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闇より黒い
作:狼之羊



第三話 出兵


石を叩く、かん高い音が聞こえている。
叩く所が芯を捉えていれば、石でもこんなに澄んだ音を出す。
フウマは軽く汗を拭った。
朝から石を積んで叩く事の繰り返しだ。
今朝、自警に向かうウォルを見送ってから、ずっとこの作業に掛かり付けである。
壊された石積みは、かなり多かった。
フウマは再び石を打ち込もうとして槌を振り上げたが、近付いてくる気配に顔を上げた。
よく焼いた鳥肉の香りがする。
昼食を運んできたらしい黒髪の少女は、フウマを見て微笑んだ。
フウマは、表情を変えずに、しかし、ゆっくりと槌を置いた。


「…さてと。」
サソリは気を取り直して玉座に座りなおした。
あれだけの黒煙が上っていた家の中だったが、予想外に無事な家具が多かった。
玉座も焦げてはいるが、座れないほどではない。
サソリが最も喜んだのは、獅子の絵のつい立が丸々無事だったことである。
すすを払うと、銀色の美しい毛並みを持つ獅子は、以前と変わらないように玉座の後ろで堂々とした佇まいを醸している。
目の前にはクルリが正座して、こっちを見上げていた。
「クルリ。お前は昨夜の襲撃に使われた武器を知ってるって?」
いかにも気弱そうな仕草の割りに、クルリの赤銅色の目はよく見るとまるで奥に炎が燃え上がっているようで、不敵だ。
外見は二十代後半といった所だが、ルリの両親に仕えていたというから、もっと年はいっているのかも知れない。
「は、はい。多分あれは、大砲と呼ばれる物だと思います。」
「たいほう?」
クルリは弱々しげに頷いた。
ルリ以外の者に接すると、いつもこの態度だ。人見知りが激しいのだろうか。
「鉄の弾丸を打ち出します。威力は矢の何倍もあって、他に鉄砲という物もあります。」
「てっぽうってのは、どんなのだ?」
「大砲をもっと小さくして、弾丸の飛ぶ速度を上げたようなものです。至近距離で撃たれたら、鉄の鎧も貫きます。」
サソリには、鉄の鎧の耐久度がそもそも分からなかったが、堅い物の例として引き合いに出したのだろう。
この樹海に鉄という鉱物は存在しない。人間の武器は鉄で作られているという認識があるだけである。
「……クルリ、あんたは何故そんな情報を知っていたんだ?」
つい立から突然、シュンが口を挟んだ。
シュンはフウマが森に出ない時は、常につい立の裏に張り付いて待機している。
サソリはそれでフウマが今日、自警に出ていない事を知ったのだ。
クルリは、どう答えるか迷った風に目を瞬かせていたが、やがて訥々と呟いた。
「……もう、亡くなりましたが、私を育ててくれた祖父が、教えてくれました。大昔の人間が使っていた武器は、もっと、複雑で殺傷力の高いものだったのですよ。」
シュンもサソリも、顔を見合わせた。
「大昔って…、あんたのじいさんだろ?どの位昔だ?」
「……翼神族の寿命は長いのです。とてつもなく、長い。私は、人間の進化と退化の繰り返しをずっと記憶しているのです。」
伝説の一族、翼神族。
クルリの言葉に、何か言い知れないものを感じて、シュンも質問を続けられなかった。

サソリにはもう一つ、気になることがあった。
「クルリ、どうにも解せなかった事が一つあるんだが。」
「はい。」
「犬神族が人間の襲撃に気が付かなかった事など、この長い戦の歴史でも一度もありはしないんだが、今度の襲撃は石積みが壊れる音がするまで誰も気が付かなかった。」
犬神族は嗅覚と聴覚に特化した一族である。
人間の臭い、足音、金属の擦れ合う音。気付く要素は幾らでもあったはずだった。
「それは…私にも分かりかねますが…。」
クルリは萎縮してうつむいた。
人間が気付かれず森に侵入する技を手に入れたのだとすれば、新しい武器よりもずっと一大事だ。
「……近いうち、大きな戦になるかもしれないな。」
サソリは苦々しい顔で呟いた。
「……。」
クルリは不安げにうつむいて、何も答えなかった。


