1943年7月、北太平洋海戦によって米軍の中部太平洋方面侵攻作戦は中止となり、太平洋上に大きな戦火はなかった。
しかし、米軍の潜水艦はジョストン・パルミラ・ダッチハーバーを中心に活動していた。そしてそれらは日本の生命線たる通商路を脅かしつつあった。
帝国海軍も船団護衛の重要性を開戦後の陸軍との協議で、不本意ながらも認め、海上護衛艦隊を新設していた。だが、恐るべき米国の工業力は凄まじいスピードで新型の潜水艦の数を揃え、攻勢に投入しつつあった。この時期はその序盤とも言える期間であった。
その日、海上湯護衛艦隊所属の帝国海軍駆逐艦「朱雀」は、中部太平洋の某島へ物資を運ぶ輸送船団を護衛していた。
船団は5000t級輸送船1、1000t輸送船3の計4隻の輸送船と、「朱雀」を旗艦にした「薄」「蕨」の2隻の駆逐艦、そして最近になってようやく竣工し始めた改択捉級海防艦1隻の計8隻の小規模輸送船団であった。
船団はトラックまでは大規模な他の船団とともに行動を共にしていたが、そこからは単独行動である。
時折、近くの島等から飛んでくる対潜哨戒機が船団上空をグルグル旋回しては去っていく。単調な航海であった。
旗艦朱雀艦橋
「暇ですなあ。」
朱雀航海長兼砲術長の前田少佐がぼそっと呟く。
「何だ航海長。敵が来ないにこしたことはないだろう。」
そういうのは、船団司令兼朱雀艦長の河内中佐である。
「はあ。それは分かっているんですが。自分は戦艦や巡洋艦に乗りたくて海軍に志願したので、こういう任務はどうも。」
前田少佐は二週間前に大尉からの昇進通達と共に、この「朱雀」着任を命令されやってきたが、元々この時代の少年と同じく、東郷元帥や山本大将にあこがれて海軍に志願しただけに、商船のお守をするようなことは苦手なのであろう。
この時期海軍は戦前からの研究で商船護衛の重要性は頭では理解していた。しかし、やっぱり理性と感情は別物である。そうそう慣れるものではない。
「まあ未だに艦隊決戦を望む者は多い。去年もガダルカナルで長門が敵戦艦を屠ったからな。しかし、俺はこっちの方が好きだな。」
「どうしてです?」
前田少佐は河内中佐の言葉に疑問を持つ。この時代、艦隊決戦を夢見ない海軍軍人は珍しいからだ。
「ここなら戦う意義を見つけられるからだ。」
そう言って、河内中佐は環境から出て行った。
「どういうことだ?」
前田少佐にはその言葉の意味が全く分からなかった。
その日の夜、士官食堂で金曜カレーを食べながら、前田少佐は昼間の意味を考えていた。
「戦う意義・・・・・・・国のために戦う事じゃないのか?」
彼にはそれしか思い浮かばない。
「前田さん。どうしたんです?」
隣に座った男が声を掛けてきた。中華民国南京政府海軍から日本海軍に留学している趙少校(少佐)だ。
南京事件後、中国の対日感情は最悪のレベルだったが、その後は陛下自ら中国戦線での非礼を中国国民に向けて詫びる勅令を出していこう、少なくとも戦前の水準までは戻っていた。そしてかつてのように中国からの留学生が日本に来るようになっていた。
「ああ趙少校。実はな・・・」
前田少佐は昼間のことをかいつまんで話した。
「戦う意義ですか?そうですね。私なら日本の皆さんのように敬うべき皇帝はいません。しかし、今中国は分裂状態です。国を1つにまとめ、国を平和にするために戦うのが、私の意義でしょうか。」
予想していた答えとは違っていた。彼自身のことではなく、河内中佐についての意見が欲しかったのであるが、まあ中国軍人は考えが違うという事はわかった。
「そうか・・・・」
結局、この日の内に彼を納得させる考えは思い浮かばなかった。
夜半。突然警報が出された。
「敵襲!?」
警報が鳴るのはそれ以外考えられない。寝ていた前田少佐は直ぐに上着を着て艦橋に走る。その最中艦内スピーカーが再び鳴り響いた。
「総員戦闘配置!!」
やはり敵のようだ。
艦橋へのラッタルを駆け上がると、既に他の要員は集合を終えていた。
「遅くなりました。」
「遅いぞ。まあいい、これで全員そろったな。では状況を説明する。先ほど、無線連絡で蕨から米潜水艦の物と思われる推進音を探知したという報告があった。誤報かもしれないが万が一を考えて戦闘配置を出した。」
