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国境の空
作:JUS



廃都編 3章


「気に食わねえよ。まったく」ルパードがそう呟いて苛つきを隠せない表情で俺の方を向いた。
「しょうがない。数日間の辛抱だし、おとなしく待ってる事にするよ。寝るとき以外はそんなつらい訳でもないしさ」俺がそう言うと、ルパードはどうにも納得がいかないのだろう、でもよお、と続けた。不意に強い風が吹いて、俺たちはほぼ同時に身震いする。容赦ない寒気は日に日に強さを増していく。戦場に暖房なんて物は無い。寒さに慣れておくには、この環境はちょうどいいのかもしれないと、ふと思う。
 
「俺より、ルパードの方が怒ってるみたいに見えるな」俺の言葉に、ルパードは、当たり前だろ、と即答する。
「あの野郎、ファルクだったか、昨日はアキを食事かなんかに誘ってやがったんだぜ。どうですかお嬢さん、とか言いやがって」
「アキを、か?」俺は多少驚いてそう尋ねる。なかなか勇気のいる行動に出たものだと思う。
「即、断られてやがった。いい気味だ」ルパードがそう言って、俺の座っているタラップの脇を軽く蹴り上げた。
「……まあ、短気を起こさないようにしないとな。」そう呟いて、空を見ると、空は灰色の雲で覆い隠されて、その雲は今にも落ちてきそうなくらい厚く思えた。

 ヘリの固い椅子の上で、毛布にくるまって眠っていた俺を、朝食持参で起こしにきたのはルパードだった。大尉の指示でこっそりくすねてきたらしい。こうやって、食事を持ってこられると、俺は何となく国境の頃、勾留されていたリーフの気持ちが解るような気がした。ヘリから離れる事も出来ず、ただ、誰かが好意で食事を運んできてくれるのを待つだけというのは、惨めでもあるし、若干寂しくもある。
「大尉は、どうしてる?また誰かに切れたりとかしてないか?」
「ファルクの野郎には、ムカついてるみたいだぜ。昨日なんか、めちゃくちゃに不機嫌なまま仕事してたもんな。すぐ解んだよあの人。機嫌が」
「確かに」俺がそう答えて、思わず笑ってしまうと、ルパードも釣られて笑い出した。
「……まあ、あと一日か二日の辛抱だぜ、カイル。こんな辛気くせえとこなんてさっさと出発しちまおう。まったくよお」ルパードがそう言いながらハッチを軽く叩く。
「辛気くさいとか言うなよ。たぶんファルク少尉だけだよ。あんな性格してるのはさ」俺がそうたしなめると、ルパードは、そうかあ?、と呟く。
「そうだよ。昨日も、晩は整備班の人たちが食事をこっそり運んでくれた。気のいい奴らの方が多いと思う」
「整備班って、あいつらのことか」ルパードが滑走路の向こうで機材を運んでいる集団を指差してそう言った。指差されたその方向を見ると、確かに作業服姿の兵士達が見える。
「多分」俺はそう答えながら、その集団の中に、昨日食事を運んで来てくれた女兵士、ルカの姿を探す。どうやら野外作業には参加していないようで、その姿は見えない。

 ルパードはしばらく雑談をした後、じゃあ、またなと言い残して、ヘリから去っていく。俺はルパードの後ろ姿を眺めながら、タラップに腰掛け、ため息をつく。なんだか無性にリーフに会いたくなる気持ちを押し殺しながら、俺は厚い雲に覆われた冬空を見上げた。雨か雪が今にも降り出しそうだ。やる事もなく、俺がヘリの椅子に寝転び、天井を眺めていると、そのうちに、ぽつりぽつりと雨音がして、やがて、その雨音は激しさを増していく。
 
 人間、そう長い間何もせずにいられる訳ではない。俺は一時間ほど横になった後、ヘリの格納スペースに搭載されたままの対物ライフルを取り出す。ファルト教団過激派の狙撃の時に使用した、あの図体の大きいライフルを。リュックから俺は磨き布を取り出し、ライフルを丁寧に時間をかけて分解すると、一つ一つの部品を磨いていく。総部品数の多い対物ライフルの分解掃除というのは良い暇つぶしにはなる。
 
 全ての部品を磨き終わり、組み立てが終了してしまうと、格納庫にそれを片付け、閉めていたハッチを俺は開けた。雨はまだ降り続いていて、微かな飛沫が俺の顔を濡らす。ふと、目を上げて滑走路を眺めると、整備班の兵士達は既に居なかった。みな、格納庫に戻って作業をしているのだろう。
 
 夕方を過ぎて、日が傾き始めた頃、滑走路の向こうから、傘をさした人影が歩いてくるのが見えた。整備服を着た女兵士。昨日と同じく、今日もルカが食事を運んできてくれているのだろう。俺は近づいてくるその姿をぼんやりと眺めながら、雨の中、わざわざ食事を用意してくれているルカと、まだ会った事の無い整備班長に心から感謝する。
 
「ったく。なんでこう降り出すんだろうね。どうせなら雪が降れば良いのに」ルカは俺を見るなりそう呟くと、ほら、とトレイを差し出す。
「ありがとう」俺はそう答えて、トレイを受け取り、ヘリの外で傘をさしたままのルカに中に入るように促した。据え付けの簡易テーブルにトレイを置き、食事を始めた俺を、ルカはつまらなそうに眺める。
「……空軍ってのも大変だよな」俺がなんとはなしにそう呟くと、ルカは、なんで、とぶっきらぼうに応えた。
「戦闘機って、デリケートそうだからな。ひとつ間違えば命にも関わる。神経使いそうだなって思ってさ」
「まあ、ね。セルーラのジャギュアと違って、エイジアの戦闘機ってどれも整備しにくいんだよ。いいよなジャギュアは」ルカはそう言って、羨ましいよ、と付け足した。
「いいのか?あれ」自国の戦闘機でありながら、俺はジャギュアが果たして良い物なのか悪い物なのかを知らなかった。まあ、ボスト空軍機より高性能だと言う事くらいは聞いた事があったが。
「列線ユニットって言ってさ。ジャギュアはパーツパーツがきちんとユニット化されてて、整備もパーツ毎に出来るから、効率的なんだよ。エイジアの奴はそうはいかないんだ。性能は悪くないんだけど、ユニット化が全然されてないから、整備のコツとか、手間が相当かかるしね。あたしは兵装のハードポイントを整備してるけど、どっか調子悪くなると、そこだけ交換っていうのが出来ないんだよね。あっちこっち繋がってたりするから」
「よくはわからないけど、大変そうだな」
「そうだよ。みんなパイロットばっかりちやほやするけど、あたしらがきちんと整備しなきゃ、そもそも飛行機なんて飛べないんだよ?もっと感謝しろって言いたいよ」ルカはそう言うと、不満げに口を尖らす。
「……まあ、飛べなきゃただの鉄の塊だもんな」俺がそう同意すると、そうだろ?、とルカは笑顔を浮かべた。
「銃もそうなんだ。ちゃんと手入れをしておかないと、暴発やら、不発やらを起こす。どれだけ射撃が巧い奴でも、手入れをしない奴は駄目だ」
「あたしは、あんまり銃って触らないけど、そんなもんなのか?」ルカがそう言って、興味深そうな視線を俺に向ける。
「まあ、ね。狙撃銃なんかは特にそうだ。照準のずれや、銃身のぶれなんかをきちんと調整しておかないと、とんでもないことになる」俺がそう答えると、ルカは、同じかあ、と呟き、ハッチの向こうの雨空を見た。







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