肉に食らいついていると、周りでフウマと同じように石積みの修復をしていた男達が、好奇の目でこちらを見守っているのが見えた。
どこか、もっと離れた所で座ればよかったとフウマは思った。
いやしかし、離れていれば、それはそれで好き勝手に噂の種にされただろう。
「おいしい?」
周りの視線も構うことなく、ルリが聞いてくる。
相変わらず無邪気で、何の屈託もない笑顔を見せているが、もうこの笑顔がフウマをイラだたせる事はなかった。
ルリの心の傷を見てしまったからだろうか。
昨夜のルリを思い出すと、苛立つのとはまた別の感覚で、少し頭がうずいた。
「ねぇ、フウマさんってば。」
フウマがいつまで経っても答えないので、ルリがもう一度言う。
「…さん付けはやめろ。」
フウマは肉の感想の代わりにそう言った。
シュンが、ルリはフウマと同じ十六歳だと言っていたのを思い出したのだ。
ルリは頷いて笑った。
「じゃあ、私の事も呼び捨てで…ってフウマは初めて呼んでくれた時から呼び捨てだったか。」
「…っ!」
フウマは思わず、息を詰まらせた。
昨夜は夢中で気付いていなかったが、自分がルリの名を必死で呼びまわっていたのを聞かれたと思うと、無性に恥かしくなった。
一方ルリは、言われずとも慣れたらさん付けをやめるつもりだったのか、すでに違和感なく呼んでいる。
さっきから一度も目を合わせないフウマの顔を覗き込む。
覗き込むルリを避けるように、さらにフウマは顔を背ける。
「…フウマはもしかして、照れ屋さんね?」
「…はあ!?別に照れてなんか…っ」
弾かれたように顔を上げる。
フウマは一瞬ルリと顔をあわせたが、気まずそうにすぐまた背けた。
ルリはそんな様子のフウマを見て、変なの、と声を上げて笑った。


凄まじく不機嫌なフウマを見て、シュンは一瞬、声を掛けるか躊躇した。
フウマは、自室に引っ込もうという所だった。
広い村長の家の中でも、一番小さく玄関に近い部屋がフウマの部屋だ。
寝るためのベッドと着替えを置く小さな棚の二つしか物はなく、実際寝るのと着替える事にしか使われていない。
「こ、今度はどうしたお前……?」
フウマは少し目を上げてシュンを見、また不機嫌そうに宙を睨んだ。
「……俺は、あの女が嫌いだ!」
「……それ聞くの二回目だけど。」
しかも一回目より言い方に力がこもっている。
「噂のルリちゃんは?」
「…まだ石壁の所にいるだろ。」
「置いてきたんか。」
刺さるという表現がぴったりな目線で、フウマはシュンを睨み付けた。
シュンは思わず引きつった笑いを浮かべる。
「何で俺がいちいちあいつを連れて帰らなきゃならない?!」
「え、いやー、ほらー…、何かルリちゃんフウマに懐いてるじゃんか。」
一瞬、フウマの表情が固まった。
おや?とシュンは思った。
「…バカにしているの間違いだろう。……そうだ、あの女、完全に俺をからかってる。」
最後の方は独り言らしい。ブツブツと呟きながら、しかしフウマは手持ち無沙汰なのか、やはりルリを迎えに行くの気なのか、玄関の方に歩き出した。
「お、おい、フウマ……。」
シュンが追いかけて行こうとすると、突如、玄関口が騒がしくなった。
数人が何か言い争っているようだ。
一人は村長の家に何人かいる従者の者で、もう一人は聴覚のいい犬神族には耳障りなほどの大声の持ち主だった。
「失礼するぞ、サソリ殿!」
地鳴りのような腹に響く低い声と共に、大男がかがみ込むように家へ入ってきた。
獣神族長じゅうしんぞくおさガブ殿!」
大男を見たシュンが声を上げた。
ガブはシュンとフウマに軽く目礼し、のっしのっしと玉座の部屋に歩いて行った。

