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第7章 千年王女の思い出話
「モデストの奴も監視されてるだろうな」
 ヨットを海の精の大波に任せて、ネプタはひたすら海神の遣いと皇子を拝み、サファイアとヴァイオレットはイルカの精に誘われてイルカたちとたわむれ、エレジンはまったく夢心地で、クラリスとルピネーは二人で話をしていました。
 モデストはルピネー氏とローゼさんの間の一人息子です。
「モデストさんは今どちらに?」
「モスクリンの学校に留学している」
 モスクリンはラピスで1、2を争う大きな文化都市です。
「去年親父殿のところに遊びに行ったときあいつがこっちで勉強したいと言ってな、それでモスクリンが良かろうと紹介してもらったんだ」
 モデストは15歳です。
「あそこは政治とはあんまり関係ない文化都市ではあるが・・、ま、奴らにゃ関係ねえやな」
「心配ね・・」
 ルピネーは奥さん二人と息子さん二人をラピスに人質に取られているのです。
「ウム・・・」
 ルピネーもさすがに遠く目を細めるようにして険しい表情になりました。こうした顔はやはり大伯爵に似ています。
「ま、なんにも起きやしねえさ。無事帰ってくる」
「そうね」
 幾分沈んでしまった気分を盛り返すようにルピネーはおどけた顔で訊きました。
「で、魔女殿の手はどんなものかな?」
「わたしのってことじゃないけど」
 と、クラリスは昨夜の続き、各国間の背後の関係と、それを切り崩す方法を話しました。
「クーロンのテュークメンからの寝返りを阻止すること。そうすればポリスは全面的にアルマ教国家連合と戦うことになり、戦意はかなり落ち込むと思います」
 ルピネーはニヤリとしました。
「なるほど、宰相ララベル姫の入れ知恵か? おっかねえ女だ」
「可愛らしい人ですよ?」
「ハハハ。肝心のポリスが早々に戦意を失っちまったらラピスも後援のしようがねえな。アルマ教軍団の硬い結束と戦意高揚を見せつけてやるんだな」
「あんまりやり過ぎも困るけどね」
「そうだな。俺たちゃ別にポリスを潰したいと思ってるわけじゃねえ」
 クラリスはうなずいて、なんだかもうすっかり二人は意気投合しています。
 クラリスはふと、クスクス笑い出しました。
「どうしたい?」
「だって、」
 クラリスは笑いながら言いました。
「わたしのお父さん、ルピネーさんに間違われていたんでしょ?」
 母親の計略でです。
「だからルピネーさんをお父さんと比べちゃって」
 まったく別人です。
「こんな親父じゃなくて良かったな?」
 ルピネーも12年前にチラッとだけクラリスの父親を見ています。
 クラリスはルピネーの顔を仰ぎ見てニッと笑いました。
「お父さんも大好きだけど、おじさまも素敵よ」
「おー、そりゃ嬉しいね」
 ルピネーもニッと笑いました。本当に、こんなバカでかい熊みたいな男なのに、となりに居てとても心地よい安心感があります。本当ならクラリスは恨まれて嫌われて当然の立場なのに、父親の大伯爵、母親の奥様ともども、なんとありがたい家族でしょう。
 クラリスはこの一家が大好きになりました。

 1時間ほど後、もうカザリンの港が見えてきました。
 この陸は、ロヴィークのあるユーレシア大陸の対岸、カリーファ大陸なのです。
 ヨットを乗せていた大波がザーー・・と引いていきました。海の精が言います。
「ではわたしたちはここまで。クラリス」
 わざと冷たく睨むような顔で、
「またわたしたちを利用する悪巧みをしているようですけれど、ほどほどに」
「はーい」
 ルピネーとの内緒話をすっかり聞かれていたようです。海の精はニッと笑って念を押しました。
「あなたがこの子たちの責任放棄しないなら手伝ってあげないでもありません。いいですねっ?」
「はい。肝に銘じて」
 ね?とクラリスは人魚の王子と守護者の大ダコに笑いかけました。
「じゃ、必ずまた来るから」
 と手を振ってクラリスたちヨットはカザリンの港に入っていきました。

 カザリンの港町は平坦な印象がしました。砂浜が広く、平屋の小さな家がたくさん並んでいます。岩が投げ入れられた防波堤が巡り、砂浜で底が浅いのでしょう、大きな船は陸まで近づけず沖に、5艘、2本マスト、3本マストの大型帆船が碇を降ろしています。
