闇より黒い(1/6)縦書き表示RDF


初投稿です。
下手な小説ですが、読んで頂けたら幸いです。
闇より黒い
作:狼之羊





いつも青白い光を放つ月が今日に限って赤かったのを、ルリは一生忘れられないだろうと思った。
冷たい夜だった。
何時間も吹き晒された肌は体温を失い、感覚もない。
何も言わず、ただ翼を動かすクルリは、疲れからか息切れが激しかった。
気軽に休もうか、とは言えない。クルリも休みたいとは言わない。今はただ、こうして飛び続けるしかないのだ。目指す場所が遠いのか近いのかも、ルリには分からない。分かる事はそこに辿り着かなければ、自分もクルリも死ぬという事だけだった。
一夜にして、沢山のものを失った事を、ルリはほとんど自覚していなかった。
意識が朦朧としている今では、今日何が起こり、どうして森を彷徨っているのかも分からなくなっているかもしれない。
ルリの虚ろな黒い瞳には、木々の切れ間に時々見える、赤光の月が映っていた。


かん高い鳥の声が一際大きく鳴り響いた。この樹海全体の動物への警戒音だ。
大木の合い間に顔を出す岩の、一番見晴らしの良さそうな所を選んで、少し小柄な少年がその大岩に飛び乗った。
髪は冷酷を孕んだ銀色。瞳の色は狂気を帯びた金色。
無駄のないしなやかな動きは、まるで豹か何かの動物のようだ。鋭利な目つきで依然として鳴り止まない鳥の警戒音の響く樹海を眺める。
余程の事では、これほど鳥が警戒する事はない。この音が鳴り響くのは、たった一つ。
人間の侵入を確認した時だけだ。
少年は注意深く辺りを警戒しながら、しばらく緑一色の鬱蒼とした森を眺めた。
ハンターは獲物を捕捉してからでなければ動かない。
やがて、少年は何かを見つけ、微笑んだ。
その笑みは、決して少年の持つ無邪気なものではない。獲物を見つけ、その命を狩れる事に至上の喜びを得たハンターの笑みだった。
次の瞬間、少年は何の反動もつけず、視線の先へ跳躍していた。それは、跳躍というより、もはや飛翔だった。
着地を待たず、木々の枝に掴まって勢いを殺し、森の奥へ目を凝らす。
昼間とはいえ、この樹海は薄暗い。獲物の元に正確に降りられたのか、確認したかった。
少年の6.0の視力は森の奥へひた走る、獲物の背中を捉えた。
ビンゴ。
少年の獲物は六人いた。全員、弓と矢筒を背負っているのを見ると、どうやら弓矢隊からはぐれたらしい。
人間達は誰もが必死の形相で逃げている。何かから逃げている。
彼等は本能で知っているのだ。走れなくなった時が世界の終わりだと。
だから逃げていた。彼等は誰一人知らない。彼等の世界を終わりにするものは、すぐ後ろに、少年が地面を一蹴りした瞬間には、すぐ横に迫っていた事を。
少年の手には武器は何もない。しかし少年は慌てたりしなかった。武器とは人間が使うものである。狩りに使うのはこれだけでいい。
よく研がれた人差し指の爪。
六人はほぼ二列で走っていた。隊列を組む訓練で、そう走るよう習ったのだろう。
彼等人間の目では捉えることは出来なかったが、少年はジグザグに縫うように、その列を走り抜いた。
その時間は、刹那だった。
抜かした六人を少年は振り返った。その時、耐え切れなくなったように、六人から血が吹き出す。ほぼ同時に崩れ落ちて、二度と動く事はなかった。

少年は人間の骸を一べつして、踵を返そうとした。
「埋めてやろうぜ、フウマ。」
鳥の声も収まった、全く音のない森に突然声が降って来た。
フウマと呼ばれた少年は睨むように自分のすぐ右側にある木の枝を見上げた。そこに気配がある。
「…シュン。」
シュンと呼ばれた人物は自分の居所がバレたと知って、ゴソゴソと降りて来た。
長身の青年が生い茂った葉の中から姿を現した。
「俺の監視か?ご苦労な事だ。」
シュンは手近な太い枝に長身の体を窮屈そうにたたんで座り、愉快そうに笑った。
「気にすんな。好きでやってる。」
茶髪で色素の薄い黄色の瞳。その笑みには、人馴れした猫のように、したたかで人懐っこい雰囲気がにじみ出ている。
「何だよ、驚かせたつもりだったのに。尾行がバレてたのか。」
「これだけ近ければ、誰でも分かる。」
そんな事はないはずだ、とシュンは思った。気配を消す技法は誰かに負けていると思わない。
それでもフウマが見破るのは、それだけこの少年の五感が研ぎ澄まされているからだ。
「お前、最近また感覚が鋭くなったんじゃないのか。」
「お前の尾行の腕が落ちたんだろう。」
「あ、ちくしょ。お前俺をなめてるな!年上は敬え!」
フウマはやってられないというように、シュンの声を無視して歩き出した。その進路を遮るようにシュンが枝から飛び降りる。
「待てって。埋めてやろうぜって言ってんじゃん。」
死体を埋めるのは人間の習慣だ。シュンも特に意味を持って言っているのではなかった。ただ、人間の死体は人間流に葬るのが一番いいと思ったのだ。
「一人でやれよ。俺の知ったことじゃない。」
フウマは何の温度もない声で言った。そこに、悲しさや悼みの念は見出せなかった。
シュンは今度は何も言い返さない。断られる事は言う前からわかっていた。
ただ、時にはこの少年が心を持っている事を確かめたい。
どういう答えが返ってくれば、心の証明になるのか。それはシュンにも分からなかった。












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