ガブは床にドシンと座り込むと、挑戦的な目線でサソリを見上げた。
年は四十辺りだったはずだが、腕や脚の筋肉は丸太のように太く、日に焼けた赤い顔をしている。この薄暗い森でこんなに日焼けをするのは、彼等、獣神族が好んで岩場に住んでいるからだ。体は普通の人間より二周り程も大きく、鈍重だが、非常な怪力を持つ一族である。
しかし彼等の最大の特徴は、肉体的なものよりも、精神的な所にあるとサソリは思っている。
飽くなき闘争心。
とにかく好戦的なのだ。
「聞いたぞ。昨夜人間の襲撃で、大きな被害があったと。」
森の入り口に村がある犬神族は、各一族へ人間の情報を伝令する事が義務付けられている。
昔々の一族会議で決まった事だが、この会議で決まった事は逆らえない。
「…大きな被害と言っても、死人は一人も出していない。」
「そこだ、サソリ殿。貴君の甘い所は。」
ガブは蓄えられた立派な顎鬚を撫でた。
「死人が出なければいいという問題ではない。報復攻撃を行うべきだ。獣神族からも戦士を合流させよう。なんなら、わし等だけでもいい。人間に身の程を知らせてくれる!」
クルリはガブから逃げるように端に移動している。
シュンとフウマも開け放たれたままの扉から、中の様子を見ていた。
いつもなら、この剣幕を押さえるのに四苦八苦する所だが、今回は確かに攻撃を行うべきかもしれないとサソリは思った。
「確かにここで攻撃しないと人間に勢いづかれるかもしれぬ。新しい武器も実際ぶつかってみなければ対策の立てようがない。」
サソリは自分に納得させるように頷いた。
「決まりだ、ガブ殿。犬神族は報復攻撃を行う。獣神族の援助、痛み入る。」
ガブは満足気に笑った。
「そう言ってくれると信じていたぞ。村のすぐ近くまで、三百名の戦士を連れて来た。」
すでに三百名も。
もしサソリが断っても、その三百名で襲撃をするつもりだったに違いない。
早い方が効果的だろう。
戦士の編成を今夜にも始めようと、サソリは思った。


村長の家の二階からは、村の全体が見渡せる。
ルリとクルリは、最初に寝かされていた二階の部屋をそのままあてがわれていた。
客が来る機会が多いのだろう。客間として空室になっている部屋はまだまだ沢山ある。
夕方になると、村長の家の前には屈強な体つきの若者が続々と集まってきていた。
報復攻撃が始まるのだという。
ルリの暮らした地では、農耕が盛んで、収穫期は実りに感謝し、種植えの時期には豊作を祈り、
村の中で子が生まれれば、幸多き人生を神に祈願し、新しく結ばれた夫婦があれば、切れることのない愛を誓い合わせた。
そこでは人間も異形もなく、戦などお伽話のように思っていたものだ。
あの夜、ルリの村が襲撃を受けたことは、まさに想像もつかない事だった。
「ルリ様、私もようやくこの村の事がわかってきました。ここは人間との戦の最前線なのですね。」
クルリの顔は暗かった。
危険な地にルリを運んでしまったという自責の念に駆られているのだろう。
「これからこの村の人たちは人間の里に攻め入るの?」
獣神族との対談の様子を聞いたルリはそう尋ねた。
クルリは頷く。
やはり、お伽話のように感じられた。
「彼等は何故戦うの、クルリ。」
「……。」
クルリは答えない。
どう答えても、ルリの満足できる回答はないと思った。
「私には、わからないよ。」
人間と異形の何が違うのだろう。
力に差があろうと、姿が違かろうと、同じように子を成し、生活するのに。
戦に、何の意味があるのだろう。
お伽話に思えるほどの知識では、何もわからない、とルリは思った。
「ねぇ、クルリ。」
クルリは顔を上げてルリを見た。
陽炎を封じ込めたような赤銅色の瞳にルリの黒髪が映る。
「私も参加できないかなぁ。戦。」
クルリは息が止まったような顔をした。
日が落ちていく。
じきに、兵の編成が始まるだろう。


