闇より黒い(6/6)縦書き表示RDF


闇より黒い
作:狼之羊



第五話 再起


全てが手遅れだった。
帰り着いた故郷はもう跡形もない荒地だった。
一度だけフウマは天を仰いだ。
過ぎた時間が戻って来るのを待つように、長くうつむく事はなかった。


サソリは魂が抜けて落ちたように、しばらく身じろぎもしなかった。
夜になって肌寒くなったのを気にして、シュンが燃え残った毛布を探してきてサソリの肩にかけたのにも気が付いてないようだった。
犬神の集落は壊滅していた。
砲弾に石積みは原型もないほど破壊され、家の家具は残らず炭になっていた。
サソリとシュン達、生き残りの兵が村に、いや、村だった場所に戻ってきたのはフウマが辿り着いた次の日の昼だった。
出兵した犬神族百名は六十名に、獣神族三百名は百五十名に減っていた。
フウマは一度サソリとシュンに顔を見せたきり、どこかに出かけてしまってここにはいない。
「……この一大事にどこ行きやがったあいつ。」
シュンはサソリの傍に控えて呟いた。
その声もサソリには聞こえていないようだ。
サソリはこの村を守る事に命を懸けてきたつもりだった。
夫から引き継いだこの地を死ぬまで見守り果てるつもりだった。
村が焼けただれて原型も留めない今、どうして自分は生き延びているのだろう。
夫の代わりのように大事にしていた銀獅子のつい立も燃えて残っていなかった。
いっそ自分も一緒に燃え尽きたかったとさえ思う。
「村長!村長!ウォルだ!!」
シュンの叫び声にサソリは少し眉を動かした。
村の自警を一手に引き受けるウォルは、実力者だが万一のために村の警護に残していたのだ。
ウォルは疲弊しきった顔をしていたが、怪我もなく、彼本来の明るい表情を失ってなかった。
「村長、すいません俺…任されたのに村をこんな有様にして…。」
ここまで走ってきたのだろう。まだ肩で息をしているウォルは息を整えながらサソリの前にやって来た。
「でも、全滅はしてません!集落に残っていた女子供は、ほぼ守りきって魚神族の集落にまで送り届けました。ここに踏みとどまった自警団の連中はかなりやられましたが、五十名は生き残りました。多分自主的に逃げた奴等もいるはずです。だから見た目ほど犠牲は出ていない…。」
「もう、いい。」
サソリが息を吐くように呟いた。
ウォルとシュンがじっとサソリを凝視する。
「私は、村をこんな姿にした馬鹿な村長だ…。そんな報告を私にしないでくれ。」
「…しっかりしてくれ村長!済んじまった事なんだ。あんたがそんなんじゃ死んだ皆が浮かばれねぇよ。」
シュンの言葉に一瞬サソリに自嘲的な笑みが浮かんだ。
「そうだな。私ばかりがのうのうと生きていては皆に悪い。死んで詫びたいよ…。」
「…村長!」
ウォルがさらに言い募ろうとした時、肩をガッと掴まれた。
フウマがいつの間にか戻ってきていた。
「ウォル、生きてたんだな。」
「はい、フウマ様。…村はこんな事になってしまいましたが、多くはここから一番近い魚神族の所に避難しました。」
言い終わってフウマを見上げた瞬間、ウォルは思わず目を見開いてしまった。
かすかにフウマが微笑んでいる。
「…そうか。良かった。」
微笑んでいたように見えたのは一瞬で、瞬きした刹那には無表情のフウマに戻っていた。
休まず全力疾走して戻って来たせいで、目が疲れて幻覚を見たのかもしれない。
ウォルは表情を失ったフウマ六歳の時から十年間、彼の笑った顔を見たことがなかったのだから、そう思うのも無理はなかった。
「あ、この馬鹿フウマ!どこ行ってやがったよ。」
「悪い。」
