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コメディ短編集

僕の右手にはバキバキに割れたスマホを修復する能力がある

作者:佐々雪
 僕の右手には、バキバキに割れたスマホの画面を治す能力がある。この能力のことは秘密にしている。こんな素晴らしい能力を持っていることを誰かに知られたら、おちおち電車に乗れなくなってしまう。この世界には、割れたスマホの画面に苦しみ、嘆き、悲しんでいる人にあふれているのだ。

 金曜日の夜の、会社帰りの山手線。
 無秩序に空から降ってくる大量の仕事と、上司が神から啓示を受けた任意のタイミングで繰り広げるポップなテイストのパワハラとの二重奏の指揮を終え(これが僕の仕事だ)、週末行きの電車に乗り込む。

 つり革につかまりながら「あ今日はビールとコンビニの焼き鳥で豪遊するか」、なんてことを考えていると、新宿駅で長い黒髪の女性が乗り込んでくる。彼女のフォーマルで高級感のある服装に、くたびれボロボロスーツの自分は、若干のいごこちの悪さを感じる。

 彼女が僕の横に立つと、ふんわりとやさしい香水の香りを漂ってくる。横顔が視線に入る。凛々しい顔立ちをした、実に美しい女性だ。

 彼女は高級ブランドのバッグから、スマホを取り出した。そして物憂げな表情で、そのスマホを眺める。

 決して盗み見していたわけではないのだが。たまたまそのスマホが視界に入る。僕は驚愕する。驚愕して二度見する。彼女のスマホの画面は、今までみたことがないくらい、バキバキに割れていたのだ。これで画面は見られるのだろうか。LINEをしていても、オークションをしていても、等しくバキバキの画面しか見えない気がする。

 しかし、どうやったらこんなにバキバキになるのだろうか。160キロくらいの速度で、スマホをコンクリートの地面に叩きつけたのだろうか。そうとしか思えない。

 こうも見事にバキバキだと、思わず自分の能力で治してしまいたくなってしまう。でも、もちろんそんな妙なことはしない。「マドモアゼル、そのスマホの画面、僕の能力で治してしまいましょうか?」なんて声をかけられるはずがない。この東京砂漠では、そういう距離感のないアクロバティックな声掛けのことを事案と呼ぶ。そういうトレンドがある。だから僕はうずく右手をポケットに突っ込み、ポケットの中のコインで手遊びをして気を紛らわせることにする。

 そのとき不意に、社内アナウンスが入る。
 「急停止します。つり革にお捕まりください」
 アナウンスと同時に、電車は急に止まり、立っている乗客の多くはバランスを崩す。

 彼女もその一人であった。電車が急停車した拍子に、スマホを床に落としてしまう。スマホは僕の足元に転がってくる。僕は急いでそれを拾い上げ、そして……思わずやってしまう。

 バキバキの画面を、右手でそっとひとなで。
 そう。
 僕は能力を使って、スマホの画面を治してしまったのだ。

「ど、どうぞ」

 やってしまった……。
 青ざめながら、僕は彼女にスマホを渡す。

 彼女は会釈をして、それからスマホを手に取り、画面を凝視する。バキバキの画面がきれいさっぱり治っていることに驚いているようだった。彼女は不審そうな面持ちで首をかしげながら、ぽちぽちとスマホをなぞりはじめる。すると彼女は突然、その両目から、ぽろりぽろりと涙を流しはじめる。凛々しい顔からこぼれおちる涙は、宝石のようにもみえる。

 何があったのだろう、なんてことを考えていると、思わず目があってしまう。視線をそらす。そして視線をそらした先に、彼女のスマホの画面がある。

 そして思わず見てしまう。
 彼女のスマホに着信のあった、LINEのメッセージを。

「好きな人ができた。だからずっと連絡できなかった。ごめん」

 僕にはスマホの画面のヒビは治せても、心のヒビは治せない。心のヒビは、ちょっと手でなぜたくらいで、つるつるにできるようなものではない。僕の能力は、この世界では思ったほどの役には立たないようだ。

 僕がうちひしがれていると、電車が渋谷駅に到着する。彼女はそこで降りていく。彼女はホームに降りると、ひと目もはばからず、スマホを160キロくらいの速度でコンクリートの地面に叩きつけた。

 何もかもが思い通りにならない世界だけれども、画面がバキバキになった経緯だけは、たぶん想像した通りだった。

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