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国境の空
作:JUS



首都編 20章


 追手を警戒しながら神経をすり減らして運転を続けるうち、いつのまにか日は沈み、俺たち四人を乗せた車は首都郊外の閑散とした工場地帯を走っていた。どうやら追手に付けられているという訳でもなさそうで、俺は胸を撫で下ろす。もう操業をとうの昔に止めてしまったのだろう、半ば朽ち果てた廃墟のような工場の前に俺は車を止めて、エンジンを切る。
 
 F二五は俺が運転をしている間、俺が助けた二人組に、名前や住所、命を狙われるに至った事情などを聞き取ろうとしていたが、男は自分が警察官だと言う事以外は口にせず、教団の信徒らしき若い女も同様に何一つ話そうとしなかった。やがて気まずい沈黙だけが車中に満ち、F二五はどうにも困り果てたという表情で助手席のダッシュボードに視線を落としていた。
「なあ、いい加減、名前くらいは教えてくれよ。俺たちがあんたらに危害を加えるつもりなら、とうの昔にそうしてるよ」俺がため息まじりにそう言って後部座席を振り返ると、警察官の男が俺を疑わしげな目つきで見る。
「まずは、あんたから、素性を教えてほしい」男はそう呟いて、俺から目を逸らした。弱々しげな陰が男の顔を横切る。
「とりあえずは、国の機関の一員だというところまでしか話せないよ。あとは、あんたらの事情次第だ」俺が呆れつつ、投げ出すようにそう言うと、男は何かを問いかけるように信徒の女の顔を覗き込む。女はしばらく逡巡して、やがて、ゆっくりと頷いた。男は女の顔から視線を俺に移し、しょうがない、と呟く。

「この女性はリオ。ファルト教団の開祖だ。俺は首都警察公安部の巡査部長。皆にはロイって呼ばれてる」思わぬ告白にF二五が驚いたように後部座席を振り向く。言っている事が本当だとしたら、俺たちはかなり面倒な事に巻き込まれたということになる。
「どうして、公安部の警察官が、監視対象のトップと逃げ回っていたのかしら?」F二五がそう言ってロイを睨む。ロイはその視線に弱々しげではあるが、はっきりと視線を返し、事情があるんだよ、と呟く。
「事情?」そう聞き返した俺に、ロイは頷く。
「詳しくは話せないが、公安部の指示で、俺は教団を内偵していたんだ。今日も内偵中だったんだが……」ロイはそこまで語ると、気まずそうに口ごもる。
「内偵中で、どうなったんだ?」俺が先を促すようにそう急かすと、ロイではなく、隣に座っていたリオが頭を上げ、口を開く。リオの長い黒髪と、額で切りそろえられた前髪がわずかに揺れる。
「私は、彼が信徒ではなく、警察の人だと気付いたのです」細い、小さな声で、リオはそう呟く。静かな水面に広がる波紋のような響きの透明感のある声。その声の響きは今日俺が首都中央広場で聞いたしわがれた声とはまるで違っていた。拡声器に通す過程で、声になんらかの操作を加えられていたのかもしれないと俺は思う。

「内偵に気付かれる公安部員というのも、情けない話ですね」F二五が呆れて呟くと、ロイは、俺の技量不足って訳じゃないんだ、と語調を強めてF二五に言い返しす。
「私は、そういうことが、生まれつき、理由も無くわかってしまうことがあるんです」リオがロイの弁解を遮るようにそう言うと、ロイは気まずそうな視線をリオに向け、口を閉じた。
「わかる、って?」俺がそう尋ねると、リオはセルーラ民族特有の真っ黒な髪を揺らし、微かに首を振る。長い睫毛が伏せられ、リオは下唇を軽く噛んだままの表情で黙り込んでしまう。
「俺は、リオから頼まれたんだ。一緒に教団から逃げてくれって」しばらくの沈黙の後、ロイがそう呟いた。

「ジョディ?」俺はF二五にそう呼びかける。
「なんですか?」困ったような、不貞腐れているような、何とも言えない微妙な表情を浮かべたF二五が俺を振り返る。俺は無言のまま、軍用携帯電話をジョディに渡す。ジョディはそれが意味する事に気付いてくれたようで、微かに頷くと、車を降り、声がロイとリオに聞こえないところまで歩いていく。俺の意図が正しくF二五に伝わっていれば、F二五はクリス大尉に現状を報告してくれる筈だ。情けない話だが、今の俺の頭では、クリス大尉に指示を仰ぐ、ということくらいしか、現状の打開策が浮かばなかった。