 ヨットはスーイと、桟橋に着けました。
 桟橋を歩きながらルピネーが解説しました。
「ここは漁師町だからな、でかい船のための港湾は整備されてねえ。徐々にやってはいるが、一大工事だからな、おいそれとはいかねえ。むしろ漁業で十分食っていけてるんだから港湾まで欲張る必要はねえと俺は思ってる。近くにいい港があれば、別にここに港を定める必要もねえんだがな」
「例えば?」
「クレオバトラでも、クーロンでもかまわねえぜ?」
「あらあら」
 クラリスはびっくりしました。
「せっかくお金持ちになってきているのに、それってカザリンの人たちに対する裏切りじゃないの?」
 ハッハッハ、とルピネーは大口を開けて笑いました。
「ま、バランスの問題さ。こんなちっぽけな田舎の国が、身の丈に合わねえ港湾なんか持って不必要な大金稼いだってしょうがねえだろ? 俺たちゃ海の人間よ、仕事場は海で、陸じゃねえ。海の仕事ならいくらでもあらあ。そのための貿易会社よ。ま、欲は、かかねえこったがな」
 クラリスは感心しました。ただお金を稼ぐだけではありません、このルピネーという政治家は周辺国との利害調整も考えてみんなで豊かになることを目指しています。
 大した人物です。そのくせ、
「おう、大将! 無事帰ってきたか?」
 砂浜で網の手入れをしていた老人に気軽に声をかけられ、漁師たちや奥さんたち、子どもたちが集まってきました。「よお、お帰り!」とみんな嬉しそうな笑顔です。
 しかし。
「ローゼさんは、まだ帰ってこないのか?」
 と、一行の中にローゼさんの姿のないのを確認するとみんな顔を曇らせました。
 ルピネーもウムと険しい顔でうなずきましたが、すぐにまた明るい顔になって言いました。
「心配するな。力強い助っ人を連れてきたからよ、ま、じきに問題解決だ!」
 大きな手に背中を押されてみんなの前に出されて、さすがにクラリスも赤面する思いでした。みんなもこの娘がいったいなんなんだろうと不思議そうにじいっとクラリスを見つめました。
「この子はな、魔女だ」
「へええ、魔女?!」
 魔女と聞いて怖がるかと思ったらかえって好奇心に目を輝かせました。
「じゃあさ、月の夜にほうきに乗って空を飛んだりするの?」
 無邪気な子どもの問いにクラリスは
『そんなおとぎ話みたいなことは出来ません』
 とテレパシーで伝えてみんなびっくりしました。
「おいおい、なんだ今のは?」
「知らない言葉なのにちゃんと意味が解ったぞ?」
「不思議だなあー」
 と大喜びしました。暗〜いソロカの住民とは正反対の明るい人たちです。
 彼らはクラリスたちとは明らかに違った人種の違った顔つきをしていました。しゃべる言葉もクラリスの初めて聞くカリーファ大陸の言葉で、オリビアンというアルマ教文化の言葉で、でもかなり方言がきついこの国独特の言葉になっているようです。ですからクラリスは彼らの会話をテレパシー翻訳で聞いています。
 こちらの人たちは肌が茶色でみんなとっても大きな目をしています。背は低めで、漁師の男たちにもルピネーのような大男は見あたりません。
 クラリスはルピネーに訊きました。
「ここの人たちはアルマ教徒ではないの?」
「中にはいるが、少数だな。信仰されてるのは圧倒的に海の神様だ」
「ポルセデューン?」
「いや、あれはポリス神話の神様だ。名前は、ねえな。ただの『海の神様』だ」
 大ざっぱというか、健全な宗教観にクラリスには思えます。海の精を連れてきたら大騒ぎだろうなとも思いました。
「よーし、みんなあ、いっしょにローゼさんを取り返そうぜ!」
 おおーーっ!、と、漁師たちは手を突き上げて盛り上がりました。ルピネーは慌てました。
「おいおい、慌てるんじゃねえぞ。まさかみんなでポリスに乗り込むわけじゃあるまい?」
「他にどうするよ?」
 逆に漁師たちがルピネーに詰め寄りました。
「グズグズしてたらローゼさんが奴らにひどい目に遭わされて殺されちまうぞ!」
 漁師たちはみんな怖い顔でうなずきました。ルピネーは弱りました。
「気持ちは分かるがな、そう簡単な問題じゃねえんだ」
