生きていく理由(わけ)
「いったいどこでいくら借りてるの!?全部書き出してみなさいよ!」
またやってる。あたしは弟と顔を見合わせる。最近、ずっとこんな感じ。無理もないか。昼間あれだけ金返せって電話がかかればね。父親が母親に内緒で借りたお金を、みんな母親の方に請求してくる。母親の内職の給料が今日入るから、それで返すと言って、あちこちでお金を借りてまわってたらしい。
「勝手に人の給料あてにして借金して、借りたらもらった気になって使うんだから!こっちが稼いだお金まで全部持っていかれたら、あたしらどうやって生活したらいいっていうのよ!!」
「しょうがないだろ。夫婦っていうのはそういうもんだ。片方がしんどいときにはもう片方が助けるのが当たり前。どこの家でもそうしてるだろ。」
父親は軽く答えた。こいつはいつも自分のことしか考えてない。自分が家族を養わなきゃならないなんて、思ってもいないようだ。借りたお金は生活費に充てたわけではないから、どうせ、他の借金を返すために借金したんだろう。なんでこんなだらしない人間にお金を貸す人がいるのか、不思議でたまらない。母親が言うには、こいつの外ヅラがいいから、みんなだまされるらしい。
父親は少し前まで、小さい工場を経営していた。母親もそこで働き、何人か従業員さんもいたのだけど、ある日気付いたら、工場には誰も来なくなっていた。母親がぼやいているのを聞くと、知らない間に工場にいらない機械ばかり買ってきて、使いもせずに投げておくようなことをしてるから、借金が膨らんで会社はつぶれたということらしい。それ以来、父親がまともに働こうとしてる姿を見たことがない。困った母親は、工場が関わってた会社の内職を始めた。それからは、少ない給料の中でやりくりして、母親一人の収入で父親まで養ってきた。電気代や電話代など、請求書がきたらもちろん全部母親が払っている。
最近、父親の方も、わけのわからない営業を始めたとか言ってるけど、
「田舎はみんな共働きだから、昼間行ったって誰も家にいない。夕方ちょっと回って来ればいいんだ。」
って、母親がろくに寝ないで内職してる横で昼寝。夕方から出かけていったら、自分だけ夕飯をすませて帰ってくる。当然儲かるはずもなく、相変わらず生活費は入れていない。自分の小遣いだけ稼げばいいと思っているのだろう。借金を返そうなんて気もないようだ。
工場がなんとか続いているうちは、特別仲がいいわけでもなかったけど、こんな父親とでも家族として、何の疑問を感じることもなく生活していた。今となっては、こんな人間のことをよく「お父さん」なんて呼んでたものだと思う。
内職をしている母親に声をかけるときには、気をつけないといけない。虫の居所が悪かったら、いきなり怒鳴りつけられるから。今なら大丈夫かな。
「母さん、今日学校でもらったプリント。懇談で進路の話があるから、できるだけ親に来てもらえって…」
「うるさいわね!忙しいんだから、そんなもん行けるわけないでしょ!自分のことなんだから、あんたがちゃんと聞いとけばいいじゃない!」
やっぱりこうなる。この人は私たちにご飯を食べさせることで頭がいっぱい。それ以外の話をする心の余裕はない。
「手伝おうか。」
少しは役に立てないかと声をかけてみた。
「いいよ!どうせろくなことできないんだから。あんたらが騒いでたら仕事がはかどりゃしないから、さっさと自分の部屋へ行きなさい!」
そりゃ、慣れない内職手伝ったってうまくできやしないけど、こんな言い方されちゃ、もう話しかける気にもならないや。弟と目で合図をすると、あたしたちはその場を離れようと立ち上がる。
「子供にそんな言い方しなくてもいいだろう。少しはかわいがってやれ。」
あいつが横から口をはさむ。
「かわいいなんて思ってるんなら、ご飯くらい食べさせてやればいいでしょ!死んだらどうするの!」
お互い、相手の非だけは見えるらしい。
