第6章 海路南へ!
ソロカからカザリンまでおよそ1000キロメートルの距離があります。最高速度の帆船が最高の条件でも丸1日以上かかってしまいます。
朝日が昇って、港で船を物色しながらクラリスは
「平気平気。半日で着けるから」
と言いました。
「これにしましょう」
と一艘のヨットを指さしました。全長8メートルの5、6人用の中型ヨットです。
「操縦できますよね?」
「バカにすんなよ」
ルピネーは嬉しそうに笑って言いました。
「俺はもともと漁師のせがれだぜ。特に俺はこういう仕掛け物は大好きなんだ」
体力勝負の外見とはうらはらに手をすりあわせて喜びました。
「でもルピネーさんは大きいから二人分ね。乗れるのは後二人ね」
「俺は行くぞ!」
エレジンが立候補しました。
「ヨットを操るなら俺だって負けねえ!」
愛しいジッタの手前ルピネーに相当ライバル心を燃やしています。
「じゃ俺も」
ルパートも立候補しましたが、
「おまえなんぞ付いていっても足手まといじゃ」
とカジキに却下されてしまいました。
「こいつを連れていけ。いろいろ使えるぞ」
推薦されたのは海の男らしくない青白い肌をした目の細い顔も体もひょろ長い男でした。黒髪を後ろで三つ編みにまとめて、両目の下に黒い炎の入れ墨をしています。
「ネプタっていいやす。どうぞよろしく」
ネプタという男は表情の読めない顔をしながら丁寧にお辞儀しました。
「おう、よろしく頼むぜ」
ルピネーは気軽に手を上げ、エレジンの方がかえって気味悪そうに横目で睨みました。
「じゃあさっそく行くか。まずはお手並み拝見」
ルピネーはクラリスといっしょに後ろの席に座り、操縦をエレジンとネプタに任せました。
「俺がメインだ」
「アイサー」
エレジンがメインマストの位置=船長の位置に付き、ネプタは素直に前のクルー=船員の位置に付きました。
バサバサッとメインセールが張られ、バサバサッと前方のジブセールが開かれました。
「フウム」とルピネーが舐めた指をかざして言いました。
「ま、取りあえず船が出るかどうかだな」
悪戯っぽくクラリスにウインクしました。
船は埠頭の右側に繋がれています。ネプタがもやい綱を解いて岸を蹴り、船首を外海に向けました。「さあて」とルピネーが言います。風は右前方から浅い角度で緩やかに吹いています。船を動かすには難しい風向きです。ヨットを動かすにはメインセール、ジブセール、2枚の帆の間を通る風を上手く調整して前進する力に変えなくてはなりません。2枚の帆を操る二人のコンビネーションが大事です。
「2時の風、舵そのまま、しっかり引けよ」
2本の帆は船体に対してほぼまっすぐで、2枚の間は狭くなっています。くっつかないように、開いてしまわないように、弱い風を推進力に変えるのは微妙なバランスを維持しなくてはなりません。
ヨットはスルスルと埠頭を離れて進み出しました。
「フム、まずは合格だな」
ルピネーが満足そうに言いました。振り返り、
「じゃ、行ってくるぜー!」
見送りの人たちに大きな手を大きく振りました。朝の6時。海の男たちにとっては大した早朝でもないのでしょうが、30数名、いずれも悪そうな顔をしたごつい男たちが埠頭に並び、怖い顔をほころばせて「頑張れよー」「俺たちに仕事を持ってきてくれー」と大きく手を振り返しました。
沖に出ると風も強まり、横風になり、ヨットは大きく帆を膨らませて船体を傾けながらスピードを上げて走りました。まだまだ真夏、すでに昼間と変わらない熱い太陽光線がじりじりと肌を焼いて、髪をなびかせる潮風が気持ちいいです。
「ヤッホー!」
と、サファイアはマストのてっぺんに登って気持ちよさそうに叫びました。ヴァイオレットは吹き飛ばされるのが恐くてクラリスのももの上に座ってしっかりスカートを握っています。ナージャはお留守番で、ルパートの弟妹たちが面倒を見てくれます。
「さてお嬢さん」
ルピネーが挑戦的に言いました。
「このヨットで出せるスピードはこんなものだ。カザリンまで2日はかかるな。どうする?」
「お任せあれ。サファイアさん、危ないから下りてきてください」
サファイアは下りてくるとルピネーの肩の上に立ちました。
「いいですか? ダッシュしますよ?」
