第4章 暗い港町
ソロカはノール海に面するユークリナ国のお隣の小さな国です。こちらのお隣です。
トーチというのは、
「きっと灯台のことでしょう。ソロカは港しかないような国ですから」
とララベル姫が教えてくれました。
「しかし」と姫は幾分非難を含んだ横目で伯爵を見て言いました。
「この子を名指しで呼びつけるとは、ルピネー氏の差し金であることは間違いないでしょうね?」
伯爵も憤然と「あの熊め」と腕を組みました。
「今度会ったらみっちり説教してやる」
クラリスはまあまあと二人をなだめました。
「きっと王女様が絡んでいるからわたしが出てくるだろうって予想したのよ」
甦った1000年前のキャンディー王女のことです。この王女の「ミイラ」を盗んだ容疑でローゼさんはポリスに逮捕されたのです。それにしても、とクラリスも思います。『まず俺に挨拶に来い』とは、この代理人という人物もずいぶん偉そうです。何様のつもりでしょう? というか、何者でしょう? ユリアナ・ローゼ社の人でしょうか? だとすると・・すっごく怒っているのかもしれません・・・。
クラリスは伯爵とララベル姫に「カジキ」なる社員がいるか尋ねましたが、二人ともそこまで詳しくは知りませんでした。
「ま、行ってみます」
簡単に旅行カバンに着替えや洗顔セットを詰めるとクラリスはさっそくナージャにまたがりました。
見送りに出てきたララベル姫が言いました。
「クラリス。すみませんがロヴィーク国はこの件には関わりません。いずれにせよラピスとは友好関係を維持していたいですのでね」
クラリスは答えました。
「もちろんです。これは、わたしの問題です」
ラズベリー大伯爵も言いました。
「決して危ないことはしてくれるなよ。危ないことなんぞ、みんなあの熊に任せておけ」
国王様も言いました。
「無事に帰ってくるのだぞ。おまえがケガでもするようなことがあれば、わしはまた王妃にどれだけ叱られるか分からん」
帰ってきたクラリスが身動きの出来ない病人のような有様だったので王妃様は悲鳴を上げて心配し・・そのとばっちりが王様に向いたようです。王様はなおもくどく、
「よいな? 派手に動き回るのではないぞ」
と念を押しました。これはクラリスの身を案じてというより、
「そうです、クラリス。穏便に、ですよ」
とララベル姫も言いました。クラリスはうなずきました。
「役目は心得ています」
前回のような行き当たりばったりではいけません。下手をすれば、大勢の命に関わるのです。
「行くわよナージャ!」
ペガサスナージャは白い翼を羽ばたかせて空に駆け上がりました。
「行ってきまーす」
お見送りの三人に手を振ります。「気をつけて」と手を振る三人に、
「あたしが付いてるからだいじょうぶよー」
と、サファイアが答えました。今回の冒険のお供はサファイアと、飛び立ってからこそこそナージャのたてがみから顔を覗かせたヴァイオレットです。
ロヴィークの南東部に接するハーメルン国を通って、2泊を経て、3日目の夕方近くソロカに入りました。
ソロカの中心には鉛筆の頭のような山がどーんと生えていました。岩石質の白い山で、木々は所々にしか生えていません。ふもとの土地もゴツゴツ根のように浮き上がった岩石の隙間に薄く土がかぶった感じで、これではあまり作物も育たないでしょう。
山の上から眺めると、
「おー、海だ海だ。なんかまたすぐ戻ってきちゃったな?」
ヴァイオレットが嬉しそうに銀色に輝く黒い海を指さして言いました。もういっぱしの冒険者気取りです。クラリスも言いました。
「この先にポリス島があるのね?」
山の高さまで上れば見えるかと思いましたが、丸い水平線の向こうには青い空が広がるばかりです。
「えーとねー、たしかまだ300キロメートルくらい先よ」
サファイアに教えられて、ふーん・・、とクラリスは感心しました。