蕨は左端を走っているから、米潜水艦は左舷にいることとなる。
「今の所敵が無線を発信した兆候はない。よって単独行動艦と思われる。」
と、そこで各部署からの報告が上がってきた。
「こちら電探室。電探に感無し。」
「こちら無線室。相変わらず敵のものと思われる無電はキャッチできず。」
「こちら左舷見張り長。潜望鏡の発見報告無し。」
「こちら信号長。蕨からの続報無し。」
「こちら水中聴音室。感無し。」
これでは敵がいるのかいないのか要領を得ない。
「やはり誤報では。」
と、前田少佐は言ってみるが、いないとも断言できるわけではない。
「しかし、蕨の水中聴音員はみな撫子から移ってきたベテランだ。間違えるとも思えないがな。」
水雷長の山田大尉が指摘する。
「撫子」は昭和12年に拿捕された中華民国海軍の平甲板型駆逐艦で、長く新型聴音器や電探の試験艦として使われ、乗員もそれらの機器の扱いに関してはベテランである。その乗員の報告であるから確かに信憑性は高い。
「やむえん。2時間の間になんらかの異変が起きなかったら戦闘配置を警戒配置へ戻す。とにかく、我々の目的は潜水艦を狩ることではなく、輸送船を守ることだ。不用意に戦闘に入ってもいかん。全船に対魚雷警戒を厳重にするよう念を押してくれ。信号長。」
「は、了解しました。」
そして一端幹部会議はお開きになった。
艦橋には前田少佐と河内中佐が残った。
「こうなると、足の遅さが悔やまれますな。」
「仕方あるまい。まさか輸送船の足を上げる事も出来ん。」
船団の1000t級貨物船は全てオーストラリアで建造された戦時標準船である。最高速力は13ノット。巡航速力は11ノットである。船団のスピードはこの3隻にあわせねばならない。
ちなみに5000t級貨物船の「瀬戸川丸」は戦前建造の優良船であるから、最高17ノット、巡航14ノットである。
そして、その後1時間近く何も起こらないまま時間だけが過ぎていった。
「やはりいないのでしょうかね。」
そう前田少佐が言った時であった。
「貨物船瑞洋丸に魚雷接近!!」
無線室からの連絡がスピーカーに響く。
「来たか!瑞洋丸は!?」
「既に回避運動中。蕨からの信号を逸早く受け取ったようです。」
その言葉を確認すると、河内中佐は電話を取る。
「爆雷戦用意!前後部の爆雷班はいつでもいいな?」
「いいです。」
一方、前田中佐も自分の指揮下にある主砲に命令を出す。ちなみに、「朱雀」は元米駆逐艦「シムス」であり、砲塔もアメリカ時代の物を使っている。ただし、後部の一基は降ろされ、ボフォース機関砲を模倣した三式40mm連装機銃に代えられている。
「1,2番砲塔榴弾を装填。3,4番砲塔には撤甲弾を装填。敵潜水艦が浮上した時に備えよ。」
船団は一気に忙しくなった。
「瑞洋丸、魚雷回避しました。」
「こちら水中聴音室。敵潜水艦探知、感3。30度方向。敵潜水艦は全速で逃走中。」
ついに「朱雀」も敵潜水艦を探知した
「機関最大船速!!信号長、最後尾の海防艦に前に出るよう連絡。敵潜水艦は「朱雀」と「蕨」であやる。残る艦は船団を守りつつ予定どおり前進せよ。」
ここで河内中佐は積極攻撃に出た。敵潜水艦の再攻撃を危惧したのだ。
既に「朱雀」は速力を上げ、敵潜水艦に接近しつつあった。
「しかし、アメリカ製の船で追うとはなんとも皮肉ですな。」
「違いない。」
2人がそんな軽口を叩いている間にも、艦は敵に迫る。
「感高まります。敵は前方にいます。距離は1500から1200.」
「前部爆雷用意!」
前部爆雷班は対潜噴進弾の発射準備をする。以前まで海軍の主力前投兵器だった対潜迫撃弾は命中精度が悪く、深度調整も出来なかった。しかし、この陸軍が研究中の噴進弾を基にした三式対潜噴進弾は飛行時の安定性がよく、射程も遥かに長い。
「敵の位置をお願いします。」
班長の横山少尉が電話で聴音室に聞く。
「方位15、距離1150、敵速5から10.深度不明。」
その報告に基づいて信管や発射器の調整をする。
そして。
「てー!!」
6発のロケット弾が発射される。夜空にロケット弾の尾が伸びていく。まるで花火のようだ。
「これが近代戦か。しかし、なんと美しい。」
と言うのは今回噴進砲の発射の様子を見ていた趙少校だ。
だが、その美しさとうらはらに、そのロケットは死を運ぶ。