素直に謝られてシュンは面食らった。
こんな戯言はもちろん黙殺されると思っていたのだ。
会ってなかったのはほんの一日半だというのに、フウマの雰囲気はどこか変わった。
「村長、この大事に傍を離れてすみませんでした。」
そう言ったフウマの横から、黒髪の小さな頭がヒョイッと現れた。
「サソリ様、フウマがここ離れたの私達を迎えに行ってたせいなんです。フウマを怒らないで下さいね。」
「ルリちゃん、無事だったのか!焼けちまった陣の中を随分探したんだぜ。」
ルリは満面の笑みをシュンに返した。それだけで空気がガラリと明るくなる。
シュンは普段通りに振舞っていたつもりだったが、本当に自然体のルリを見て、自分が必死で空元気を振りまいていただけだという事に気が付かされた。
思わず苦笑する。ルリは自分の村を焼かれここに逃げ延び、そして今度は逃げ延びた村も壊滅したというのに、普段のように自分に笑いかけたのだ。
この少女は大物だ。
「私達、フウマの速度には到底付いていけないから、別行動でゆっくり村に進んでたんですよ。みなさんは多分急いで追い越されたから気が付かなかったのかも。私達も追い抜かれたの気が付かなかったですし。」
シュンは少し首を傾げた。
急いでいたからといって、人間の残党に注意しながら進んでいたのだ。
犬神の嗅覚がルリ達を捉えなかったのは少し不思議だった。
「…ルリ、お前には悪い事をした。」
かすれた声でサソリが言った。
このかすれは戦場で声を嗄らして叫んだためだが、まるで一気に老けてしまったようで痛ましかった。
「好きなだけこの村に居れば良いと言ったばかりなのに。村が壊滅するとは……。」
ルリは真っ青な顔をしたサソリをじっと見返した。
そして、珍しく遠慮がちに口を開いた。
「…そんなに心を痛められているサソリ様の前で言うのは難ですが、私は村がなくなる前と少しも気落ちしてませんよ。」
サソリの顔は険しくなった。
思わず皮肉口調に言い返している。
「異民族のお前だ。犬神の地がなくなろうとそう心痛むものでもないのだろう。」
ルリは優しげに笑い返した。
「サソリ様、私もここに来る前は村どころか、両親も村の者も全て失いました。」
サソリはハッとして口をつぐんだ。
その事実を忘れたわけではなかったのに。
ルリの明るさを見ている内に、その事実が遠くに追いやられてしまっていた。
ルリは優しい笑顔のままだ。それが返って自分の言葉の無用心さを浮き彫りにする。
その瞬間、長い眠りから醒めたように、ようやくまともな思考力が戻ったような気がした。
「すまない。どうかしていた。何て愚かな事を…」
「いいえ。実際、自分が生まれ育った村でないから、気落ちも少ないのだと思いますよ。私も自分の村に帰れない事を納得するのに随分苦労しましたから、皆さんが今どんなに辛いか少しはわかってるつもりです。」
サソリもシュンも、みんなルリを見返したままじっと聞き入っている。
「私、昔から明るいだけが取り柄だってよく言われてました。お父さんもお母さんも常に前向きでいられるのが私の最大の長所だって。だから逃げる時、決めたんです。生きてる限り後ろは見ない事。前だけ見て生きて行く事。」
暗く寒い風が吹くこの荒地を、ルリの朗らかな声だけが響き渡っていた。
ルリの笑顔はこの信念に裏打ちされているから、こんなに強い。そしてあんなにも眩しく光るのだとシュンは思った。
「せっかくこんなに生き残ってるんですよ?これからどうするか、何をして生きるか。楽しい事考えましょう!」
ルリが明るく言った。
サソリは目を細めて、懺悔するように何度も何度も頷いた。