「ほんと、海って広いのねー」
だだっ広い海をただ眺めていても仕方ないのでクラリスはナージャをふもとに向かわせました。
これといった大きな建物もない、土と同じ灰色の漆喰の粗末な家が狭い土地に立ち並んでいます。しかし海岸部は大規模に整備されています。豊富な岩石を利用して岸は平らな護岸が覆い、埠頭が何本も突きだし、中小の船が何十隻と繋がれています。あまり大きい船は見あたりません。
翼をしまったナージャを連れてぶらぶら歩くとあまり人相の良くないいかつい男たちがジロジロうさんくさそうな目つきを向けてきます。ヴァイオレットはさっそくクラリスの髪の毛の中に潜り込み、ナージャの頭の上にあぐらをかいたサファイアは威嚇するように無遠慮な男どもの視線を睨み返しました。クラリスはクスクス笑いました。
「サファイアさん。みんな怖がっているわよ」
まあたしかに行き交う男たちはどれもろくな人相をしていませんが、クラリスの勘ではひどく用心深く臆病な感じがします。ただし、ただの臆病ではありません。常にクラリスたちを値踏みするような意識が見え隠れしていて、これはやはり用心しなくてはなりません。
魚の露店が開いていました。石畳の上にござを広げ、竹や樹皮で編んだざるやかごの中に取れたての生魚や干物を並べています。クラリスはお腹が空いていたのでみりん干しのアジを2枚買いました。山国のロヴィークでもお馴染みのお魚です。ララベル姫がちゃんと小銭を用意してくれていたので小銭入れから銅貨で支払いました。1枚を自分でパクついて、1枚を裂いてサファイアとヴァイオレットに上げました。二人とも「いらなーい」と言いましたが、クラリスは「食べなさい」と命令しました。
「ねえお婆さん」
クラリスは店のお婆さんにグラムフォンなまりのヴァージン(ポリスの言葉)で尋ねました。
「トーチって、どこ?」
お婆さんはしわでできたような黒い無愛想な顔をしていましたが、それでも商品を買ってくれたので一応答えてくれました。
「あんたよその人だろう? じゃあトーチっていったら、ほれ、あれだ」
節くれ立った黒い手で指さしたのは、海に突き出た岩石の丘の上に立つレンガの塔でした。
「あれ、灯台?」
「そうに決まってるだろう」
ぶっきらぼうな物言いです。さすがにクラリスもこの国の人たちの閉鎖的な性質には嫌気が差しました。
「行きましょうか」
クラリスが歩き出すと、日焼けした裸の上に白の半袖シャツ、焦げ茶のチョッキ、それにカラフルな布を首に何枚もぶら下げ、頭にも赤い布を巻いてぼさぼさの長髪をまとめた男が寄ってきました。二十歳くらい。背のひょろ高い若者です。サファイアがクラリスの肩に飛んできて「海賊よ」と耳打ちしました。赤いだぶだぶのズボンの腰に、クラリスも絵で見たことのある刃のカーブした短剣をぶら下げています。海賊の若者はニヤニヤ気持ち悪い笑いを浮かべながらクラリスに話しかけてきました。
「よお綺麗なお嬢さん。こんな魚臭せえ港にこいつは不似合いだ。太陽さんさんの青い海が見たいならブルガリかモナの白いビーチに行くべきだな。ここにはご覧の通りの灰色の岩と黒い海しかありゃしねえよ。あんたユークリナの人かい? ハーメルンの女みたいにきつい目はしてねえもんなあ? いや、俺あハーメルンの女も好きだぜ。あの情熱的で一途なところがかわいいよな。だがあんたは違うだろ? どうしたい、旅の途中で道に迷ったか? 悪い船会社にだまされてこんな所に下ろされちまったのかい? 最近この海も物騒だからしょうがねえが。おいおいまさかお嬢さん一人じゃねえだろうな? パパはどうした? 連れとはぐれちまったのか? ホテルはどこだ? まあここじゃあホテルなんてしゃれたもんはねえがな。まあいいや、とにかくだ、ここはお嬢さんみたいな綺麗な子が一人歩きするには物騒なところだぜ? 言ってくれよ、どこに行きたいんだい?」
