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国境の空
作:JUS



首都編 22章


「わかった。話そう。そのかわり、取引だ。俺が話したら、あんたも全部話せ」ロイは俺を鋭い視線でしばらく睨んだ後、表情を崩すと、ため息混じりにそう言った。俺は銃を下げ、撃鉄を戻すと、ロイのその言葉に頷きを返す。

「公安部はヨハンの周りの人間については、かなり身元を洗ってる。でも、あいつらの身元を辿っていくと、殆ど全員が三年前の段階で経歴が途絶えるんだ。全員が同じ時期からってのはどう考えてもおかしい。おそらく、あいつらには何らかの繋がりがあって、三年前から活動しているのでは、と公安は考えている。しかも、こいつらは国外の連中と接触している節がある。おそらくは、ボストの連中だろうと俺は思ってる。あんな連中を唆して、メリットがあるやつらって言えば、ボストくらいしかいないだろ?時節柄、さ」F二五はロイの話を聞きながら、小さな声でやっぱり、と呟いた。その声を聞いたロイは、話を一旦止めて、F二五の顔を覗き込む。
「あんたの言ってた奴らと、一緒なのか」ロイがそう言うと、F二五は少し困惑したような様子で、微かに頷いた。
「諜報部の、対国内調査部門の人間で、行方が知れなくなっている人間達がいます。彼らの採用が三年前。諜報部では採用と同時に経歴の徹底した隠蔽工作を行うのです。おそらくは、彼らと、あなたが言っている教団内の強硬派は、同一人物でしょう」

 俺も、F二五も、ロイも、そして、リオも、沈黙する。俺は、どこから話したものか少し考えた後、ロイに向き直って、口を開く。
「俺たちが調査していたのは、ボストの今回の侵攻と同時に行方が知れなくなった諜報部員の連中だ。その連中の中で、教団と繋がりを持っている奴らがいるって話なんだ。それで、教団の集会を監視してた。手間が省けたよ。たぶん、ビンゴだ」俺がそう言うと、ロイは、当っても全然嬉しくないけどな、と真顔で答える。

「俺が内偵を開始したのは四ヶ月前からだ。最初は一般信者として入信して、教団の活動に参加していた。そのうち、教団の内情が解ってくるにつれて、教団内部におかしな連中がいる事に気付いたんだ。集会には全く参加せずに、いつもヨハンの周りにいる連中さ。あいつらはどう見ても信仰心に厚いようには見えなかった。まあ、俺だって人の事は言えないけどね」ロイはそこまで話すと、苦笑いを浮かべて、隣に座っているリオの顔を見る。リオはその視線に気付いているのか、いないのか、静かな彫像のような表情を崩さずに、口を閉じたままでいた。
「で、俺はこいつらの身元をあたって、行動を監視しようと思った。他の信者は単にリオの言葉をありがたがって聞いてるだけだし、実害があるとも思えなかったからな。マークするなら、ヨハンの周辺だろうってのが、俺の考えだった」

 ロイの話を聞きながら、俺はロイの横で黙ったままでいるリオの表情も気にかかっていた。開かれているのに、目の前の何も見ていないような、空虚な表情。自分の教団が、こんな風になってしまった事に責任を感じているのか、それとも、事態の大きさをうまく感じることができずに感情が鈍磨してしまったのか。その表情からは何も読み取る事はできない。
 
 俺の視線に気付いたのか、リオは僅かに顔を上げ、俺の目を見る。
「リオ、さっき言ってた、政府の転覆ってのは、具体的な話なのか」俺の言葉にリオは頷く。
「今朝、ヨハンが私の元に来て、はっきりとそう言ったのです。明日で首都は壊滅する、と」リオは長いため息をついて、目を閉じる。
「何の事だか、すこしも解らなかった。私はもう、嫌だった。言われた台本どおりに預言者を演じるのも、首都を壊滅させるのも」
「だから、ロイに逃がしてくれって頼んだのか」俺がそう聞くと、リオはロイの顔に視線を移す。空虚な表情に、少しだけ悲しみの色が浮かんだように見えた。
「巻き込んでしまったことは、悪かったと思っています。でも、彼以外には、頼れる人間がいなかったのです」そう呟いたリオは視線を自分の膝の上に落とす。