真っ暗な夜だった。
新月だ。
その濃い闇を松明で照らし、編成は行われていた。
大規模な編成を行うのは村長になって初めてのことだった。
サソリは少し緊張して、玉座に座っていた。
百名連れて行く。
志願してきた戦士の一人一人を見て選ぶのだ。
先頭を犬神族が進み、後ろから獣神族がついて来る形を取る。
前の犬神族は、人間の統制を崩し、撹乱する。
浮き足立った人間を後ろからやって来た獣神族が踏み潰すのだ。
なるべく身が軽い、足の速いものを選抜しようとサソリは思った。
隣でシュンが緊張感なく、くわぁとあくびを漏らしている。
シュンとフウマは戦場で直接百名を指揮する者として、編成に組み入れられていた。
二人してサソリのすぐ後ろに控えて編成に立ち会っている。
「あいよ、次の奴いらっしゃい。」
「……おい、シュン。もう少し緊張感を持って取次ぎの役をしてくれないか。」
面接を終えた者と扉の外で順番を待っている者を入れ替える役はシュンがやっている。
「村長、誰も彼も緊張してたら、間が持たないぜ。いーのいーの、俺くらいのが一番。」
サソリはフッと口元に笑みを浮かべた。
確かにその通りだろう。
シュンのようなタイプが戦場では一番強いのだ。
シュンが扉を開け、次の者を呼び込もうとして、素っ頓狂な声を上げた。
「えっ!?何してんのルリちゃん!」
ルリという言葉に、今まで人形のように動かなかったフウマが目をむいた。
立ち尽くしているシュンの横をヒョイとすり抜けて、小さい人影が部屋に滑り込んできた。
「こーんばんわー!」
元気一杯にルリは挨拶した。その朗らかな声とは裏腹に、場が凍りつく。
そっと、その後ろから、クルリのヒョロリとした細い体躯がルリを追いかけ部屋に入ってきた。
サソリが呆気に取られて、口を開こうとすると、それよりも先にフウマが噛み付くように叫んだ。
「何しに来た。村長は兵の編成で忙しいんだ、くだらない用なら放り出す!」
サソリはフウマの剣幕にも呆気に取られて、両者を交互に眺めた。
悪びれもせずルリは笑う。
「まぁまぁ、そう怒らないでよ、照れ屋さんのフウマ。」
「おっ…、お前、まだ言うか!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
本人は気付いていないが、その反応は照れ屋そのものだ。
「いや、でもルリちゃん、マジでダメだって。今晩中に編成終わらせて、明日の早朝には出兵すんだからさ。」
シュンが扉を開けたまま言う。
ルリはシュンに微笑み、サソリへ顔を向けた。
「サソリ様。どうか、私達も連れて行ってください。それを、頼みにまいりました。」
ぺこりと頭を下げる。
犬神族の三人はほぼ同時に言った。
「はあぁぁぁ?」