クラリスは目を丸くして「まっ」と言いました。
「よくもそれだけ口が回るわね? 要するに、あなたを用心棒に雇えってこと?」
若者はニカッと汚い歯を見せて笑いました。
「あんた頭いいねえ。そういうことだ。俺は、お買い得だぜ?」
サファイアが若者の顔の前に飛んでいって怖い顔で「残念でした」と言いました。
「あたしたちもう行き先は決まっているの。怪しげな用心棒なんて必要ないわ」
若者は「おっ、妖精か!? こんなに間近で見るのは初めてだ」と驚きました。クラリスは、
「いいわよ。じゃわたしたちをトーチまで案内して」
と、財布から銀貨を1枚取りだして若者に渡しました。若者は銀貨をかざして見ながら
「重いな。これあどこの金だ?」
と訊きました。
「ロヴィ−クよ。上質の銀貨だからこっちの銀貨より数倍価値はあるはずよ」
若者はふうむとまじめな顔になって慎重にクラリスに言いました。
「なあお嬢ちゃん。こういうもんはおいそれと表に出しちゃいけねえぜ。見ろよ」
若者があごで指すのを見ると行き交っていた人間たちが、男も女も、立ち止まって遠巻きにそれとなくクラリスたちに視線を向けています。危険な雰囲気にサファイアまで「ちょっとクラリス〜」とすり寄ってきました。クラリスは肩をすくめて、
「あら危ない危ない。じゃあさっさとトーチに案内してちょうだい」
と若者をせき立てました。
「あ、ああ。じゃ、行くか」
若者は周りを気にしながら「こっちだ」と先に立って歩き出しました。クラリスはナージャを引き連れてのんびり歩き出しました。ちなみにナージャは馬具を一切つけていません。クラリスが乗るときは豊かなたてがみを軽く掴むだけで、クラリスは乗馬がすごく上手いのです。
若者は「俺はルパートって言うんだ。よろしくな」と名乗りました。
「わたしはクラリス。こっちはサファイアの精と、ナージャと、ヴァイオレットよ」
「ヴァイオレット?」
ルパートは振り返り、クラリスの髪の毛から顔を覗かせているヴァイオレットを見つけました。
「わっ、驚いた。あんたお化けを飼っているのか?」
「ほら、お化けだって。怒らないの?」
ヴァイオレットは怖がってまた引っ込んでしまいました。
「ハハハ、面白れえな。弟どもに会わせてやりたいぜ」
「弟さんたちがいるの?」
「ああ、4人もな。ギャーギャー騒がしいが、ま、かわいい弟妹たちだ」
クラリスはフフッと笑いました。この若者、最初の印象よりずっと若く、せいぜい17歳くらいでしょう。
「そのメイク、流行ってるの?」
ルパートは目の周りをガイコツのように黒く塗っています。かがっぽさ対策に目の下を黒く塗っているのはローゼンヌの海岸でも見ましたが、こんな真っ黒なのは初めてです。
「俺のオリジナルさ。他の奴らに舐められねえようにな」
「他の奴らって、海賊仲間?」
「海賊? おいおい、冗談じゃねえよ。俺はまっとうな用心棒稼業さ。あんな物騒な連中といっしょにしねえでくれよ」
「だってさ」とサファイアに言うと、
「じゃあなんでそんな無頼なかっこうしてんのよ? どう見たって海賊よ!」
とルパートを攻めました。
「ファッションだよ。若い連中はみんなこうだぜ? だいたいな、海賊がこんな大通りでいかにも海賊でございってなかっこうして歩いてるかよ?」
クラリスたちは港の護岸から坂道を上り、崖の坂を上り始めました。崖の上に人はいません。
崖はせいぜい5、6メートルの幅で、向こうにも同じような護岸と埠頭が見え、その向こうには緑が見えます。
「あそこはもうユークリナだ。チェッ、いいよなー、こんなすぐ近くなのにあっちには緑で、こっちには岩しかありやがらねえ」
「船がずいぶんあるのね?」
向こうの埠頭にも船が何十艘と繋がれています。ルパートが言いました。