「正直、驚いた。リオから最初に声をかけられたときには」ロイはリオの横顔を見つめながらそう言った。
「気付かれる筈はないって思ってたからな。俺だって公安部員として、それなりに経験は積んでいたし、まあ、バレない自信だってあった。それが、いきなり、警察の人でしょう、なんて言われた日には……」
「びっくりするよな。解るよ」俺がそう言うと、ロイは自嘲するような微笑みを浮かべる。
「それで、俺はリオと教会の裏口から逃げようとしたんだ。その途中で、リオから、政権転覆を教団が画策してるって話を聞いた。どうしようかと考えていたら、いきなり発砲されてあいつらに追われるはめになった」
「で、俺たちと会ったってわけか」俺がそう言うと、ロイは、そうだ、と言って、リオの横顔に、何かを労っているような視線を向けた。

 しばらく黙って話を聞いていたF二五は、俺の顔を見ると、結果的に良かったとは言えますが、と少し強い口調で口を開いた。
「あなたの取った行動は命令に明らかに反していました。ロイとリオが敵ではなかったから良かったものの、これが罠だったら、大変なことになることだってあるんです」F二五は、なんだか今にも泣き出しそうな目で俺を見据えた。俺はその目に向かってなにも言い返せない。俺が目を伏せて、すいません、と小さく呟くと、F二五は、本当に気をつけてくださいね、と繰り返した。俺が手に握ったままだった銃をF二五に渡すと、F二五は無言でそれを受け取って、ハンドバックにしまい込む。

「陸軍は、当然動くんだろ。多分、公安も協力してくれると思う」俺とF二五の様子を居心地悪そうに見ていたロイが、そう言って、場の雰囲気を和ますように笑った。F二五はロイに穏やかな表情を浮かべて向き直ると、はい、と短く答える。
「われわれの上官からはそう聞いています。基地に着いた後、今後の対応を話し合いましょう」F二五のその言葉が終わるか終わらないかと言うタイミングで、俺は車のエンジンをスタートさせた。

 解析基地まで、約三十分といったところだろう。俺は見慣れた景色が徐々に広がっていくのを眺めながら、安堵のため息をつく。その表情に気付いたのか、F二五が、もうすぐですね、と優しく呟いた。
「です、ね。なんだかずいぶん長く首都にいた気がしますよ」俺がそう答えると、後部座席のロイが、俺も同感だ、といって笑った。
「信者のふりも疲れるんだ。バレたら公安なんてどんな目に遭わされるか解ったもんじゃないからな」確かにそうだろうなと思う。俺なんて今日一日一般人のふりをするだけで疲れきってしまっている。そう考えると、公安やら諜報の人間というのは大したものだと素直に感心する。

「ヨハンは、どうなるのですか」小さな、それでいてよく響く声でリオがそう呟いた。正直、ヨハンという強硬派の元締めがどうなるか、俺には見当もつかなかった。良くて逮捕、悪くすれば、暗殺の命令だって出かねない。俺が返答に窮していると、F二五が後部座席を振り返って、口を開く。
「強硬派の破壊活動前に、逮捕できればいいけれど、もし、それが遅れれば、最悪の事態もあり得ると思います」リオは、最悪の事態、というF二五の言葉に、僅かに肩を震わせる。
「……そう、ですよね」リオが哀しげにそう呟く。
「できれば、死人は出したくないって、俺は思ってる。俺の上司も同じだと思う」リオは、俺のその言葉に何も応えずに目を伏せると、しばらく沈黙する。

「兄なのです」沈黙の後、絞り出すようにリオの口から出た言葉に、俺もF二五もロイも、一瞬誰のことを言っているのか理解に苦しむ。
「ヨハン、がか?」ロイがやっとそう口を開くと、リオは俺たちの誰とも目を合わせずに、頷きだけを返した。
「知っている人間は教団にもいません。私と、兄だけの秘密でした」リオは誰に向けるでもなく、そう呟いて、顔を上げる。その顔には、悲しみと諦めが半々に混じったような、見ているだけで痛々しくなる表情が浮かんでいた。







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