 しかし微妙な国際問題を説いても彼らは聞く耳を持ちそうにありません。ルピネーと押し問答をする彼らに、クラリスはテレパシーである強烈なメッセージを送りました。

「・・・・・・・・」

 漁師たちもルピネーも、その強烈な言葉に呆気にとられて黙りました。
「・・親父殿がそんなことを・・・」
 自分は動かないと宣言したラズベリー大伯爵が、もしルピネーの奥さんや息子さんの人質を殺されたらどうするか?との問いに答えた言葉を伝えてやったのです。
 その凄まじい覚悟を突きつけられては誰も黙り込むしかありません。
「分かった。俺たちはあんたらに従うよ」
 漁師たちは大人しくなり、
「おい。絶対にそんなことにはさせねえ。ローゼも、無事に取り返す!」
 と、ルピネーもみんなに誓いました。

 ルピネーに案内されて「ユリアナ・ローゼ貿易会社カザリン支社」のビルに来ました。木造2階建てのちょっと大きめのふつうの家です。
「おお社長! お帰りなさい!」
 社員の若者がルピネーを見つけて飛び上がり、机に向かって事務仕事をしていた3人の社員たちも驚いて立ち上がりました。10代から30代の若者たちです。
 1階は事務所、応接間と、クラリスにはカンパニアのパレスでお馴染みの光景です。
「社長、ローゼ支社長は?」
「なんにも連絡ねえか?」
「ええ・・・」
 社員たちは一様に顔を曇らせました。ルピネーは励まして言いました。
「心配するな。じきに帰ってくる!
 ところで、王女様たちゃあ上にいるのか?」
「ええ。ほら」
 と社員は指で天井を指しました。
  シフィー、ワーフド、イシナン、サラサ、アルバ、・・・
 女たちの揃った声が聞こえてきます。ルピネーはフフと微笑みました。
「算数のお勉強中のようだな」
 階段を上がります。数字の合唱がフッと途絶えます。
「社長!」
 先生役の女性が言って椅子に座っている生徒の女性たちがいっせいに振り返りました。
 クラリスはニッコリしました。
「キャンディー王女様、皆さま、お久しぶりです」
 みんないぶかしげな顔をしていましたが、数人が「あっ」と気付きました。
「あの幽霊魔女さま?」
「幽霊じゃないってば〜」
 みんな立ち上がって笑顔でクラリスを取り囲みました。キャンディー王女は豊かな黒髪を後ろに束ねてさっぱりしたかっこうをしていました。でも真っ青な瞳の美しさはずば抜けて目に付きます。
「王女、皆さん、お元気でした?」
「ええ、元気元気。もう無茶苦茶絶好調よ!」
 王女は両手を振って元気元気!を表現しました。クラリスはその元気ぶりに笑いました。この絶世の美女の王女様、見た目はずいぶん大人びていますが、まだ14歳の子どもなのです。正確には1000歳プラスになるのですが。
 他のみんな、9人の乙女たちも元気そうでした。
「はじめまして、王女、ご婦人方。ルピネーと言います」
 ルピネーが挨拶すると、この見上げるような大男を相手に他の女官たちはちょっと腰が引けているのに王女様はさすがに平気でニコニコして、
「おお、そなたがローゼ殿の夫殿であらせられるか。奥方様にはたいへんお世話になっております。お会いできてたいへん光栄であります」
 と、大昔の王女の言葉で挨拶しました。ルピネーもニコニコしましたが、さすがになんと言ってるのかさっぱり分かりません。
 キャンディー王女はルピネーの後ろで実際以上に小さく控えている男二人に目を向けました。
「おお、そなた! 我が国の者ではないか!?」
 王女が笑顔で声をかけたのはネプタです。
「・・俺、ネプタって言う、ソロカの、船乗りです」
 ネプタは面食らった顔ながら片言で王女に挨拶したのでクラリスもルピネーもびっくりしました。
「あなた、王女の言葉が分かるの? っていうか、あなた、王女の国の人?」
 肌が白くて黒髪という以外はあんまり似てませんが・・・。王女がクラリスのテレパシーを聞いて答えました。
「そうだ。これは典型的なブルータリスの人間の顔よ。ブルータリスは北と東の人種の混じった民族であるからな、極端な北顔や極端な東顔がおるのだ。わたしや女たちは北顔、この男は東顔であるな」
 なるほど。ネプタが恐る恐る言います。
「それじゃああなた方は本当に『伝説の王女と10人の乙女たち』様方なんですか?」
「そうである」えっへん!