家にいるのはイヤだし、一応学校には行ってる。高2になって進路を決めろって言われるけど、ほとんどが大学行くうちの学校じゃ、入ってくる情報はあたしに関係ないものばかり。大学どころじゃないよ。弟はまだ中学生だから、あたしが高校やめて働いたほうがいいかと思ってるのに。
別に進学しようと思ってこの学校を選んだわけじゃない。自転車で通えるところで、ほどほど成績に合ったところがここしかなかったから決めたって感じ。高校を受験する頃はまだ親の工場もあったから、高校を卒業したらうちを手伝うんだと、なんとなく考えていた。
高校生活をそれなりに楽しめるだろうと期待していたのに、入学してすぐ大学受験の話ばかり聞かされて、一週間で学校をやめたいと思った。でも、やめてどうするあてもないから、今までなんとなく続けている。運動は苦手だから、クラブは文芸部に入った。だけどそれも楽しくなくて、部誌にのせる詞は愚痴のようなものばかり。毎日がたいくつだった。
一年の終わり頃から、時々授業をサボって文芸部の部室で暇をつぶすようになった。もうすぐ建てなおすことが決まってるボロ校舎の中二階。こんなところに部屋があるなんて気付かない人のほうが多いような場所だから、ここなら邪魔が入ることはない。あたしがいないからって、困る人も探す人もいない。移動教室のときなんて、いないことに誰も気付かないで、出席したことになってたりする。
中学の頃は勉強もできたし、先生の言うことも素直に聞いていたから、いい子のレッテルを貼られ、大人からはかわいがられていた。でも、そんな自分がおかしかったことに、最近気付き始めた。親の言うことも先生の言うことも、間違ってることがたくさんあるじゃん。適当に過ごしてるように見えた周りの子たちの方が、私なんかよりずっとたくさんのことを、自分の頭で考えてたんだ。大人に言われる通りにしか行動できなかったあたしは、本当にバカだった。
学校という場所では、成績がよければ、たとえ人の輪の中に入れなくても、それなりの居場所が用意されている。だけど、同じような学力の人たちの中に入ったら、あたしはなんのとりえもない人間。もう特別扱いしてくれる先生もいない。いい大学に通って進学率でも上げれば学校は喜ぶんだろうけど、そのために寝る暇を惜しんで勉強する気にはなれない。合格したって、どうせ大学なんか行けないんだし。入学した時より成績もずいぶん下がっていたけど、そんなことはもう、別に気にならなくなった。進学しか考えていないクラスの子たちとも、だんだん話が合わなくなってきて、今ではあまり口を聞かない。
これまでずっと、なんとなく生きてきた。でも最近、急にすべてが「なんとなく」ではすまなくなってきていた。親、学校、友達、今までこういうものだと思ってきた形が、ことごとく崩れていく。
特別楽しいことがあるわけでもなく、やりたいこともない。あたしを邪魔だと思う人はいても、必要としてる人は一人もいない。望んであたしたちをこの世に送り出してくれたはずの親さえ、どう見てもあたしたちが存在していることを喜んでいるようには見えない。誰のために、あたしは生まれてきたんだろう。何のために生きているんだろう。この頃、気がつくといつも、どうして生きてなきゃならないのかって考えてる。なんの役にも立たない、こんなあたし。生きてたって死んでたって、何も変わりない。
だけど、死のうとしたことはない。積極的に死にたいとまでは思わないから。ううん、死にたいはずなんてない。ほんとは生きたいんだ。生きてることに何か意味を感じながら、生きていたいって、心の底では思ってるんだと思う。
最近母親は体調が悪いらしい。あれだけ働けば無理もない。あの人が倒れたら、うちはいったいどうなるんだろう。あたしが弟を養うことになるのかな。それだけじゃない。あいつが作ってきた借金まで、あたしに回されるかもしれない。あたしが学校をやめたとして、いったい何をしてお金を稼げるだろう。あたしが働いたら、どのくらいお金をもらえるんだろう。
うちの学校はアルバイト禁止。でもそんなこと言ってらんない。日曜日、学校に無届けでバイトを始めた。農園の裏方。ここなら多分見つかることはない。
