転生者を倒す最強にして最低の攻撃
「ふはははは! よく来たな勇者よ、我こそ門番の」
「うるせぇ」
勇者が剣を一振りすると、巨大な牛型モンスターは真っ二つになった。
「雑魚いなぁ。相手にならない」
「すごーい勇者様!」
「流石ですわ!」
取り巻きの女冒険者たちが褒め称えると、勇者は満足そうに笑った。そして剣に付いた血を振り払い、ダンジョンに入っていく。
この男、元は中年引きこもりニートだったのだが色々あって異世界に転生し、強力な力を得たのである。向かうところ敵無し。擦り傷一つ負わずに魔王城の手前にあるダンジョンまで辿り着いてしまった。
「さーて、なんだっけ。聖なる鎧? 探さないとだな」
「魔王城を落とすのも時間の問題ですわね」
「ふはははは、それはどうですかね」
突如ダンジョンに響く声。
怯えた女達は勇者にピッタリとくっつくが、勇者は全く動じることなく剣を抜く。
「どこだ? 相手してやるから出てこいよ」
「私、卑怯者なので。まずは影からご挨拶させて頂きます」
「ふん、小細工系の中ボスってとこか? だが俺にはどんな攻撃も効かないぜ」
「ふふふ。高防御力、石化耐性、毒耐性、麻痺耐性……幻術耐性まであるのですか。その上凄まじい攻撃力。こりゃあ倒せないはずです」
「分かってるじゃないか。尻尾まいて逃げたって良いんだぜ?」
「確かにあなたはお強い。しかしあなたにも弱点がある。強化されていない部分、とも言えます」
「なんだと? 俺に弱点など存在するわけない」
勇者はそう息巻くが、影から出てきた人物を見るとその勢いは消え失せた。
「全く力を感じませんね。あの程度なら勇者様の手を煩わせることもありません。私が……」
「やめろ! 手を出すんじゃない」
「どうなさったのです勇者様?」
勇者の動揺を女達も感じ取った。妙な緊張感があたりを包む。
その時、人型の魔物が勇者の前にぬっと現れた。
「ふふふ、流石の勇者様も自分の母親には手出しできませんね」
「お、お母様? でも勇者様のお母様はもっとお若かったはず……」
「この方はお強いご立派な勇者様の母君ではなく、なんの取り柄もない中年男の母親なのです。そうですよね、勇者様」
そう、この女は勇者として転生する前の引きこもりニートだった男を支えた母親の姿をしているのだ。
勇者はたまらず声を漏らす。
「か、母ちゃん……なのか」
「勇者様、騙されてはなりません。あんなのは幻影です」
「いえいえ、この女は実在していますよ。勇者様には幻術耐性があるでしょう? まぁ確かにこの女は人ではありません。私の作った泥人形です。しかし人形に植え付けた魂はお母様の魂をコピーしたもの。これはもうこの世界の母親であると言っても過言ではない。ねぇお母様、息子さんのお好きな食べ物はなんですか?」
「私の作った茶碗蒸し……です」
勇者はその声を聞いて目を丸くする。
その声、話し方。彼の母親そのものだ。同時に元の世界での思い出が彼の頭に溢れ出た。男の目に涙が浮かぶ。彼は何一つ親孝行をしないまま前の世界での人生を終えてしまったのだ。
「チャワンムシ。この世界にない食べ物ですねぇ。お母様の作ったチャワンムシ、食べたくはないですか」
「茶碗蒸し……母ちゃん……」
「そこで提案です。勇者様が魔王城を襲わず、このまま帰って頂けるなら彼女を差し上げましょう。前世で叶わなかった親孝行をしてあげてはいかがですか?」
「勇者様いけませんよ! あんなのは偽物です!」
「そうですよ勇者様! アイツは悪魔です、早く殺してしまってください」
女達は必死に勇者を説得するが、反応はない。
やがて、勇者は心を決めたように顔を上げた。
「分かった。俺は母ちゃんとーー」
「嫌です」
勇者の言葉を遮るように口を開いたのは、彼の母親だ。
「ッ!? 何を言うんだ、お前の息子だろう!」
魔物は慌てたように自分の作った土人形を揺する。
思いもよらない母親の言葉に困惑するなか、一人の女が合点が言ったように手を叩いた。
「そうよ……もし本当にあれが勇者様の母親だとしたら、自分の息子の夢を邪魔するようなことするはずないもの」
「なるほど、確かに!」
「な、なにッ!? くそぉ、なんということだ。だから人間は嫌いなのだ……!」
魔物は頭を抱え、苦しげに呻き声を上げる。
勇者は涙を流しながら母親の手をとった。
「母ちゃん、まさかそこまで俺のことを思って……」
しかし母親は勇者の手を振り払い、鬼の形相で叫んだ。
「もうあんたのお世話はたくさんなのよッッ!!」
「えっ、母ちゃん……?」
顔を強張らせる勇者。ダンジョンが水を打ったように静まり返る。
「毎日毎日あんたのお世話ばかり。ろくに部屋から出てこないくせに漫画やお菓子を要求して床が軋むくらい太って。あんたがいなくなって、今はお兄ちゃんに面倒を見てもらってるんだ。孫も可愛いし、あんたと違って私を大事にしてくれる。あんたみたいに癇癪も起こさん。もうあんな生活には戻りたくないんだよ……!」
「は? そ、そんなの嘘だろ? なぁ母ちゃん……」
「私に触るなッ!!」
そう言って勇者の母は勇者を突き飛ばした。
あまりの出来事に勇者は顔面蒼白。魔物も予想外の展開にオロオロするばかり。女達はかける言葉が見つからず、できるだけ存在感を消そうと努力していた。
「う……う……うわああああああああ!!」
勇者は狂ったように剣を振り回した。
自らの母を土に返し、隣にいた魔物も細切れにしてしまった。
そのあまりの剣幕に恐れをなした女達もダンジョンを飛び出していってしまった。
ダンジョンの全てを破壊し尽くしてもまだ足りない勇者は、魔王城に乗り込み、やはりその全てを破壊した。
せっかく魔王を倒したのに、喜ぶ者は一人もいない。
また新しい、より強い魔王が誕生してしまったのだから。