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第11章 こんどはどこへ?
 戦争の危機が回避された翌日、ひょっこり大伯爵がやってきました。まあびっくり!です。
「まあ、お父様!」
 とさすがのローゼさんも驚きました。
「おお、ローゼよ! 無事でなによりじゃ。恐い思いをしたのう」
「いいえ。わたしには頼もしい仲間がこんなにいますものね!」
 ユリアナ・ローゼ社のあまり広くもない社屋を訪れた大伯爵を社員たちと、クラリスと、王女たちと、妖精たちが迎え入れ、にぎやかなことこの上ありません。
「伯爵様、どうしていらしたんです?」
 クラリスが訊きました。あんなに「ここから動かん!」と言い張ってたのに。「フム」と伯爵様は息子の嫁に訊きました。
「ローゼはこれからロヴィークまで来るつもりがあるか?」
 ローゼさんは苦笑いして言いました。
「今はちょっと無理ですわね。後始末、よりも、これからやらなくてはならないことが山ほどありますからね」
 そうです、ユリアナ・ローゼ社はマーマラ海峡の国々と新しい契約を結ぼうとしているのです。彼らがきちんと平和的な協定を結び、同盟を組んだらの話ですが。ルピネーの読みでは近々そうなるだろうと思われます。伯爵は言います。
「だからわしが来たんじゃ。おまえさんを喜ばそうと思ってな」
 伯爵様は従者が大事に持っていたカバンから小さなつつみを受け取ってローゼさんに渡しました。
「モデストからじゃ」
 ラピスの文化都市モスクリンに留学しているルピネー・ローゼ夫妻の一人息子です。
 包みを解くと小箱が出てきました。パカッとふたを開けると、ポロンポロンと可愛らしい音色できれいな音楽が流れてきました。オルゴールです。雄大な海を渡る風のように気持ちのいい曲です。小物入れになっていて、金のコインが一枚入っています。いっしょにローゼさん宛の手紙も。
『お母さん。お元気ですか? お母さんのことだから毎日元気すぎるほど元気でいるのでしょう。僕も負けずに勉強に励んでいます。先日面白い人物とお近づきになれました。僕よりずっと年上のこちらでは有名な大作曲家です。このコインは彼の曲を演奏する劇場で売られていた記念コインです。今僕は将来彼と組んで何かできないかと夢見ています。これは彼に教えてもらって見よう見まねで僕が作った曲です。では、再会する日までお体に気を付けてお元気で。息子モデストより』
 小さく折り畳んだ紙に小さな字でびっしり書かれています。なかなか几帳面な性格がうかがわれますが、オルゴールの曲は素人にしてはなかなかのもので、芸術的なセンスもかいま見えます。現在15歳。将来どんなことをしでかしてくれるのでしょう?
 ローゼさんは嬉しそうにオルゴールとコインを夫に見せびらかしました。コインには有名な歌手なのでしょうか?綺麗な女の人の横顔が彫られています。
「面白えな」
 とルピネーはオルゴールを覗き込みました。オルゴールは一曲演奏し終わり、また頭から始めています。
「見せてみろ」
 ルピネーは奥さんから取り上げるとひっくり返したり耳に当てて中の歯車の音を聞いたり子細に調べだしました。
「俺も今度作ってみるかな?」
 息子の作曲はそっちのけで機械の方に興味を持っています。案の定伯爵様に「このバカタレが」と叱られました。
「おのれはそうやってすぐになんにでも興味を持ちおる。ちったあ地に足を着けんか!」
「そりゃ無理だ。俺は生まれてすぐからの船乗りだからな。海の上じゃあ地に足の着けようがねえや」
 とルピネーは減らず口を叩きました。
「このクマめが。まったく親のし甲斐がない奴じゃ」
「不肖の息子で申し訳ございませんな、大伯爵様」
「おう、おまえのような息子が出来上がるとは思いもよらなんだわ」
 ああ言えばこう言うで仲の良い親子です。ローゼさんもニコニコ笑って見ています。
 ところで、
「伯爵様、本当にこんなところに来ちゃって、ラピスの方は気にならないんですか?」
 とクラリスは訊きました。ルピネーも「そうだ。モデストからの預かり物なら俺に渡せばいいだろう?」と言いました。伯爵様は、
「わしがこっちに向かって奴らも面食らったことだろうな。なにせ意味のない行動じゃ。意味と言えば、わしも一度船旅というものを楽しんでみたかったのじゃ。なかなか気持ちが良かったぞ。こっちの大陸に来るのも初めてだしのう。フッフッフ、わしがなにを企んでおるか、中央の奴らは戦々恐々としておったじゃろう。ま、これだけ混乱させればユリアナたちに手は出せまい。もう片は付いたのだろう? ではじきにここに報せが来るだろう。そうだな?」
 ルピネーはうなずきました。事実はそれからだいぶたって12日後にユークリナで中継ぎされてラピス中央からの報せが伝書鳩によってもたらされることになります。そこにはユリアナ、アナトリーの母子の軟禁が解かれ、今度は逆にご機嫌取りの接待漬けにされている旨が記されています。しかしそれ以前にララベル姫の情報網によってロヴィークにずっと早く情報が行き、夢の世界で姫から聞いたクラリスがみんなに教えてやりました。
「さてせっかく来たのだ、わしもしばらくのんびり遊んでから帰るぞ。その後で、クラリスちゃん、ラズベリーアールにご招待しような」
 そういう約束でした。果たしてその前にロヴィークに帰れるんでしょうか?