ヨットはどうやら斜め後ろからの風がスピードと安定感とちょうどいいようです。クラリスはだいたいそんなところに狙いを定めると指をクルクル回して黒雲を生じさせました。雲は渦を巻いてモクモク大きくなり、ヨットに覆い被さるほどになりました。
びゅうううー・・と、冷たい風が吹き付けてきて、帆は風をはらんで「バンッ」と張り切り、ヨットはそれまでと比べ物にならない速さで走り出しました。
「うおおー、すげえすげえ」
ルピネーは大喜びし、エレジンとネプタは帆を持って行かれないように大慌てでロープを固定しました。
「なるほどこれなら半日で着いちまうな」
「キャッホー!!」
ルピネーもサファイアも大喜びです。クラリスが飛ばされないように両手でしっかり押さえてやるとヴァイオレットも安心してスピードのスリルを楽しみました。
黒雲は勝手にヨットの後を付いてきて、ヨットは帆に風を受け続け猛スピードで波の上を走り続けました。
しばらくして、
「ローゼのことがだいたい分かった」
とルピネーがしんみりした口調で言いました。
「最初にカザリンを出たうちの商船がポリスの海上警察に拿捕されたんだ。容疑は領海侵犯。ま、ポリスのいつもの手だ。たいてい海上で罰金を払ってお終いなんだがな、今回はしつこく陸まで引っ張っていきやがった。書類の不備がどうたらこうたらとしつこくイチャモンつけて、ローゼに話があると呼びつけたんだ。どうせ物欲しい契約をふっかけてくるんだろうと、ま、国の召喚だからな、ローゼもいやいや出かけていったんだ。ところが、前の船とローゼの乗ってった船の他の船員は帰されたが、ローゼ一人だけ出国を許されなかった。なんでなんだと掛け合うと、国宝の盗掘だと言いやがる」
クラリスは胸がズキリと痛みました。
「俺はその頃ペテロブラーグから帰ってきて、カザリンに向けてユークリナの港を発ったところだった。ローゼがポリスに入国するのとちょうど行き違いになっちまってな、対応が遅れちまった。こいつは尋常じゃねえと思ってとにかく事実をはっきりさせようとハーメルンの国際裁判所に向かって航海を始めたところ、途中ポリスの軍艦に追いかけられてな、仲間には悪いが俺だけボートで逃げ出させてもらった。そうしてソロカの船に出会って助けを求めたわけだ」
その後ユークリナに潜んで情報を集めたわけです。
「ローゼは一応丁重なおもてなしを受けているらしい。いろいろクレオバトラがらみの利権を渡すようあの手この手で迫っているらしいが、ま、そんなんであの頑固な王様がポリスと商売しようなんて言うわけがねえ」
「そうだ、クレオバトラは助けてくれないの?」
「今のクレオバトラによその国と戦争する力はない。今あの国を支えているのは伝統と格式だけだ」
ガッカリするクラリスにルピネーは笑顔を向けました。
「が、俺はあの国はそれでいいと思う。あの国はカリーファの良き伝統文化のお手本なんだ。あの昔ながらの王室自体がカリーファの生きた宝なんだ。あの国は、平和でなくちゃならねえんだ」
ルピネーの笑顔に釣られてクラリスも笑いました。
「じゃわたしたちが頑張らなくちゃ! 王様のお守りはたいへんね?」
「まったくだ」
二人はいっしょに笑いました。
「見ろ」
指さされてみると、遠く、帆船が青い影になって揺れています。
「ポリスの軍艦だ。こっちの警戒はゆるいが、海峡の方はでけえ船がびっしり並んでいるぜ」
青い影は揺れながら、2つ、3つ、4つと浮かんできます。その向こうに、
「あれがポリス島だ」
船影の向こうに青い陸が急に立ち現れました。思ったより広いです。島というより扁平な大陸の一部のように感じられます。
「昔はこの海全部があの島の物だったんだ。ラピスを凌ぐ大帝国だな。今でも血の気の多さは抜けてねえ」
クラリスは前回魂だけで訪れたポリス島の丘を思い浮かべました。あれは島のもっと向こうだったでしょうか? あの丘から見た限りポリスがこんなに大きな陸だとは思いませんでしたし、こんな大戦争を仕掛けるような乱暴な国民とも思いませんでした。
あの若者たちは、ちょっと困った悪ガキたちではありましたが、純朴な青年たちでした。
「嫌だなあ・・」
と、思わずクラリスは呟きました。
ポリス島を眺めていると、突然、大きな波しぶきと共にポリスの軍艦が揺れました。