「本当に・・。王女様。わたしの聞いた話では我が先祖はポリスに捕らえられた伝説の国ブルータリスの民であったが、ポリスに帰化し、しばらくポリスの民として暮らしたが、政変が起こり、ポリス帝国は弱体化し解体し、本国でも争いが起こり、その中で追いつめられた我が一族は海へ逃げ、我が祖先はソロカに流れ着いたと聞かされています」
 クラリスが言いました。
「じゃあこの人、ガルマさんの子孫かも知れないわねえ?」
 10人から欠けた一人で、幽霊となってずーーっと霊廟を守っていました。
「まあ、ガルマのお孫さん!」
 仲間の子孫と知って王女たちはネプタへの親密感を一気に抱きました。クラリスからネプタの周りに移動し、ネプタはこの美しい華やかな女たちにすっかり赤面してうろたえています。
 クラリスも王女の国の民族が今に生き残っているのを嬉しく思いました。
 「おい、クラリス」とルピネーに呼びかけられてクラリスも王女に会いに来た目的を思い出しました。
「王女様、皆さん。是非皆さんのお知恵を借りたい事態が起こっているのです」
 と、クラリスは今ポリス国を中心とした戦争が起ころうとしていて、それを阻止するためにクーロン国を味方に付けたいことを説明しました。
 クーロン国はここカザリン国のとなりの大きな国で、その南部に王女のブルータリス国があったと伝えられています。
「それでクーロン国を喜ばせるようなネタはありません?」
「ネタ?」
「例えば・・、王家の隠し財産とか!」
「隠し財産〜? そんなの子どものわたしが知るわけないじゃない?」
 王女は、ねえ?、とみんなに訊いて、みんなも「知りませんわねえ〜」と言いました。クラリスはガッカリです。
「何かありません? ほらあ、よくあるじゃないですかあ、王様の地下のゴージャスなお墓とか?」
「我が国は火葬で、灰は風で撒いてしまうぞ」
「お墓ってないんですかあ〜?」
「それこそ霊廟にプレートを並べるだけだ」
「そこに何か特別のお宝は?」
「建物はそれはそれは美しい物であったが・・、残ってはおらぬのだろう?」
「残って・・ないでしょう・・ねえ・・・」
 残っていれば世界遺産として観光名所になっているでしょう。
「王宮は?」
「ポリスの野蛮な兵士どもにすっかり略奪されて燃やされてしまった」
「お宝を持って逃げた貴族とか?」
「逃げた者はいるが、宝などとっくの昔に食い扶持に消えておるだろう?」
「1000年前の話ですものねえー・・・」
 あーあ・・、とクラリスはルピネーと顔を見合わせました。どうやらキャンディー王女を頼ってクーロンを味方にするのは無理のようです。
「王宮ですか・・。懐かしいですわねえ・・」
「ああ、国王様の最期が思い出されますわねえ・・」
「あのポリスの野蛮人ども、えい、憎らしや」
「ポリスなどさっさと滅んでしまえばよろしいのですわ!」
 そうよそうよ!と、女官たちは危ない方向で盛り上がってしまっています。
 女官たちの会話を聞いていた王女がポツリと言いました。
「わたしはロンババが懐かしいな・・」
 女官たちはピタリとおしゃべりをやめて王女様を見つめました。
「ロンババ様ですか・・・・」
「お懐かしいですわねえ・・・・」
「良い方でした・・・・」
「楽しい方でしたわねえ、南方騎士ロンババ様・・・・」
 しみじみした女たちの会話にルピネーが「おい、ちょっと待て」と眉根にしわを寄せて言いました。
「今、南方騎士ロンババ・・って言ったか?」
 「言ったみたいよ」とクラリスが言いました。
「ロンババって」
 なんとなくふざけた名前です。
「誰?」
「ああ、ロンババってのはアルマ教徒の恥とされる女闘士だ。女だてらにあちこちの戦場を駆けめぐって、多くの武勲を立てたが、最後は結局敵方に捕まってさらし者にされた上で殺された、ってことで、女だてらにってとこと、みっともなくさらし者にされたってところでアルマ闘士の誉れを剥奪されて、アルマ教徒の誇りを汚した罪人として侮蔑されている。ま、あの宗教は女が表に立つのを極端に戒めてるからなあ・・」