「家はどこ?お父さんの名前は?」
隣で作業してるおばさんが話しかけてきた。まただ。田舎では、初対面の大人は必ず同じ質問をしてくる。親が誰かを知らなきゃ、あたしって人間と付き合えないらしい。言いたくなくて黙ってたら、
「お父さんは何の仕事してるの?」
次もお決まりの質問。めんどくさいな。あいつが昼間何してるかなんて、そんなこと知るかよ。
「知りません。」
「え?お父さんの仕事知らないわけないでしょ。」
知らないから知らないって言ってるんだよ、しつこいな。
「…おかしな子ね。」
答えないあたしに、不審な人間を見るような目を向ける。家のこと聞かれたくない人間もいるんだよ。いきなり土足で踏み込んできて、何が「おかしな子」だ。大人だっていうなら、空気くらい読めよ。
えたいの知れないあたしが気になるらしく、そのおばさんはしつこく私にからんできた。
「そうじゃないって!何回言ってもわかんない子だね。親の名前も言えないんだから、頭が悪いんだね!」
ひとことひとこと頭に来るおばさんだ。学校やめて働くって簡単に言ってたけど、そうするってことは、毎日こんな生活に耐えるってことなんだ。あたしにはできそうにない。学校をやめたって、お金を稼げなかったらなんにもならない。あたしはとことん役立たずだ。
「どこで遊びまわってたんだ?」
疲れて帰ると、いきなり父親につかまった。
「バイト。遊んでなんかいないよ。」
「そんなことしてる暇があるのか。最近成績はどうなんだ?」
「どうでもいいじゃん、そんなこと。」
「どういう口のきき方だ!いい職につこうと思ったら、勉強くらいできなきゃ駄目に決まってるだろう!」
いい職につく?働く気のないおまえが言うことかよ。
「勉強してどうなるっていうの?どうせ大学に行くわけじゃないでしょ。」
「大学に行けばいいじゃないか。」
こいつ、バカじゃないの?誰がお金を出してくれると思ってるの?
「大学なんて行かないよ!」
「そんなこと言ってるようじゃ、おまえは将来ろくな仕事につけないな。そこら辺の店員にでもなればいい。」
ろくに働きもしないヤツが、なんで働いてる人のことバカにしてるんだよ。
「店員のどこが悪いの?!働かないよりずっといいでしょ!!」
言い過ぎたかなと思って、チラッとあいつを見た。あたしは目を疑った。「手におえないな」とでも言いたげに、さげすむような目があたしに向けられていた。こいつ、本当に自分の姿が見えてないんだ。働かない人間てのはあんたのこと。軽蔑されてるのはあんたの方なんだよ。
「容子!」
「久しぶりー。」
中学の同級生の容子。高校は違うけど、今一番仲がいい。
クラスの子には10話しても、1か2しかわかってもらえないから、あきらめて何も話さなくなった。だけど容子は1言えば10わかってくれる。そして不思議なことに、会いたいと思ったときに電話をくれたり、偶然会ったりするんだ。今日もそう。道端でバッタリ出会った。
事情はよく知らないけど、容子は両親が生きているのに、おじいちゃんと二人で暮らしている。だから他の同級生たちにわからないことが、容子にはわかるんだと思う。うまく説明できないけど。
容子といると、つい家のことを愚痴ってしまう。
「父親がいなきゃ、どんだけ生活が楽だろうと思うよ。生活費も入れないくせに、エラそうに説教ばっかしてさ。町中に借金作ってまわって、あたしら恥ずかしくて外歩けないじゃん。田舎じゃ何するにも親の名前がついてまわるから、これからあたしも弟もろくな人生歩めないよ。」
「そんなこと、もう決めちゃうわけ?夢も希望もないじゃん。」
「仕方ないよ。うちは普通じゃないから。」
「普通…か。どういうのが普通なの?」
「…お父さんがいて、お母さんがいて、仲良く暮らしてるっていうか…」
「そろってるからって、仲がいいとは限らないじゃん。あんたんちだって両親そろってるんだよ。」
「…そっか。」
あたしの戸籍には両親の名前がある。形だけは整ってるけど、そんなことがなんだっていうんだろう。いない方がいい親ってのも、この世にはいる。