大きな四角い三段マストがグラグラ揺れ、ひっくり返り、ザバザバと白い巨大な波しぶきが上がって、船は姿を消しました。
「な、なんだありゃ!?」
ルピネーもびっくりして目を丸くしましたが、
「クラーケンだ!!!」
冷静沈着無表情だったネプタが大声で叫び、膝をつき、揃えた手を大きく上下して拝み始めました。
「なにクラーケン!?」
ルピネーも言って目を凝らしました。2隻目のポリスの軍艦が大きく揺れて、波しぶきと共に消えました。
「伝説の海のバケモノだ」
ルピネーが言うとネプタが怒った声で言いました。
「クラーケンは海神ポルセデューンの遣いだ! 神々をないがしろにして海の戦を始めようというポリスに海神が怒られたのだ!」
ルピネーはフームと考えました。
「こっちに戻ってきて噂は聞いてたんだ、海の中にでっけい影が移動していて、クジラじゃねえかってな。月夜に知らねえ島が浮いていたと思ったら見る間にブクブク沈んじまったとかな。だが、船が襲われたって話は聞いてなかったがなあ・・」
遠く、ポリスの戦艦は方向を変えて逃げ出しましたが、ほとんど位置を変えないうちに3隻目が沈められました。ネプタはお祈りを続けています。
「海の神様が人間の戦争を止めてくれるんならありがたいがなあ・・」
のんびり言うルピネーをクラリスが叱りました。
「人が死んじゃうじゃない! やめさせなくちゃ!」
クラリスは身を乗り出して海の水に手を付けると正体不明の怪物に呼びかけました。
『こらー! 暴れるのをやめてこっちにいらっしゃい!!』
4隻目の帆がグラグラ揺れて・・、持ちこたえました。
海上に白い波頭が立って、こっちに向かってグングン進んできました。ネプタがいっそうお祈りに熱を込め、エレジンはロープにしがみつき、ルピネーが慌てて言いました。
「おいこらクラリス! おまえ何しやがった!?」
「こっちに呼んだんだけど・・、どうしよう?」
「おいおい・・」
ルピネーは呆れました。
「なんとかしてくれよ。軍艦沈めるような化け物に俺たちゃ手の出しようがねえぜ?」
クラリスは水に手をつけて、テレパシーで相手の正体を探りました。大きいです。怒っています。とっても怒ってます。・・・・これはどうしようもありません。
「逃げましょう」
クラリスは言って魔法で勝手にヨットと風を操って全速力で逃げ出しました。ところが、
行く手の海が突然せり上がってきました。山になり、壁になり、大津波となってヨットにのしかかってきました。クラリスは梶を切り、急カーブするとその大波に乗ってヨットを駆け上らせました。みんな振り落とされないように必死にロープや船体にしがみ付きました。100メートルも波の壁を走ったヨットは、ようやく斜めに波を登り切り、向こう側へ大ジャンプしました。空を飛び、ザバンザバンと水しぶきを立てて着水しました。
ところが、また次の大波が向こうから迫ってきました。クラリスは叫びました。
「きゃーーっ、降参降参!! まいりました、許してください、海の精さん!」
途端に大波は静まって、ドップンとヨットを押し上げ、引いていきました。
長い大きなマントを広げた、青く光る海の精がそこにいました。
「ひさしぶりね、クラリス」
海の精は威厳たっぷりのたたずまいに、なんだか腹に一物ありそうな怪しげな微笑でクラリスに挨拶しました。
「お久しぶりです、海の精さん。その度はお世話になりました」
クラリスも笑顔を作りながら、内心叱られるのをビクビクしながら挨拶しました。
後ろから猛スピードで近づいてくる物があります。
「こらーっ! 見つけたぞーっ!」
たくさんの波頭を従えて青い光が飛んできます。イルカの精です。後ろの波頭は20数頭のイルカたちの背びれです。
クラリスはプンプン怒っているイルカの精から海の精に視線を移して・・、海の精もやっぱりなんだか言いたそうな怪しい微笑を浮かべています。
「えーーと・・、わたし何かお二人の気に障ることをしたでしょうか?・・」
イルカの精がピョーンと飛んできて、
「おまえなー、あれだけいろいろやっといて心当たりありすぎだろー!?」
「あれかなー?これかなー?」
とクラリスが子どものかわいさでごまかそうとしましたが妖精には全然効きません。目を三角にして怒るイルカの精を海の精が「まあまあ」となだめて、