「弾着今!!」
暗闇で視認出来なかったが、確かに6つの水柱が立った。
「噴進弾の弾着で聴音器はしばらく使えません。ただ圧壊音も確認できません。」
聴温室からの連絡を受け、河内中佐は次の命令を出す。
「艦尾爆雷投射用意!操舵手、先ほど噴進弾を打ち込んだ海域に急げ!それと信号長、後続の「蕨」には前投噴進弾の発射中止を命令。」
河内中佐の矢継ぎ早の命令が出され、それらが次々と実行される。
「すごい。」
前田少佐はその気迫に畏怖の思いを抱く。大尉時代にも戦場に出たことはあった。だがここまでの熱意は見たことない。
ちなみに、「蕨」への命令は噴進弾により再び聴音が効かなくなるのを防ぐ為だ。
「見張り員、油膜、もしくは気泡の確認できるか?」
「この暗さでは無理です。」
昼間なら、油膜を見つけ、それを追っていくなどして敵を追跡できるが、夜間では難しい。
「聴音、まだか?」
河内中佐がせかす。1秒の遅れが敵に反撃の機会を与えかねないからだ。
「速力を落としてもらえればなんとか。」
速度を落とせば、敵に接近するスピードは落ちるが、自艦の機関音は落とすことは出来る。どちらかを選ぶこととなる。
「減速18ノット!!」
彼は減速を選んだ。そして、その効果はすぐ出た。
「敵艦の方位10度。距離300から350.速力10から15.」
聴音が敵を捉た。すぐ側だ。
「敵の上を一気に通過するぞ!!通過したらただちに爆雷投射!!」
そして、艦は敵の上を通り抜ける。
「投射!!」
命令とともに、艦尾から軌条を使って8個、投射器を使って2個の爆雷が海中に投げ込まれる。しばらくすすると、巨大な水柱がそそり立った。
後続する「蕨」も同時に攻撃していた。
「どうだ?」
見張り員が双眼鏡で該当海域を眺める。すると。
「敵潜水艦浮上!!」
損傷して潜水不能になったのか、米潜水艦は浮上してきた。
前田少佐の出番である。
「主砲撃ちかた始め!!」
4門の12,7cm砲が咆える。2発の撤甲弾は外れて水柱を作っただけだが、榴弾は破片をまき散らし、敵に打撃を与える。
「次弾発射急げ!!」
だが、その必要はなかった。一撃が効いたのか、敵は急速にその姿を海面下に消していった。
「敵潜水艦1撃沈確実!」
時間にして約20分。短い海戦であった。
「これより船団に復帰する。」
河内大佐の指示が飛び、「朱雀」はその艦首を船団に向けた。
その後、敵の襲撃はなく、船団は無事目的地に到着した。
輸送船から次々とブルドーザーやショベルカーといった建築用機材と資材が下ろされる。
その光景の隣で、「朱雀」には来訪者がいた。今回護衛した輸送船の船長たちだ。
「このたびは敵潜水艦から守っていただき感謝します。」
「いいえ、こちらこそもう少し早く見つけれれば、敵の雷撃を防げたと思い、申し訳ありません。」
その態度に、前田少佐はどうにも煮え切らない。船長達が帰った後、河内中佐に尋ねる。
「司令、なぜ民間人相手にあそこまで自身を卑下して応対するのです?」
軍人は民間人より偉くて当たり前と言うのが彼の常識であった。
「前田少佐。彼らがもし死んだらどうなると思う?」
「え、名誉の戦死ではないのですか?」
そんなの当たり前と思ってきた。しかし、河内中佐は首を横に振った。
「彼らは民間人だ。戦死ではない。そして彼らには死後恩給が出ることもない。」
その言葉に、前田少佐は衝撃を受ける。そう、民間人である船員達には恩給は出ない。補償はあっても、軍人よりも少ない額しか出ないであろう。そして、船員の家族は路頭に迷う。そんな状況下にあっても船に乗り続ける彼らこそ真の海の男だ。そう思ったからこそ、河内中佐は先ほどのような態度をとった。
そして、ここで戦う意義。それはそのような真の海の男達と共に働け、そして彼らに経緯を払って守れるからに他ならない。彼はそれに気づいた。
「司令。自分は戦う意義を見つけました。」
だが、それに対する言葉はなかった。
「副長。まだ復路があるぞ。船団の安全保持に全力を注ぐぞ。」
「はい!」
その表情には、不満の色は全くなかった。
後に「朱雀」は実に7隻の連合軍潜水艦を屠り、「鯨狩り駆逐艦」の異名を奉る事になる。そして、船員達からはまさに守護神となるのであった。
|