 ルピネーはポリポリ頭を掻き、「ローゼの奴もちったあアルマ教の女を見習えってんだ」とグチを言いました。
 クラリスはふーん・・と思いましたが、何か違和感を感じて王女たちにルピネーの話を確認しました。すると、
「なんですってえ!?」
「ロンババ様を侮辱するとは、いくら我らが恩人だとて許せません!」
 と女たちは騒ぎ出しました。ルピネーは女たちの剣幕に恐れおののき、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と猫のように背を丸めて及び腰に懇願しました。
「そういう話なんだよ。なにも俺が悪口を言ってるんじゃねえよ」
 クラリスもどうもおかしく感じるので王女様たちに訊きました。
「実際のロンババ様ってどんな人だったの?」
「まず第1に」
 一人が言いました。
「ロンババ様は女ではありません。立派な男性です」
 クラリスからテレパシー翻訳を中継されてルピネーはびっくりしました。
「男お? そりゃあ、話が全然違うじゃねえか? ロンババ違いか?」
 一人が言いました。別々の言葉をしゃべっていますがクラリスのテレパシー中継で頭の中ではふつうに会話が成立しています。
「ロンババ様は南方騎士の誉れ高い方でした。他のロンババ様などわたしたちは認めません!」
 女たちはそれぞれに思い出を語り出しました。
「わたしたちブルータリスは特に国教というものを持ちませんでしたが、ロンババ様は宗教に依らず、常に理に従順に、正義によって行動し、弱きを助け、悪しきものがどんなに強大でも決して怯むことなく立ち向かっていく、まこと正義の騎士であらせられました」
「わたしたちブルータリスは南北東西の世界を結ぶ交通の要衝としてどことも分け隔てなくお付き合いし、それぞれの文化の架け橋の役割を担い、平和にその任務を遂行していました」
「ところがポリスはノール海支配に飽きたらず、深く大陸中央までその支配を伸ばそうとしてきました。まったく文化を異にするアルマ教の国々と衝突し、それまで平和に両文化の架け橋を担っていたブルータリスを力ずくで支配しようと攻め入ってきたのです」
「その危機にロンババ様は駆けつけてくださいました。南方騎士の誉れ高いロンババ様のご加勢はそれはそれは我がブルータリス国民を勇気づけたものです」
「しかしポリスの大軍勢の前に我々の敗北は明らかとなり、その最後の戦にロンババ様は出陣され、そのまま亡き者となってしまわれたのです・・」
「最後の最後まで、それはそれは勇敢な奮闘ぶりだったと聞いています・・・」
 女たちはシクシクと袖を涙で濡らしました。
 ルピネーはウ〜ム・・と腕を組みました。
「そりゃまたずいぶん話が違うな。どうもこりゃあ・・、ただ単に時間が経っているからじゃなさそうだな・・。
 ポリスが創作したようだな」
 「創作?」とクラリスは訊きました。
「けっきょくな、その後30年、アルマ教徒の抵抗が激しくて、ポリスはそれ以上の大陸の南侵を諦めたんだ。でだ、南方騎士ロンババは当時アルマ教徒の英雄だったわけだろ?その英雄が命を懸けた戦じゃアルマ教徒は引っ込まない。それでロンババを英雄じゃなくする必要があったんだろう。ま、よくある手だ」
「まー、ひどいわねー」
 クラリスもプンプン怒りました。女官たちじゃないですけれどポリスにお灸の一つも据えてやらなければ収まりません。
「しかしな、あんまりひどい作り話じゃかえってアルマ教徒の怒りを買うだけだ。ほら、こんな風に」
 女たちは凄く怒っています。
「なんかポリスの作り話を通用させるものがロンババ様にあったんじゃねえか?」
 ルピネーの問いに王女はいともあっさり答えました。
「それはあの爺ちゃんがどうしようもない女たらしだったからであろうな」
「爺ちゃん?」
「そう。ロンババ爺ちゃんは当時もう80近くの老人で、そのくせわたしに『お嬢ちゃんは将来とんでもないべっぴんさんになるぞい。そんときは是非わしの子どもを産んでくれよ』なーんて平気でセクハラしていたからな」