 クラリスは海のみんなに挨拶に行きました。もう一人乗りヨットが大のお気に入りになっています。
 海の精にお礼を言って、大ダコと、人魚の坊やに言いました。
「しばらくクレオバトラの海にいてくれる? あそこの海は安全ですよね?」
 海の精に訊くと彼女はうなずきました。クラリスもうなずいて、
「あなたが大きくなったら」
 と人魚の坊やに言います。
「あなたの仲間を捜しに行きましょう。あなたもつき合ってくれる?」
 大ダコに訊くと彼はうなずいてくれました。クラリスはニッコリ笑いました。
「ありがとう。でもきっとたいへんな旅になるでしょうからまだまだ何年も先のことになるでしょうね。なんといってもパンサルーザを旅しなくちゃならないんですから!」
 パンサルーザ。マーマラ海峡を抜けたテスラ海、その向こうに広がる大海。地球の反対側の、海しかないと言われる世界です。その中心に大きな大陸があると言われていますが、それは伝説で、生きた人間は誰一人行って、帰ってきた者はいないのです。
 大きな船に水や食料を詰め込んで、2年か3年平気で海の上で生活できる、そんな設備が必要です。この時代の技術ではとんでもない大冒険です。
「ほんと、どうなっているのかしらねー?」
 前回の事件でクラリスは光になって世界中を飛び回り、きっと地球の裏側も何度も飛び回ったと思うのですが、その間のパンサルーザに関する記憶はまったくありません。
 クラリスは人魚の坊やにニッコリ笑って言いました。
「いつか、必ず行きましょうね。そこがきっとあなたの世界だわ」
 この坊やがクラリスの話を理解するようになるのもまだ3、4年はかかりそうです。でもだいじょうぶです、幸い彼には大きな力強いお友だちと、愉快なイルカの仲間たちと、この海を司る偉大な妖精がついていてくれるのですから。
 大ダコも、この大きさならきっと長生きするでしょう。
 クラリスはふと「王女様たちはどうなのかしら?」と思いました。ほんとにどうなのでしょう?


 クラリスはヴァイオレット、ルピネー、エレジンといっしょにまたヨットでソロカに戻りました。ネプタは王女様たちに通訳として重宝がられ、すっかり家臣の一人に加えられています。ネプタも自分のルーツである古の王国の王女様に仕えられるのを誇りに思っています。まあ、あの美女軍団といつもいっしょにいられるのですから、これが嬉しくない男なんてこの世にいないでしょうけれど。
 ソロカに着くとみんな大喜びで迎えてくれました。まあ、最初の陰険な感じとはガラリと変わっています。男も女も子どもも老人も、喜びに満面の笑顔です。
 ルピネーはここを大型船の建造工場および修理工場にできないかと考えています。土地に利用価値はほとんどありませんが、港の設備だけは沿岸諸国随一です。ルピネーの計画にソロカの海賊頭たちも興味津々です。貧乏な国ですから船なんて当然自分たちで自作しています。船大工仕事なんて得意なものですが、ルピネーの求めるような大型船建造の知識なんてありません。
「任せとけ。俺あそういうのは得意だ!」
 とルピネーは言いますが、自分だって大型船なんて造ったことないくせに自信満々です。でもこの人なら口先だけではないでしょう。

 さて、すっかりめでたしめでたしとなるのはまだ少し先なのですが、取りあえずこのお話はここまで。
 クラリスは愛馬ナージャと再会して、ちょっとだけロヴィークに里帰りすることにしました。大伯爵の奥様にもご報告して、またこっちに帰ってきたら、今度はラズベリーアールでしょうか? また何か事件が起きそうですが、それはまた次のお話で。
 取りあえず、めでたしめでたし。


 終わり。

 *このお話は苦労しました。何しろ第1話の「妖精大進撃!」がまったく不人気で。面白く書けたと自分では思っているのですが、その不人気ぶりはかなりショックでした。第1話がこれでは第2話なんて、政治的でめんどくさい、絶対に第1話よりつまらない話で、でも後の展開に関わるお話なのではしょるわけにもいかず、悩みながら、何度もまったく筆が進まない状態に陥りながら、なんとか完結しました。最初と最後だけ読む人もいるでしょうから、お願い!もうこの話は読まなくていいから、次に連載予定の「白鳥姫」はどうかどうか読んでください。そちらは「私版眠れる森の美女」の続編として書いたものです。こちらの「クラリス物語」が間に挟まっていますが、いいです。「白鳥姫」をどうかどうかよろしくお願いします!
 読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました。(2008,2,11)
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