予想外とはこの事だろう。
ルリが兵に志願してきたのもそうだが、さらに予想しなかったのは、ルリの戦闘能力の高さである。ルリには爪も牙もないが、代わりに透明な刃がついた短剣を踊るような動きで使う。
「それなりに戦えるのはわかった。だが、兵として扱えるレベルじゃない。」
サソリは言った。
「わかってます。でも、兵としてではなく、兵糧の番でも、雑用係でも、やる事一杯ありますよね?」
確かにそうだった。
野営での料理を作る者、薬師など、戦わない者も数人、従軍させるつもりだった。
「お前がそうまでして報復に加わりたいのは、人間への恨みを晴らすためか?」
サソリの問いに、フウマの金色の瞳が揺れた。
ルリは目を丸くしてサソリを見返した。
思ってもみなかったという風だ。
「私、人間を恨んだことありませんよ?」
サソリが口を開く前に、またしてもフウマが先にルリに突っかかった。
「嘘だ!じゃあ、何故従軍を望む?親を殺されたからだろうが!」
必要以上に声を荒上げる。
透き通った漆黒の瞳が、フウマを見つめた。
フウマは気まずい気持ちになって、目を伏せた。
この目には何故か敵意が挫けるのだ。
「フウマは人間を憎んでいるの。」
そうだ、当たり前だ。フウマはそう叫びたかったが、うまく口が動かなかった。 
「それに、憎む事が良くない事だとも思っているのね。」
今度はサソリが目を丸くてルリを見返す番だった。
「思ってない。人間は敵だ。敵を憎んで何が悪い?俺は今まで何人も、憎むまま人間を殺してきた!」
フウマが低い声で言う。
目を上げると、ルリが悲しそうに眉を寄せているのが見えた。
初めて見る表情だった。
昨夜、泣いていた時でさえ、笑い泣きだったのだ。
何か自嘲的な笑みが顔に浮かびそうになる。
同情されているのか、俺は。
急激に、頭が悲鳴を上げるほどザワザワと疼いた。
この女に同情されるのは耐えられない。
「お、おいフウマ!」
フウマは玉座の間から走り出していた。
廊下に並んでいた兵が、一瞬ざわついたが、すぐに沈黙が降って来た。
ルリは少し慌てて、フウマを追うか迷ったように、サソリと、フウマが出て行った方向とに視線を彷徨わせている。
「追ってくれ、ルリ。」
サソリが言った。
ルリはすぐ頷くと、
「余計な事を言ってごめんなさい!従軍はやっぱり諦め…」
「いや。」
ルリの言葉を遮る。
「ついて来てくれないか、ルリ。」
ルリは一瞬、逡巡したようだ。
フウマとこんな風に確執があっては、戦いに差し支えるのではと思ったのだ。
しかし、それは少しの間で、ルリは深く頷いた。
サッと踵を返す。
「この闇じゃ、もうどこ行ったか、わかんねえぞ。俺が匂いを辿ってってやるよ。」
シュンがルリの前を先行して走り出て行った。
また、沈黙が降りる。
部屋にはクルリとサソリだけが残った。
「従軍を許した私を憎むか、クルリ。」
クルリは弱々しく首を横に振った。
「感謝いたします。ルリ様の希望を通してくださって。」
慣れている、というような反応だ。
ルリの無茶は今に始まった事ではないのかもしれない。
サソリは目を細めた。
私はフウマの事を、何も理解していなかったのではないか。ふとそう思う。
憎しみの奥にフウマが何を思っているかなど、サソリは考えた事もなかった。
自分には、あんな風にフウマの感情を揺さぶる事は出来ない。
「気になさる事は、何も在りません。」
サソリはハッとしてクルリを見た。
「サソリ様は十分、フウマ様に母親として認められております。ただ、今のフウマ様に必要なのは母であるサソリ様の言葉でなく、同じ境遇のルリ様の言葉だったというだけなのです。」
二十代後半の外見の青年は、笑うと、年月の重みのような深さを感じさせた。
そのせいか、サソリはその言葉に素直に頷く事が出来た。
「今夜中に編成を終わらせなくてはならないのでしょう?私が取次ぎ役をしましょうか。」
「頼む。」
次の兵がクルリに通されて部屋に入ってくる。
今は村長として編成に集中しようとサソリは思った。