 「わたくしも」「わたくしもですわ」と女たちは全員言いました。とんでもないスケベ爺イです。それでいてこれだけ慕われているのですからただのスケベではなかったのでしょうが。
「生涯放浪の騎士でしたからね」
 と一人が言いました。
「その生涯の最後に、本気でリオナ様に惚れられたのでしょうねえ・・」
 一人が言って、一人が「それですわ!」と叫びました。
「ほら、最後のご出陣に、ロンババ様はリオナ様の」
「ああ!そうですわ!」
 女たちは納得したようですが、こちらはさっぱり分かりません。一人が代表して説明しました。
「リオナ様は我がブルータリス軍の女将校です。美しく、勇猛果敢で、国民の英雄でした。しかし戦のさなか負傷して、おそらくこれが最後になるだろうという戦いにケガを押して参加しようとなさりました。それをロンババ様がお止めして、自分の妻として家で我が帰りを待っていてくれぬかと、プロポーズされたのです。リオナ様の傷は深く、戦場に立てる状態ではありませんでした。それでも悔しがるリオナ様に、ではわしがおまえの代わりに戦場にあろうとご自分の鎧かぶとをリオナ様に残し、リオナ様の鎧かぶとを身につけてご出陣なさったのです。ロンババ様はお名前の通り南方の方で、とても小柄な方でしたから女の鎧かぶとでも楽々着ることができたのです。ロンババ様は戦場で討ち死にし、リオナ様も都を焼く火事の中でお亡くなりになったそうです」
 ああ、なんと悲しい恋の話ではありませんか!!
「なるほど、その女の鎧かぶと姿を利用されたわけか」
 ルピネーは納得しましたが、クラリスはますますポリスに腹を立てました。リオナさんがどう思っていたかは知りませんが、ロンババさんは彼女のために死のうと決心していたのでしょう。そんな純情を踏みにじり汚すポリスのやり方は、ムムム・・。
 ふとクラリスは、女たちのイメージの中にリオナの鎧かぶとを着込んだロンババの姿を見て、ピーン、と閃くものがありました。
 リオナの鎧かぶとは、華麗な金の装飾をされていたのです。
「ねえ、ポリスがその話を利用したってことは、ポリスにはその話を伝える物があったんじゃない? つまり、リオナさんの鎧かぶとが?」
 ルピネーは言いました。
「それはあり得るな。いや、あったんだろう。今に伝わる話じゃロンババは一度ポリスに捕まり、ポリス島に連行され、そこでさらし者にされた上で処刑されたことになっている。本国まで遺品が運ばれたってのは十分あり得る」
「あり得るどころか、」
 クラリスは確信してニンマリ笑いました。
「絶対今も残っているわ! なんてったって銀に金の装飾のとっても綺麗な鎧かぶとなのよ! このわたしが言うんだから間違いないわ! リオナさんの鎧かぶとは絶対に宝物として大切に保管されてるわ!」
 クラリスのお父さんは超一流の彫金師ですからクラリスの美術品の目利きは確かです。
「そういう証拠が残ってるんなら・・、使えるか?」
 ルピネーも考えました。クラリスはもう気分が盛り上がってどうしようもありません。
「おじさま! わたし、ポリスに行ってきます! リオナさんの鎧かぶとを捜してきます!」
 ルピネーは呆れたように笑いました。
「思い立ったが吉日ってか? そりゃ頼むが、どう使う? 物だけあってもしょうがねえぞ?」
「どう使うかはもうちゃーんと考えているわ。わたしってばほーんと最っ高に運に恵まれてるわ! おじさまはロンババ様の本当の姿をクーロンに伝えてちょうだい!」
「クーロンに伝えてアルマ教徒の戦意を高揚させる、か?」
 ルピネーはニヤリと笑いました。
「伝えるならクレオがいい。クレオがアルマ教徒として戦意を高揚させれば、クーロンもアルマ教徒として裏切れなくなる」
「さすがはおじさま!」
 クラリスは褒め称えましたが、クラリスもどうしてどうして、二人はすっかりいいコンビです。
「じゃそっちはお願い。わたしはポリスに行ってきまーす!」


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