 F二五が外に出ている間、俺はロイとリオにかける言葉が浮かばず、無言のまま、ハンドルに肘をつき、ぼんやりとフロントガラスの向こう側の夜の闇に目を向け続けていた。ロイもリオも口を開こうとはせず、また、車中に気まずい沈黙が広がっていく。
 
「……あなた、最近、人を撃ちましたか?」不意に後ろから掛けられた声に俺は驚いて振り返る。視線の先には、黒く大きなリオの二つの瞳があり、その瞳は、俺の目をまっすぐに見つめている。
「解るのか?」俺がそう尋ねると、はっとしたようにリオは目を伏せ、はい、と短く答えた。
「さっき、言ってたやつか?理由も無く解るって」俺の言葉に、リオは小さく頷く。
「いつでも、なんでも見える訳ではないのです。時折、目の前に薄い白い膜が貼ったようになって、その時にだけ、いろいろな物が見えることがあります」
「で、今見えたのが、俺が誰かを撃つところだったってことか?」
「はい」リオは、そう答えて、俺に再び視線を向ける。リオの顔には何かに縋るような表情が浮かんでいた。

「あんた、軍人か?」俺とリオの間に、また、気まずい沈黙が広がっていくと、ロイは、重苦しい沈黙に耐えかねたのか、口を開いた。
「まあ、そんなもんかもな」俺はごまかしにもなっていない返答をして、また、フロントガラスの向こうに視線を向ける。開祖だか、教祖だか、俺に取ってはどうでもいいが、心中をいきなり覗き込まれるというのは、気持ちの良いものでは無かった。
「……気を悪くさせてしまいました。ごめんなさい」消え入るようなリオの声が後ろから聞こえた。俺は顔を向けずにかるく右手だけを上げ、その言葉に応える。

 しばらくして車に戻ってきたF二五は、俺の顔を見て、無言で頷くと、後部座席の二人を振り返る。
「上官の許可が下りました。我々の身分、組織について、あなた方にお教えします。すべてではありませんが。」F二五はそう言って、小さな白いハンドバックから一枚の名刺を取り出し、ロイに手渡す。ロイはその名刺を怪訝そうな目でしばらく眺め、やがて驚いたような表情を浮かべ、顔を上げる。
「……俺たちを助けたのは偶然なのか?」ロイの言葉はどうやら俺に向けられているようだった。俺は後部座席を振り返り、半分は偶然だよ、と答える。
「もともとは、俺たちも教団の調査だけが任務だった。調査の過程で偶然にあんたらを助けることになっただけだ」俺のその答えに、ロイは、そうか、と力無く呟く。まるで偶然であった事が残念だと言わんばかりの態度で。

「我々の上官は、できればあなた方首都警察公安部と連携をした調査体制を作りたいと言っています。とりあえず、問題がないようであれば、安全のためにも、あなた方二人を、我々の基地までお連れするように、との事です。どうしますか」そう尋ねたF二五に、リオとロイは、頷きだけで同意した。俺は車のエンジンをスタートさせ、とりあえず、基地への最短ルートの見当をつけ、車を発進させる。

「……どうして、逃げようと思ったんだ?」俺が、ふと思いついてそう聞くと、バックミラーに後部座席のリオが微かに顔を上げる姿が見える。リオは目を静かに閉じ、小さなため息をつく。
「嫌になったのです」まるで世界中の何もかもに愛想を尽かしたと言わんばかりの絶望感に彩られた声で、リオはそう答えた。
「嫌になった?」後ろを振り向いて、F二五がそう尋ねるが、リオは答えを拒絶するように首を振る。その隣で、ロイはリオを心配そうな表情で眺めていた。
「まあ、いいです。基地で、ゆっくりと話をしましょう。気持ちの整理もつけていただく必要がありそうですし」再び前を向いて、独り言のようにF二五がそう言うと、リオは、ありがとう、と静かに答える。

 何故教祖が、命を狙われるような事になってまで、教団から逃げ出すようなはめになったのか。とりあえずは、彼らの身の安全を確保し、折りを見て、リオの口から聞くしかないんだろうな、と俺は考える。暗い表情を浮かべ、下を向いたまま黙り込んでいるリオが、そう素直になにもかもを話す相手ではないことはわかっているのだけれど。











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