冷たい石の感触が肌に触れると、ようやく頭の疼きが治まった。
新月の夜。
人間の襲撃に備え、松明も燃やさない村は、頭で想像する闇より、もっと濃い黒で覆われている。
昼間、自分で積んだ石壁にもたれると、フウマはぼんやり空を見た。
驚く程、気持ちが落ち着いて、フウマは気がついた。
自分はこういう闇が嫌いじゃない。
ルリの黒髪のような闇より黒い色。
「フウマ。」
目の端に松明の炎と、それに照らされるルリの顔が見えた。
この闇で嗅覚も夜目も利かないルリが一人で来れる訳がない。どこかにシュンもいるのだろう。
少しずつまた、頭が疼くのをフウマはじっと耐えた。
「私は二回も命を助けてもらったのに、私は同じ回数、あなたを傷つけてる。ごめんなさ…」
「謝るな。」
フウマはルリの言葉を力なく遮った。力加減を変えるとすぐ怒声に変わりそうだったからだ。
「余計、惨めな気分になる。」
「…惨め?」
ルリはフウマの向かい側に積まれた石の上に腰掛けた。
「何故、惨めになるの。」
フウマは答えないつもりでいた。
しかし、口が勝手にしゃべりだしていた。
「お前が、俺と違うから。」
何を言い出しているのか自分でもわからなかったが、止まらない。
「俺は、気絶したお前を見つけた時、俺と同じだと思った。昔、俺も人間に親を殺され、命からがら逃げて来た。だから、同じだと。」
ルリは真剣な眼差しでじっと耳を澄ましている。
「でも、お前は俺とは全然違う。それが、俺を惨めにする。」
「何故、それが惨めなの?」
フウマは力を入れて口を閉じようとした。しかし、どこにも力は入らず、ただ頭が痛くなっただけだった。
「お前の行動全部が。お前が泣いても、怒っても、惨めだ。」
フウマは笑いたくなった。随分、酷いことを言っている。
他人が言った言葉のように、それがわかる。
「お前が笑うから。お前が人間を憎まないから。俺は惨めだ。」
視界が歪んでいるのに、フウマは初めて気がついた。
「俺には、それが出来ないから、苦しくて惨めだ。」
頬に指が触れた感触があった。
細くて小さな指はそっと涙をなぞって、背中に回された。
力が入らない。
ルリに抱きしめられて、自分が石のように冷たくなっていたのがわかった。
「でも、フウマ。昔は知らないけれど、少なくとも今」
ルリの声が耳のすぐ近くに聞こえている。
「あなたは怒るし。そうよ、私まだここに来て少ししか経ってないのに、何度あなたを怒らせたことか。」
クスクス笑う声がする。声以前に体の振動で笑っているのがわかる。
「それに、泣いてるわフウマ。ちゃんと出来てる。」
「でも俺は、これからも人間を憎み続ける。人間を殺す事で喜ぶ俺を、お前は」
軽蔑するだろう。
そこまで言いかけて、フウマは惨めだと思う理由をようやく、完全に理解した。
俺は、そういう自分を今まで、心底軽蔑していたのだ。
ルリのように生きたかった。何でも良いことで笑い、素直に泣いて憎むことを知らない。
そういう風に生きたかった。
だからこの少女を嫌い、顔を背け、それでも惹かれていたのだ。
「私がフウマを軽蔑するわけ、ないじゃない。今までも、これからも。」
「でも」
「フウマは私が人間を殺したら軽蔑する?」
ルリが人を殺すなど、想像できなかったが、それでもフウマは軽蔑しない、と思った。
殺しじゃなくとも、他のどんな事でも、ルリに対して軽蔑する気は起きないと思った。
何をしても、それはルリなのだ。
「フウマはフウマだもの。これからもずっと、フウマがフウマだって事は変わらないもの。」
「……よくわからない。」
フウマは目を閉じた。
「でも、それを聞けて、良かった気がする。」
頭の中が、今までで一番晴れている。
石のようだった体は、すっかり温まって、腕に力が入るようになったが、フウマはルリを振りほどかなかった。












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