「村長、この地は捨てましょう。」
フウマがキッパリした口調で言った。
シュンは驚いてフウマを見た。提案の内容にではなく、フウマが方針を提案するという事自体に。今までそんな事は一度もなかったのだ。
「集落を作るには犬神の一族はあまりに少数民族となってしまいました。これからは各民族に身を寄せて生きていくべきです。」
サソリもポカンとした顔で相変わらず無表情の息子を見守っている。
「そ、そうだな…。少数で森の最前線にいるのはあまりに危険だ。そうするしか…ないだろう。」
「サソリ様、サソリ様。私も提案があるの!」
楽しそうにルリが手を上げた。
サソリはまだポカンとした顔のままルリを見た。
「あのね、犬神族のみんなって足が速いでしょう。村同士の連絡係になればいいと思うの!」
「連絡係?」
ウォルが聞き返す。
「この敗戦の原因は、人間の作戦を読めなかった事だけじゃありません。最大の原因は兵力不足です。」
フウマがまたキッパリ言った。
ルリ以外の三人は開いた口が塞がらないほど驚いている。
だいたい、こんなにハキハキと長い言葉を述べるフウマを見るのは初めてだ。
シュンはどうしたお前、と言いそうなのを途中でやめて気を取り直して同意した。
「確かにフウマの言うとおりだよ村長。人間はそれこそ湯水のように兵が居る。一つに団結しているからな。俺達は民族同士、疎遠な奴等もいるし、悪くすれば対立してるような民族もあるじゃねぇか。これまではそれでも均衡が取れてた。でも、人間の扱う武器があんなに改良された今、俺達だって変わっていかねぇと滅ぼされるの待ってるようなもんだ。」
嬉しそうにルリは頷いた。
「そう!だから犬神族が各地に散らばって、皆をまとめるの!」
まとめると一口に言っても、大変に実現困難な事だが、夢のある提案だ。
故郷を失って打ちひしがれる者にはこれ位が丁度良いに違いない。
サソリはフウマとルリを交互に見つめた。
「二人でこの考えを思いついたのか?」
「はい。フウマが迎えに来てくれて、ここに辿り着くまでに話してたんです。」
「思いついたのはルリですよ。」
「どうすれば犠牲が減るかって聞いてきたのフウマだよ。」
ルリが来てからというものフウマの変わりようは著しかったが、今日ほどその事を実感する事はなかった。
フウマの止まっていた時間が動きだしたのだ。
サソリはそれを肌で感じた。
「村長、どうする?」
決断を促してきたシュンに頷きかけると、サソリは立ち上がった。
「集合!!」
のどが嗄れて痛いはずなのに、張り上げたサソリの声には力がみなぎっていた。
思い思いの場所でぼんやりしていた犬神兵がサッとサソリの前に集まった。
「我等はこの地を捨て、それぞれ他民族の村へ移ることとする!」
サソリは兵一人一人の顔を見渡した。みんな失望と疲労で、死人のような顔をしている。
「だが忘れるな!ただ移るのではない。我等の機動力を活かし、それぞれの村の交流を促すのだ。我等異形の民も団結しなければ生き残っていけないことを各民族に理解させ、人間に対抗するのだ!それをこれから我等の使命として生き抜いていこう!」
兵達はにわかに顔を上げ、ざわつき始めた。
ざわめきはやがて歓声となり、大きな雄叫びとなって森を駆け抜けた。


