廃都編 1章
「エイジア第二十三航空基地群を確認。燃料補給並びに、通信の為、着陸する」パイロットの不機嫌そうな声がヘリに響く。セルーラを飛び立ってから数時間が経ち、俺たちはエイジア空軍基地経由で、トライアングルエリアに向かう事になっていた。視界の下に見える荒野のど真ん中の基地群は俺の知っているセルーラのどの基地よりも大きく、そして、無機質に見えた。
「ここは無事だったんだな」大尉が窓の外を眺めながらそう呟く。
「反撃の際の本拠はここでした。うちのジャギュアも何機か駐留している筈です」ラルフ曹長の言った通り、滑走路には青い塗装の三角形のシルエットが何機か見える。セルーラ空軍機、ジャギュアの姿。開戦の日に、俺が見たあのシルエットそのままに、それはそこに佇んでいた。
ヘリポートに着陸したヘリから、俺たちが降り立つと、無数の建物のうちの一つから、エイジア空軍の制服を着た兵士がこちらに駆けてくる。
「お出迎えって訳か。ずいぶんと丁重だな」クリス大尉が可笑しそうにつぶやく。
「俺が士官学校の時には、セルーラ兵なんて相当酷い扱いだったが」
「……大尉、くれぐれも言葉は丁重に。もう一士官ではなく、あなたは参謀なのですから」ラルフ曹長がたしなめるように小さな声でクリス大尉にそう言うと、クリス大尉は、解ってるよ、と返した。
「エイジア空軍、第二十三航空基地群、基地総務担当官をやっております、ファルクと申します。遠方よりご苦労様です」敬礼しながら、エイジア空軍の士官がそう挨拶するのを、珍しく姿勢を正してクリス大尉は聞いていた。
「燃料補給の上、通信施設を三日間程お借りしたい。事前にそちらにご連絡は行っていると聞いているが、問題ありませんか」クリス大尉がそう尋ねると、その士官は、問題ありません、と返答した。階級章を見るに、おそらく少尉だろう。ファルクと名乗ったこの士官は、俺よりも若干年上には見えたが、どちらかと言えば軍人というよりも事務員や、会社員といった趣のある男だった。
俺たちが荷物を降ろし、ヘリポートから出ようとした時、俺はファルクが、しきりに俺の方を見ているのに気付く。なにか用でもあるのかと俺が口を開こうとすると、向こうの方から俺に、丁重ではあるが、好意という物がまったく感じられない冷たい口調で、失礼ですが、と口火を切られた。
「何か?」そう答えた俺を、値踏みするようにファルクは見つめている。
「あなたはカエタナとお見受けします。セルーラと違い、エイジアではカエタナは軍人にはなれない。もちろん連邦本部においても同様です。誠に申し訳ないのですが、あなたに関しましては基地内の建物への出入りを制限させていただけないでしょうか?」
「あんた、俺の部下になんか文句でもあるのか」明らかに不機嫌な響きがクリス大尉から発せられる。
「いえ、ただ、規則なのです。明文化された規則を私個人の権限では撤回できませんので」そう答えたファルクに、クリス大尉はあからさまな侮蔑の表情を向けた。
「軍人っていうより、あんたは官僚向きだな。これから一緒に戦おうって国の兵士にそんな扱いをするのか?」クリス大尉のその言葉にファルクはため息を一つついて、規則なのです、と繰り返す。
「エイジアには、エイジアの法律があり、規則がある。ここがセルーラの基地というならばともかく、あなた方が今いるこの場所はエイジア空軍基地に他ならない。連邦軍規律においては、各国基地の敷地内においては、その内国法に連邦各軍は従うとの一文がある事をご存知でしょう?」小馬鹿にしたような響きを感じたのだろう、クリス大尉はファルクの元まで歩み寄ると、あのな、とドスの聞いた声で口を開く。
「大尉」ラルフ曹長が短い鋭い声でそう呼びかけると、大尉は言葉を続けるのを止め、ラルフ曹長に視線を向ける。
「……ご了承いただけませんか?こんな些細な問題で、両国間の絆にヒビを入れる事は無い。そちらの方お一人のみ、ヘリに残っていてくださればいいのです。食事も燃料もご提供させていただく。もちろん、その人の分もね。ただ、基地内をうろうろされて人目につくと、私どもは困るのです。規律を誰がどの権限で変えたのかと言う話になるので」ファルクのその言葉を聞きながら、俺は怒るというよりも呆れ返っていた。エイジアという国がどんな国なのかは良く知らないが、こんな訳の分からない規則を振りかざしている以上、賢明な国だとはとても思えなかった。
「大尉、自分は構いません。ヘリに残ります」俺がそう言うと、大尉は、何言ってんだ、と苛立ちを隠せない様子で口走る。
「ご本人が構わないと言っているのです。良いではないですか」ファルクはそう言うと、食事はあとでここまで運ばせますので、と嫌らしい笑みを浮かべて俺に告げる。
「……食事はいりません。規則は遵守しますが、俺にも意地がある。あなたからの施しみたいな食事なら、必要ありません」俺が静かにそう言うと、ファルクは唇の端をつり上げ、それはご自由に、と嘲笑まじりに呟く。
「カイル、悪いが、ヘリの警護を頼む」ラルフ曹長が俺の耳元でそう囁いて、大尉を先に基地に向かうよう促し、そして、半ば無理矢理大尉達を先にこの場から離れさせた。数分後に、ヘリポートに俺と曹長とファルクの三人だけが残ると、曹長はファルクに向かって、一礼する。
「あなたが大尉の副官、なのですね。優秀な方とお見受けします。あの方は激情に駆られやすいようだ」そう言い残してその場を去ろうとするファルクに、曹長は、少しお待ち願えますか、と声をかけた。
「何か?」
「私も、激情に駆られやすいタイプでね。国の大義を考えると、この場でトラブルなんぞ起こすのはとんでもないとは解ってるんだが、どうにもあんたの話は鼻につく。ここは一つ、我慢しようとは思うがね。あんたは戦場では長生きしないタイプだよ。部下に背中から撃たれないよう、せいぜい気をつけた方が良い」
「……連邦軍規則に違反する上級者への暴言、と言いたい所ですが、ここは一つ私も我慢しましょう。気が変わらないうちにあなたも基地に向かった方が良い」ファルクは丁寧な口調とは裏腹の敵意に満ちた目つきでラルフ曹長を睨みつけると、そう言い残して、足早に去っていく。
皆が去ってしまったヘリポートで、俺は輸送用ヘリのタラップに腰掛けて、ゆっくりと背伸びをする。
「リーフもずっとこんな気持ちだったんだろうな」俺は思わずそう呟く。滑走路やヘリポートに、殆ど人影は見えない。日が傾きだしていて、薄暗くなったヘリポートから基地の建物を見ると、窓に灯る明かりが酷くまぶしく見えた。俺はリュックの中に入れたままの、リーフにもらった紙袋を開け、スコーンを一つ取り出すと、一口それを齧る。口の中に香ばしい、懐かしい香りが広がっていく。ファルクの言葉でささくれ立っていた心中がそっとやさしく撫でられたような気がした。 |