容子と話をしてる途中、父親の車が通りがかった。一瞬目が合い、通り過ぎていく。めんどくさいな。帰ったら、どうせまた何か口出しされる。
「さっき、あの容子とかいう子と会ってただろう。」
家に帰ると、予想通りあいつに呼び止められた。
「それがどうかした?」
何を言われるかは大体わかってるけど、わざととぼけてみる。
「友達は選べ。あんな親がいないような子とつきあうんじゃない。」
「親がいない子のどこが悪いの?あんたにそんなこと言われる筋合いはないよ。」
「親が子供のことに口を出すのは当たり前だろう!待ちなさい!」
何が親だ。自分がどれだけの人間のつもりで、容子のことそんなふうに言えるんだ。友達はちゃんと選んでつきあってるよ。あんたみたいな親がいる方が、親がいないよりよっぽど恥ずかしいんだ。親は選べないから、仕方なくこの家に帰ってくるだけ。おまえなんか親だなんて思ってやしない。
そばに刃物があったら、こいつを刺してしまうかもしれない、時々そう思うときがある。たまたま手元に刃物がなかったから、今までそんなことをしないですんでいる。もしあたしがそんなことをしてしまったら、あたしは殺人犯で、弟と母親はその家族。今どころじゃなく、生きてるのが大変になる。我慢するしかないんだ。
なんであたしはあんなヤツの子供なんだろう。同じ血が流れてると思うと、手首を切って身体中の血を全部捨ててしまいたくなる。
「あんな父親養ってるより、離婚したほうが楽なんじゃないの?」
母親と二人きりになった時、言ってみた。内職の手を止めることなく、母親は答えた。
「あんたらのために我慢してるんでしょ。離婚したら、将来就職や結婚にさしつかえるんだから。」
「そんな理由であたしを選ばないような会社や人間なんて、こっちからお断りだよ。あんな父親がいるせいで、今いろいろ困ってるじゃん。そのほうが問題なんじゃないの?」
「あんたはまだ子供だから、わからないのよ!!」
あたしたちのため?そんなふうに言われたって、ちっともうれしくない。こんな状態で一緒に暮らしてることが、本当にあたしたちのためになってると思ってるの?人を殺したいほど憎むなんて、どう考えても幸せじゃない。離婚する勇気がないのを子供のせいにしてるだけなんじゃないの?
「なんで私がこんな大変な目に合わなきゃならないんだろう。」
母親が、いつものようにぼやき始めた。
「だいたい私は結婚なんかしたくなかったのに。親に無理やり結婚させられてこんなことになって… 子供だって欲しくなんてなかった。でも、結婚したら産まなきゃならないじゃない。あんた達がいなきゃ、こんなとこさっさと出ていって好きなことするのに。」
何?この人。そんなこと、子供の前で言っちゃいけないってこともわからないの?弟がまだ帰って来てなくてよかった。あいつ傷つきやすいから、こんな話聞かせられないよ。
「…へぇ。じゃ、一人だったら何がしたいの?」
この人が私たちと天秤にかけるものは何なのか、聞いてみたかった。
「友達つくって会いたいときだけ会って、楽しんだらバイバイ。気楽でいいじゃない。」
「…それが楽しい?」
「楽しいでしょ。」
子供なんか育ててるより、お気楽に生きてる方がいいってか。かわいそうな人。この人には自分の意志もなければ、生きがいもないんだ。子供が邪魔だと思ってることくらい、口に出して言われなくても態度でわかってたから、いまさら傷ついたりしないけどね。今まで感じてたことが事実だったと、はっきり確認しただけ。
でも、この人は逃げずに責任とって、エサだけはくれてるんだから、ありがたいと思わなきゃ。自分の無責任さにも気付かないで、上から理屈を押し付けてりゃ子供は育つと思ってる、あの父親よりはよっぽどましだ。
ある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻ったら、女子が数人かたまっていた。一人が机に伏せて泣いてて、みんなでそれをなぐさめてる感じ。別に聞こうとしたわけじゃないけど、泣いてる子の話が聞こえてきた。
