の末、他家に嫁いだのだが……、もの凄く嫉妬深いのだ。
旦那がちょっと他の女性に視線を向けただけで、浮気だと騒ぐ。
そしてこうして、俺に不満をぶちまけに来るのだ。
さて、どうやってニナを落ち着けようか。
俺が溜息を吐きつつ考えていると、サツキが横から何か言ってきた。
「ち、違うね!! わたーし、それ……!!」
ん? なんだ?
俺が振り向くと、つられてニナもサツキを見る。
「まあ! この子『チャマ』にそっくり!」
…………ん?
ニナ、急に何を言いだすのだ。
ニナの関心は、旦那の浮気から急速にサツキへと移ったようで、俺から手を離し、ぶしつけな視線でサツキを上から下まで見る。
これはいけない。サツキに失礼だろう。
ニナを注意しようと、腕を引っ張る。
「ニナ――」
「ダン……!!」
サツキに大きな声で呼ばれ、俺は驚き振り向いた。
そこには怒りに満ちた瞳――。
お、怒っている! サツキが怒っている……!!
これはやはり、ニナの態度に問題があるのだな?
「すまない! サツキ!!」
俺はニナを肩に担ぎ上げ、急いでこの場を立ち去る。
「ダン、ダン、あの子――」
肩の上のニナが話し掛けてくるが、無視して自分の屋敷に戻り、ニナを降ろした。
「ニナ、駄目だろ――」
う!? こ、これは……。
ニナが目をキラキラさせている。
こういう目をした時のニナは、ろくでもない事をを考えている場合が多い。
「あの子、誰?」
「あの子……?」
「さっきカタヤにいた子!」
あぁ……。興味津々だな。
「サツキだ」
「サツキ?」
「カタヤの養女だ。……ニナはサツキに近付くな」
サツキに迷惑だからな。
「へえー、そうなの。へえー、ウフフ」
ニナはニヤニヤと笑いながら、俺を見上げた。
「……何だ? 気持ち悪い」
「ウフフ、だってあの子、昔ダンが保護した迷い『子チャマ』にそっくりじゃない?」
チャマ? さっきもそんな事を言っていたな。
「そうか?」
別に似てはいないと思うが。
「ウフフ。相変わらずねぇ」
「なにがだ」
なんなのだ? ニナは。
「小さくて可愛くて、ちょっと気が強そうで、力を籠めたら簡単に壊れてしまいそうな程華奢で……、守ってあげたくなっちゃうの?」
……なんの事だ?
ニナが俺の腕をポンポンと叩く。
「独占欲が強い男は嫌われるわよ」
……だから、なんの事だ。
だいたい独占欲が強いのはニナだろう。
「早く帰れ」
「嫌よ。リックが迎えに来るまで帰らない」
はぁ……。
早く迎えに来て仲直りしてくれ。
「ねえ、それまでサツキの話をしてよ」
「駄目だ」
「もう、ダンったら! ウフフフフ」
変な奴だ。
早くサツキに謝りに行かねばならないのに。
サツキ、まだ怒っているかな。
はぁ……。
チャマ……猫に似た(?)生物。