「では会わせましょう」
と、クラリスたちの後ろに向けて大きく腕を広げました。クラリスたちが振り返ると、遠くから大きな波の山がドドドドドドと猛スピードで迫ってきました。
「うわあーっ」
ヨットは山に突き上げられ、谷に突き落とされ、グラグラ揺れて押しのけられ、落ち着くと、「どっばあーーんっ!!」と、目の前に巨大な波柱が立ち上がり、ざざざざざざざあーー、と大量の海水が降ってきました。直撃こそされなかったものの、クラリスは頭からしょっぱい海水でびしょ濡れになりました。
水煙の中にそそり立っていたのは、巨大な白いぬめぬめした禿げ山、と、グネグネした複数の・・足?
「クラーケン!」
ネプタがひれ伏しました。これが伝説の海獣クラーケン! 果たしてその正体は?・・
「・・タコ?」
ちょっとしたお屋敷くらいありそうな大きな禿げ頭、その下の方の水面に皮をかぶったまん丸の目玉が二つ、その間に尖った4つ割れのくちばし。大きな軍艦を叩き割るのに十分な図太い長いグネグネした足にはクラリスなんてぺちゃんこに叩きつぶされそうな吸盤がいっぱい付いています。
海の精がクラリスの肩に寄ってきて言いました。
「心当たりありませんか?」
クラリスは考えました。
「たこたこたこたこ・・えー、タコ・・ねえ・・・・」
苦笑いするクラリスに海の精が片眉を吊り上げた恐い笑顔で言いました。
「思い出したようですね?」
「あははははは・・は・・・」
はい、思い出しました。前回クラリスは海に海人間を作り出そうと画策して、その候補者にタコを選んで・・そのすぐ後で人魚の情報が入ってきて、タコのことはそれっきり、すっっっかり、忘れ去っていました。
タコは二つの巨大な目玉を「グリグリグリ」と寄せてクラリスを見つめました。
「それにしてもずいぶん育ったものねー。どうしたの?」
「それもおまえのせいだろー!」
とイルカの精におでこをつつかれました。
「こいつはすっかり人間になる気満々でいたんだ。おまえ星の光をばらまいただろう?その魔力でこいつなりの考えで人間になろうとしたんだ。タコから見ると人間って凄くでかいだろう?自分たちを捕まえて食べるし。で、まず自分もでかくなろうとしたんだな。でもバカだから程度ってものが分からなくて、でかいって言ったらクジラだから、この通り、クジラみたいにでかくなっちゃったんだ。で、バカだから、それ以上どうしたらいいか分からなくなって、時間切れ、星の魔力が収まって、図体ばかりでかいただの怪物になっちゃったんだ。さあ!どうしてくれんだよお!?」
これ1匹でいったい何人分の食料になるのかしら?というのは思っても口に出さず、クラリスは訊きました。
「それでどうしてポリスの軍艦を襲ったりしたの?」
「それを訊くか?」とイルカの精は睨みましたが教えてくれました。
「こいつ最初はクレオバトラの海に来たんだ」
「ああ、あのガラスの塔?」
星の光を納めるつもりでガラスの精一族に作ってもらった塔です。クラリスにはあまり思い出したくない悲惨な思い出のある建築物です。
「うん。あれは魔法で作ったものだからな、魔力が感じられたんだ。それではるばるローゼンヌの海から大海を渡ってやってきて、しばらくその辺りで暮らしてたんだ。そこであたいらと再会してな」
イルカたちがピーピー騒ぎました。イルカの精はすっかり彼らと友だちになってずうっといっしょに遊び暮らしていたようです。海の精が
「わたしも彼の存在を感知して妖精の国からクレオバトラの海に戻って来ました」
と言いました。
「彼は悩んでいましたよ。この通り大きな頭になって時間と共に知恵も付いてきました。自分という存在の意味について考えるようになったのです。何しろ自分一人だけこんなに大きくなってしまって、仲間は誰も自分を仲間と思ってくれません。自分は人間になったつもりでいましたが、実は違ったということも分かってしまいました。独りぼっちで寂しかったのです」
つぶらな大きすぎる目に見つめられ、クラリスもちょっと気の毒になりました。
「そんな彼にイルカたちと、もう一人、お友だちができました」
海の精があの怪しい笑みを浮かべました。なんなんでしょう?
