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ロック陰陽師 作者:鑑祐樹
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第7話 移転

 路上を軽快に車が走る。
 良く磨かれているのだろう、ブラックのワンボックスカーは黒々とした光沢を反射して、まるで新車のようだ。

 見慣れた風景が、轟々(ごうごう)と響く車両の音と共に流れていく。
 都会ではなく、田舎すぎる訳ではないこの町。ちょっと横道を逸れれば、田んぼが広がるが、その反面ちょっといけば、旧4号線に繋がる道がある。
 全体的に土臭いと言うか、中年みたいな町だ。人間みたいに年をとるんかな。老人までいってないんだけど。
 それでも最近立て直した車のチェーン店なんかは、花壇に苗が植えてあった。初夏までには花が咲くのかも知れない。
 そこを通り過ぎると、今度は年季の入ったコロッケ屋、端から色あせた看板には、豚がコックの格好して満面の笑顔。ありえねぇだろ、コレ。豚にしたら嫌味だ。見るたびに思う。

 運転しているのは、もちろん立花だ。
 着物に羽織を引っ掛け、靴は足袋にスニーカーの出で立ち。分かるんだけど合わない。

 まぁ、俺も人の事は言えないんだけどな。
 自分の格好をマジマジと見る。あの海人(ウンミチュ)パーカーに、更に借りたジャージ。そして、ごついブーツを履いている。
 このパーカーとジャージ、元々立花のだよな。似合わねぇなあ。

 立花の家で働く事が決定したあの後、すぐに立花は俺に電話をさせた。

 もちろん相手は母だ。しばらくしてから、電話をかわれと要求された。

 立花は母と話した後に電話を切ると、俺の方に向き直りこう言った。

「高校を卒業しても三月三十一日までは、法律で高校生なんだよ。未成年が家で働くのだから、親御さんにも許可を取らなければならないからな。今日は仕事が無いから、一緒に行ってあげよう。お母様には、これから伺いますと伝えておいたよ」

 そんなこんなで、着替える暇などなく、福子に軽く挨拶をして飛び出す羽目になったのだ。パーカーを胸の辺りで抓み上げて覗き込んでいる俺に、立花が話しかける。

「ああ、そのパーカーとジャージ、中々良いだろう? 新品だからあげるよ」
「あ……ありがとうございます。こういうの、着るんすね」
「楽でいいんだよ。そういうの」

 昨晩といい今日といい、着物や外套(がいとう)の姿しか見ていないから、すっかり明治時代の人間と錯覚しちゃうんだよなぁ。
 もちろん、違うのは分かってるんだけど。

 車は交差点を右折した。見慣れた町から、徐々に知らない町へと移り変わっていく。
 知らないラーメン屋の前を通り過ぎて行く。

 しかし、随分と行動力のある男だ。
 立花を連れ母と再開した時は、どうなるのかと緊張したが、取り越し苦労だった。

 俺が家を出る意思を伝えると、母親は露骨に動揺した。

 すぐに立花が名刺を母に渡し、しっかりとした口調で説明しはじめた。

 母親は、名詞を食い入るように見つめて、驚きの声を上げてた。

 どうも、友人の子供が立花の所で書道を習っているらしい。
 俺としては、友達の子供って遠くねぇ? と思うが、当の母は知り合いにでも会ったように、余所行きの声を出し始めた。立花の方は、話すのは慣れているようで、俺の右横に座り、時折笑顔を見せながら穏やかに話込む。

 でも、チラっと見えたんだよなぁ。

 母が視線を下に落としながら口許を隠して笑った。
 その瞬間――立花が木製のテーブルの下で何かをしていた。
 手を全体に使い――指を様々な形に動かしている。

 あれ、何してたんだ。すげぇ早ぇんだけど。ストレッチ? やらけぇな指。
 本当は、母の相手に飽きてて暇してんのかも知れない。同時に何かを早口で言ってたが、隣にいる俺さえ、定かに聞こえない低い声だった。

 ――よく分からんが母親を説得し、こうやって自宅から衣服、携帯の充電器、ベースのアンプ、福子の餌など――俺が生活するのに最低限の荷物を運び出すのに成功した。
 その上、今は市役所まで行き移転届まで済ませてきた所だ。

 やってる事は大した事じゃないんだが、市役所で待たされるのが苦痛だった。番号札を片手に椅子に座り、ぼんやりとテレビ画面を眺める。この町の地域密着のニュースが繰り返し流されていた。初めての移転届け。

 ああ、何か楽になったな――。

 それが市役所の玄関を出た時の俺の感想だった。なんにせよ、今日一日で何かが進んだ気がした。

  帰り道、車両の窓を少し開けると、気持ちの良い風が勢い良く入り込む。ぞれと同時に香ばしい匂いが鼻腔(びこう)に吸い込まれてきた。俺の横を空しく焼肉屋が通り過ぎて行く。

「大神君、あの赤いコートの女性、見える?」

「えっと……あの自転車乗ってる人っすか」

 道路の内側を、赤いコートの女が自転車でいそいそと走っている。
 年齢は二十歳前半ぐらい、長い栗色の髪を艶やかに靡かせている。

「そうそう――その彼女の後ろ、見えるかい? ついて来てるだろう?」

 立花は顔色を変える事無く、前方をしっかり見ながらハンドルを握っていた。
 茶色のブーツを忙しなく動かし、自転車のペダルを回す赤いコートの女。

 ――後ろ? 後ろに何かいるのか……?
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