二話:泡吹けど踊らず
緩やかに零れる朝の光も、起き抜けのぼんやりした景色の中でのコーヒーの香りも、
僕の憤慨した気分を晴らすにはいたらなかった。
春先の明け方はまだ少し肌寒いようで、靄の掛かった住宅街を行く人々も息で手を温めていた。
僕は駅へと向かうまばらな人たちに紛れて、行き過ぎる自転車の後ろを眺めては同じように手を温めた。
横に流れる川の藻に、桜の花びらが絡まって桃色の道に水が流れている。
そんな景色を見ても、僕は悶々と、いや、イライラとした気分を払拭出来ずにいた。
※※※
「ふぅ…。仕方ない、鍵くらい返してくるか。」
僕は、一通り窓の鍵を確認して図書室の電気を消した。
いやに静まった校内は、廊下の電気も消えていて夜の闇があたりを包みこむ。
廊下の端の方だけ、微かに光が漏れ廊下を照らしていた。
慣れない学校だから確証は無いが、多分あそこが職員室だろう。
僕は部屋に鍵を掛けると、何も考えなく職員室の扉をあけた。
「失礼します。図書室の鍵を持ってきました。」
「あんた!何回言えば分かるの!図書室は5時半までっていつも言ってるでしょう!!」
50歳くらいだろうか、眼鏡を掛けた女の人が、いきなり怒鳴り散らした。
一瞬、閉口したが僕は今日入学したのだと、思い出した。
「え?すみません。今日、入学したので…。」
「あんた!図書室の壁にも書いてあるでしょう!!しかも、鍵を勝手に持ち出しておいて、図々しいにも程があるわよ!!」
え!?鍵を持ち出すって、僕が行った時には開いてたじゃ…あっ!!!
そうだ!あの女の先輩、僕が入った時には中に居たぞ!?
「ぼ、僕じゃないですよ!女の先輩が中に居たから、多分あの人が持って行ったと思います。」
「んまぁ!あんた!!人のせいにしようだなんてっ!!だったら、その子が来るでしょう!何であんたが鍵もってんのよ!!嘘くらい上手くつきなさい!!!」
「ちょ!僕は持って行けっていわ…」
「あんた!ちょっと、一年生の何組の誰君!?ちょっと来なさい!!」
※※※
今、思い出しても青筋だって来る。
なんで、僕が反省文を書かなきゃならないんだ!
電車に揺られながら、満員具合も相まってイライラを増幅させていった僕は、気づけば学校にたどり着いていた。
あの女先輩、絶対見つけて文句を言ってやる。
新たな決意を胸に、僕は下駄箱で靴を脱いだ。
待てよ?どうやって?
苦くもヤツは先輩だ。名前もさる事ながら、2年生なのか3年生なのかも分からない。
しらみ潰しに、上級生の教室を回ろうか?
効率が悪すぎるし、何か弊害が起こるかもしれない。
「前途多難だ。」
僕は、イライラに任せて教室の扉を盛大に開いた。
「ん?よっ!」
いきなり、扉の前の席に座っている女に声を掛けられた。
ん!?こいつは昨日の先輩じゃないか!?何でこの教室に?まさか謝りに来たのか??
色々な思考が脳裏を過ぎったが、僕の口から出た言葉はアホのような声だった。
「ふぇ?なんで!?」
ぶふっ、っと女先輩は噴出すと大声で笑い出した。
「あははははは!ちょ、ゴメンゴメン!君、面白すぎですよ!私を殺す気なのかね!?」
「な、何がだよ!あ、そんなことより先輩!酷いじゃないか!鍵返すと怒られるの分かってたんだろ!?反省文書かされたじゃないか!!」
「えぇ!?ホントに!?あっはははは!!初日に反省文とか!ちょ、ゴメンゴメン!あとさ〜君、勘違いしてるから教えてしんぜるけどさっ、私このクラスの生徒なんだけど?」
何だか、僕は悲しい気分になって怒りは泡の様に消え去った。
「ぁ・・・。ごめん・・・。ダブリですか・・・。」
「はぁっ!?何それ!?失礼な!正真正銘〜私は1年生なのだよ!ワトソン君?」
その刹那。
僕の中で消えて行ったはずの泡が、お風呂に入れた直後の炭酸バブのような勢いでブクブク泡を吹いた。
あまりの衝撃と怒りと炭酸とその他で、言葉は止まり、ただ彼女を指差して鯉のように口をパクパクさせるのが限界だった。
そんな僕を見て、また彼女はお腹を押さえながら大きな声で笑たんだ。
〜されどゆかしき、恋せよ乙女〜 |