「紹介しましょう、あなたの、息子と言ってもいいでしょう」
クラリスはびっくりしました。誰とも結婚なんてした覚えはありません!
「あなたが躍起になって甦らせた、彼が、それです」
海の中からゆらゆら丸い水の玉が浮かんできて、水面で弾けて、中に守られていた物が姿を現しました。
「おおっ! 海神ポルセデューンの皇子(みこ)!」
ネプタがまたひれ伏しました。
「まっ、・・・」
人間の赤ん坊のようです。水の中に立っています。姿形は人間に似ていますが、顔はイルカの精に似て・・イルカっぽいです。顔とお腹は白いですが、頭と背中は鮮やかなオレンジ色に赤い線が走っています。髪の毛は半透明のゼリー状で、イソギンチャクの触手のようです。鱗があります。手足の指が長く、親指と3本の中指と、小指は後ろの方に離れて付いています。それぞれの間を水掻きが張っています。左右の脇の下に大きな切れ込みがあり、エラでしょう。
「ブシュン!」
とくしゃみをして、鼻水を垂らしました。鼻の穴はだいたい人間と同じ位置にありますが、鼻の先っぽはなだらかで、穴にふたができるようになっています。海の精が優しい顔で言いました。
「この子はまだ肺呼吸が下手なんです。生まれてまだ2ヶ月足らずですからね」
「ふうーーん・・・」
クラリスはもう目をまん丸くして満面の笑みでその「人魚」の赤ちゃんを見つめています。物語の中の人魚の下半身は魚ですが、この子の脚は二つに分かれています。お尻から幅の広い尾がスカートのようにフワリと広がっています。脚はまだ短くてはっきりしませんが人間と同じ向きの関節です。赤ん坊のくせに太ももだけはまん丸く太いです。海中を泳ぐために発達しているのでしょう。しかし見た目の姿は想像以上に人間に近いです!
「うう〜〜んん、やった、やったわ! 人魚を甦らせたわ!!!」
やったー!とクラリスは両手を高々上げて大喜びしました。人形の赤ちゃんは怯えて海の精に救いを求める視線を送りました。
ゴツンとクラリスの頭を巨大な物体が殴りました。
「いったーい!」
振り向くと、大だこがギョロリと睨んでいます。
「なに?なに? なんなのよ?」
「それはだな」とイルカの精が顔をくっつけて凄みました。
「こいつは母親を求めて恋しがってるんだよ!」
海の精が説明しました。
「あなたがポリス島から送った人魚の肉はわたしが大きなホタテ貝に大切にしまっておくように命じて守らせていました。やはり星の光を受けて卵に変化したようです。あなた、妖精たちに光を分けてやっている最中についでに人魚の復活も考えたのではないですか?」
「さあー・・、覚えてないです・・」
笑ってごまかしましたが、本当にあの時のクラリスは意識朦朧としていて、自分でも何をどうしたのかさっぱり覚えていません。
「およそひと月後、卵から稚魚が生まれました。ホタテ貝はわたしの命令を守って栄養を与えて稚魚を守りました。そのうちだんだん尻尾が短くなって脚が生え、このように人間のような姿に成長しました」
人魚の成長過程はオタマジャクシがカエルになるような感じのようです。
「ホタテ貝は赤ん坊を自分の子のように大事に育ててくれたのですが、わたしへの報告をすっかり忘れていました。それで彼(大ダコ)に気付いてやってきたときにようやく彼にも気付いたのです。その時には彼らはすっかりお友だちになっていました。同じ星の光とあなたの魔力から生まれた者同士通じるものがあったのでしょう」
大ダコはクラリスの頭をまたいで、クルリと器用に足を丸めて人魚の子を下からすくうようにして遊んでやりました。人魚も喜んで海に潜るとさすが上手に足の周りをクルクル泳ぎました。