「あたしがいるせいで、お母さんの再婚話がダメになったんだ。お母さんに、おまえさえいなきゃ、って言われてさ。私なんて、生まれてこなければよかったんだ。お母さんに申し訳なくて…生まれてきてごめんなさいって謝るしかなくて…」
聞いてらんなくて、すぐ教室を出た。他人事なのに、ムカついて仕方ない。
なんでそうなるの?バカじゃない?産むって決めたのは親なんだよ。なんでその人に、生まれてきてゴメンなんて言わなきゃいけないの?冗談じゃない。あたしは絶対にそんなこと言わない。親にとって邪魔な存在でも、あたしにとってはたった一人しかいないあたしなんだよ。
教室を飛び出すと、誰もいない部室に駆け込んだ。机のペン立てにあるカッターナイフを取り、そばにあった雑誌に力いっぱい切りつける。もっとズタズタにしたいのに、私の力じゃたいした傷もつかない。悔しくて、壁に投げつけた。バサッと音をたてて、雑誌が壁際に落ちる。肩で息をするほど疲れているのに、いくらあたしが暴れても、何も壊れやしない。壊してやりたい。何でもいいから、ボロボロにしてやりたい。この壁。そう、これがいい。どうせこの校舎、来年には建てなおすことが決まってるんだから、壊したっていいよね。あたしはイスを振り上げて、壁に向かって思い切り叩きつけた。薄そうに見えるベニヤ板は思ったより丈夫で、はね返されたイスが足に当たる。痛いな、このやろう…!壊れろよ!壊れろ!自分の声が自分のものじゃないみたい。悲鳴のような声をあげながら、何度も何度もイスを振り下ろす。ついに壁にヒビが入った。
大きな音を聞きつけて、先生がやってきた。
「何してるの?!ま…!壁が壊れてるじゃない!なんでこんなこと…」
「ちょっとイライラしたから。」
「たったそれだけの理由で、こんなことを?もうすぐ壊す校舎だから、修理しろとは言わないけど、このことは親に報告するわよ。」
「…いいんじゃない?」
「は?他人事みたいな言い方しないでよ。」
親に言っても別に何も変わらないよ。あの人たちは子供のことなんか見てやしないんだから。どうせやめようかと思ってる学校だもん、退学になったってどうってことないし。好きにすればいいじゃん。
こんな日は容子に会いたい。こんなとき、容子はいつも帰り道に立ってるんだよね。自転車をこいで容子の家の近くにさしかかると、夕焼けを背にして、やっぱり容子が手を振っていた。
「今日は会いたい気分だったんだ。」
「またなんかあったの?」
容子は慣れたものって感じで、軽く笑った。容子には、あたしのことなんて全部お見通しなんだ。
「今日さ…」
容子は黙ってあたしの話を聞いていた。
「えぇ?壁に穴あけちゃったの?アハハ!何やってんの!しかも、もうすぐとり壊すとこやるなんて、あんたらしいわ。」
「先生に見つかって、親に連絡するって言われちゃったよ。」
「怒られるんじゃないの?」
「さあね。怒られたって別にどうってことないし。」
「あんま、親に心配かけない方がいいよ。」
「心配なんかしてないって。父親が気にしてるのは世間体ばっかだし、母親は子供が何してたって、興味ないんだから。カッコ気にするんなら、ちゃんと働けっての。おまえが一番ダサイんだって。母親に養ってもらってさ。母親には感謝はしてるけど、ただ流されて生きてるって感じで、あんなふうにはなりたくないや。子供なんかほしくなかった、だって。ほしくない子供なら産まなきゃよかったじゃん。」
「お母さんがあんた産まなきゃ、あんたは今ここにいないんだよ。生まれてこなかったほうがよかったと思う?」
「そうは思わないけど。でも、あたしが生きてることに何か意味があるのかなって、最近いつも考えてるよ。」
「あるに決まってるじゃん。」
「生まれてきたことを、誰も喜んでなくても?」
「そうだよ。てか、生きてる意味なんて、自分で作るものなんじゃないの?」
「自分で?」
「だって、生まれてきたからには、人生は自分のもんじゃん。親が望んでなかったとしても、自分が生きていたいって思ってるでしょ。」