「ああ。お嬢ちゃん知ってるか?もうすぐ戦争が始まるんだぜ? おかげで俺たちゃ商売上がったりだ。だからよ、みんなすっげー苛ついてるんだ。・・ほんとにな、お嬢ちゃん、気を付けるんだぜ?」
心配そうな顔を向けるルパートにクラリスは素直に「ありがとう」と言いました。ルパートは不思議そうにクラリスとサファイアを見て言いました。
「お嬢ちゃんたち、いったい何者なんだ? どうやらただの観光客でもねえみてえだし。連れも、いねえのか?」
「わたしたちはね」
クラリスはエッヘンと威張って言いました。
「王室特別捜査官なの。正義の味方よ」
ルパートはプッと噴き出しました。
「そいつは頼もしいな。だが、あり得なくもないか。いや、実はな、頭からきつく言われてるんだ、このところこのソロカで女の子どもの誘拐事件が頻発していて、よその警察に目を付けられているんだそうだ。だから、特によそのそういう・・10歳くらいの女の子には手を出すんじゃねえぞ、ってな」
「あら、じゃあふだんはそういう子たちを誘拐しているの?」
「いや・・、まあ・・、その・・、こんな風にお金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんに観光案内してあげて、それに見合った・・まあちょいと高めの・・料金をいただいたり・・、いやいやあんたからはもう十分な金をもらっているからこれ以上ボリやしねえよ。後は・・まあ、その、なんだ、恵まれない子どもにちょっと危ねえけど金のいい仕事先を紹介してやったりもするけどよ・・」
サファイアが「ほーら見なさい!」と言いました。
「やっぱりこいつ人さらいの海賊よ!」
ルパートがむっつり言いました。
「しょうがねえだろ。俺たちだって好きでんなことやってんじゃねーや。俺たちだって・・食わなきゃならねえだろうが・・・」
「やっていいことと悪いことがあるわよ!」
と怒るサファイアを「まあまあ」となだめてクラリスが言いました。
「とにかくここが物騒なところだっていうのは分かったわ。でもあなた正直者っていうか、バカねえ」
「なんだと!?」
「わたしみたいな子どもに手を出すなってお頭に言われてたんでしょ? なんで用心棒なんて買って出たのよ? 後でお頭に怒られるわよ?」
「だからよお、周りの奴らの目に気が付かなかったか? 見りゃ分かんだろうが、この町にあんたみてえな綺麗なお嬢ちゃんなんていやしねえ。他の奴らもみーんな、あんたを金蔓と見てたんだ。そりゃあ頭の言いつけ破った俺は馬鹿だがよ、あんたが頭の手の届かねえ危ない奴らに捕まったりしたら・・、かわいそうだろうが」
「あらそう? あなた、いい人なのねえ?」
「子どもにお世辞なんて言われたかねえや」
クラリスはサファイアに『ね?』と目配せしました。悪人ではないでしょう。
さて目的のトーチに到着しました。
レンガではなくこれも四角くカットした岩を積み上げた円筒形の塔で、崖の端ギリギリまで、直径5メートルくらいありました。高さは6メートルくらいでしょうか、ずんぐりした印象です。
「ちょっと待ってて」
サファイアが小さな窓から中に入っていって、しばらくして出てきました。
「上に男が二人いるわ」
「そりゃいるさ」とルパートが言いました。
「昼間だから火を焚く必要はないが、海の見張りも兼ねているからな。常に二人の人間が詰めている決まりだ」
サファイアが、
「じゃあどっちかが『カジキ』なのかしら?」
と言うと、
「カジキ!?」
とルパートが悲鳴のような大声を上げました。その声を聞いて上の窓からひげモジャの男が顔を覗かせました。
「なんでえ、エレジンとこの若造か。お頭がどうしたって、え?」
まぶたに傷のある恐い目で睨みました。ルパートは慌てて手を振りました。
