第6話ダン編 なんなのだ!
ああ、疲れたな……。
城からの帰り道、俺は欠伸を噛み殺して空を見上げた。
日が高い。もう昼をとっくに過ぎているではないか。
宿直の後に会議があり,更に新米騎士達に稽古をつけていたら、すっかり帰るのが遅くなってしまった。
ああ、甘いお菓子が食べたい。
俺は自分の屋敷には戻らず直接隣のカタヤの屋敷を訪ねた。
ベルを鳴らして出てきたマチルダの案内で客間に行きソファーに座って待っていると、サツキがやって来た。
ん……? なんだ? サツキが持って来た物は。
「サツキ、これは……」
「ニホンの食べる物よー」
ニホンの食べ物……?
「……甘いか?」
「甘い無いねー」
「……ケーキは?」
「無い」
「…………」
甘いお菓子を楽しみにやって来たのだが、いつものケーキや焼き菓子が無い? なんて事だ。
「大丈夫、ありますよ。持って来ますから」
がっかりしていると、カタヤの料理人ヤンが言ってきた。
なんだあるのか。良かった。
ではすぐ持ってきてくれと言おうとしたら、サツキがそれを遮る。
「でも、これ食べるしてから」
そう言ってサツキは、小皿に白くて長い怪しい物と黒くて怪しい液体を入れた。
それを俺に差し出す。
「これでダンを試す」
「…………」
試す……?
もの凄い臭いがするのだが、これは本当に食べ物か? サツキの目を見ると真剣そのものだが。
「食べる、早く」
……もしかして『試す』というのは『お前の根性を試す』という意味なのか?
うむ。なんだかよく分からないが挑まれたからには男としてやるしかない。
サツキから小皿を受け取り一口食べる。
…………。
辛く酸っぱくほんのり甘く生臭い……。
なんだこれは! サツキの故郷ではこんな不味い物を食べているのか!?
吐き出したいが、サツキに挑むような眼差しを向けられ根性で飲み込む。
そして残りも勢いよくかき込んだ。
「美味しいか? どうか?」
美味い訳ないだろう!
だがそう言うと負けのような気がして俺は黙って頷いた。
汁まで全て飲み込み小皿をテーブルに置く。
どうだサツキ! 食べたぞ!!
するとサツキは目を見開き、それからまた小皿に謎多き食べ物をのせた。
ま、まさか、もう一皿食べろと言うのか!?
……と思ったら、サツキは「イタダキマース!」という聞いた事のない掛け声と共に、パクっと謎の食べ物を口に入れた。
そして次の瞬間――、
「おげぁー!! うぇえ! おええっ!!」
え!?
「サツキ!!」
サツキは謎の食べ物を吐き出し激しく咳き込む。
俺は慌てて背中を擦り、マチルダがジュースを持って来る。
そのジュースをサツキは一気に飲み干し大きく息を吐いた。
「サツキ、大丈夫か?」
心配して言ったのに、サツキは何故か俺をキッと睨み付けてきた。
「大丈夫違う!!」
サツキは俺を押し退け、テーブルに置いてあった先程の物とは別の三角形をした謎の食べ物を手に取った。
それを食べて満足気に頷く。
更に先程の白くて長いブニブニの食べ物を皿に載せ、これはおそらくヤンが作ったのだろうスープをかけた。
「美味しー!」
……なんなのだ?
サツキはあからさまに俺を無視している。
何故だ? というか、先程の謎の食べ物はいったいどういう意味があったのか。
「サツキ」
「もう! 知らんね!」
どうしてそんなに怒っているのだ?
呆気にとられている俺に、サツキが衝撃的な言葉を投げつける。
「ケーキ無し!」
「ええ!?」
な、なんだって!?
ケーキを楽しみにここに来たのにそれはどういう事か!
「サツキ! 何故だ! あんな不味いもの食べさせた上に、更にケーキが無いとはどういう事なのだ! だいたい故郷の食べ物か何か知らないが、自分でさえ吐き出すような物を人に勧めるというのは良くないのではないか!? 聞いているのかサツキ! サツキ!!」
徹底的に無視する気なのか、サツキは俺に背を向けた。
なんだその態度は?
いくらサツキと言えどもそれはないのではないか?
「まあまあダン様。ケーキなら今すぐ用意しますから」
ヤンが苦笑して部屋を出て行き、すぐにいつものように沢山のケーキを持って来た。
サツキは俺に背を向けたまま、謎の食べ物をズルズルと行儀悪く啜っている。
いったいなんだって言うんだ!!
俺は怒りと共にケーキを口に入れた。