夜中、月明かりの中を忍ぶように立ち上がったルリをフウマは見ていた。
明日にはここを出て、魚神族の村に行って生き残りの犬神族と合流する予定である。
今夜は各々、枯葉を大量に集めて敷き詰め布団代わりにしたり、大きな石を風除けにして野宿していた。
フウマは仮眠を少しとった後はずっと見張りに起きているつもりだったので、一人背の高い木に登り、気配を探っていた。
そこへ、ルリが一人で村の焼け跡に歩いていくのが見えたのだ。
フウマは音もなく木から降りた。

ルリは月明かりが最も良く照っている場所で何か作業をしていた。
明かりが欲しかったらしい。
「…何してる?」
フウマが音もなくルリの後ろまで来ると言った。
ルリは心底驚いたようで、飛び上がった。
「やだ、フウマ!脅かさないでよ!」
他の者を起こさないように、ルリは小声で怒った。
「それは…」
ルリの手に握られているものを見て、フウマは口をつぐんだ。
ゴツゴツしたルリの人差し指の長さほどもある牙が二本、その手に握られていた。
こんなに大振りな牙の持ち主は獣神族しかいない。
それですぐに誰のものか予測が付いた。
「ドリアムの牙か。」
「…うん。」
目の裏には凄惨な姿になったドリアムがまだ焼きついている。
好きな者達を守るために命を捧げた青年。
遺体は彼が死んだあの荒地で焼いてきた。異形に死者を埋葬する習慣はない。死ねば体は物であり、木や枯葉と同じように火にくべる。
焼くのも、腐って腐臭がしないようにするための処置だ。
フウマは村へ急いで立ったので、ドリアムの遺体を燃やす所を見届ける事は出来ず、ルリが牙を抜いて持ち歩いているのも知らなかった。
「犬神族は呪術とか信じるのかな?」
唐突にルリが聞いた。
「呪術か?やった事もないし、見た事もない。人間がやるものだと聞いていた。」
「そうなんだ。私の村ではね、普通に行われてたんだよ。父は占い師だったの。昔から病気をするのは体の中に悪い精霊が入ったからだと信じ、占い師や呪術師が処方したの。それで父は薬にも詳しかった。」
親の事についてルリが詳しく語るのは初めてだった。
フウマは静かに聞いていた。
「私の村では死んだ者の魂は口から出て行くとされていたの。だから、牙は最後に魂が通った所とされて、形見に持っていると守ってくれるって言われてた。」
そう言って自分の持っている短剣を抜いて、ドリアムの牙に当てた。紐を通すための穴を開けようとしているのだ。
「…貸してみろ。」
フウマは牙に爪を突き刺した。あっという間に小指の先程の大きさの穴が開く。
ルリは医務用のテントにあって火の手を逃れた、なめし皮を紐状にしたものを取り出した。
開いたばかりの穴に紐を通し、二つの首飾りにした。
「はい、フウマ。」
その内の一つをルリがフウマの方に差し出した。
「え…っ」
フウマは硬直して差し出された牙の首飾りを見た。
まさか自分のために作っているとは思わなかったのだ。
フウマが動かないので、ルリが「いらない?」と不安そうな顔で覗き込んできた。
フウマは少し慌てて「いや、もらう。」と首飾りを受け取った。
「一つはフウマに。もう一つはガラン先生にと思ってたんだけど、先生はもう老い先短い老人だから守ってもらう必要はないって言うの。だからこっちは私が付けてる。」
そう言うと、残ったもう片方の首飾りを自分の首に掛けた。
華奢なルリが付けるには、ドリアムの牙はいかつ過ぎるようにも見えたが、同時に頼もしくも感じた。
フウマは呪術など全く信じないが、その牙には本当に守ろうという意志が宿っているように見えたのだ。
「これを見ると、気が引き締まる。」
フウマが手の中の冷たい牙の感触を確かめながら言った。
この牙の持ち主には多くのことを誓ったばかりだ。
俺には良い戒めだと思った。
ただ憎しみで戦うのではなく、戦いは守るためにあるのだということを忘れないための。
ドリアムの元を離れて村に向かう途中、色々な事を考えた。
自分の守りたいものは何か。どうしたら守れるか。
それを考えながら走っていると、人間への度し難い憎悪は浮き上がってこないのだった。
「ほら、フウマも首に掛けて。」
ルリに促されてフウマはそろそろと首に掛けた。
恐る恐るになってしまったのは、これを掛けると一つ懸念が生まれるからだ。
ルリが嬉しそうにその懸念をズバリ言い当てた。
「おそろいだね。」
「……。」
シュンに見られたら、何てからかわれるか分かったものじゃない。
ましておそろいじゃ、他の誰から見てもそういう・・・・関係に見られるだろう。
かすかに青くなったり赤くなったりしているフウマをルリは不思議そうに見ている。
牙はまるでそんなフウマを笑うように、月明かりに照らされてツヤツヤと光っていた。















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP


小説家になろう