「い、いや、違うよ、そ、そうだ、カジキだよ、カジキ! カジキマグロさ! いやあこのところ遠海の漁船も寄りつかなくてすっかりご無沙汰だなあ・・って。ね? へへへ・・」
ルパートは後ずさり、窓からもう一人やっぱりひげ面の思いっきり悪い人相が顔を出し、
「ほ、ほら、カジキは上がってねえってさ。さ、か、帰るぞ」
クラリスに回れ右させようとするルパートに上から声が降ってきました。
「待ちやがれガキ! そこ動くんじゃねえ!」
「逃げろ!」
ルパートはクラリスの手を取って走り出しました。仕方ないのでクラリスも付き合いながら、ひょいとナージャに飛び乗り、フワリと、ルパートを後ろに引っ張り上げて乗せました。
「ナージャ、えーと、逃げて」
ナージャはパカランパカランと土煙を上げて走りました。ナージャは地上を走るのだって速いのです。「待ちやがれー!」と後ろから声がしましたが、待ちません。
ナージャは山の中の数少ない森の中に止まりました。
「こら、放しなさい」
ルパートはクラリスの腰に手を回して必死にしがみついていました。
「う、おっと。へへ、こいつは失礼。実は俺、馬に乗ったのは生まれて初めてで」
クラリスはお愛想もなくルパートを下りさせ、自分も下りました。
「どういうこと? なんで逃げなきゃならないのよ?」
「どういうことだって!? そりゃあこっちのセリフだ! あんた、よりにもよってカジキなんかになんの用だ!?」
「呼ばれて来たのよ。挨拶に来いって」
「挨拶に来い!?」
ルパートはまた叫びました。
「カジキに挨拶って、あんた、何者だよ!?」
「だからあ、えーと、王室捜査官って言ったでしょ? 答えなさい!カジキって、何者?」
「あんた、知りもしねえでのこのこ会いに行ったのかよ?
カジキってのはな、このソロカ一番の極悪海賊だ!」
サファイアがまた「ほら」と言いました。クラリスも意外です。
「海賊なの? でもあの二人、そのカジキの手下なんでしょ? なんで灯台の番なんてしてんのよ?」
「あんた、ソロカのことなんにも知らねえんだな? いいか、ここの男はみんな船乗りだが、まともな船乗りなんて半分もいやしねえ。みんな、みんな、み〜んな、海賊みてえなもんなんだよ!! でだ、カジキってのはその中の一番の大ボス、このソロカを裏で束ねる海賊の親玉だ!」
あらまあ、とクラリスは呆れました。
「国丸ごと海賊だなんてねえ」
ルパートはがっくりと地面に座り込み、元気のない声で話し始めました。
「ああそうだよ、ソロカは国を挙げて海賊やってるようなもんだよ。だってな、仕方ねえじゃねえか? 土地はこの馬鹿でけえ岩山のせいで麦なんて穫れやしねえ。漁もでけえ船が造れねえから遠く沖まで出ていけねえ。最近流行の貿易も、結局この岩山が邪魔で陸路が不便で、船もこの港は素通りだ。ここは時代から取り残された孤島だ。いや、もともと人が住むような土地じゃねえ。だがよ、俺たちゃここで生まれたんだ、ここで暮らしていくよりねえじゃねえか? だからよ、だから・・、海賊なんてものに成り下がっちまったんだ・・」
ルパートはすっかりうなだれてしまいました。
サファイアが気の毒になって言いました。
「でもあたしソロカについてそこまでひどい話は聞いてないけどなあ・・」
ルパートが弱々しい笑顔で言いました。
「そりゃあな、正々堂々海賊なんてやってやしないよ。表向きはな、用心棒さ、俺みてえに、海の上でもさ。
えーと・・、お嬢ちゃんは知ってんのかなあ?この先のマーマラ海峡のこと?」
クラリスは「まあなんとなく」と答えました。