「うん…まあ、そうだね。」
自分が望んでれば、この世に1人は生まれたことを喜んでる人がいるわけか。
「あたしの親も、もしかしたらあたしが生まれること望んでなかったのかもしれないけどさ、でも、生まれてなかったら、今こうしてあんたと話することできないんだよね。」
「それは困る!あたし、容子がいないとどうしていいかわからないよ!」
「なんだ?それ。ま、ちょっとうれしいけど。」
容子はクスリと笑った。
「せっかく生きてるのに、いじけて時間をムダに過ごしたくはないな。流されてるのはお母さんだけじゃないと思うけど。」
「え?あたし…?」
「泣いてた子もあんたも、あんまし変わりないと思うよ。親がどんなだから自分がこうなんだって、あきらめちゃってるじゃん。」
「そっか…」
生きてる気がしないのを親のせいにしてるあたしも、あの子と同じようなもんなんだ。
「自分の人生じゃん。親がどうでも、自分の好きにすりゃいいんじゃない?あんたはいったいこれからどうしたいの?」
「…わかんない。」
「まず、それ見つけたら?」
「うん…容子はもう見つけてるの?」
「あたしは、親と暮らせない子をあずかる施設で働きたいと思ってるんだ。どうやったらそういう仕事につけるか、今調べてるところ。あんまりお金がかかるようなら、あきらめなきゃなんないけどね。」
「そうなんだ。容子なら、いろいろ相談にのってあげられそうだもんね。」
「自分が同じ立場にいるからね。自分の経験を誰かのために役に立てられたらいいと思わない?」
「…容子はすごいな。ちゃんと夢を持ってて。」
「誰だって、夢を見つけることくらいできるよ。叶うかどうかはわかんないけど。」
「誰でも…か。あたしにも見つかるかなぁ。」
「見つかるよ。」
「あんな家にいても?」
「だから、夢を見るのに、親は関係ないって。親がイヤなら、高校卒業したら家を出ればいいじゃん。」
「そうか。」
あたしも自分でどうにかすればいい。ううん、自分でどうにかしなきゃいけないんだ。
「あんたは普通の家庭がいいみたいに言ってたけど、あたしは平和な家庭で過ごしてる人がかわいそうに思えるときがあるよ。あたしらが感じてる、こんなたくさんの気持ち、知らずに過ごしてるんだからね。」
「…そうだね。」
あたしたちは今、誰にでもは見れない景色を見ている。容子は自分の置かれてる状況を、マイナスではなくプラスにとらえているんだ。あたしみたいに腐るんじゃなくて、それを活かして生きるってこともできるんだね。今は容子に頼ってばかりのあたしだけど、もしかしたらあたしも、いつか容子のように誰かの気持ちをわかってあげられる人になれる?あたしもあたしの見てきたこの景色の上に、何かを積み上げていくことができるのかな。
「ありがとう、容子。今日は帰るわ。」
「暗くなってきちゃったね。気をつけて帰りなよ。」
「うん。じゃ、ね。」
手を振って、自転車をこぎ出す。まだほんのり残っている夕焼けの色が、明日の朝日につながってるって、初めてそんなふうに思った。
親なんていない。別にいらない。私が生まれてくることを親が望んでたかどうかなんて、そんなのもう、どうだっていい。私は自分の意志で生まれてきたんだ。命をもらってしまえばこっちのもの。この人生は私のものだ。
他の誰が望んでいなくても、私が望んでるから、私はきっと生きていける。誰にも必要とされていないなら、誰かに必要とされる人になって、自分で居場所を作っていけばいい。誰も愛してくれてないなら、誰かに愛される私になって、新しい人間関係を作っていけばいい。私が私をあきらめないで、頑張ってれば、きっとそんな時が来る。
こんなどうしようもないヤツでも、自分て人間はひとりだけ。まず自分が愛してやらなきゃ、何も始まらない。誰に望まれたからじゃなく、私は私のために、これからも生きていく。そして、子供を産んだら言ってやるんだ。
「あたしはあんたに会いたくて、あんたを産んだんだよ。」
って。