「それはどうもほったらかしにしちゃってごめんなさい。で、どうしたの?」
「だからあんたを捜しに行ったんだろうが!!」
と、またイルカの精に頭を小突かれました。海の精が言います。
「あなたは無茶したせいで体が動かなくなっていたのでしょう? オーロラ姫にもお子さんが生まれましたし、落ち着いたらきっと来るだろうってなだめていたんですよ」
「教えてくれたらよかったのに?」
「あなたが自主的に来るのを待っていたんです」
「はい」とクラリスは小さくなりました。
「そんなところに海峡の危機が起こって、わたしがうっかりきっとあなたが来るだろうと言ってしまったのです。そうしたら彼はもう居ても立ってもいられないであなたを迎えに行ってしまったのです」
「そうなの。ごめんなさいね」
とクラリスは大ダコに謝りました。
「それでわたしが乗っていそうな船を見つけて寄っていったの? でもそれでどうして軍艦を沈めちゃったの?」
「それはあたしたちの為なんだ」
とイルカの精。
「こいつこんなにでかい体してるから近づいていったら驚くだろう? でね、代わりにあたしらが船に寄っていって、船員たちの心を和ませるようなパフォーマンスを披露してやったんだ。もしあんたが乗ってりゃ絶対喜んで顔を出すはずだからってね。ところがあのバカ兵士ども、いきなりモリで突いてきやがったんだ! あたしらは慌てて逃げ出して、あっちも相当イライラしてたのかしつこくモリを投げてきて、それを見た大将が怒って船を沈めだしたんだ」
「なるほどねえ」
友だちを襲ったからあんなに怒っていたのです。いい奴じゃないですか。海の精が言いました。
「さ、そういうわけです。あなたは言いましたね?責任は自分が取る、と。わたしも言いました。だからこうしてこの子を保護してきました。けれどわたしに出来るのはこれだけです。この子も、彼も、この世界で一人きりの存在です。さ、あなたは彼らにどう責任を取りますか?」
クラリスは人魚の赤ちゃんを見ながらニコニコしました。生後約2ヶ月だそうですが、人間にするともう1歳くらいの感じに見えます。それに、なんだ、かわいいじゃないですか! クラリスは実はもっとグロテスクな魚顔を想像していたのです。これならオーロラ姫も大喜びです。
クラリスはニコニコして、人魚の赤ちゃんも何か感じるのか、不思議そうな顔で大きな目でじっとクラリスを見つめています。
クラリスの頭の中、
『なーんか使えないかしら?・・』
あごに指を当ててニコニコ考えてます。と、そこで
「おいおい、悪いがこっちは急いでるところなんだがな」
とルピネーが言いました。
「あんたらも悪いがカザリンまでつき合ってくれねえか?」
海の精が
「あなたがルピネーさんですね? サファイアと、あの魔女の強運を持った男の子」
と笑いました。
「いいでしょう。海の生き物にとっても人間たちの争いで海が汚されるのは迷惑です」
海の精は大きな波にヨットとイルカたちと大ダコを乗せると猛スピードでカザリン目指して進み出しました。人魚の赤ちゃんは海の精の作った水のボールに保護されて、大ダコの足の吸盤の上に乗せられています。
快適な波乗りを楽しみながらルピネーはそっとクラリスに耳打ちしました。
「このタコと人魚、何か使えないか?」
「まあっルピネーさんったら、そんなことを考えていたんですか!?」
とわざとらしく驚いた振りをして、クラリスはニッと笑いました。
「海神ポルセデューンの遣いに皇子ですって。ねー?」
「おまえもけっこうなワルだな?」
「いえいえ、侯爵様こそ」
二人は悪い顔で笑い合いました。
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