「こっちからの船に関して言うと、あっちのテスラ海に抜けるためにまずポリス島が邪魔になるわけだ。で、ポリス島を迂回するのにこっちのシヴィリ側と、あっちのテュークメン側があるわけだ。で、ポリスも、シヴィリも、テュークメンも、通行税ってのを取るんだ。通行しようとする船に、役所の船が乗り付けて、人数や積み荷を調べて、税金を計算して、徴収するわけだ。船からすればただ海を通過するだけなのに高けえ通行税なんて取られて、迷惑この上ねえよな? ところが、それが1度ならまだ我慢できる。しかし2度3度となると、これはたまらねえ。ひでえ時には積み荷の没収だ。こいつあ、海賊行為とは言わねえか?」
クラリスはそうねえという顔をしました。ルパートはうなずいて
「まずポリスが網を張って船を逃がさないようにする。税を取る。あっちに行くか、こっちに行くかでシヴィリからテュークメンから、また税を取られる。二重取りだ。さらにシヴィリとテュークメンが相手の側の船を捕まえてこっちにも税を払えと言う。三重取りだ。ひでえだろ?」
クラリスたちはうなずいて、ルパートが続けます。
「で、さすがにそれはひどいって言うんでな、シヴィリとテュークメンで協定が結ばれて、相手方の関税支払い証を持つ船からの二重取りは禁止されたんだ。ところが、今度はじゃあ俺の側の海を通れっていうんで、海の上で船の取り合いが始まったんだ。大型の積み荷を満載した美味しい船なんかが来ると戦闘さえ起こって、下手すりゃ死者も出る。まったく物騒だ。そこで」
ルパートはちょっと元気に胸を張りました。
「海の用心棒の登場だ。請け負うのが俺たちソロカの船乗りたちよ。船に乗り込む場合もあるし、自分たちの船で護衛してやる場合もある」
「じゃあいいことしてるんじゃない?」とサファイア。ルパートはまた顔を渋くして、
「そうなんだけどさあ、けっきょく押し売りだからなあ。ただじゃねえもん。それなりの物はいただかなくっちゃな、こっちだって命張ってるんだから、ま、安くはできねえよな? だから、さあ・・、船にしてみりゃけっきょく金を払わされるわけで、払う相手が誰かって違いだけでさ」
「そりゃあたしかに海賊と大差ないわね」
とクラリスが締めました。ルパートはまたまた落ち込んでいます。
クラリスは腕を組んで木の間から港を見下ろしました。
「みんなで海賊行為をしているわけね? で、ソロカはそうでもしなければ生活していけない、と。これは、なんとかしなくちゃいけないわね」
「ちょっとちょっとクラリスー」とサファイアが寄ってきました。
「分かってるでしょうね? 派手な行動は、なし、よ」
クラリスは肩をすくめました。
「いっそポリスもシヴィリもテュークメンも一度こてんぱんにやっつけてやろうかしら?」
「まったまたー、そうやって思い切ったことやっちゃうのがあなたの悪い癖なんじゃないのー?」
クラリスは舌を出しました。あんまり反省もしていませんが、今回はお遊びじゃありません。ルパートに言いました。
「あなた、ルピネーさんって知ってる?」
「あん? たしか貿易会社の社長だろう? ラピスの貴族の息子だっていう?」
ルパートの表情を見る限りルピネー氏にあまり良い感情は持っていません。
「そのルピネーさんがカジキと何か関係があるようなんだけど?」
「うんー? そうかあ・・」
ルパートは考えました。
「じゃあ貿易会社の船の用心棒でも頼むのかなあ? そうすりゃ俺たちは仕事ができてありがたいがなあ・・」
「カジキとあなたのお頭さんとはどうなの?」
「うちのエレジンさんか? 昔はなあ、エレジンさんもカジキの頭の子分として働いていたんだ。独立してから、商売の仕方で対立して、俺たちゃ今じゃあソロカのつまはじき者さ」
「ふうーーん・・」
クラリスは考えました。
「じゃあ先にあなたのボスに会おうかしら? カジキって人、なんか危ないみたいだし、先に情報収集しておきましょうか?」
「うん・・、そうか。そうだな。そうしろ」
ルパートは立ち上がりました。
「案内する。カジキの手下たちが見張っているだろうからな、気を付けて行こうぜ」 |