第7話サツキ編 ドレスがキツい……
いーち、にーい、さーん。
軽く準備運動をして、私は広い庭を走り始める。
今日は服も、いつものドレスではなく、マチルダにシャツとズボンを用意してもらった。
うん。気合い入ってるよ!
学校のグラウンド並に広い庭を一生懸命走っていると、ダンがやって来た。
「何……、してる?」
んん? 分かんない?
「走ってる」
「……何故?」
もー! うるさいなあ!
「太ったから走ってるの!」
日本にいた時はどれだけ食べても大丈夫だったのに、ドレスが……ドレスがキツくなってしまった! もう愕然だよ。
絶対元通りになるんだから!
グッと拳を握り、走るスピードを上げる。
息が苦しいけど我慢我慢。
そうやって頑張って走ってたら、え? なに? ダンが私の横を走りだした。
「サツキは太った方がいい」
……はあ? なに言ってんの?
無視!
「サツキ、もっと太った方がいい」
なによ! 鬱陶しいなあ!
「太った方が――」
「うるさい!」
「サツキ……!」
なによなによ、さっきから!
もしかしてこの男……。
「太ってる方が好き?」
「そうだ」
ふーん成る程。太った女性が好みなんだね。
まあそれは人それぞれだから勝手にすればいいけど、だからといって自分の趣味を押し付けないで欲しいな。
庭を一周して、よし、次は腕立て伏せだ!
うつ伏せになって腕に力を入れる。
「うわぁ! やめてくれ!」
「うるさい!」
もうホントになんなの!?
ダン、邪魔すぎ!
気合いで二十回こなし、よし、腹筋。
「頼む! 頼むからやめてくれ!」
「きゃあっ!」
ええ!? じ、地面が遠い!
って、ダンに持ち上げられてる!
「なにすんのよ! 馬鹿馬鹿馬鹿!」
「サツキ、駄目だ!」
暴れる私をいとも容易くダンはおさえ、庭の一角にあるテーブルセットに連れて行く。
そして椅子に私を下ろした。
「ダン!」
「駄目だ!」
立ち上がろうとする私の肩をダンが押さえる。
うぎゃあ! なんだっていうのよ!!
「こんにちは。ダン様」
そこに、ケーキの載ったワゴンを押してマチルダが現れた。
「マチ! ダンが……!」
「はい。ケーキをどうぞ」
え!? マチルダ、無視!?
ちょっとちょっと、ご主人様の危機だよ。
「マチ!」
「はいはい」
マチルダはテーブルにケーキを次々置き、ニッコリと笑った。
「どうぞ」
うわー! 美味しそう! って、違うでしょ!?
私がダイエット中って知ってるくせに! これって嫌がらせ?
「ダン! 全部食べていいよ」
私はダンの手を肩から叩き落としてケーキを指差す。
「…………」
ん? なによその目。
いつもなら嬉々として食べるダンが、私をじっと見ている。
「早く食べなさいよ!」
「…………」
ダンは私の向かいの椅子に座り、眉を寄せた。
そしてケーキの載った皿を私の前に置く。
「サツキも食べよう」
……喧嘩売ってんの?
「要らないって言ってるでしょう!」
はやく食べちゃってよ!
バンッとテーブルを叩くと、ダンは私をじっと見ながらケーキを食べ始める。
一個、二個……、あー……美味しそう。
いや、でも我慢! 気合いだ気合い!
「サツキ……」
ん? なに? ……え?
ダンがケーキをフォークで掬って、私の口に近付ける。
「一口だけ」
「…………」
な、なに? 食べろって?
だから、ダイエット中なんだってば。
「一口」
……なによ。しつこい。
「一口」
でも……、そう、ね。一口だけなら食べてあげてもいいかも。
うん、そう。運動した分ちょっとくらい……いいよね。
私が口を開けると、ダンがケーキをそっと舌の上にのせた。
「美味しい!」
思わず叫ぶと、ダンがまた私の口元にケーキを運ぶ。
「一口」
うーん……。じゃあもう一口だけ。
パクっと口に入れる。
するとまたダンが、私の口元にケーキを運ぶ。
「一口」
…………。
なによ。どれだけ食べさせる気なの?
でも……、いや、そう。
ダンが無理矢理食べさせるから、仕方ないよね。
うん。明日から。ダイエットは明日から頑張ろう。
ダンが私の手にフォークを握らせる。
もう! 仕方ないなぁ。
じゃあ食べてあげるよ。
私は目の前のケーキにフォークを突き刺した。